環境保健クライテリア 167
Environmental Health Criteria 167


アセトアルデヒド  Acetaldehyde


(原著129頁,1995年発行)

-目次-
はじめに
1.要   約
2.研究についての勧告

はじめに

本モノグラフは、主として、アセトアルデヒドへの直接暴露による影響を取り扱っている。しかし、大多数の人々のアセトアルデヒドへの暴露は、アルコール飲料の摂取によるものである(IARC,1988)。これらの飲料は、エタノールを含んでいて、これはアルコール脱水素酵素(デヒドロゲナーゼ)(ADH)によりアセトアルデヒドに代謝される。ADH活性は、肝臓、腎臓、筋肉、腸、卵巣、精巣を含むほとんどすべての組織中で検出されている(Buehler et al., 1983;Agarwal & Goedde,1990)。
しかし、代謝により生成されたアセトアルデヒドについてのデータは、直接的暴露についてのデータがない場合のみに検討されよう。
体液中および体組織試料中のアセトアルデヒドの正確な測定は、比較的難しい。特に、エタノールを含む生体試料中における人為的な(artifactual)アセトアルデヒドの生成については、ごく最近の技術においてのみ考慮されているに過ぎない(Eriksson & Fukunaga,1993)。以前の文献中におけるアセトアルデヒド濃度の数値は過大評価されているであろうから、絶対数値は必要な場合にのみ示すこととする。



1.要   約
1.1 物質の同定、物理的・化学的特性、分析方法
アセトアルデヒドは、無色で窒息性の匂いをもつ揮発性の液体である。その臭気の閾値は0.09mg/m3と報告されている。アセトアルデヒドは、水や大多数の一般的な溶剤と混和し、高い引火性および反応性を有する化合物である。

空気中(呼気を含む)および水中のアセトアルデヒドの検出については分析方法が利用できる。主な方法は、アセトアルデヒドと2,4-ジニトロフェニルヒドラジンとの反応に基づき、その後のヒドラゾン誘導体の高速液体クロマトグラフあるいはガスクロマトグラフによる分析である。

a 物質の同定
化学式C2H4O
化学構造  3次元
分子量44.1
一般名acetaldehyde
CAS化学名acetaldehyde
その他の名称ethanal;acetic aldehyde;acetylaldehyde;
ethylaldehyde;diethylacetal
CAS登録番号75-07-0
RTECS番号AB1925000
換算係数(25℃,101.3kPa=760mmHg)1ppm=1.8mg/m3
1mg/m3=0.56ppm
b 物理的・化学的特性
表 アセトアルデヒドの物理的・化学的特性a
物理的状態 (常温常圧) 揮発性気体
無色
臭気 刺激性、窒息性臭気
薄い溶液は果実臭
臭気閾値 0.09mg/m3(0.05ppm)
比重 (20℃/4℃) 0.778
相対蒸気密度 1.52
沸点 (101.3kPa) 20.2℃
融点 -123.5℃
蒸気圧 (-50℃) 2.5kPa
     (0℃) 44.0kPa
     (20.16℃) 101.3kPa
溶解性 水とほとんどの溶媒に溶解する
水溶液中で、アセトアルデヒドは水和物CH3CH(OH)2と平衡状態にある
アセトアルデヒド約30,000分子に1個の割合で、エノール形、ビニルアルコール(CH2=CHOH)が、平衡状態で存在するa
log n-オクタノール/水分配係数 0.63
解離定数 (0℃,Ka) 0.7×10-14
引火点 (閉鎖系) -38℃
発火温度 185〜193℃
爆発限界 (空気混合物) 4.5〜60.5体積%(アセトアルデヒド)
屈折率 (20/D) 1.33113
反応性 アセトアルデヒドは、反応性の高い化合物で、種々の縮合・付加・重合反応を起こす
アセトアルデヒドは、無水酸類、アルコール類、ケトン類、フェノール類、アンモニア、シアン化水素、硫化水素、リン、ハロゲン類、イソシアン酸塩、強アルカリやアミン類と激しく反応する
その他の特性 400℃より高温で分解し、主にメタンと一酸化炭素を生成する
アセトアルデヒドは、熱や炎にさらされると、引火性が高く、空気中では爆発することがある

a Hagemeyer(1978);IPCS/CEC(1990)より
表 アセトアルデヒドの構成成分(市販品)a
純度 アセトアルデヒド 99%以上
  最大酸性度(酢酸として) 0.1%
比重(0℃/20℃) 0.804〜0.811

a US NRC(1981)
1.2 ヒトおよび環境の暴露源
アセトアルデヒドは、ヒトおよび高等植物における中間代謝物であり、また、アルコール発酵の生成物の一種である。それは食品中、飲料中、タバコの煙中で同定されている。また、自動車排気中や各種産業からの廃棄物中にも存在している。炭化水素類・汚泥・固形の生物廃棄物の分解過程では、屋外での焼却、ガス・燃料油・石炭の燃焼と同レベルのアセトアルデヒドを生成する。

