環境保健クライテリア 163
Environmental Health Criteria 163

クロロホルム Chloroform

(原著174頁,1994年発行)

更新日: 1997年1月7日
目次 1. 物質の同定、物理的・化学的特性、分析方法
2. 要約
3. 今後の研究
4. 国際機関によるこれまでの評価

→目 次




1. 物質の同定,物理的・化学的特性,分析方法
a 物質の同定
 化学式	CHCl3
 化学構造

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 一般名 chloroform  その他の名称 trichloromethane, methane trichloride,   trichloroform, methyl trichloride,   methenyl trichloride  CAS登録番号 67-66-3  CAS化学名 chloroform  RTECS登録番号 FS9100000 b 物理的・化学的特性  表 クロロホルムの物理的・化学的特性  色 無色  分子量 119.38  沸点(101.3kPa) 61.3℃  融点 −63.2℃  比重(20℃) 1.484  屈折率(Nd20) 1.4467  熱容量(20℃) 0.979 kJ/kg℃  臨界温度 263.4℃  臨界圧 5.45 MPa  臨界密度 500 kg/m3  発火温度 > 1000℃  水溶解性(25℃) 7.5〜9.3 g/l  燃焼熱 373 kJ/mol  蒸発熱(標準沸点) 247 kJ/kg  蒸気密度(101.3kPa,0℃) 4.36kg/m3  蒸気圧(0℃) 8.13 kPa     (20℃) 21.28 kPa  安定性 空気や光によりホスゲン,塩化水素,塩素に分解  log Kow 1.97   (オクタノール/水分配係数)


