概要

毒性部について

身の回りには健康や環境に害を及ぼす危険性のある様々な物質(化学物質、食品、医薬品等)が使われています。それらの物質のヒトに対する毒性を予測・評価し、毒性を未然に防ぐ提案をする為に、私たちは、実験動物に投与してその影響を調べています。 また、ゲノム全体の遺伝子発現の変化を指標として毒性の発生機序を解明し予測する方法や、ナノマテリアルなど新素材の毒性を評価する試験法の開発といった基盤研究を進めています。

毒性部研究概略


毒性部の過去・現在・未来

毒性学は、私たちの身の回りにある、ヒトの健康や環境に害を及ぼす物質から身を守り、安全な生活を維持して暮らしてゆくために必要な方策を考える科学の領域です。当部では、このことを実現するために、様々な物質の安全性に関する生物試験研究に中心的な役割を果たしてきました。

毒性部は、サリドマイド事件を契機として医薬品の安全性確保への対応の要請が国際的にも高まった、1964年(昭和39年)10月に2室15人体制で発足し、以来、6室を有する部に発展、この2018年10月で54年目を迎えました。この間、種々の社会的に問題となった事象を含め、安全性確保の問題に取り組み、これまで実施した一般及び特殊毒性試験は300件を超え、併せて試験法開発に関連する研究成果を上げてきています。この中にはサリドマイド、AF-2(フリルフラマイド)、メチル水銀、放射線照射食品、遺伝子改変食品や、いわゆる健康食品(ガルシニアやアガリクス等)等の諸物質が含まれます。そして、科学技術の進歩を、真にヒトと社会に役立つように、もっとも望ましい姿に調整するための科学、すなわち「レギュラトリーサイエンス」に鑑み、科学、特に分子生物学の進展を受けつつ、遺伝子改変動物あるいはトキシコゲノミクスの安全性試験への導入をはじめとする分子毒性学的改良に積極的に取り組んでいます。

この過程は、「新規性・有用性→ヒトと社会に役立つように、もっとも望ましい姿に調整」、「定性→定量」、「相関関係→因果関係」、「機能学と形態学との垣根越え」、「in vitroin vivoとの垣根越え」、 「専門性・特殊性→網羅性」あるいは「基本原理・一般則を帰納的に推論→ゲノムを基にシステム全体を演繹的に推論」といった生命科学のパラダイムシフトを踏まえたものと考えており、諸先輩方の凄絶な努力の歴史の流れがみてとれます。

毒性学研究では今日でも、網羅性・信頼性を担保した上での、分子メカニズムに依拠した毒性予測と評価の一層の迅速化・定量化・高精度化が、カテゴリーアプローチ、動物代替法、OECD(経済協力開発機構)におけるAOP(有害性発現経路)プロジェクト、生産量が急増する新規化学物質の安全性評価、シックハウス症候群への対応、あるいは動物試験結果のヒトへの外挿性の向上等という観点から求められております。

そこで、従来型の毒性試験の維持・継続することと並行して、最近の重点課題として、これらの物質と生体との相互作用によってひき起こされる、ヒトに対する毒性を予測する方法を開発する為の網羅的な遺伝子発現解析や、新素材として汎用されつつあるナノマテリアルの生体影響を正しく評価する為の試験法の開発、そしてこれらを支える基盤研究などに取り組んでいます。前者では特に、1回だけ評価物質に晒される場合(単回ばく露)だけでなく、繰り返し評価物質に晒される場合(反復ばく露)の安全性評価にも対応できる(すなわち、短期化・迅速化)毒性メカニズムに基づいた網羅的毒性予測評価システムの実用化に向けた研究や、この為のエピジェネティクス機構に関する研究、血液中の分泌膜小胞であるエクソソームに着目した毒性予測研究も進め、さらに「システム毒性学」に取り組んでいます。

毒性部長 北嶋 聡

国立医薬品食品衛生研究所 安全性生物試験研究センター 創立40周年記念講演会
[2018年・平成30年11月20日開催] 概要集より一部改変