Eurosurveillanceからの大腸菌O104関連情報
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志賀毒素/ベロ毒素産生性(STEC/VTEC)大腸菌感染による出血性下痢および溶血性尿毒症症候群(HUS)の大規模アウトブレイク発生時における強化サーベイランス(ドイツ、2011年5〜6月)
ENHANCED SURVEILLANCE DURING A LARGE OUTBREAK OF BLOODY DIARRHOEA AND HAEMOLYTIC URAEMIC SYNDROME CAUSED BY SHIGA TOXIN/VEROTOXIN-PRODUCING ESCHERICHIA COLI IN GERMANY, MAY TO JUNE 2011
Eurosurveillance, Volume 16, Issue 24, 16 June 2011
http://www.eurosurveillance.org/ViewArticle.aspx?ArticleId=19893

(食品安全情報2011年13号(2011/6/29)収載)

 2011年5月19日、ドイツのロベルト・コッホ研究所(RKI)は、志賀毒素/ベロ毒素産生性大腸菌(STEC/VTEC)O104:H4感染による溶血性尿毒症症候群(HUS)患者がハンブルクで多数発生しているとの報告を受け、翌日、当該地域に調査チームを派遣した。患者の急激な増加を受け、5月23日に強化サーベイランスが必要であると確認された。本報告では、2011年5〜6月にドイツで出血性下痢とHUSの大規模なアウトブレイクが発生した際に行われた強化サーベイランスの時系列的な経過と考え方を紹介する。

通常のサーベイランス

 ドイツでは、2001年以降、感染症対策法(Protection against Infection Act: IfSG)によりSTEC/VTEC 感染症およびHUSは法定届出疾患となっている。STEC/VTECサーベイランスは検査機関での検査結果にもとづいており、一方、HUSサーベイランスは医師の報告による。検査機関および医師は、24時間以内に地域保健当局に患者発生を報告しなければならない。地域保健当局は報告データを検証し、コンピュータに入力する。報告患者がRKIのサーベイランスの症例定義に合致する場合、地域保健当局は匿名化したデータを翌週の3就業日以内に州保健当局に送付する。州保健当局は再度データを検証し、翌週中にRKIに送付する。したがって、患者情報が地域保健当局から国の保健当局に届くまで数日から最大で16日を要する。

 疫学情報はRKIから少なくとも1週間に1回、関係当局、医師、検査機関などの関係者に送られる。情報交換手段には、電話会議、RKIが発行している週刊疫学情報誌(Epidemiological Bulletin)、インターネット上のデータベース(SurvStat)などがある。

表:2011年5月1日以降に報告されたHUS患者数および累積発生率(ドイツ、n=470)
疫学的推移

 下痢症の発症日によると、2011年5月1〜8日のHUS新規患者数は1〜2人/日であった(図1)。5月9日からは、HUS患者数の初期の着実な増加がみられた。この増加は以後数日間勢いを増し、5月16日にはHUS報告患者数が最多の39人/日に達した。

図1:下痢症の発症日ごとのHUS報告患者数(報告された発症日が2011年5月1日以降の患者のみ)(ドイツ、n=421)

強化サーベイランス

 今回のアウトブレイクに適切に対応するには、通常のサーベイランスシステムでは不十分であることがすぐに明らかとなった。このため、以下のような変更を行った。

  • 疫学情報交換の集約化

  • 国レベルまでのデータの流れの迅速化

  • 病院の救急部(ED: Emergency Department)における出血性下痢症の症候群サーベイランスシステムの導入

  • ドイツにおけるHUS治療受け入れ能力の評価

  • 検査機関でのアクティブサーベイランスの開始

     通常のサーベイランスシステムと新しく実施したサーベイランスシステムの概要を図1に示す。

    図1:STEC/HUSアウトブレイクの強化サーベイランスにおけるRKIから/までのデータおよび情報の流れ(ドイツ、2011年5〜6月)

