Eurosurveillanceのノロウイルス関連情報
https://www.eurosurveillance.org


飲用水に関連してイタリア北東部で発生したクリプトスポリジウム症アウトブレイク(2019年8月):微生物学的調査および環境調査
An outbreak of cryptosporidiosis associated with drinking water in north-eastern Italy, August 2019: microbiological and environmental investigations
Eurosurveillance, Volume 27, Issue 35, 01/Sep/2022
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC9438396/pdf/eurosurv-27-35-3.pdf(論文PDF)
https://www.eurosurveillance.org/content/10.2807/1560-7917.ES.2022.27.35.2200038

(食品安全情報2022年26号(2022/12/21)収載)


要旨

 クリプトスポリジウムは世界各地で水由来疾患の主要な原因であり、給水システムに関連するクリプトスポリジウム症アウトブレイクが多数報告されている。2019年8月に、イタリア北東部のTuscan-Emilian Apenninesにある小さな町でクリプトスポリジウム症アウトブレイクが発生し、ここで休暇を過ごしていた114人のうち80人が発症した。食品由来アウトブレイクである可能性が除外された後、疫学調査から水由来アウトブレイクの仮説に焦点が絞られた。患者の便検体および当該地域の公営水道の水検体からクリプトスポリジウムのオーシストが検出され、この仮説が裏付けられた。分子的特性から、病原体として人獣共通感染性原虫であるCryptosporidium parvumが特定された。患者全員の検体、および陽性となった水2検体のうち1検体に共通する1つのサブタイプ(IIdA25G1)が確認された。当該地域の給水には湧水が使用されており、これに施されていた消毒処理は原虫を不活化させるには不十分であった。その後の詳細な環境調査により、病原体が水道本管に混入し得る経路があることが認められた。このような種類の給水システムは様々な環境要因の影響を特に受けやすく、水の安全性確保には、水供給チェーンの各段階でのリスク評価にもとづく管理システムが必要である。給水システムの通常検査には一般に原虫検査は含まれていないため、原虫の有効な検出方法を導入すべきである。

結果

○ 記述疫学

 本アウトブレイクには患者114人が関連し、8月25〜31日にTuscan-Emilian Apenninesの小さな町の公営宿泊施設に滞在した99人をグループA(男性57人と女性42人、年齢中央値:12歳、四分位範囲(IQR):7)とし、食品由来疾患が疑われて9月11日に公衆衛生局に報告された、グループAとは別の宿泊施設に滞在した15人をグループB(男性10人と女性5人、年齢中央値:39歳、IQR:39)とした(以下、グループAを“A”、グループBを“B”と表記)。102人(A:88人、B:14人)に聞き取り調査を行うことができ、80人(A:69人、B:11人、両グループ合計の発症率78%)が8月18日〜9月5日に胃腸炎症状を呈したことがわかった。2人が入院し、2人が救急治療室で治療を受けた。潜伏期間(両グループの患者全員が水道水を喫飲していたため、当該地域に到着してから発症するまでの期間とされた)は8時間〜13日間(中央値:6日間)であり、症状継続期間は20時間〜16日間(中央値:3日間)であった。潜伏期間が8時間の患者1人は、他の病原体(サルモネラ、ロタウイルス)にも陽性であった。

 聞き取り調査が行われた患者全員の便検体について、州立臨床微生物検査機関(エミリア・ロマーニャ州Modena)で、クリプトスポリジウム、ジアルジア、ロタウイルス、アデノウイルスおよびノロウイルスの検査が行われた。9月5〜12日に両グループから便検体が採取された。87便検体(A:76、B:11)のうち、75検体(A:67、B:8、両グループ合計の陽性率86%)がクリプトスポリジウム陽性であった。これらのうち、5検体がジアルジア(A:4、B:1)、1検体がロタウイルス(A)、1検体がロタウイルスとサルモネラ(B)、2検体がノロウイルス(A:1、B:1)についても陽性であった。

 図1は、流行曲線および降雨量データである。

図1:クリプトスポリジウム症患者の流行曲線および患者発生地域の降雨量データ(イタリアのTuscan-Emilian Apennines、2019年8〜9月(n=80))

(グループAおよびグループBの症候性患者には、疑い患者(n=18)と確定患者(n=62、便検体陽性)が含まれている。患者数は発症日別に示されている。グループBの確定患者のうち1人は発症日が8月18日(当該地域への到着日当日、潜伏期間8時間)であり、図には表示されていないが、合計患者数には含まれている。当該地域の降雨量データは、Regional Agency for Prevention, Environment and Energy(地域予防対策・環境・エネルギー局)によって収集された。)


○ 環境調査

 9月10〜11日に、当該地域の給水システムの環境調査が実施された。地域当局が管理している水道本管は住民約1,000人の給水に使用されており、水源は主として2つの湧水池であった(図2)。湧水池1は近隣に住宅のない森林地域にあり、海抜約710 mである。貯水池の構造に問題はなく、地表からの浸透も防がれており水の衛生が十分に保護されていた。湧水池2も居住者のいない森林地域にあり、海抜約650 mである。こちらは水の衛生が保護されておらず不良で、貯水池の水はよどみ、流出リスクがあった。

図2:給水システムのフローチャート(イタリアのTuscan-Emilian Apennines、2019年9月)

