環境保健クライテリア 117
Environmental Health Criteria 117


メチルイソブチルケトン Methyl Isobutyl Ketone


(原著79頁,1990年発行)

-目次-
1.要   約
2.勧   告
3.今後の研究

1.要   約
メチルイソブチルケトン(MIBK)は、甘い匂いのする透明の液体で、溶剤としての広い用途のために商業的に生産されている。それはフレームイオン化検出器付きガスクロマトグラフィーにより測定できる。また、速やかに大気中に蒸発し、光により急速に変質する。MIBKは容易に生分解を受け、中程度の水溶解性と低いオクタノール/水分配係数と相まって、その生物濃縮は低いことを示唆している。各国における職業暴露の限界値は、時間荷重平均(TWA)で100〜410mg/m3、天井値(CLV)で5〜300mg/m3である。

MIBKは容易に代謝され、水溶性の排泄生成物に変化し、経口および吸入経路により暴露した動物は、低い急性全身毒性を示す。動物実験では、末梢軸索突起(訳者注:神経鞘内を通る神経線維)異常(peripheral axonopathy)は報告されていない。正確なLC50(50%致死濃度)のデータは存在しない。16,400mg/m3(4,000ppm)の4時間の暴露によってラットに致死性を示した。液体のMIBKおよび10〜410mg/m3(2.4〜100ppm)の範囲の濃度の蒸気は、眼および上部呼吸器官に刺激を与える。200mg/m3(50ppm)までの濃度では、ヒトにおける単純反応時間あるいは暗算テストに著しい影響を及ぼすことはなかった。長期あるいは反復の接触により、皮膚は乾燥し薄片となって剥げ落ちることがある。MIBK液の偶発的な吸い込みは化学物質起因性の肺炎を発生させる。ラットによる90日間の食餌実験においては、50mg/kg体重/日の無影響量(NOEL:no-observed-effect level)が見出された。また、ラットとマウスを用いた90日間の吸入実験では4,100mg/m3(1,000ppm)までの濃度では、生命の脅威となるような毒性の徴候は発生しなかった。

しかし、化合物に関連する可逆的な形態学的変化が肝臓および腎臓内で報告されている。多数の実験は、1,025mg/m3(250ppm)の濃度でもMIBKは肝臓の大きさを増大する可能性を示している。4,100mg/m3(1,000ppm)での50日間の暴露では、ニワトリの肝臓内においてミクロソームの酵素代謝を誘導した。より高い用量(8,180mg/m3、1,996ppm)における影響は肝臓重量の増加のみで、組織学的損傷は認められなかった。マウス・ラット・イヌ・サルによる90日間の実験では、オス・ラットのみが腎臓の近位(訳者注:身体の中央に近い)尿細管内に硝子滴の形成(硝子滴毒性尿細管ネフローゼ)が見られた。このオス・ラットにおける影響は可逆性であり、ヒトに対しての重要性は疑わしい。酵素誘導はMIBKのハロアルカン(訳者注:ハロゲンを含む飽和鎖状炭化水素)の毒性の根拠なのであろう。また、MIBKはビリルビン有無のいずれの場合においても、マンガンによる胆汁分泌促進作用の可能性を高めることができる。

MIBKの205mg/m3(50ppm)に7日間暴露されたヒヒは、ニューロビヘイビア(神経挙動)への影響が報告されている。

MIBKが明らかな母体毒性を生じさせる濃度(12,300mg/m3、3,000ppm)では胎児毒性を示すが、この濃度では胚毒性あるいは催奇形性は認められなかった。また、濃度4,100mg/m3(1,000ppm)では、ラットおよびマウスにおいて、胚毒性・胎児毒性・催奇形性は認められなかった。

MIBKの遺伝毒性は、in vitro(試験管内)の細菌・酵母菌・哺乳類細胞の試験およびマウスにおける小核試験などを含む多数の短期試験により検討された。これらの試験はMIBKには遺伝毒性がないことを示している。長期試験あるいは発がん性試験の報告は入手できない。

MIBKは410mg/m3(100ppm)において、ヒトの中枢神経系への可逆性の抑制作用と、それに共存する眼の刺激・頭痛・吐き気・目まい・疲労を誘発し得るが、それが神経系に永続的な損傷をもたらすとの証拠はない。

