環境保健クライテリア 133
Environmental Health Criteria 133

フェニトロチオン  Fenitrothion

(原著184頁,1992年発行)

必ず下記の原文をご参照ください。
IPCS Environmental Health Criteria (EHC) No.133: Fenitrothion (1992)
EHC No.133. Fenitrothion



作成日: 1997年2月24日
1. 物質の同定、物理的・化学的特性
2. 暴露
3. 摂取・代謝・排泄
4. 環境中の生物への影響
5. 実験動物およびin vitro(試験管内)試験系への影響
6. ヒトへの影響
7. 結論
8. 勧告
9. 国際機関によるこれまでの評価


 1.物質の同定、物理的・化学的特性

a 物質の同定

化学式               C9H12NO5PS 


分子量 277.25 一般名 fenitrothion その他の名称 Accothion, Agrothion, Bayer 41831, Bayer S 5660, Cytel, Dybar, Fenitox, MEP, Novathion, Nuvanol, Cyfen, Sumitomo 1102A 主な商品名 Metathion, Novathion, Sumithion, Folithion CAS登録番号 122-14-5 CAS化学名 O, O-dimethyl O-(3-methyl-4-nitrophenyl) phosphorothioate IUPAC名 O, O-dimethyl O-(4-nitro-m-tolyl) phosphorothioate RTECS登録番号 TG0350000 換算係数(20℃) 1ppm = 11.5 mg/m3 1mg/m3 = 0.087 ppm b 物理的・化学的特性 a 物理的状態 液体 色 黄褐色 臭気 化学薬品臭 沸点(0.1mmHg) 140〜145℃(分解) 融点 0.3℃ 比重(25℃/25℃水) 1.32〜1.34   (25℃/4℃水) 1.3227 蒸気圧(20℃) 18 mPa    (20℃) 6×10−6 mmHg 引火点 157℃ 溶解性(30℃) 水 14 mg/l    (20〜25℃) アルコール,エステル,ケトン,芳香族炭化水素 大量に溶ける ジクロロメタン,メタノール,キシレン >1000 g/kg propan‐2‐ol 193 g/kg ヘキサン 42 g/kg n‐オクタノール/水分配係数    3.16 (log Pow) 安定性 アルカリにより加水分解 半減期  4.5時間(0.01N NaOH中.30℃) 145℃で熱分解  a Martin & Worthing (1981), Worthing & Walker (1983),    Meister et al. (1985), Moody et al. (1987) より引用 表 フェニトロチオンの構成成分(工業規格品)a   ―−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−  純度 フェニトロチオン 93%以上(Sumithion) 不純物 O, O‐dimethyl O‐3‐nitro‐m‐tolyl‐phosphorothioate <1.5% O‐methyl O, O‐bis(4‐nitro‐m‐tolyl)‐phosphorothioate <2.5% O‐methyl S‐methyl O‐(4‐nitro‐m‐tolyl)‐phosphorothioate   (S‐異性体) <0.8% O, O‐dimethyl O‐2‐nitro‐m‐tolyl‐phosphorothioate <3.0% O, O‐dimethyl O‐6‐nitro‐m‐tolyl‐phosphorothioate <2.5% O, O‐dimethyl O‐2,4‐dinitro‐m‐tolyl‐phosphorothioate <2.0% O, O‐dimethyl O‐4,6‐dinitro‐m‐tolyl‐phosphorothioate <1.5% 3‐methyl‐4‐nitrophenol <0.5% 異性体混合率  S‐異性体 <0.8%  ―−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−    a FAO/WHO (1988) 2.