メチルイソブチルケトン(MIBK)は、甘い匂いのする透明の液体で、溶剤としての広い用途のために商業的に生産されている。それはフレームイオン化検出器付きガスクロマトグラフィーにより測定できる。また、速やかに大気中に蒸発し、光により急速に変質する。MIBKは容易に生分解を受け、中程度の水溶解性と低いオクタノール/水分配係数と相まって、その生物濃縮は低いことを示唆している。各国における職業暴露の限界値は、時間荷重平均(TWA)で100〜410mg/m3、天井値(CLV)で5〜300mg/m3である。
MIBKは容易に代謝され、水溶性の排泄生成物に変化し、経口および吸入経路により暴露した動物は、低い急性全身毒性を示す。動物実験では、末梢軸索突起(訳者注:神経鞘内を通る神経線維)異常(peripheral axonopathy)は報告されていない。正確なLC50(50%致死濃度)のデータは存在しない。16,400mg/m3(4,000ppm)の4時間の暴露によってラットに致死性を示した。液体のMIBKおよび10〜410mg/m3(2.4〜100ppm)の範囲の濃度の蒸気は、眼および上部呼吸器官に刺激を与える。200mg/m3(50ppm)までの濃度では、ヒトにおける単純反応時間あるいは暗算テストに著しい影響を及ぼすことはなかった。長期あるいは反復の接触により、皮膚は乾燥し薄片となって剥げ落ちることがある。MIBK液の偶発的な吸い込みは化学物質起因性の肺炎を発生させる。ラットによる90日間の食餌実験においては、50mg/kg体重/日の無影響量(NOEL:no-observed-effect level)が見出された。また、ラットとマウスを用いた90日間の吸入実験では4,100mg/m3(1,000ppm)までの濃度では、生命の脅威となるような毒性の徴候は発生しなかった。
しかし、化合物に関連する可逆的な形態学的変化が肝臓および腎臓内で報告されている。多数の実験は、1,025mg/m3(250ppm)の濃度でもMIBKは肝臓の大きさを増大する可能性を示している。4,100mg/m3(1,000ppm)での50日間の暴露では、ニワトリの肝臓内においてミクロソームの酵素代謝を誘導した。より高い用量(8,180mg/m3、1,996ppm)における影響は肝臓重量の増加のみで、組織学的損傷は認められなかった。マウス・ラット・イヌ・サルによる90日間の実験では、オス・ラットのみが腎臓の近位(訳者注:身体の中央に近い)尿細管内に硝子滴の形成(硝子滴毒性尿細管ネフローゼ)が見られた。このオス・ラットにおける影響は可逆性であり、ヒトに対しての重要性は疑わしい。酵素誘導はMIBKのハロアルカン(訳者注:ハロゲンを含む飽和鎖状炭化水素)の毒性の根拠なのであろう。また、MIBKはビリルビン有無のいずれの場合においても、マンガンによる胆汁分泌促進作用の可能性を高めることができる。
MIBKの205mg/m3(50ppm)に7日間暴露されたヒヒは、ニューロビヘイビア(神経挙動)への影響が報告されている。
MIBKが明らかな母体毒性を生じさせる濃度(12,300mg/m3、3,000ppm)では胎児毒性を示すが、この濃度では胚毒性あるいは催奇形性は認められなかった。また、濃度4,100mg/m3(1,000ppm)では、ラットおよびマウスにおいて、胚毒性・胎児毒性・催奇形性は認められなかった。
MIBKの遺伝毒性は、in vitro(試験管内)の細菌・酵母菌・哺乳類細胞の試験およびマウスにおける小核試験などを含む多数の短期試験により検討された。これらの試験はMIBKには遺伝毒性がないことを示している。長期試験あるいは発がん性試験の報告は入手できない。
MIBKは410mg/m3(100ppm)において、ヒトの中枢神経系への可逆性の抑制作用と、それに共存する眼の刺激・頭痛・吐き気・目まい・疲労を誘発し得るが、それが神経系に永続的な損傷をもたらすとの証拠はない。
水生生物類および微生物類に対するMIBKの毒性は低い。
MIBKの比較的高い蒸発性、大気中での速やかな光変換、迅速な生分解性、哺乳類および水生生物類に対する低い毒性は、本物質の環境への悪影響は、事故による漏洩あるいは工場からの野放しの放流の後でのみ起こるらしいことを示している。