EurosurveillanceからのA型肝炎ウイルス(HAV)感染アウトブレイクに関する食品関連情報
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エジプトからデンマーク、イングランド、ドイツ、オランダ、ノルウェーおよびスウェーデンに帰国した旅行者でのA型肝炎の増加(2012年11月〜2013年3月)
Increase in Hepatitis A in Tourists from Denmark, England, Germany, the Netherlands, Norway and Sweden Returning from Egypt, November 2012 to March 2013
Eurosurveillance, Volume 18, Issue 17, 25 April 2013
http://www.eurosurveillance.org/ViewArticle.aspx?ArticleId=20468

(食品安全情報(微生物)2013年11号(2013/05/29)収載)
 2012年11月以降、欧州の一部の国でエジプトから帰国した旅行者にA型肝炎患者が増加している。エジプトの様々な地域を訪れて2012年11月1日以降に発症したA型肝炎患者は、2013年4月24日時点で80人が報告されている。ノルウェーの患者4人、オランダの6人およびイングランドの5人は、ゲノムRNA塩基配列が同一のA型肝炎ウイルス(HAV)に感染していた。今回の患者の増加から、A型肝炎流行国への旅行者に対するワクチン接種の推奨を強化すべきであると考えられる。

警報

 2013年1月以降、発症前2〜6週間にエジプト旅行歴があるA型肝炎患者6人が、ノルウェー伝染病サーベイランスシステム(MSIS)に報告された。ノルウェーでは、エジプト旅行歴のあるA型肝炎患者の年間報告数は通常1人である。これら6人の患者のうち4人に由来するウイルス分離株のゲノムRNA解析が行われ、4人は同一のRNA塩基配列を持つ遺伝子型1BのHAVに感染していたことがわかった。2013年4月15日、ノルウェー公衆衛生研究所は欧州疫学情報共有システム(EPIS)に、他の欧州諸国でエジプト旅行歴のあるHAV感染者が同期間に増加していないかを問う緊急照会を行った。その際、ノルウェーの患者4人が感染したHAVのゲノム塩基配列(VP1のN末端領域およびVP1/2A領域)データも提出された。これに対し、まず4カ国(デンマーク、ドイツ、オランダ、スウェーデン)が、エジプト旅行歴のあるA型肝炎患者の増加を報告した。2013年4月19日、ノルウェーは欧州委員会(EC)の早期警告・対応システム(EWRS)を介して警報を発した。その後、英国がイングランドに帰国した旅行者でのA型肝炎患者の増加を報告した。エジプトへの旅行者でのA型肝炎患者の増加を報告した欧州連合/欧州経済領域(EU/EEA)加盟国の特定、患者の旅行歴の比較、および旅行者に共通する暴露の特定を行うため、複数国にわたる調査が開始された。

背景

 RKIによる調査でヘッセン州およびブレーマーハーフェン市(Bremerhaven)の患者2人から、志賀毒素2型(vtx2a)産生、インチミン(eae)陰性、enterohaemolysin(hly)陰性の大腸菌血清型O104が分離された。この分離株は、CTX-M型の基質特異性拡張型βラクタマーゼ(ESBL)を産生することにより第三世代セファロスポリンに対し高度の耐性を示し、またトリメトプリム/スルホンアミドやテトラサイクリンをはじめ広範な抗菌剤に対し耐性を示した。さらにMuenster、Paderborn、ハンブルクおよびフランクフルトで分離された13株がMuenster大学病院のHUS関連検査施設で分析され、これらは全て塩基配列型がST678(stx1-stx2+eae-、フラジェリン遺伝子flicH4)で、HUSEC 41グループに属し、O104血清型を示す大腸菌であった。

症例定義

 高度疑い患者の定義は、発症日または検査日(発症日が不明の場合)が2012年11月1日以降で、発症日または検査日の2〜6週間前にエジプトへの旅行歴があり、他にHAV関連の暴露がない抗HAV IgM抗体陽性の有症患者とした。

 確定患者の定義は、分離株のゲノムRNA塩基配列がノルウェーのアウトブレイク株と一致する高度疑い患者とした。除外例は、HAVの遺伝子型または塩基配列がアウトブレイク株と異なるHAV患者とした。高度疑い患者のうちHAVの遺伝子型または塩基配列がアウトブレイク株と異なることが判明した患者は、現在、当該患者からの除外が行われている。

患者の概要

 4月24日時点で、それぞれがエジプトの異なる地域を訪れて2012年11月1日以降に発症したA型肝炎患者が80人報告されている(表2)。患者の46%が男性、年齢範囲は3〜76歳で、発症日は2012年第44週(10月29日〜11月4日)〜2013年第15週(4月8〜14日)である(図)。患者は断続的に発生し、発生数のピークは2013年第6週(2月4〜10日)であった。アウトブレイク株に感染したイングランド、オランダおよびノルウェーのHAV患者の発症日は2013年第5〜13週に集中していた。患者の多くがSharm-El-SheikおよびHurghadaを訪れており(表4)、確定患者は少なくともどちらかへの旅行歴を報告した。

 表2:欧州6カ国からエジプトへの旅行者で2012年11月1日以降にA型肝炎を発症した患者の数(2013年4月24日時点、n=80)

 図:エジプトへの旅行者で2012年11月1日以降にA型肝炎を発症した本アウトブレイクの高度疑い患者および確定患者の居住国および発症週ごとの数(2013年4月24日時点)