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2.要   約  クロロホルムは、特徴的な臭気と灼けるような甘い味をもった透明で無色の蒸発性 の液体である。それは光化学的に分解し、引火性でなく、大多数の有機溶剤に溶ける。 しかし、その水溶解性は限られる。ホスゲンおよび塩酸が化学的分解により生成され る。  クロロホルムは、溶剤および化学的中間体として殺虫剤の製造に用いられる。一部 の国では、その麻酔剤としての使用と販売を禁止している。その工業生産量は、1987 年において総計440,000トンに達している。また、大量のクロロホルムは水の塩素処 理および紙パルプの漂白においても生産される。  空気中、水中、生物学的試料中のクロロホルムの分析には、いくつかの方法がある。 これらの方法の大多数は、直接カラム注入法、活性化吸着剤上の吸着あるいは冷却ト ラップ内の濃縮、その後の脱着あるいは溶剤抽出による蒸発または加熱、さらに次に 続けて行うガスクロマトグラフ分析に基づいている。  水中に存在するクロロホルムの大部分は、その揮発性により、終局的には空気中に 移動するものと推定されている。クロロホルムは、空気中において数カ月の滞留期間 があり、化学的変質を通じて大気中から除去される。それは土壌および帯水層の好気 性微生物群による生分解に抵抗性を示し、内生的基質上に生存し、あるいは酢酸塩 により補足される。生分解は嫌気性の条件下でおこると考えられる。淡水魚中におけ るその生物濃縮は少ない。浄化作用は迅速である。  各種の媒体よりの平均的暴露の予測によると、一般集団は、主として食物、飲料水、 室内空気からのそれぞれほぼ同量のクロロホルムに暴露されている。屋外空気からの 取り込み量は、極めて少ないと推定されている。1日当りの取り込み総量は、約2μ g/kg体重と推測されている。入手し得るデータによれば、家庭内での水の使用は、室 内空気中のクロロホルムの濃度と暴露総量に大きく寄与することも示している。比較 的高濃度のクロロホルムを含む水道水が供給されている住居に住んでいる一部の人 の取り込み総量は、1日当り10 μg/ kg体重まで増加すると推定されている。  クロロホルムは、動物およびヒトにおいて、経口投与後によく吸収されるが、吸収 動態は送達媒体(the vehicle of delivery)により左右される。ヒトの場合、吸入後に は、吸入量の60〜80%が吸収される。クロロホルム吸入後の吸収動態に影響する主 な因子は、その濃度と動物種に特異的な代謝能力である。それはヒトや動物の皮膚を 通して容易に吸収され、シャワー中の水からの多量のクロロホルムの皮膚吸収が立証 されている。皮膚の水和(hydration)は、クロロホルムの吸収を促進するように見 える。  クロロホルムは全身にわたって分布される。組織中の最高濃度には、脂肪、血液、 肝臓、腎臓、肺、神経系の中で達する。分布状況は、その暴露経路に依存し、肝臓以 外の組織では、摂取されたクロロホルムよりも吸入あるいは皮膚より吸収されたクロ ロホルムの方をより多く受け入れる。クロロホルムの胎盤通過は、数種の動物および ヒトにおいて認められている。クロロホルムは、主として二酸化炭素を呼気として排 出する。未代謝のクロロホルムは、他の組織よりも脂肪内に長く残留する。  クロロホルムの酸化的な生体内変化(oxidative biotransformation)は、チトクロ ームP-450による触媒作用を受けてトリクロロメタノールを生成する。トリクロロメ タノールからのHClが消失して、反応性の中間体のホスゲンが生成される。ホスゲ ンは、水と反応し二酸化炭素の生成により、あるいはグルタチオンまたはシステイン を含むチオールとの反応により付加物をつくり解毒されるであろう。ホスゲンと組織 蛋白との反応は、細胞の損傷と死滅に関連している。クロロホルム代謝産物とDNA とのわずかな結合が観察された。また、クロロホルムは、組織脂質との共有結合をつ くるジクロロメチル・ラジカルを生成するため、P-450の触媒作用による還元的な生 体内変化をうける。クロロホルムの細胞毒性における還元的生体内変化の役割は解明 されていない。  クロロホルムに暴露された動物およびヒトにおいては、二酸化炭素と未変化のクロ ロホルムが呼気中に排出される。排出される二酸化炭素の量は、投与量と動物種によ り異なる。齧歯類(ハムスター、マウス、ラット)の肝臓および腎臓のミクロソーム (訳者注:細胞質内微粒体)における二酸化炭素の生体内変化率は、ヒトのそれらよ りも高い数値を示した。また、マウスにおけるクロロホルムの腎臓ミクロソームの生 体内変化は、ラットよりも迅速であった。  肝臓は、ラットおよび数系統のマウスにおいて急性毒性の標的臓器である。その肝 障害は主として初期の脂肪性の浸潤および気球様細胞(balloon cells)により判定さ れ、小葉中心の壊死から、次いで広範囲の壊死に進展する。腎臓は、オスのマウスお よびその他の感受性の高い系統種の標的臓器である。腎障害は水腫性の変性から始ま り、近位(訳者注:身体の中央に近い)の尿細管の壊死に進展する。強度の腎毒性は、 すべての系統のメスのマウスにおいて観察された。  急性毒性は、動物の系統、性別、媒体により変化する。