商業的に用いられるアセトアルデヒドの80%以上が、パラジウムと塩化銅の触媒液でエチレンを液相酸化する方法で生産されている。日本における1981年の生産量は32万3,000トン、米国における1982年の生産は28万1,000トン、一方、西ヨーロッパでの1983年の生産量は70万6,000トンであった。商業的に生産されるアセトアルデヒドの大部分は酢酸の製造に用いられている。また、調味料および食品にも用いられている。

米国内におけるすべての発生源からのアセトアルデヒドの放出量は年間1万2,200トンと推算されている。

1.3 環境中の移動、分布、変質
アセトアルデヒドは反応性が高いため、環境区分間の移動は限定されていると考えられる。また、揮発性の高さと吸着係数の低さのため、水および土壌から空気中へのある程度の移行が予想される。

アセトアルデヒドの光反応による大気中からの除去は、主としてラジカル(遊離基)生成を介して起こることが示唆されている。除去過程には、光分解も大きく寄与すると考えられている。これら双方のプロセスにより、大気中のアセトアルデヒドの約80%が毎日消失される、と報告されている。アセトアルデヒドの半減期は、水中では1.9時間、空気中では10〜60時間と報告されている。アセトアルデヒドは容易に生分解される。

1.4 環境中濃度およびヒトの暴露
大気中におけるアセトアルデヒドの濃度は、一般的には5μg/m3である。水中での濃度は、通常は0.1μg/lである。オランダにおいて実施された広範囲の食品分析では、その濃度はおおむね1mg/kg以下であるが、一部の果汁と食酢では、時には数百mg/kgの範囲になる場合もあった。

一般集団の大多数へのアセトアルデヒドの主要な暴露源は、アルコールの代謝を通じてである。喫煙も大きな暴露源である。その他については、アセトアルデヒドへの暴露は主として食品と飲料からであり、空気からもいくらかはある。飲料水による暴露は無視できる程度である。作業場におけるアセトアルデヒド暴露の程度を決定するには、入手し得るデータでは不十分である。作業者は、一部の製造工場およびアルコール発酵過程において暴露され、主な暴露経路は皮膚接触をともなう吸入の可能性が最も高い。

1.5 体内動態および代謝
1.5.1 吸収、分布、排泄
毒性情報について入手し得る研究では、アセトアルデヒドは肺および消化器を通して吸収されるが、適切な定量的研究は確認されていない。経皮吸収の可能性もある。

ラットにおける吸入試験では、アセトアルデヒドは、血液、肝臓、腎臓、脾臓、心臓、その他の筋肉に分布される。アセトアルデヒドのマウス母体への腹腔内(ip)注射後、エタノールのマウス・ラット母体への暴露後には、胎仔において低濃度が検出された。アセトアルデヒド生成は、ラット胎仔およびin vitro(試験管内)のヒト胎盤において認められた。

エタノールのip注射後には、アセトアルデヒドは脳細胞へは入らず、脳間質液への分布が立証された。エタノール代謝中の脳におけるアセトアルデヒドの低濃度の維持には、高い親和性と、アセトアルデヒド脱水素酵素(ALDH)の低いミカリエス定数(Km)(訳者注:酵素反応の速度式に含まれる特性的な定数の一つ)が重要なのであろう。

アセトアルデヒドは、赤血球により取り込まれ、ヒトおよびヒヒのエタノール摂取後には、in vivo(生体内)において、その細胞内濃度は血漿の10倍にもなり得る。

経口投与後では、尿中の未変化体アセトアルデヒドの排泄は、実質上見られなかった。

1.5.2 代謝
アセトアルデヒドの主要な代謝経路は、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD)依存性のALDHの影響下での酢酸塩への酸化である。酢酸塩はアセチル-補酵素A(訳者注:アシル基運搬に関与する補酵素)としてクエン酸経路に入る。アセトアルデヒド酸化率に影響する種々の体内動態と結合変数を持ったいくつかのアイソエンザイム(同位酵素)が存在する。

ALDH活性は、ラットにおいては気道上皮(嗅覚細胞上皮を除く)に、イヌ・ラット・モルモット・ヒヒにおいては腎皮質と腎尿細管に、マウスでは精巣に限局している。

アセトアルデヒドは、マウスおよびラットのin vitroの胚組織において代謝される。アセトアルデヒドは、胎盤での代謝にもかかわらず、ラットでは胎盤を通過する。

ヒトにおいては、アセトアルデヒドは腎尿細管において一部の代謝が行われるが、肝臓が最も重要な代謝部位である。

ヒトの肝臓およびその他の組織において、ALDHのいくつかのアイソエンザイムの構造が確認されている。ミトコンドリアのALDHには多形性が存在する。ALDHをコードするミトコンドリア遺伝子に点突然変異を、同型接合体あるいは異型接合体として有する被験者では、この酵素活性は低く、アセトアルデヒドの代謝は遅く、エタノールに対する耐性は認められない。