    疫学情報交換の集約化

     2011年5月23日、RKIは中央緊急オペレーションセンター“Lagezentrum”を稼動した。RKIの多くのスタッフが疫学情報収集と公衆衛生対応の調整に携わった。5月23日からほぼ毎日、州、国および国外の関係当局と電話会議を行った。また5月24日以降、関係当局、医師および検査機関に疫学報告を毎日提供した。いくつかのアウトブレイク関連記事がEurosurveillanceおよびドイツ疫学情報誌(Epidemiological Bulletin)に発表された。一般に向けては、5月23日以降、RKIのWebサイトにアウトブレイク関連情報を定期的に掲載し、6月3日と10日にプレスリリースを発表した。5月24日から、ドイツ連邦健康教育センター(BZGA)が国民向けにアウトブレイクに関連する公衆衛生上の助言を発表している。

    国レベルまでのデータの流れの迅速化

     州保健当局は、2011年5月23日から27日まで、収集したデータを電子メールで毎日RKIに送付するよう要請された。それと共に5月27日には、一括した報告ではなく個別に患者の報告ができるように、電子サーベイランスシステムを介して毎日IfSGデータを入力・送付するよう要請された。5月26日には医師によるHUS患者の報告を容易にするために専用の報告フォームを提供した。

     また、体系的なデータ収集を確保するため、RKIの現行のサーベイランス症例定義を本アウトブレイクの状況に合わせて調整した。調整を行った点は、期間(発症日は2011年5月1日以降であること)、場所(ドイツとの疫学的な関連があること)および暴露対象者(ドイツで入手した食品を喫食した人など)で、疑い患者も対象に含めた。

     2001〜2010年にRKIに報告されたSTEC/VTEC感染患者は、年平均992人であり、これらの患者とアウトブレイク関連のSTEC/VTEC O104:H4感染患者を区別するのが問題であった。報告された患者の大部分については検査機関の包括的なデータがないことから症例定義を変更し、アウトブレイク株の特徴と一致しない検査結果を除外基準とした。

     6月12日現在、ドイツのアウトブレイクと関連しているSTEC/VTEC感染患者とHUS患者は合計3,228人である(図2)。このうち51%の発症日が5月18〜25日であった。ほとんどの患者について、暴露した場所はドイツの北西部であると考えられた(図3)。HUS患者781人のうち、69%が女性で、88%が20歳以上であった。全体でHUS患者22人が死亡した。STEC/VTEC患者2,447人中59%が女性で、87%が20歳以上であった。STEC/VTEC感染患者のうち13人が死亡した。

    図2:下痢症の発症日別のSTEC/VTEC感染患者とHUS患者報告数(ドイツ、2011年5〜6月、n=2,694)

    図3:暴露したと考えられる場所と、症候群サーベイランスに主体的に参加している救急部別のHUS累積患者数(ドイツ、2011年5〜6月)

     図4は、本アウトブレイク期間中にHUS患者が地域保健当局から国レベルまで報告されるのに要した日数を表している。地域保健当局への報告日がわかっているHUS患者740人(96%)では、要した日数の中央値は2日(25th〜75thパーセンタイル値:1〜4日、最短〜最長:0〜18日)であった。電子サーベイランスシステムを介して初めてHUS患者がRKIに報告されたのは5月18日であった。5月23日にはさらに3人が報告された。その後HUS患者のデータ伝達が迅速化され、5月24日は47人、25日は50人、26日は100人、27日は116人がRKIに報告された。

    図4:HUS患者の地域保健当局への報告日とRKIへの報告日との関連(ドイツ、2011年5〜6月)

    病院の救急部(ED: Emergency Department)における出血性下痢の症候群サーベイランスシステムの実施

     STEC感染患者は出血性下痢症状を伴うことが多いため、STEC感染アウトブレイクの時間的傾向を評価するには、病院の救急部(ED: Emergency Department)でサーベイランスを行うのが適切である。このため、5月27日、EDにおいて出血性下痢症状のある患者とない患者両方についてのサーベイランスを開始した。

     参加したEDはドイツ全州に位置し、本アウトブレイクが発生した地域と発生していない地域の両方にあった。新規患者全員と出血性下痢を呈している患者を対象とし、性別と年齢層別(<20歳、≧20歳)でデータを収集した。データは、電子メールまたはファックスで毎日RKIに送付された。