暴  露  フェニトロチオンは、1959年以来使用されている有機リン系殺虫剤 である。農業では、米・その他の穀類・果実・野菜・貯蔵穀物・綿花の害虫駆除に用 いられている。また、森林の害虫防除および公衆衛生面におけるハエ・蚊・ゴキブリ の駆除にも用いられる。乳剤・微量散布剤(ultra‐low‐volume concentrates)・ 粉剤・顆粒剤・粉粒剤・油剤、他の殺虫剤との混合剤として製剤化されている。フェ ニトロチオンの年間生産量は15,000〜20,000トンである。  フェニトロチオンは、汚染表面からの気化により大気中に入り、散布中に対象地域 を外れて移動し得る。その大部分の土壌からきわめて徐々に溶脱するが、一部の流亡 (run‐off)も推定されている。  フェニトロチオンは光分解や加水分解により分解される。紫外線あるいは太陽光照 射のもとでは、水中のフェニトロチオンの半減期は24時間以下である。微生物相 (micro‐flora)によっても分解が促進され得る。太陽光や微生物が存在しない場合 には、フェニトロチオンは水中で安定である。土壌中では、光分解も行われ得るが、 主要な分解の経路は生分解である。  大気中のフェニトロチオン濃度は、散布直後で5μg/m3程度となり得るが、時間 の経過および施用場所からの距離に応じて著しく減少する。水中での濃度は20μg/m3 になり得るが、速やかに減少する。  連続暴露条件下によるフェニトロチオンの生物濃縮係数は、種々の水生生物種にお いて20〜450の範囲と推算されている。  果実・野菜・穀類におけるフェニトロチオンの残留量は、施用直後で0.001〜9.5 mg/kgの範囲となり得るが、1〜2日の半減期により、速やかに減少する。 3.摂取・代謝・排泄  フェニトロチオンは実験動物の腸管より速やかに吸収されて、 種々の体組織に分布する。フェニトロチオンの経皮吸収における半減期は、サルでは 15〜17時間である。フェニトロチオンの主要な代謝経路はO‐脱メチル化によるP‐O‐ アリル結合の開裂である。フェニトロチオンのニトロ−グループの腸内微生物による 還元は、反芻動物に限って見られる。排出の主要経路は尿経由であり、ラット・モル モット・マウス・イヌにおいては、代謝生成物の大部分は2〜4日以内に排出される。 主要な代謝生成物は、脱メチルフェニトロチオン・脱メチルフェニトロオキソン・ジ メチルチオリン酸・ジメチルリン酸・3‐メチル‐4‐ニトロフェノールおよびその抱 合体であることが知られている。代謝生成物の組成における多くの実験動物の種差と 同種の性差は主として量的相違と見られる。ウサギのみは、尿中に少量ではあるが定 量可能なレベルのフェニトロオキソンとアミノフェニトロオキソンを排泄する。  ウサギおよびイヌについての実験結果は、脂肪組織内へのフェニトロチオンの選択 的な沈着を示した。  フェニトロチオンは、暴露後に乳牛のミルク中で見出されたが、2日後には検出さ れなくなった。  フェニトロチオンは経口経路を通じて容易に吸収されるが、それは速やかに代謝・ 排泄され、体内に長期間残留することはないと考えられる。 4.環境中の生物への影響  環境中で見られるようなフェニトロチオンの濃度では、 土壌あるいは水中の微生物に対していかなる影響も与えない。  フェニトロチオンは、淡水および海水中の水生無脊椎動物に対し高い毒性を示し、 試験された大多数の種に対するLC50(50%致死濃度)値は数μg/lである。Daphnia に対する無影響量(NOEL)は48時間テストにおいて2μg/l以下であり、生涯試験に おける最大許容濃度(a maximum acceptable toxicant concentration:MATC)とし ての0.14μg/lが見出されている。実験池における野外観察と研究では無脊椎動物の 個体数への影響を示したが、推奨された使用法において見られる濃度よりもかなり高 い場合で、個体数の変化は大部分は一時的であった。  フェニトロチオンに対し、魚類は無脊椎動物よりも感受性は低く、その96時間の LC50値は1.7〜10mg/lの範囲内である。最も感受性が高いのは幼生期の初期である。 長期実験では、2種の淡水魚に対し0.1mg/l以上のMATCが確定されている。 フェニトロチオンの森林への散布時の野外試験においては、0.019mg/lまでのフェニ トロチオンの水中濃度で、魚類の野生個体数あるいはケージ内の試験対象の魚類の生 存への影響は見出されなかった。森林へのフェニトロチオンの反復施用は、魚類個体 数に影響を及ぼさなかった。  