(食品安全情報2015年11号(2015/05/27)収載)
要旨
2013年3〜5月、欧州疾病予防管理センター(ECDC)の食品および水由来疾患のための欧州疫学情報共有システム(EPIS-FWD)を介して、複数国にわたるA型肝炎ウイルス(HAV)感染アウトブレイク3件が報告された。本研究の目的は、これらのアウトブレイクを欧州連合および欧州経済領域(EU/EEA)の視点から把握し、このことがこのようなアウトブレイクの検出と調査の能力を向上させる良い機会となることを強調することである。HAV感染アウトブレイクはEU/EEA域内で稀ではないが、複数国にわたる大規模な食品由来アウトブレイクが3カ月間に3件報告され、特に3件中少なくとも2件が冷凍ベリーに関連していたことは予想外であった。このようなアウトブレイクの発生に影響を及ぼす要因として以下が挙げられた。すなわち、欧州における感染感受性者の増加、HAVワクチン接種の実施率の低さ、汚染の可能性がある製品の世界的な貿易によるEU/EEA域内への輸入、および報告の集中に至る「認識の連鎖効果(awareness chain effect)」などである。冷凍ベリーによるHAV感染のリスクを解明するにはさらなる研究が必要である。EU/EEA加盟国でのウイルス感染に対する検査機関の検査能力やサーベイランス、およびHAV常在国に渡航する旅行者へのHAVワクチン接種の推奨を強化すべきである。また、食品由来事例に時機を逸することなく対応するには、EPIS-FWDを介して事例が迅速に報告されることが重要である。
アウトブレイク
2013年3〜5月にEPIS-FWDを介して報告されたHAV感染アウトブレイク3件で、EU/EEA加盟15カ国およびスイスから400人以上の患者が報告された(表参照)。
○アウトブレイク1
まず3月1日にデンマークがアウトブレイクを報告し、続いてフィンランド、ノルウェー、スウェーデンも患者を報告した。8月6日までにこれら北欧4カ国が報告した患者は計106人であった。本アウトブレイクには遺伝子型IBの近縁の2株が関連していた。患者への聞き取り調査、症例対照研究などの疫学調査および食品購入歴調査により、最も可能性の高い感染源としてエジプトおよびモロッコから輸入された冷凍イチゴが指摘された。イチゴは植物学上ベリー類ではないが、ここではベリー類として扱う。冷凍イチゴの広範な検体採取および検査が行われたが、HAVは検出されなかった。
○アウトブレイク2
2件目のアウトブレイクは、まず4月17日にノルウェーが報告し、その後、他の13カ国が関連患者を報告した。8月20日時点で、エジプトの紅海地域の様々な場所から帰国した旅行者107人の感染が報告されている。アウトブレイク株の遺伝子型はIBであったが、塩基配列はアウトブレイク1の2株と異なっていた。患者への聞き取り調査および症例対照研究を含む疫学調査が複数国で行われ、エジプトの様々なホテルに納入された食品、特にイチゴが原因食品として疑われた。
○アウトブレイク3
3件目のアウトブレイクでは2013年8月までにイタリアの住民約200人が感染したと考えられるが、発端は、5月8日にドイツが北イタリアから帰国した旅行者9人の感染をEPIS-FWDを介して報告したことであった。本アウトブレイクではまた、イタリアに旅行したオランダ人1人およびポーランド人5人の感染も報告された。さらに、イタリアへの渡航歴のないアイルランドの住民21人も本アウトブレイク株と塩基配列が同じHAVに感染していた。アウトブレイク株の遺伝子型はIAであった。オランダとポーランドの患者、およびイタリアの患者への聞き取り調査および症例対照研究により、原因食品として輸入冷凍ミックスベリーが特定された。その後アイルランドで行われた症例対照研究も同じ結論に達した。イタリアで冷凍ミックスベリーからHAVが分離されたことを受け、食品および飼料に関する早期警告システム(RASFF)を介して11件の通知が発せられた。これらのRASFF通知の対象となったミックスベリーに含まれるベリー類は、ほとんどが東欧諸国産であった。食品検体由来のいくつかの分離株はアウトブレイク株と同じ塩基配列を示した。
表:複数国にわたる食品由来A型肝炎アウトブレイク(EU/EEA、2013年)
HAV: Hepatitis A Virus(A型肝炎ウイルス)
RASFF: Rapid Alert System for Food and Feed(食品および飼料に関する早期警告システム)
これら3件のアウトブレイクに相互の関連はあるか
疫学的および微生物学的情報から、同時期に発生したこれら3件のHAV感染アウトブレイクに相互の直接的な関連はないと考えられる。この3件のアウトブレイクはすべて、持続的に存在する異なる曝露源によって発生しており、2件ではベリー類の喫食に関連していることが確認され、もう1件ではイチゴが疑いのある原因食品の1つである。北欧諸国のアウトブレイクでは、塩基配列が互いに近縁の2株が同時に蔓延していたことから、感染源のベリーは環境(おそらく下水)によって汚染されたか、または地理的に近い場所で栽培されたと考えられる。