     6月12日現在、合計174カ所のEDが症候群サーベイランスシステムに参加しており、このうち27カ所がアウトブレイク発生地域内にある。EDが報告した患者数は日によって変わり、さらに過去に遡った患者報告を受け取ることによって集計結果が変わる可能性がある。5月28日〜6月12日、アウトブレイク発生地域ではEDに来院した全患者中4.7%(15,884人中744人)が出血性下痢を呈しており(図5)、この割合は非発生地域では0.8%(55,255人中464人)であった。図5は、アウトブレイク発生地域における出血性下痢患者の性別と年齢層別の分布、参加しているEDの数を示している。患者は女性の方が男性より多く、5月30日以降は女性の比率が低下した。6月6日以降、EDに来院する患者のうち、出血性下痢患者は平均3.6%である。

     

    図5:STEC/HUSアウトブレイクが発生した地域における、EDに来院した全患者のうち出血性下痢を呈した患者(n=744)の性別と年齢層別の割合(ドイツ、2011年5〜6月)

    ドイツにおけるHUS治療受け入れ能力の評価

     5月30日以降、ドイツ腎臓学会は国内のHUS治療のための受け入れ能力に関するデータを収集し、これをRKIに電子メールで定期的に報告した。アウトブレイク期間中、16州中15州の病院79カ所がほぼ毎日情報を提供した。2カ所以外の全病院にHUS患者治療のための十分な受け入れ能力があることが確認された。

    検査機関でのアクティブサーベイランスの開始

     5月25日以降、RKIは、検査機関4カ所に電子メールまたは電話で毎日データを送付するよう依頼した。6月12日現在、通常のサーベイランスシステムで、全STEC/HUS患者3,228人のうち195人(6%)がアウトブレイク株STEC/VTEC O104によるものと確認され、一方、アクティブサーベイランスでは、少なくとも335人の患者検体がアウトブレイク株に関連しているというエビデンスが得られた。

    EUおよび世界保健機関(WHO)への報告

     国際法に従い、5月22日にドイツはヨーロッパ早期警告・対応システム(EWRS: Early Warning and Response System)を介してEUにSTEC/HUSアウトブレイク発生を報告し、5月24日には国際保健規則(IHR: International Health Regulations)に従って国際的に懸念のある公衆衛生上の緊急事態としてアウトブレイクを報告した。RKIは、EWRS、疫学情報共有システム(EPIS: Epidemic Intelligence Information System)および世界保健機関(WHO)に対して更新情報を毎日報告した。

     欧州疾病予防管理センター(ECDC)およびWHOは、ドイツやその他の各国と緊密に連絡をとり、アウトブレイクに関連するドイツ国外STEC/HUS患者(旅行関連)を報告するなど、即座にアウトブレイク調査の支援を開始した。

    結論

     ドイツには、広範な感染症を対象とする確立された法定サーベイランスシステムがある。しかし、このシステムは患者情報が地域レベルから州や国レベルに報告されるまでに比較的長時間かかり、それがアウトブレイクの認識の遅れにつながった。アウトブレイク関連の最初の患者の発症日は5月1日で、5月9日には患者数が急増したものの、国レベルに最初に報告されたのは5月18日であった。この所要期間についてはさらに評価が必要である。今回のアウトブレイクでは、法定サーベイランスシステムに対し迅速かつ効果的な強化を実施する必要があった。医師、検査機関、地域および州の保健当局は、サーベイランスシステムの迅速化と拡大に非常に良く協力した。国民、担当機関、医師および検査機関には、Webサイトの更新、電話会議、報告書などで毎日、情報のフィードバックがはかられた。

     追加のサーベイランス手段は自主的に行われたものであり、今回の公衆衛生上の緊急事態において、よりタイムリーなモニタリングを可能にした。検査機関でのサーベイランスは、特にアウトブレイクの初期段階における確定患者の実数把握を可能にした。ドイツの病院のHUS患者治療受け入れ能力のモニタリングにより、国際援助が必要かどうかを判断することができた。また、EDにおける症候群サーベイランスにより、STEC/VTEC患者の代わりに出血性下痢患者を検出することで、新規患者発生の可能性の時間的傾向を把握することができた。

     ドイツの感染症サーベイランスは、アウトブレイクの状況に合わせて迅速に適応させることができた。しかし、法定サーベイランスシステムにおけるデータの流れの速度については、例えば医師や検査機関の電子報告システムや共通の中央データベースの使用などによって迅速化する必要がある。新規患者の発生傾向を迅速に探知するために、この先少なくとも3カ月間はEDにおける症候群サーベイランスの継続を推奨する。


    国立医薬品食品衛生研究所安全情報部