クロロホルムのマウスにお ける経口LD50値(50%致死量)は、36〜1,366mgクロロホルム/kg体重であるの に対し、ラットの経口LD50値は450〜2,000mgクロロホルム/kg体重である。4時 間の単回吸入暴露後における肝毒性は、マウスにおいては490mg/m3、ラットにお いては1,410mg/m3 のクロロホルムの濃度において認められた。  最もよく見られるクロロホルムの毒性は肝障害である。投与された単位用量当りの これらの影響の強さは、動物種、媒体、クロロホルムの投与方法により異なる。肝障 害をおこす最低用量は、ビーグル犬において、毎日15 mg/kg体重を練り歯磨き基剤 中に7.5年以上投与された場合で観察された。より低用量での影響は検討されていな い。その他の動物種における肝毒性の発現には、これよりやや高い用量を必要とした。 これらの研究では、暴露期間は異なるが、有害影響の認められない濃度は15〜 125mg/kg体重/日の範囲であった。  腎臓における影響は、オスのマウスの感受性の高い系統種およびF-344系ラットに おいて観察された。重篤な影響は、オスのマウスのとくに感受性の高い系統種におい て、36 mg/kg体重/日の用量において認められた。  毎日6時間、連続7日間のクロロホルムの吸入は、F―344系ラットにおいて、ボ ーマン腺(訳者注:臭腺)の萎縮および鼻介骨における新骨の成長を誘発した。これ らの影響に対する「無影響量」(NOEL:the no-observed-effect level)は、14.7mg/m 3(3ppm)であった。これらの影響の重要性は長期試験により検討されている。  クロロホルムは、コーン・オイル中に138〜477mg/kg体重/日の範囲の用量を投 与されたマウスにおいて肝腫瘍を誘発した。しかし、同用量を飲料水で経口投与した 場合には、クロロホルムはマウスの肝腫瘍発生への影響はなかった。さらに、クロロ ホルムが、イニシエーション/プロモーション試験においてプロモーターとして投 与された場合には、マウスにおけるジエチルニトロソアミン誘発の肝腫瘍の成長を実 際に阻止するように見られた。したがって、クロロホルム投与に用いられた媒体およ び/または方法は、マウスにおける肝腫瘍誘発の重要な変動要因である。  クロロホルムは、90〜200mg/kg体重/日をコーン・オイルで経口投与したラット において腎腫瘍が誘発された。しかし、この動物種においては、化学物質を飲料水投 与した場合にも同様の結果を示し、その発がん反応は用いられた媒体に全面的に依存 するものではないことを示している。  クロロホルムの齧歯類の肝臓および腎臓に対する発がん作用は、標的臓器において 観察された細胞毒性および細胞複製作用と密接に関連しているように見える。細胞複 製への影響は媒体および投与方法により誘発されたクロロホルムの発がん作用の変 化と相似することが見出された。入手し得る証拠では、クロロホルムは、もしあった としても、その遺伝子突然変異あるいはその他のタイプのDNAへの直接の損傷を誘 発する能力は少ない。さらに、クロロホルムは、マウスにおける肝腫瘍の誘発、in vivo (生体内)の不定期DNA合成を引きおこす能力はないように見える。一方、肝腫瘍 はオイルを媒体としたクロロホルムの投与により、効率的に発育を助長する。結果と して、クロロホルムの長期投与の場合において細胞増殖後の細胞毒性は、齧歯類にお ける肝臓および腎臓の腫瘍の発生にとって最も重要な原因のようである。  クロロホルムには胎児毒性の限定的なデータがあるが、それは母体に毒性を示す用 量の場合のみである。  一般的に、クロロホルムは動物におけると同様な毒性症状をヒトにおいても誘発す る。麻酔は、ヒトにおいては呼吸不全および不整脈により死亡を招く。腎尿細管壊死 および腎機能不全はヒトにおいても認められる。クロロホルムの職業暴露による肝毒 性発現の最低濃度は、ある研究においては80〜160mg/m3(4カ月以下の暴露期間 により)、また別の試験では10〜1,000mg/m3(1〜4年の暴露期間により)と報 告されている。成人に対する経口での平均致死量は約45gと推定されているが、罹病 性における個人差が存在する。一部の疫学研究においては、飲料水中の副生成物によ る消毒作用と結腸、直腸および膀胱のがんとの間の関連性については、ある程度の証 拠が認められている。しかし、これらの研究は、交絡因子(confounding factor)お よびその他の弱点への配慮が不適切のため信用を落としている。塩素で消毒処理され た飲料水の、ヒトにおける発がん性の証拠は不十分である。さらに、副生成物の殺菌・ 消毒作用は、クロロホルム自体の特質とすることはできない。  クロロホルムは、ある種の両生類および魚類の胚−幼生期に対して毒性を示す。ア マガエル(Hyla crucifer)の胚−幼生期に対する最小のLC50(50%致死濃度)は 0.3mg/lと報告されている。クロロホルムの魚類およびミジンコ属(Daphnia magna) への毒性はより低い。数種の魚類に対するLC50の値は、18〜191mg/lの範囲である。 淡水魚と海水魚との間の感受性にはほとんど差はない。ミジンコ属に対する最小の LC50値は29mg/lと報告されている。