実験室の試験において、淡水軟体動物は1.2〜15mg/lの範囲のLC50値を示した。森 林への140g/haの散布後では、環境への影響は見られなかった。  フェニトロチオンは、ミツバチに対し高い毒性を示す[局所暴露のLD50は0.03〜0.04 μg/ハチ個体]。多数のミツバチおよび他の種が局地的に死亡したという影響が報告さ れている。しかし、死亡した総数はハチ群個体数のごく僅かのパーセントであった。  鳥類に対する急性経口LD50値は25〜1,190mg/kg体重の範囲内であり、8日間の食餌投 与時のLD50の大多数は5,000mg/kg食餌以上であった。生殖に対する無影響量(NOEL) はウズラでは10mg/kg体重、マガモでは100mg/kg体重であった。鳴禽類の死亡は、フェ ニトロチオンの280g/haの割合の散布後間もなく起こり、森林の樹冠部に住む種の死亡 は560g/haの施用において著しく増加した。420g/haの散布の数日後において210g/haを 散布した後では、ホオジロの繁殖は減少した。多くの研究では、森林へのフェニトロチ オンの散布後間もなく、鳴禽類においてコリンエステラーゼの阻害が示された。  野外観察では、フェニトロチオンの野生小形哺乳類の個体数へのいかなる影響も見 られなかった。 5.実験動物およびin vitro(試験管内)試験系への影響  フェニトロチオンは有機リン酸塩の一種であって、血漿・赤血球・脳および肝組織中 のコリンエステラーゼ活性を阻害する。フェニトロチオンは、より急性毒性の高いフェ ニトロオキソンに代謝される。その毒性は、ある種の有機リン酸塩化合物により増強さ れることがある。  フェニトロチオンは、ラットおよびマウスにおいて330〜1,416mg/kg体重の範囲の経口 LD50値を有する、中等度の毒性を示す殺虫剤である。齧歯類の急性経皮毒性は890mg/kg 体重から2,500mg/kg体重より高い値までの範囲にある。  フェニトロチオンは、眼に対してわずかな刺激を示すが、皮膚への刺激はない。モル モットを用いた研究2件の試験のうち、一方で皮膚感作性が見られた。  フェニトロチオンについてラット・イヌ・モルモット・ウサギを用いた短期試験が、 また、ラット・マウスを用いた長期発がん実験が実施された。ラット・イヌによる短期 実験では、脳内コリンエステラーゼ活性に基づく無毒性量(NOAEL)は、それぞれ10mg/kg 食餌および50mg/kg食餌であった。  ラットおよびマウスの長期実験では、10mg/kg食餌のNOAEL(脳内コリンエステラーゼ 活性に基づく)が示された。  長期実験のいずれにおいても、発がん作用は見出されないことが報告されている。  フェニトロチオンは、in vitro(試験管内)およびin vivo(生体内)試験系におい て変異原性を示さなかった。  フェニトロチオンは、ウサギでは30mg/kg体重まで、ラットでは25mg/kg体重までの投 与量により催奇形性は示さなかった。8mg/kg体重以上の投与量では母獣への毒性が見ら れた。  胎仔期暴露後の成長過程の若齢ラットにおいては、機能発達障害が見られた。この 影響についてのNOELは5mg/kg体重/日であった。  ラットのいくつかの多世代の生殖試験では、形態学的影響は示されなかった。これ らの試験から120mg/kg食餌のNOAELが得られた。  フェニトロチオン暴露の結果として、遅延性の神経毒性は報告されていない。 6.ヒトへの影響  ヒトのボランティアに対する0.042〜0.33mg/kg体重の単回経口投与と、0.04〜0.08 mg/kg体重の反復投与では、血漿および赤血球コリンエステラーゼの阻害を生じさせな かった。代謝生成物の3‐メチル‐4‐ニトロフェノールは24時間以内に尿から排泄さ れた。  いくつかの中毒例が起こっている。中毒の徴候と症状は、副交感神経系の刺激であ る。少数の事例では、毒性発現の開始が遅れ、数か月までの間に再発した。この殺虫 剤の脂肪組織からの遅い放出が、永びく臨床経過あるいは中毒の遅い発症の原因であ ると示唆される。一部の例では、接触皮膚炎がこの殺虫剤への暴露によるものと報告 されている。フェニトロチオンの暴露と遅発性の神経毒性あるいはライ症候群(訳者 注:前駆感染に続いて小児に見られる突然の意識不明で、通常は、脳浮腫や肝・腎細 管の著しい脂肪性変化を伴い死に至る)との関連性を示す証拠はない。  WHOの公衆衛生計画において、いくつかの国において、マラリア予防のためフェニト ロチオンの屋内散布が行われている(散布量:有効成分2.0g/m2)。