環境保健クライテリア 157
Environmental Health Criteria 157

ヒドロキノン hydroquinone

(原著178頁,1994年発行)

更新日: 1997年1月7日
1. 物質の同定、物理的・化学的特性、分析方法
2. ヒトおよび環境の暴露源
3. 環境中の移動・分布・変質
4. 環境中の濃度およびヒトの暴露
5. 体内動態および代謝
6. 実験動物およびin vitro試験系に対する影響
7. ヒトへの影響
8. 実験室および野外におけるその他の生物への影響
9. 勧告
10. 国際機関によるこれまでの評価

→目 次


1.物質の同定、物理的・化学的特性、分析方法

a 物質の同定
 化学式	C6H4(OH)2
 化学構造

3次元の化学構造の図の利用
図の枠内でマウスの左ボタンをクリック → 分子の向きを回転、拡大縮小 右ボタンをクリック → 3次元化学構造の表示変更

 分子量 110.11  一般名 Hydroquinone  その他の名称 1,4-benzenediol, p-benzenediol; benzohydroquinone;   benzoquinol; 1,4-dihydroxybenzene; p-dihydroxybenzene;   p-dioxobenzenen; p-dioxybenzene; hydroquinol; hydroquinole;   α-hydroquinone; p-hydroquinone; p-hydroxyphenole; quinol;   β-quinol  商品名 Tequinol  CAS登録番号 123-31-9 b 物理的・化学的特性 表 ヒドロキノンの物理的・化学的特性  状態 長い針状結晶  色 白色(純品)  臭い 無臭  味 文献になし  融点 173〜174℃  沸点 287℃  比重(15℃) 1.332  蒸気密度 3.81  蒸気圧(25℃) 2.4×10−3Pa(1.8×10−5mmHg)     (132.4℃) 0.133 kPa(1mmHg)     (150℃) 0.533 kPa(4mmHg)     (203℃) 8.00 kPa(60 mmHg)  溶解性   水  (15℃) 59g/l      (25℃) 70g/l      (28℃) 94g/l   有機溶媒 ほとんどの極性有機溶媒に溶ける   ethyl alcohol(25℃) 57 g/100 g溶媒   aceton(25℃) 20 g/100 g溶媒   methyl isobutyl ketone(25℃) 27 g/100 g溶媒   2-ethylhexanol(25℃) 12 g/100 g溶媒   ethyl acetate(25℃) 22 g/100 g溶媒  n-オクタノール/水分配係数 0.59  (log Pow)  引火点(密閉式) 165℃  可燃性 予熱で発火する  爆発限界 わずか(加熱した場合)   高温高圧で反応する  その他の性質 還元剤   pK1=9.9、pK2=11.6;  ヒドロキノン(1,4−ベンゼンジオール;C8H4(OH)2)は、純品の場合に は白色の結晶性物質で、その融点は173〜174℃である。比重は15℃において1.332、 蒸気圧は15℃において2.4×10−3 Pa(1.8×10−5 mmHg)である。それは水 には極めて易溶性で、log  n−オクタノール/水の分配係数は0.59である。有 機溶剤に対しては、その溶解性はエタノールの57%からベンゼンの0.1%以下にまで 変わる。ヒドロキノンは、前もって熱した場合には燃焼し易い。また、可逆的に酸化 されたセミキノンおよびキノンの還元剤である。  空気中のヒドロキノンは、溶剤中あるいは混合セルロース・エステル膜フィルター への捕捉によりサンプリングできる。  ヒドロキノンの分析は、滴定、分光光度法、あるいは最も一般的にはクロマトグラ フ技法により実施される。