 表4:2012年11月1日以降に発症した欧州6カ国の本アウトブレイク関連のA型肝炎患者のエジプトでの訪問先(2013年4月24日時点、n=80)

ノルウェーおよびデンマークの患者への聞き取り調査

 ノルウェーでは、臨床症状、旅行歴および食品の喫食場所に関する情報を収集するため、6人の患者全員に簡潔な質問票による聞き取り調査が行われた。5人が同じ旅行会社を利用してSharm-El-Sheikを訪れていたが、ホテルは2カ所に分かれており、残りの1人は別の旅行会社を利用してHurghadaを訪れていた。6人のうち4人が入院した。デンマークでは、ノルウェーのものと類似した質問票により患者7人のうち5人に聞き取り調査が行われた。3人が同じ旅行会社を利用してSharm-El-Sheikを訪れ、同じホテルに滞在した。Sharm-El-Sheikを訪れた他の1人は別のホテルに滞在した。残りの1人はさらに別の旅行会社を利用してHurghadaを訪れた。ノルウェーおよびデンマークの患者全員が、食事も含まれているホテルか、レストランが付属しているホテルを利用しており、全員がすべてまたはほとんどすべての食事にホテル内の施設を利用したと報告した。ホテル、航空会社、パッケージツアーおよび食品など、すべての患者に共通の可能性がある暴露について、複数国にわたる調査が現在検討されている。

微生物学的調査

 ノルウェーの患者6人のうち4人に由来するHAV株(HAV 1B)のゲノムRNA塩基配列(VP1のN末端領域およびVP1/2A領域)は相互に一致していた。残りの患者由来の株はまだ塩基配列が決定されていない。アウトブレイク配列は欧州食品由来ウイルス(FBVE)ネットワークに既に報告され、Genbankへの登録手続きが進行中である。オランダでは6人の患者由来のHAV株の塩基配列が決定され、VP1/2A領域の440ヌクレオチドの重複領域にアウトブレイク株と同一の配列が認められた。イングランドでは、5人の患者由来のHAV株の塩基配列がノルウェーが報告した配列と一致していることが確認された。

 北欧諸国、ドイツ、オランダおよびイングランドのA型肝炎年間報告患者数は比較的少ない。複数国で同時期に患者数の増加がみられた場合は、HAVの遺伝子型および塩基配列の決定により複数国にわたる患者の相互の関連が明らかになる。しかし、多くの国はこのようなレベルの詳細な検査を日常業務としては行っていない。EPISおよびEWRSを介して情報が発せられた際に患者の増加を報告した国が非常に少なかったのは、このためであった可能性がある。また、本アウトブレイクで特定の国から回答があったことは、北欧諸国で同時期に発生した別のHAVアウトブレイク【食品安全情報(微生物)No.9/2013 (2013.05.01) ECDC記事参照】により意識が高まっていたことも一因である。4カ国が照会に対しまず回答したことは、寒冷地の住民の冬期の旅行先の傾向を反映したものとも考えられる。

ワクチン接種の推奨

 今回患者が発生したすべての国でエジプトへの旅行者にはワクチン接種が強く推奨されていたが、旅行前にワクチン接種を受けていた患者はほとんどいなかった。デンマーク、イングランド、オランダ、ノルウェーおよびスウェーデンの患者では、ワクチン接種に関する情報が得られたすべての患者が未接種であった。ドイツでは規定回数のワクチン接種を受けた患者が1人おり、この患者はワクチン接種の失敗例と解釈されている。情報が得られたドイツの他の患者は全員がワクチン未接種であった。

 今回のアウトブレイクの患者発生国ではHAVワクチンの接種が推奨されているが、イングランドを除いていずれの国も旅行者に対するワクチン接種の費用の補助を行っておらず、また国のワクチン接種プログラムにHAVワクチンを含めていない。イングランドでは、HAVワクチン接種を一般開業医から無料で受けられることが多い。

 ワクチン接種を受けない理由の一つは、旅行者がパッケージツアーではA型肝炎罹患のリスクは低いと思っていることである。公衆衛生当局は、旅行者がワクチン接種の必要性について旅行開始前に十分な情報を入手できるよう、旅行会社の協力を得たいと考えている。最近はオンラインで予約する旅行者が増えているため、ワクチン接種率を向上させる手段として、ワクチン接種に関する情報を予約時に自動的にリマインドさせる方法も提案されている。A型肝炎流行国への旅行者、特にパッケージツアーに参加する旅行者の知識のレベルおよび考え方に関する詳細な調査は、HAVワクチン接種に関する最重要な情報の選択に役立つと考えられる。

結論

 EU/EEA加盟国からエジプトへの旅行者でのA型肝炎アウトブレイクに関する調査は現在進行中で、患者の増加の動向はいまだ不明である。現時点ではエジプトにおける本アウトブレイク株の蔓延の程度は不明であるが、複数の患者由来の分離株が同一の塩基配列を有していることは共通の感染源を示唆している。本アウトブレイクの確定患者が2013年の第5〜10週に集中して発生していることから、この仮説の可能性は高い。2013年4月25日時点で、EPISを介した緊急照会に対して計13カ国が高度疑い患者の定義に一致する患者が1人以上いると回答し、調査を行っている。

(食品安全情報(微生物)No.10/2013 (2013.05.15) ECDC記事参照)


国立医薬品食品衛生研究所安全情報部