(食品安全情報2022年20号(2022/09/28)収載)
要旨
2019年12月27日、フランス公衆衛生局(SpFrance)は、症候群サーベイランスシステム(SurSaUD)を介して、胃腸炎(主に急性胃腸炎(AGE)と嘔吐)による受診者数が2019年12月26日に大幅に増加したことを確認した。この増加は、救急連絡窓口機関(OSCOUR)ネットワークの救急診療科(ED)、および往診を行っている救急対応一般診療医師会のSOSメドゥサン(SOS Médecins)の両方でみられた。これと並行するように、2019年12月26〜27日、報告義務疾患サーベイランスシステムを介して、生の貝類の喫食との関連が疑われる食品由来アウトブレイク(FEO、food-borne event outbreak)が通常よりかなり多くSpFranceに報告された。本報告は、これらの同時発生した複数のアウトブレイクおよびその調査結果についてまとめたものである。
胃腸炎アウトブレイクのアラート
2019年12月26〜27日、フランス本土とコルシカ島におけるAGEと嘔吐によるEDまたはSOSメドゥサンの15歳以上の受診者数(26日:3,925人、27日:4,896人)が、2019年12月1〜25日の1日あたりの平均受診者数(1,161人)と比較して大幅に増加した。
また、12月26〜27日、報告義務疾患サーベイランスシステムを介して、生の貝類(主にカキ)の喫食との関連が疑われるFEOがSpFranceに43件報告された。これは、前年までと比較して異常に多かった。2006年以降、生の貝類の喫食と関連するFEOの12月の報告件数は例年3〜22件であった。
SurSaUDで検知されたAGEによる受診者数の増加、および生の貝類の喫食との関連が疑われるFEOの異常な増加は、2019年12月27日にフランス保健省(DGS)に報告された。
症候群サーベイランス
2004年、SpFranceは、罹患数に関するデータソースであるOSCOURネットワークおよびSOSメドゥサンにもとづく症候群サーベイランスシステム(SurSaUD)を導入した。このシステムによって、疾患に関する長期的傾向のモニタリングが可能になり、季節性または予想外のアウトブレイクを早期に探知することができる。このシステムは現在、海外領土を含むフランス全国にある700カ所のED(国内のEDの92.3%)および62 / 63カ所のSOSメドゥサンから、日ごとのデータ、行政・人口統計学に関する情報、診断コードを収集している。
食品由来アウトブレイクの報告義務疾患サーベイランスシステム
FEOの定義は、2人以上が共通の食品を喫食した後に類似した疾患(通常は胃腸炎)を発症した事例とされている。フランスでは1987年からFEOの報告が義務付けられている。FEOは、まず地域の保健当局(ARS)またはフランス食品総局(DGAL)の地区部局(DDecPP)、あるいはその両方に報告される。次に、全国レベルのSpFranceおよび農業省のDGALに報告される。
アウトブレイク発生の概要
同時期に発生した今回の複数のアウトブレイクの発生期間は、2019年12月26日〜2020年1月5日とされた。サーベイランスシステムによって日々モニターが行われている胃腸炎の指標5項目(AGE、嘔吐、下痢、腹痛、食中毒)のうち、アウトブレイクの発生期間中に受診者数が大幅に増加したのはAGEおよび嘔吐のみであった(図1)。
図1:急性胃腸炎(A、B)と嘔吐(C、D)によるED(OSCOUR)およびSOSメドゥサンの1日あたりの受診者数(15歳以上)およびそれらの総受診者数に対する割合(フランス本土およびコルシカ島、2019年12月1日〜2020年1月5日)
ED:救急診療科
GP:一般診療医
OSCOUR:救急連絡窓口機関
SOS Médecins:往診を行っている救急対応一般診療医師会
2019年12月26日〜2020年1月5日にフランス本土とコルシカ島で、33,500人がAGEと嘔吐によりEDまたはSOSメドゥサンを受診しており、この数字は例年の同時期の平均予測受診者数19,750人を上回った。この平均予測受診者数は、過去7年間(2012〜2018年)のアウトブレイク期間における受診者の割合を、今期の総受診者数に適用して算出したものである。
EDの15歳以上の受診者のうち、AGEは8,957人、嘔吐は3,386人が登録され、総受診者数のそれぞれ2.4%、0.9%であった(表)。AGEと嘔吐による受診者の増加は年末休暇の時期には典型的な現象であるが、症候群サーベイランスが開始されて以来、今期のAGEの割合は最も高く、嘔吐は2番目に高かった(図2)。アウトブレイク期間中のAGEと嘔吐によるED受診者の総受診者数に対する割合は、過去7年間(2012〜2018年)の同期間の平均のそれぞれ1.9倍および1.4倍であった(表)。過去7年間(2012〜2018年)においては、このシステムによって、フランスの約700カ所のEDのうちの少なくとも50%、およびSOSメドゥサンの85%から記録が得られた。
表:急性胃腸炎と嘔吐によるED(OSCOUR)・SOSメドゥサンそれぞれの年齢層別の受診者数およびそれらの総受診者数に対する割合(フランス本土およびコルシカ島(n=33,500)、2019年12月26日〜2020年1月5日)
E:過去7年間(2012〜2018年)の各年該当期間におけるAGEまたは嘔吐による受診者数の総受診者数に対する割合の平均
ED:救急診療科
O:アウトブレイク期間中のAGEと嘔吐による受診者数の総受診者数に対する割合
OSCOUR:救急連絡窓口機関
SOS Médecins:往診を行っている救急対応一般診療医師会
図2:急性胃腸炎(A、B)と嘔吐(C、D)によるED(OSCOUR)・SOSメドゥサンそれぞれの受診日別の受診者数(15歳以上)の総受診者数に対する割合(フランス本土およびコルシカ島、2006年1月1日〜2020年1月5日)