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2.ヒトおよび環境の暴露源  ヒドロキノンは、遊離状態と、細菌・植物・一部の動物との結合の、双方のかたち で存在する。それは工業的にはいくつかの国において製造されている。1979年にお ける世界の生産能力は40,000トンを越え、1992年では約35,000トンであった。ヒ ドロキノンは、還元剤、写真現像剤、フリー・ラジカルの存在において重合させる特 定の物質類の酸化防止剤あるいは安定剤、また酸化防止剤、抗オゾン剤、農芸化学物 質類、ポリマー類の化学的中間体として広く用いられている。ヒドロキノンは化粧品 および医薬品にも使用されている。 3.環境中の移動・分布・変質  ヒドロキノンは植物・動物の天然産物はもちろん人為的な作用の結果、環境中に存 在する。  ヒドロキノンは、その物理化学的特性により、環境中に放出された場合は、主とし て水生媒体(the water compartment)に分布されるであろう。それは光分解および 生物的プロセスの双方により分解されるため、環境中には残存しない。生物濃縮は 観察されていない。
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4.環境中濃度およびヒトの暴露  空気中、土壌中、水中のヒドロキノン濃度のデータはない。しかし、ヒドロキノン はフィルターなしのシガレットの主流煙中に、シガレット1本当り110〜300μgの 範囲で測定され、また副流煙にも含まれている。ヒドロキノンは植物から製造された 食品(例えば小麦の胚芽)、沸かしたコーヒー、ある種のイチゴの葉で調製された茶 類中でも見出され、その濃度は時には1%を越している。  写真愛好家は、ヒドロキノンに皮膚あるいは吸入により暴露されることがあり得る。 しかし、暴露濃度についてのデータは入手できない。経皮暴露は、ヒドロキノンを含 む化粧品や皮膚脱色剤(skin lighteners)でも起こる。EC諸国は、その化粧品への 使用を2%以下に制限している。米国においては、食品医薬品局(FDA)は、皮膚脱 色剤への使用は1.5〜2%の濃度を提案している。4%までの濃度が、調剤薬品中に 検出されるであろう。一部の国では、より高濃度が皮膚脱色剤中に見出されるであろ う。  ヒドロキノンに対する産業衛生上のモニタリング・データは極めて少ない。ヒドロ キノンの製造および加工過程における空気中の平均濃度は0.13〜0.79mg/m3 の範 囲と報告されている。各国における職業上の空気暴露限界(時間荷重平均)は0.5〜 2mg/m3 の範囲である。 5.体内動態および代謝  ヒドロキノンは動物の消化管および気管から、迅速かつ広範囲にわたって吸収され る。経皮吸収は遅いが、アルコール類のような溶媒を用いた場合は速くなるであろう。 ヒドロキノンは、組織中に迅速かつ広範囲に分布する。それはp−ベンゾキノンおよ び他の酸化生成物に代謝され、モノグルクロニド・モノ硫酸塩・メルカプトプリン誘 導体との結合により解毒される。ヒドロキノンおよびその代謝産物は、主に尿中に排 泄される。  ヒドロキノンとその誘導体は、高分子および低分子量分子のような各種の生物学的 成分と反応し、細胞代謝に影響を及ぼす。
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6.実験動物および   in vitro(試験管内)試験系への影響  数種の動物種に対する経口によるLD50(50%致死量)値は、300〜1,300mg/kg 体重の範囲である。しかし、ネコのLD50値は42〜86mg/kg体重である。ヒドロキ ノンの急性の高濃度暴露は中枢神経系(CNS)に対して作用し、過剰興奮性、振戦(ふ るえ)、痙攣、昏睡など重篤な影響を及ぼし死亡させる。致死量以下の用量(sublethal   doses)による影響は可逆的である。経皮吸収によるLD50値は、齧歯類において 3,800mg/kg以上と推定されている。吸入によるLD50値は入手できない。  ヒドロキノンを2%含有する製剤のウサギによる単回適用の皮膚貼付試験にお いては、1.22の刺激スコア(0〜4のスケール上で)を生じた。また、ヒドロキノン の2%あるいは5%の油−水懸濁液による、黒色モルモットの除毛皮膚に対する3週 間の毎日の表面塗布試験では、脱色、炎症性変化、表皮の肥厚を生じさせた。皮膚脱 色はより高濃度で著しく、メスのモルモットはオスよりも敏感であった。  