3.その他の物質
有機塩素系農薬類以外については、Aschengra
ら(1998)の人口ベースの症例対照研究1件のみで、アルキルフェノール類、ビスフェノールA
などについて調べているが、有意なリスクの上昇はみられていない。また、暴露された外来性のエストロゲン様物質の種類が増えてもリスクの上昇はみられなかった。この研究では暴露歴は職歴から評価している。
〔考察〕
DES と乳がんの関連については、最近のコホート研究の結果は弱いリスクの上昇で一致している。DES
暴露量との関係が不明確であるが、内服で投与されるような暴露量の場合は30%
程度のリスクの上昇が起こると評価することができる。ただし、暴露からの期間が長くなるほどリスクが上昇するという傾向はみられていない。
有機塩素系化合物に関する症例対照研究は多かった。病院ベースの研究がもっとも多く、その中で何らかのリスクの上昇を観察した研究は半数程度であり、有意になった物質も一致していなかった。病院ベースの研究は研究の質にばらつきがあり、単純に研究の数だけでは評価できない。より信頼性の高いコホート内症例対照研究では、dieldrin、ある種のPCB
同族体、HCB
でリスク上昇が観察されている。ただし、コホート内研究間でも結果は一致していない。有機塩素系化合物については、リスクの上昇があったとしても小さく、バイアスによってリスクが容易に検出できなくなってしまうことも考えられる。PCB
とDDE については、Laden ら(2001)が北米での5
つの症例対照研究(コホート内2、後ろ向き3)をプール分析しているが、有意なリスクはみられなかった。またLopez-Cervantes
ら(2004) は、p,p’DDE に関して検討した22 件の研究(コホート内症例対照研究9 件、人口ベースの研究5
件、病院ベースの研究7 件、病院ベースで人口対照を利用したものがそのうち1
件)をメタ・アナリシスしたところ、有意なリスク上昇は見られなかったと報告している。しかし、代謝酵素遺伝子多型で層別解析した時に有意なリスクがみられた研究や症例のみ研究にてCYP1B1
のVal
アレルを持つ女性では、特に環境からの有機塩素系化合物の暴露(農業上の暴露、廃棄物処理場周辺の居住による)による乳がんリスク上昇の影響を受けやすいことを示唆する結果を報告したSaintot
ら(2004)
の研究もあり、今後は、さらに遺伝−環境相互作用を考慮した研究を行う必要もあるかもしれない。有機塩素系化合物については現状ではリスクの上昇があるとは判断できない。
DES と有機塩素系化合物以外の化学物質に関する研究は1件のみで、血清中濃度などバイオマーカーを利用した研究はなかった。
以上のように、化学物質と乳がんとの関連についての疫学研究の知見は、DES
と有機塩素系化合物については多いが、それら以外の物質に関する研究は現状ではほとんどなく、因果関係を評価することは不可能であった。今後は、DDE
と有機塩素系化合物以外の物質について研究を行う必要がある。また、日本人における研究は1件もなく、乳がんの罹患率が比較的低いイソフラボンなどの環境要因や遺伝的な差違を考慮すると、日本人での研究が必要であると考えられる。
〔結論〕
化学物質と乳がんについての疫学研究をレビューしたところ、現時点での知見では、有機塩素系化合物に関しては明確なリスクの上昇があるという証拠はなかった。DES
については乳がんリスクを上昇させるという結果が複数の前向き研究で報告されていた。DES
と有機塩素系化合物以外の化学物質と乳がんの関連に関する研究はきわめて乏しく、両者の因果関係を適切に評価することは不可能であった。この点については信頼性の高い研究デザインを用いた研究の必要性が示唆された。
〔参考文献〕
〔表2-1-1 内分泌かく乱化学物と乳癌に関するコホート研究〕
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