アセトアルデヒドの代謝は、クロトンアルデヒド、ジメチルマレイン酸、ホロン、ジスルフィラム、カルバミドカルシウムにより阻害される。

1.5.3 その他の化合物との反応
アセトアルデヒドは、タンパク質と安定な、また不安定な付加体を生成する。これは、酵素活性阻害、ヒストン-DNA結合の阻害、チュブリン(訳者注:細胞の微小管を形成する球状タンパク質)の重合の阻害により立証されている通り、タンパク質の機能を障害する。

その重要性が未確定のアセトアルデヒドの不安定な付加体は、核酸に対しても、in vitroで発生する。

アセトアルデヒドは、生体内の種々の高分子、特にこれらの分子の生物機能を著しく変化させる残留リジン含有物と選択的に反応する。

1.6 環境中生物への影響
1.6.1 水生生物
魚類におけるLC50(50%致死濃度)は、35mg/l(グッピー)から140mg/l(魚種は特定せず)の範囲である。藻類に対するEC5(5%効果濃度)は82mg/l、ミジンコ属(Daphnia magna)のEC50(50%効果濃度)は42mg/lと報告されている。
1.6.2 陸生生物
空気中のアセトアルデヒドは、比較的低濃度において、一部の微生物に対し毒性を示すように見える。

アブラムシは、0.36μg/m3の濃度のアセトアルデヒドの3ないし4時間の暴露により死滅した。

ナメクジのArion hortensisおよびAgriolimax reticulatusに対する致死量の中間値は、それぞれ8.91mg/l/時間および7.69mg/l/時間であった。

アセトアルデヒド(1.52mg/lまで)のタマネギ、ニンジン、トマトに対する発芽阻害は可逆的であったが、一方、ヒユ、ハゲイトウ(Amaranthus palmeri)への同様の暴露による阻害は不可逆的であった。0.54μg/m3のアセトアルデヒドはレタスに損傷を与えた。

1.7 実験動物およびin vitro(試験管内)試験系への影響
1.7.1 単回暴露
ラットおよびマウスにおけるLD50と、ラットとシリアンハムスターのLC50は、アセトアルデヒドの急性毒性が低いことを示している。急性経皮試験は実施されていない。
1.7.2 短期および長期暴露
経口および吸入の双方の経路による反復投与試験において、比較的低濃度による毒性影響は、最初の接触部位に限定されている。アセトアルデヒドの675mg/kg体重[無影響量(no-observed-effect level:NOEL)は125mg/kg体重]を飲料水中に投与したラットの28日間の毒性試験においては、その影響は前胃の軽度の巣状の過角化症に限局されていた。単一用量(飲料水中に0.05%)を6カ月間投与(タスク・グループにより、約40mg/kg体重と推算された)した後の生化学検査では、アセトアルデヒドはラットの肝臓コラーゲンの生成を誘発し、この観察はin vitroのデータによっても確認されている。

吸入による呼吸への影響のNOELは、ラットの4週間暴露では275mg/m3、ハムスターの13週間暴露では700mg/m3であった。影響発現最低濃度においては、ラットでは臭覚細胞上皮(437mg/m3)の、また、ハムスターでは気管(2,400mg/m3)の変性が認められた。より高濃度では、呼吸器上皮と喉頭における変性が観察された。経皮反復投与試験は確認されていない。

1.7.3 生殖、胚毒性、催奇形性
いくつかの試験において、ラットおよびマウスへのアセトアルデヒドの非経口暴露は胎仔に奇形を誘発した。これらの試験の大多数において、母体毒性は評価されていない。生殖毒性についてのデータは確認されていない。
1.7.4 変異原性および関連の特性
アセトアルデヒドはin vitroで遺伝毒性を示し、外因性の代謝活性化なしの状態で、哺乳類細胞において、遺伝子突然変異、染色体異常、姉妹染色分体交換(SCEs)を誘発する。しかし、サルモネラ菌による試験においては、陰性の結果が報告されている。

腹膜内注射後には、アセトアルデヒドはチャイニーズハムスターおよびマウスの骨髄においてSCEsを誘発した。しかし、腹腔内投与のアセトアルデヒドは、マウスの初期精子細胞の小核の出現頻度を増加させることはなかった。In vitroおよびin vivoの研究からの間接的な証拠は、アセトアルデヒドはタンパク質-DNAおよびDNA-DNA橋架け結合を誘発することを示唆している。