数千名の居住者の 観察において、毒性の証拠は認められなかったが、例外として1件の研究では居住者 の2%以下に軽度の苦情が報告されている。しかし、散布作業者の約25%が血中コリン エステラーゼ活性の50%までの阻害を示した。50%乳剤の気中散布後に、一部の作業 者には中毒症状が見られ、48時間以内に血中コリンエステラーゼ活性の減少が認めら れた。ある製造工場における5年以上の職業的暴露を受けた男性作業者の15%と、包装 工場の女性作業者の33%に中毒の臨床的徴候と症状が発現した。 それらの作業場におけるフェニトロチオンの気中濃度は0.028〜0.118mg/m3の範囲であ った。 7.結  論 ・ フェニトロチオンは中程度の毒性を有する(moderately toxic)有機リン系殺虫   剤である。しかし、製造あるいは使用中の取り扱い、事故によるあるいは意図的   な摂取による過剰な暴露の場合は重篤な中毒が起こり得る。 ・ 主に農業、林業、公衆衛生活動による一般集団への暴露で、健康への危害は  ない。 ・ 優良作業規範・衛生処置・安全上の予防措置を遵守していれば、フェニトロチオ  ンの職業暴露による危害は起こりそうにない。 ・ 対象外の節足動物に対する高い毒性にもかかわらず、フェニトロチオンは環境中 の動物への悪影響がほとんどない状態で、害虫駆除に広く用いられてきた。 8.勧  告 ・ 作業者および一般の人々の健康と福祉のため、フェニトロチオンの取扱いと適用は、   適切な安全基準を遵守し、適用実施規範に従ってフェニトロチオンを使用する、十   分な指導と訓練を受けた取扱者のみに任せるべきである。 ・ フェニトロチオンの製造・製剤・使用・廃棄は、環境、特に表層水の汚染を最小 にするため、慎重に管理すべきである。 ・ 日常的に暴露される作業者は、定期的な健康診断を受けなければならない。 ・ 対象外の節足動物への影響を避けるため、フェニトロチオンの施用率を制限すべ きである。本殺虫剤は水面あるいは水流に向かって散布してはならない。 9.国際機関によるこれまでの評価  フェニトロチオンは、国連食糧農業機関(FAO)/世界保健機関(WHO)の 合同残留農薬専門家委員会(JMPR)により、1969年、1974年、1976年、1977年、 1979年、1982年、1983年、1984年、1986年、1987年、1988年、1989年(FAO/WHO、 1970、1975、1977、1978、1980、1983、1984、1985、1986、1987、1988、1989)に 評価された。1988年のJMPRは、ヒトに対する一日許容摂取量(ADI:an acceptable daily intake)として、0〜0.005mg/kg体重を設定した。  このADIは、毒性作用を生じさせなかった次の数値に基づいている。  − ラット:10mg/kg食餌で0.5mg/kg体重/日(脳内アセチルコリンエステラーゼ 阻害と生殖に対する影響のデータに基づく)に相当する。  − イ ヌ:50mg/kg食餌で1.25mg/kg体重/日に相当する。  − ヒ ト:0.08mg/kg体重/日(試験された最高値)。  FAO/WHOの規格委員会(Codex Committee)は、特定の食品における最大残留基準 (maximum residue limits:MRLs)を次の通り勧告した(FAO/WHO,1986;1990)。 牛乳 0.002mg/kg キウリ・肉類・タマネギ・ジャガイモ 0.05mg/kg カリフラワー・ココア豆・ナス・コショウ・大豆(乾燥) 0.1mg/kg パン(白)・西洋ネギ・ダイコン 0.2mg/kg リンゴ・キャベツ・赤キャベツ・サクランボ・ブドウ・ レタス・西洋ナシ・エンドウ・イチゴ・茶(乾燥・緑茶)・トマト 0.5mg/kg モモ・コメ(精米すみ) 1mg/kg ミカン果実・小麦粉(白)・加工小麦粉フスマ 2mg/kg 小麦粉(全アラ粉) 5mg/kg 穀類 10mg/kg ナマ小麦フスマ・未加工コメヌカ 20mg/kg  1990年にWHOは、フェニトロチオンの工業製品を「中程度に危険性のある」 (moderately hazardous)(ClassU)の物質と分類した。1977年にWHOは、フ ェニトロチオンについてのデータシート(No.30)を発行した(WHO,1977)。


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