クロロホルムの毒性は、藻類およびその他の 微生物にとっては低い。  タスク・グループは、動物種における研究に基づいて、クロロホルムの非催腫瘍性 作用および発がん作用のリスク特有の取り込みに関する1日耐容摂取量 (TDI:tolerable daily intake)の算定に利用できるデータは十分である、との結論を 下した。この数値は、行政機関による暴露限界策定時の指針として役立つであろう。 しかしそれぞれの状況において、微生物学的限界とクロロホルムのような副産物によ る殺菌の限界の何れに適合すべきかの選択においては、微生物学上の質を常に優先さ せるべきであるとの留意点が示された。決して効果的な殺菌を軽視してはならない。  kg当たり15mgの練り歯磨きを7.5年間摂取させたビーグル犬において軽度の肝 毒性(肝臓の血清酵素および脂肪性嚢胞の増加)が観察されたHeywood et al.(1979) の試験に基づいて、不確定性係数(uncertainty factor)の1,000倍(動物種間の変 動が10倍、動物種内の変動が10倍、無作用濃度および亜慢性試験ではなく、作用濃 度の採用による変動が10倍)との組み合わせにより、1日当り15 μg/ kg体重の TDIが得られた。  入手し得る機械論的な(mechanistic)データに基づき、マウスの肝腫瘍に準拠す る指標の規定に対する最も適切なアプローチが検討され、不確定性係数により細胞増 殖への無影響濃度が削除された。Larson et al.(1994a)の試験による、B6C3 F1系マウスへのコーン・オイルでの投与による1日当り10 mg/kg体重の細胞致死 性および細胞増殖に対するNOELに基づき、不確定性係数1,000(動物種間の変動が 10倍、動物種内の変動が10倍、影響の強さすなわち発がん性および慢性試験以下で の影響が10倍)との組み合わせにより、1日当り10 μg/ kg体重のTDIが得られ た。  ラットにおける腎臓腫瘍は、同様に細胞致死性および増殖への関連性が確認された。 しかし、腫瘍の認められた系統種においては細胞増殖は見られず、細胞の増殖と致死 性は短期試験(単回摂取と7日間の吸入暴露)による情報で確認されたため、生涯の 発がんリスク予測の基礎として、the default model(即ち、直線型多段階モデル)か ら逸脱するのは早計である、と考えられた。Jorgenson et al.,(1985)の試験におけ るオスのラットの腎腫瘍(腺腫および腺がん)の誘発データに基づき、生涯リスクの 10−5の増加に関連する1日の総摂取量は8.2 μg/ kg体重である。  表層水中のクロロホルムの濃度は一般には低く、水生生物類へ有害性を与えること はないと考えられる。しかし、工業廃水あるいは漏水による表層水中の高濃度のクロ ロホルムは、一部の水生生物種の胚−幼生期に有害であろう。
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3.今後の研究  今後において、多数の研究が必要と考えられる。  ・オズボーン−メンデル系ラットの肝臓および腎臓における代償性細胞再生の研究。  ・その部位における反応性代謝産物生成の決定。  ・次を含む動物種に特異的なクロロホルムの発がん性のメカニズムに関する研究   a)クロロホルムの発がん性の原因となる中間産物/代謝産物の同定   b)その作用態様(mode)を含む動物種による特異的なクロロホルムの発がん 性のメカニズムに関する研究。  ・吸入による発がん性生物試験。  ・ヒトおよびイヌを含む動物種間の変化について、クロロホルムのPBPK(生理学 準拠薬物体内動態)モデルの追加的確認。  ・ラットにおける鼻腔損傷の進展についての追加的研究。  ・水生生物類における追加的長期毒性試験。  ・ヒトの組織を用いたin vitro(試験管内)の細胞毒性/代謝の研究。 4.国際機関によるこれまでの評価  国際がん研究機関(IARC)は、1978年にクロロホルムの評価を実施し(IARC, 1979)、さらに1987年に再評価を行った(IARC, 1987)。その結論は「クロロホ ルムの発がん性は、ヒトにおいて不十分な証拠が存在する、しかし実験動物において は十分な証拠が存在する」であった。その総合的な評価は、クロロホルムは「ヒトに 対して発がん性を示す可能性がかなり高い」(グループ2B)であった。  塩素消毒処理された飲料水は1990年に評価され(IARC, 1990)、その総合的な評 価は「塩素消毒処理された飲料水は、ヒトへの発がん性がある、とは分類できない」 (グループ3)であった。塩素消毒処理の飲料水に関する研究は、ヒトにおけるクロ ロホルムの発がん性についての証拠を示さなかった(グループ3)(IARC, 1991)。  飲料水の指針値としては、10−5の生涯の発がん過剰(excess)リスクに対して 200μg/lが世界保健機関より勧告されている(WHO, 1993)。 
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Last Updated :10 August 2000
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