1.7.5 発がん性
アセトアルデヒドに暴露されたラットおよびハムスターの吸入試験においては、腫瘍発生率の増加が認められている。ラットでは、鼻部の腺がんおよび扁平上皮がんの用量相関性の増加が見られた(すべての用量において有意)。しかし、ハムスターでは、鼻部および喉頭のがん腫の増加は有意ではなかった。本試験で投与されたすべての濃度のアセトアルデヒドは、気道に慢性的組織損傷を誘発した。
1.7.6 特殊な研究
アセトアルデヒドの、神経および免疫毒性についての適切な研究は確認されていない。
1.8 ヒトへの影響
ヒトのボランティアについての少数の研究では、約90および240mg/m3以上の濃度の極めて短時間の暴露により、アセトアルデヒドは眼と上気道に軽度の刺激を示した。12人の「東洋系」の被験者において、アセトアルデヒドの皮膚貼付試験では、皮膚の紅疹が認められた。

1件の限られた研究では、アセトアルデヒドおよび他の化合物に暴露された作業者において、がん発生率の検討が報告されている。

間接的な証拠に基づいて、アセトアルデヒドは、アルコールによる肝臓損傷、顔面紅潮、成長段階の影響の誘発において、推定上の毒性代謝生成物として推定されてきた。

1.9 ヒトの健康上のリスクおよび環境への影響の評価
実験動物について実施された、吸入および経口経路によるアセトアルデヒドの急性毒性は低い。ヒトおよび動物についての試験によれば、アセトアルデヒドは、眼および上気道に軽度の刺激を与える。ヒトのボランティアによる少数の研究では、アセトアルデヒドは眼と上気道に軽度の刺激を示す。ヒトの皮膚貼付試験では皮膚の紅疹も認められた。アセトアルデヒドの感作性(訳者注:過敏状態の誘発)のメカニズムは確認されているが、入手し得るデータは、その誘発の可能性を評価するには不十分である。

アセトアルデヒドの摂取後の影響について、入手できるデータは限られている。ラットに対する675mg/kg体重/日の経口投与後には、前胃の過角化症に境界線上の増加(borderline increase)が認められた(NOEL:125mg/kg体重)。飲料水中の約40mg/kg体重の濃度のアセトアルデヒドに6カ月間暴露されたラットにおいては、肝臓中のコラーゲン生成が増加したが、その有意性については不明確である。

ラットおよびハムスターについての試験に基づいた場合、吸入実験の標的組織は上気道である。入手できる実験結果では、影響の認められる最低濃度は437mg/m3の5週間の投与後であった。呼吸への影響に対するNOELは、ラットにおいては275mg/m3の4週間暴露であり、ハムスターでは700mg/m3の13週間暴露であった。

気道に組織損傷を誘発する濃度では、ラットにおいては鼻部の腺がんと扁平上皮がん、また、ハムスターでは咽喉および鼻部のがん腫の発生率増加が認められた。

アセトアルデヒドには、体細胞に対しin vivoにおいて遺伝学上の損傷を生じさせることを示唆する証拠が存在する。

アセトアルデヒドに一般的にあるいは職業的に暴露される集団において、その暴露に関連する、生殖、発生、神経学的、免疫学的の影響を評価するには、入手し得るデータでは不十分である。

ヒトにおける刺激性のデータに基づき、許容し得る濃度として2mg/m3が推定された。アセトアルデヒドによる腫瘍誘発のメカニズムは十分には研究されていないため、この特性についての指針として、不確定要素による齧歯類の気道刺激性の作用濃度の分割に基づく許容濃度の設定と、線型外挿に基づく生涯がんリスクの推算という2種類のアプローチが適用された。これらより、許容濃度は0.3mg/m3、生涯リスクの10-5の増加に相当する濃度は11〜65μg/m3と算定された。

限られたデータしか存在しないため、環境生物相に対するアセトアルデヒドのリスクについて決定的な結論を下すことはできない。しかし、アセトアルデヒドは空気中および水中での半減期が短いこと、容易に分解されるという事実に基づいた場合、水生および陸生環境中の生物類に対するアセトアルデヒドの影響は、工場における放出あるいは漏洩以外では低いと考えられる。




2.研究についての勧告
1.アセトアルデヒドの、環境中における運命(fate)と、生物相に対する影響についての追加的な研究。
2.職業環境における作業者の暴露と、工場設備の近所における濃度についての追加情報。
3.細胞毒性を誘発しない用量(例えば275mg/m3)を含む吸入経路による発がん性試験。
4.アセトアルデヒド付加タンパクのような、アセトアルデヒドの副産物の生物学的重要性についての研究。
5.適切な暴露経路による、病原性、生殖・発生毒性、in vivoの遺伝毒性の研究。
6.実験動物における、摂取後の毒性についての追加的研究。
7.アセトアルデヒドに暴露された作業者における刺激の研究。