モルモットの感作試験においては、その方法あるいは用いた媒体によって、軽度 から重度までの反応を示す。最も強い反応は、モルモットの強化テスト (maximization test)において得られた。ヒドロキノンとp−メトキシフェノールと の間のほとんど100%の交叉感作はモルモットにおいても見られたが、p−フェニレ ンジアミン、スルファニル酸、p−ベンゾキノンとの交叉反応には限定された証拠 しか得られなかった。  オスのF-344系ラットによる6週間の経口毒性研究では、腎症および腎細胞の増殖 を発生させた。F-344系ラットおよびB6C3F1 系マウスによる13週間の食餌 研究では、100および200mg/kgにおいてラットに腎毒性を、200mg/kgにおいてラ ットに振戦(ふるえ)と痙攣を、また体重増加率の低下をラットとマウスの双方にお いて生じさせた。400mg/kgの用量はラットにとり致命的であった。マウスにおける 400mg/kgの13週間の投与では、ふるえ、痙攣、胃の上皮の傷害が報告されている。 Sprague Dawley系ラットに対する13週間の200mg/kgの用量のヒドロキノン暴露 では、体重増加率の低下および中枢神経系の徴候(signs)が生じた。中枢神経系の 徴候は64 mg/kg体重の用量濃度においても観察されたが、20mg/kgにおいては認め られなかった。  ヒドロキノンの皮下注射は、オスのラットの授精能力を低下させ、メスのラットの 発情サイクルを延長させた。しかし、この影響は経口投与による研究[優性致死率研 究(a dominant lethality study)および2世代研究]では見出されなかった。ラッ トにおける発生研究においては、300mg/kg体重の経口用量は母獣に対する軽度の毒 性と、胎児の体重減少を生じさせた。ウサギにおける影響の認められない濃度 (NOEL)は、母体毒性で25mg/kg/日であり、発生毒性では75mg/kg/日であっ た。ラットにおける2世代生殖試験ではヒドロキノンは150mg/kg体重/日では生殖 への影響は生じさせなかった。両親の毒性(parental toxicity)についての有害影響 の認められない濃度(NOAEL)は15 mg/kg/日、また2世代を通じての生殖影響は 150 mg/kg/日と決定された。  ヒドロキノンは、in vivo(生体内)およびin vitro(試験管内)において小核(訳 者注:ここでは特別の遺伝物質を含む生殖核を意味する)を誘発する。染色体の構造 的および数的異常はin vitroで認められ、腹膜内投与後にはin vivoにおいて観察さ れた。さらに、遺伝子突然変異、姉妹染色分体交換、DNA損傷がin vitroにおいて 立証された。ヒドロキノンはオスのマウス生殖細胞における染色体異常を、腹膜内注 射後のマウスの骨髄細胞と同程度の強さで発生させた。生殖細胞の突然変異の誘発は、 経口的に投与されたオスのラットの優性致死率試験においては確立されていない。  ヒドロキノンの経口投与による2年間の研究では、F-344/N系オスのラットにおい て、用量関連の腎尿細管細胞腺腫の発生が認められた。この発生は、高用量グループ では統計学的に有意であった。高用量を投与されたオスにおいては、腎尿細管細胞の 過形成も発見された。メスのラットでは、単核細胞白血病の用量関連の発生増加が起 こった。メスのB6C3F1 系マウスには、肝細胞腺腫の統計学的に有意の発生 増加が認められた。他の研究では、ヒドロキノン(食餌中濃度は0.8%)は、オスの ラットにおいて、腎乳頭腫の上皮過形成について統計学的に有意に高い発生率をもた らし、また腎尿細管の過形成と腺腫の統計学的に有意の増加を示した。メスのラット では、単核細胞白血病の発生の増加は見られなかった。マウスにおいては、オス・メ スともに、前胃上皮の扁平上皮過形成の発生率が統計学的に有意に増加した。オスの マウスにおいては、肝細胞腺腫と腎尿細管過形成も有意に高い発生増加が認められた。 少数の腎細胞腺腫が観察された。  マウスのin vivo(この場合は腹膜内注射)およびin vitro試験においては、ヒドロ キノンは骨髄および脾臓細胞の充実性(cellularity)を低下させ、またB−リンパ球 の熟成およびナチュラルキラー細胞の活動の阻害で生ずる免疫抑制により、細胞への 毒性影響を有することが立証された。この研究結果は、骨髄マクロファージはヒドロ キノンの骨髄毒性の主要な標的であることも示している。骨髄毒性作用は、齧歯類の 長期の生物学的試験においては観察されなかった。  ラットにおける機能−観察組み合わせ手法を用いた90日試験においては、ヒドロ キノンの用量濃度が64および200 mg/kgでは振戦(ふるえ)を、200 mg/kgの場合 には一般活動性の低下を生じさせた。神経病理学的検査の結果はnegative(陰性)で あった。