水生生物類および微生物類に対するMIBKの毒性は低い。

MIBKの比較的高い蒸発性、大気中での速やかな光変換、迅速な生分解性、哺乳類および水生生物類に対する低い毒性は、本物質の環境への悪影響は、事故による漏洩あるいは工場からの野放しの放流の後でのみ起こるらしいことを示している。

1.1 物質の同定、物理的・化学的特性、分析方法
a 物質の同定
化学式C6H12O
化学構造  3次元
分子量100.16
一般名methyl isobutyl ketone
その他の名称MIK,4-methyl-2-pentanone,2-methyl-4-pentanone, hexanone, hexone, isopropyl-acetone,
4-methyl pentan-2-one,4-methyl-2-oxopentane,
2-methyl propyl methyl ketone, isobutylmethyl ketone
略称MIBK
CAS登録番号108-10-1
換算係数1ppm=4.1mg/m3
1mg/m3=0.244ppm
b 物理的・化学的特性
表 メチルイソブチルケトンの物理的・化学的特性a
物理的状態透明液体
無色
臭気/味甘い匂い
臭気閾値限界1.64mg/m3(0.4ppm)b
1.68mg/m3(0.41ppm)a
比重 (20℃/4℃)0.8017
蒸気密度 (空気=1)3.45
沸点 (101kPa)116.2℃ (範囲116〜119℃)c
凝固点-80.26℃ (範囲-80〜-85℃)c
蒸気圧 (20℃)1.99kPa
水溶解性 (20℃)17g/l
オクタノール/水分配係数
 (logPow)
1.38 d
水/空気分配係数79 e
血液/空気分配係数90 e
油/空気分配係数926 e
引火点 (閉鎖系)14℃
発火温度460℃
大気中爆発限界 (101kPa)1.4〜7.5体積%
大気中飽和濃度 (20℃,101kPa)27g/m3
屈折率(ND) (20℃)1.395〜1.397
粘性率 (20℃)0.58〜0.61mPa・s
反応性メチルイソブチルケトンは過酸化物、硝酸塩、過塩化物などの酸化剤、および還元剤または第3ブトキシドカリウムと激しく反応する
その他の性質f加熱すると、メチルイソブチルケトンは、自動酸化して過酸化物類を生成し、これらは自然に爆発することがある

aVerschueren(1983)より
bRuth(1986)より
c範囲は商業品の数値
dLeo & Weininger(1984)より
eSato & Nakajima(1979)より
fSax(1979)
表 メチルイソブチルケトンの構成成分
純度メチルイソブチルケトン99重量 %
不純物ジメチルヘプタン<0.3 %
<0.1 %
メチルイソブチルカルビノール<0.06 %
メシチルオキシド<0.03 %
酢酸としての酸性度<0.002%
不揮発物質<0.002%



2.勧   告
ヒトの一般集団が暴露されると考えられるMIBKの濃度においては、いかなる危険性(hazard)もありそうには考えられない。主要な暴露経路が吸入である職業衛生問題においては、気中濃度は適切に計画された作業工程および換気を含む技術的制御により、勧告された職業暴露限度以下に維持されなければならない。皮膚および眼の汚染は避けるべきである。閉鎖空間、緊急時、ある種の整備作業においては、適当な保護衣と呼吸保護器具を容易に使用できるようにすべきである。MIBKは可燃性であり、そのように取り扱うべきである。

微生物類および魚類に対するMIBKの毒性は低く、環境中におけるその半減期は短い。したがって、排出を最小にするために適切に管理されれば、環境にリスクをもたらすことはない。大規模の放出は、環境に対して局地的な有害影響を与えることがあり得る。




3.今後の研究
1.MIBKは多くの酵素系に対し影響を与える。したがって、これらの酵素類により代謝される生体異物(xenobiotics)の生体内変化に著しい影響を及ぼす。ヒトは通常、1種類以上の化合物に暴露されているため、MIBKを含む混合物の複合影響の研究に着手すべきである。
2.MIBKは、ヒトの中枢神経系(すなわち、反応時間・行動影響)、上部気道、粘膜、腎機能に対する影響について入手し得る用量-反応関係の情報は極めて限られている。MIBK単独および他の溶剤との混合物についての毒性動態に関する情報がさらに必要である。また、MIBKの皮膚浸透性を評価すべきである。
3.中程度の濃度のMIBK単独および他の溶剤との混合物によって長期暴露される神経系への影響を解明するため、疫学研究に着手すべきである。