ED:救急診療科
GP:一般診療医
OSCOUR:救急連絡窓口機関
SOS Médecins:往診を行っている救急対応一般診療医師会
SOSメドゥサンの15歳以上の受診者のうち、AGEは19,602人、嘔吐は1,553人が登録され、総受診者数のそれぞれ18.8%、1.5%であった(表)。これらの割合は、過去7年間(2012〜2018年)の同期間の平均のそれぞれ1.7倍、1.2倍であった。AGEの割合は過去7年間で最も高く、嘔吐は過去7年間で2番目に高かった(図2)。
受診者数のピークは2回認められ、2019年12月27日と2020年1月2日であった(図1)。AGEと嘔吐による受診者数は15〜74歳と75歳以上の年齢層で顕著に増加したが(表)、小児(15歳未満)では予測範囲内に収まっていた。
AGEと嘔吐によるED受診後の入院率は、15〜74歳で8.6%(670 / 7,777人)、75歳以上で40.6%(479 / 1,180)であり、過去7年間の同時期(それぞれ9.9%、44.4%)よりやや低かった。
OSCOURおよびSOSメドゥサンの2つのデータソースによると、フランス本土全域とコルシカ島でアウトブレイクが発生した(図3)。アウトブレイク期間中、AGEによる受診者の総受診者数に対する割合は、13地域中5地域で過去7年間の同時期の平均の2倍以上であった。
図3:アウトブレイク期間中の急性胃腸炎によるOSCOUR(A)・SOS Médecins(B)それぞれの受診者数と過去7年間(2012〜2018年)の同期間の受診者数とを比較した地域別比率(フランス本土およびコルシカ島(n=13)、2019年12月26日〜2020年1月5日)
ED:救急診療科
OSCOUR:救急連絡窓口機関
SOS Médecins:往診を行っている救急対応一般診療医師会
生の貝類の喫食との関連が疑われる食品由来アウトブレイク
2019年12月11日〜2020年1月22日に、生の貝類の喫食との関連が疑われるFEOが計197件報告された。患者の定義は、FEOにおいて胃腸炎症状を呈する者とされた。報告された197件での患者は計1,121人で、このうち25人(2.2%)が入院し、死亡者の報告はなかった。患者はほとんどが15歳以上であった(96.8%、年齢情報が得られた719人中695人)。これらのFEOはフランス本土の全地域で発生した(コルシカ島での発生の報告はなかった)。疑われた食品(生の貝類)の喫食日は2019年12月3日〜2020年1月1日で、各FEOにおける喫食日のピークは12月24〜25日(57.4%、113/197件)であった(図4A)。これより小さい喫食日のピークが2019年12月31日〜2020年1月1日にあり、22件(11.2%)が報告された。発症日は2019年12月4日〜2020年1月3日で、12月26日が各FEOにおける初発患者発生日のピークであった(図4B)。主な症状が下痢と嘔吐であることと潜伏期間の長さは、ノロウイルスなどの腸管感染ウイルスによる感染症に一致していた。ARSおよびDDecPPが行った疫学調査により、これらFEOの患者が曝露した共通の食品として生の貝類(主にカキ)が疑われた。
図4:届出義務システムにより報告され、生の貝類の喫食との関連が疑われる複数のFEOにおける、疑い食品の喫食日別件数(A)および初発患者の発症日別件数(B)a(フランス本土およびコルシカ島、2019年12月1日〜2020年1月5日)
FEO:食品由来アウトブレイク
a 疑い食品の喫食日に関する情報は195/197件のFEOで得られ、発症日に関する情報は137/197件のFEOで得られた。
FEO19件の患者計32人から便検体が採取され、胃腸炎ウイルスに関する国立リファレンスセンター(NRC)に送付された。患者26人でノロウイルスの遺伝子群I(GI)、II(GII)、またはその両方が検出された。患者26人のうち10人がノロウイルスおよび他の腸管感染ウイルスに同時感染しており、内訳はロタウイルス(n=1)、サポウイルス(n=5)、エンテロウイルス(n=3)およびアイチウイルス(n=1)であった。患者2人がエンテロウイルスのみに感染していた。患者26人から分離されたノロウイルス35株の解析が行われ、GIとGIIの両方の遺伝子群より遺伝子型10種類が特定された。遺伝子型GI.1(10件のFEO)およびGII.17(6件のFEO)が特に多く検出され、次いでGII.4 Sydney(5件のFEO)、GII.8(4件のFEO)が多く検出された。
FEOの発生が報告された後、DDecPPによる追跡調査が行われた。複数の患者の家庭、生の貝類の生産業者および採捕水域から貝類の検体が採取され、腸管感染ウイルスの検査が行われた。ノロウイルス汚染が確認されたため、行政の決定により採捕水域31カ所が2019年12月21日から2020年1月10日まで閉鎖された。
2019年12月12日〜2020年1月14日に、ルクセンブルク、スウェーデン、デンマーク、スイス、イタリアおよびオランダが、フランス産の生の貝類の喫食による食中毒事例またはフランス産の生の貝類(主に二枚貝)でノロウイルス陽性であったバッチの喫食による食中毒事例の発生を報告した。これについては、食品および飼料に関する早期警告システム(RASFF)で発信された通知11件(参照番号2019.4381、2020.0039、0056、0059、0091、0100、0130、0133、0139、0186、0187)を介して情報が提供された。フランスは、同国で採捕された生の貝類およびノロウイルス汚染の可能性があるフランス産カキの回収について、RASFFに通知3件(2020.0135、0154、0185)を発信した。