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7.ヒトへの影響  ヒドロキノン単独あるいはヒドロキノン含有の写真現像剤の経口摂取後において 中毒例が報告されている。中毒の主要な徴候には、暗色尿、嘔吐、腹部疼痛、頻脈、 振戦(ふるえ)、痙攣、昏睡が含まれる。ヒドロキノン含有の写真現像剤の摂取後の 死亡が報告されている。ヒトのボランティアによるコントロールされた経口投与試験 において、300〜500mg/日のヒドロキノンの3〜5ヵ月間の摂取では、血液および 尿には認め得る病理学的変化は発生しなかった。  各種基剤中に含まれた3%以下の濃度濃度のヒドロキノンの皮膚適用では、種々の 人種の男性ボランティアにおいて、ごくわずかの影響を生じさせた。しかし、ヒドロ キノンを2%含む皮膚脱色クリームが、白斑および組織褐変症を発症させることを示 唆する症例報告もある。ヒドロキノン(1%水溶液あるいは5%クリーム)は刺激(紅 斑あるいは着色)を生じさせる。また、ヒドロキノンによるアレルギー性接触皮膚炎 が診断されている。ヒドロキノンと大気中キノン濃度の複合暴露は、眼の刺激、光へ の過敏性、角膜上皮の傷害、角膜潰瘍、視覚障害を生じさせる。また、多少の視力の 喪失の事例も存在する。刺激は、2.25mg/m3 以上の暴露濃度において起こった。 長期暴露では、結膜および角膜の着色と混濁も生じさせた。角膜と結膜の徐々に進展 する炎症と変色は、0.05〜14.4mg/m3のヒドロキノンの、少なくとも2年間の毎日 の暴露後に起こり、重症例は5年以上後においても発生しなかった。1件のリポート では、ヒドロキノンの暴露中止数年後に生じた角膜傷害を報告している。  ヒドロキノンのヒトにおける発がん性を評価するための適切な疫学的データはな い。 8.実験室および野外におけるその他の生物類への影響  ヒドロキノンの生態毒性学的挙動は、光への感受性、pH、溶存酸素を誘発する物 理化学的特性に関連している。その総じて高い生態毒性(すなわち、水生生物類に対 して1mg/l以下)は、生物の種類により変化する。  藻類、酵母類、真菌類、植物類のヒドロキノンに対する感受性は、一般に毒性試験 に用いられる他の生物類よりは低い。しかし、分類学上同一のグループにおいて、種々 の生物のヒドロキノンに対する感受性は1,000倍の変化を示す。
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9.勧   告  a)皮膚脱色クリームの広範囲の不適切な使用に鑑み、ヒドロキノン含有のクリー ムの店頭販売の制限を勧告する。全身の皮膚の脱色のためのヒドロキノン含有クリー ムの使用を思い止まらせるため、健康教育プログラムを開発すべきである。  b)ヒドロキノンを1〜2%含有するクリームの長期使用の安全性についての研究 がさらに必要である。  c)ヒドロキノン含有の廃水の放出には、受け入れ可能な水に達する前に、分解の ために十分な時間が必要である。  d)ヒドロキノンおよびその誘導体の環境影響について十分な評価をするため、コ ントロールされた実験条件下で、数種類の動物による毒性試験の実施が必要である。  e)正確な暴露データを含む疫学的研究は、ヒドロキノンの職業上の有害性の評価 に役立つであろう。生殖影響を含む疫学的情報も、皮膚脱色剤の使用者、特に女性に とって必要である。各種の暴露源、特に食品による暴露からのヒトのデータが必要と されている。 10.国際機関によるこれまでの評価  1977年、国際がん研究機関(IARC)ワーキング・グループは、ヒドロキノンにつ いての入手し得るデータでは、その発がん性の評価はできない、との結論を下した。  ヒドロキノンは、1989年、職業暴露限界ドキュメンテーションの北欧専門家グル ープ(Nardis Expert Group)により評価を受け、その遺伝毒性影響と免疫システム、 骨髄、皮膚、粘膜への影響についての留意が勧告された。 
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Last Updated :10 August 2000
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