(次亜塩素酸ナトリウムによる継続的な塩素消毒(遊離塩素濃度の目標値:0.2 mg/L)。湧水池3は、2019年4月まで給水施設に接続されていた。)


 湧水池1と2の水は200 m3タンクに流れ、衛生状態は非常に良好であった。その後、水は海抜920 mにある1,000 m3のメインタンクにポンプで汲み上げられ、次亜塩素酸ナトリウム処理が施される(継続的な塩素消毒、遊離塩素濃度の目標値:0.2 mg/L)。地域の水道本管に入る前に、水はメインタンクから次の150 m3タンクに流れる。このタンクは古く、地中に埋められているため、近付くことができるのはハッチからのみであり、定期的な洗浄は行われていなかった。2019年4月まで、農地にある湧水池3からの水がこのタンクに流入しており、近隣の畜産農場からの汚染物質に曝露していた可能性があった。湧水池3は、技術的な問題によりその後は使用されなかった。

 2019年6月にイタリアの規則による検査が行われ、水道本管からウェルシュ菌(Clostridium perfringens、25 CFU/100 ml)が検出された。他のあらゆる規則違反と同様に、この検出は地域当局に報告された。

○ 水検体の検査結果

 9月16日、メインタンクの排出箇所1カ所および給水システムの2カ所の水3検体が採取された。表1は、細菌および原虫の検査の結果である。

表1:水検体の検査結果(イタリアのTuscan-Emilian Apennines、2019年9月16日(n=3))

CClostridium
CFU:コロニー形成単位(colony-forming unit)
EEscherichia
MPN:最確数(most probable number)
NA:検査未実施
PPseudomonas
a 37℃での大腸菌群。大腸菌(E. coli)、腸球菌、ウェルシュ菌(芽胞を含む)の基準値は「0/100 ml」
b 緑膿菌:規則で定められた基準値なし
c 22℃でのコロニー数: 1 ml中のコロニー数に異常な変化がないこと
d クリプトスポリジウム属原虫:基準値は「0/100 L」
e 遊離塩素濃度(推奨値):0.2 mg/L、飲用水の安全性に関するカットオフ値


○ 便検体および水検体から検出されたクリプトスポリジウムの分子的特性

 Modenaの微生物検査機関からイタリア国立衛生研究所(ISS)に送付されたグループA・Bの計75人の便検体のうち71検体からゲノムDNAが抽出されたが、残り4検体は量が不十分だったため廃棄された。PCR検査、および小サブユニットのrDNAの塩基配列解析により、無作為抽出の8検体からC. parvumが検出された。本アウトブレイクに関連したC. parvumのサブタイプを特定するため、ゲノムDNAの全検体(n=71)にgp60遺伝子増幅のためのPCR検査を行ったところ、56検体(79%)が陽性であった。無作為抽出された16検体のPCR産物の塩基配列解析により、サブタイプは単一(IIdA25G1)であり、塩基配列が、フランスのヒト由来株の配列と100%相同であることが判明した(GenBankのアクセス番号:KT716860)。

 水検体の検査時に作製された顕微鏡用スライド2枚からゲノムDNAの2検体が抽出され、これらのPCR検査の結果もgp60遺伝子陽性であった。水道本管で採取された検体の塩基配列解析により、採取場所1由来のスライドからサブタイプIIdA25G1が、および採取場所2由来のスライドからIIaA15G2R1が検出された。

○アウトブレイク対策

 2019年9月12日、疫学調査の暫定結果が地域当局に報告され、水検体の検査結果が出るまでの初期対策として、小児および65歳以上の入院患者にはボトル入り飲料水を使用することなどが要請された。給水システムからクリプトスポリジウムのオーシストが検出された後、9月19日に地域保健部局は水を煮沸してから使用するように助言した。

 その後まもなく、自治体によってタスクフォースが立ち上げられ、以下の対策が実施された。

 (i)湧水の微生物学的品質に関する検査と管理
 (ii)管理状況が劣悪で検査結果が基準を満たしていない湧水の供給の停止
 (iii)タンクの徹底的な洗浄および消毒
 (iv)湧水池1・2から集水するタンクでの塩素消毒の追加
 (v)集水タンクからメインタンクへの水道管および分配管の消毒

 2019年11月20日に微生物学的検査のための水検体が再び採取され、検査結果は表2の通りである。

表2:水検体の検査結果(イタリアのTuscan-Emilian Apennines、2019年11月20日(n=5))

CClostridium
CFU:コロニー形成単位(colony-forming unit)
EEscherichia
MPN:最確数(most probable number)
NA:検査未実施
PPseudomonas
a 37℃での大腸菌群。大腸菌(E. coli)、腸球菌、ウェルシュ菌(芽胞を含む)の基準値は「0/100 ml」
b 緑膿菌:規則で定められた基準値なし
c 22℃でのコロニー数: 1 ml中のコロニー数に異常な変化がないこと
d クリプトスポリジウム属原虫:基準値は「0/100 L」
e 遊離塩素濃度(推奨値):0.2 mg/L、飲用水の安全性に関するカットオフ値


 水質が許容レベルであることが確認された後、水の煮沸を要請した助言は12月19日に解除され、世界保健機関(WHO)の推奨事項に従った水の安全計画の実施が開始された。



国立医薬品食品衛生研究所安全情報部