アウトブレイク株のうち3株(北欧諸国のアウトブレイクの2株、エジプトへの渡航歴のある患者に由来する1株)は遺伝子型がIBであった。ミックスベリーに関連したイタリアでのアウトブレイクのアウトブレイク株は遺伝子型がIAであり、イタリアのアウトブレイクと他の2件のアウトブレイクとの関連を否定している。VP1/2A重複領域のゲノムRNA塩基配列の比較により、遺伝子型IBの3株の配列の違いはいずれも2%未満であることがわかった。HAVのゲノムRNA塩基配列の低い変異率を考慮すると、塩基配列の2%の違いは比較的長い系統発生学的進化過程を示している。このことから、ある1株が急速に変異して拡散した可能性は低く、むしろ、遺伝子型IBによる2件のアウトブレイクに関連した複数の株は地理的由来が共通である可能性がある。
このような状況は例外的か、または予想外か
複数国にわたるアウトブレイクが3カ月以内に3件報告されることは予想外の状況である。エジプトのようなHAV常在国から帰国した欧州の旅行者でのHAV感染アウトブレイクは、過去10年間に数件報告されている。ベリー類などの果物の喫食による食品由来HAV感染アウトブレイクも以前に報告されている。このようなアウトブレイクでは、ラズベリー、イチゴ、ブルーベリー、セミドライトマトなどが原因食品であった。またHAV感染アウトブレイクのEU域内での同時発生もこれまでに報告があり、たとえば2008年にチェコ共和国、ラトビアおよびスロバキアで計3件のアウトブレイクが発生した。しかし、これら3件のアウトブレイクではヒト−ヒト感染が主要な伝播経路であった。
いくつかの要因が今回の特殊な状況の原因となった可能性が高い。まず第1に、過去10年間にA型肝炎の罹患率が低下したことと、EU/EEA加盟の多くの国でワクチン接種プログラムにHAVが対象となっていなかったことが重なり、欧州でHAVに感受性の住民が増え、その結果大規模なアウトブレイクが発生する機会があったことが挙げられる。2番目に、HAV常在国への欧州の旅行者でHAVワクチン接種を受ける者が少なく、さらに食事も含まれているリゾート施設に滞在することと旅行者数の増加により、常在地域への旅行者に多数の患者が発生した。3番目に、EUに果物・野菜やその他の食品が大量に輸入され、その後これらが域内で広範に流通することにより、HAVに汚染された食品のEUへの侵入と複数国にわたるアウトブレイクの発生が容易になっている可能性がある。北欧諸国およびイタリアでのアウトブレイクではベリー類の汚染が生産チェーンの早い段階で起った可能性が高く、このため汚染ベリーの流通範囲が広くなった。ベリー類の汚染経路はいくつか考えられる。糞便に汚染された水の収穫前の灌漑への使用、収穫時または加工時のHAV感染従事者による取扱い、流通前の製品への汚染水の散水などである。
1979年のRASFFを介した最初の通知以降、2013年9月15日までに37,100件以上の通知が発せられ、過去5年間の年間の平均件数は3,400件に達している。ベリー中の食品由来ウイルスに関連してこれまでに発せられた通知は35件で、果物・野菜中の病原微生物に関連した通知の7.4%を占めている(35/474)。食品由来ウイルスに汚染されたベリー類に関する通知、およびベリー類に関連する食品由来ウイルス感染アウトブレイクの通知の件数が近年増えている。ベリー類に関連する通知39件のうち、30件(77%)は2009年以降に、12件(31%)は2013年1月1日〜9月15日に発せられた。ベリー類の病原微生物汚染では、ノロウイルス(23件、59%)およびHAV(9件、23%)が最も多かった。ベリー類のHAV汚染に関する9件の通知はすべて2012年11月以降のもので、ベリー類のHAV汚染の頻度が近年上昇していることを示している。また、HAVに汚染された食品に関する通知は30件あったが、このうち16件(53%)は2012年1月1日〜2013年9月15日に発せられたものであった。食品のHAV汚染およびHAV感染アウトブレイクに関する通知は、2012年より前はほとんど(10/14)が甲殻類および二枚貝に関連するものであったが、2012年1月以降はHAV関連の通知の大多数(12/16)が果物・野菜に関するもので、12件のうち9件がベリー類に関するものであった。これは、果物・野菜、特にベリー類のHAV汚染頻度が近年上昇していることを示唆している。サンプリング頻度の増加、および分析方法の精度向上の結果である可能性もある。
まずデンマークにより報告された北欧諸国のアウトブレイクが、その後の2件のアウトブレイクの報告を間接的に促進した可能性がある。実際、北欧諸国でのアウトブレイクについての調査が契機となって、ノルウェーは患者由来のHAV分離株の塩基配列解析を強化し、これにより2件目のアウトブレイクが検出され、EPIS-FWDを介して報告されたと考えられる。同様にこれら2件のアウトブレイクにより、イタリア旅行に関連した患者の検出と、ドイツによるEPIS-FWDを介したその報告が促進された可能性がある。その結果、イタリアの公衆衛生当局者は旅行関連の患者を注視するようになり、ほどなくイタリア国内でのアウトブレイクの発生を認識した。以上のアウトブレイクの間には直接の関連は認められず、これらのアウトブレイク通知の見かけの同時性は、「認識の連鎖効果」によって説明できると考えられる。