環境保健クライテリア 143
Environmental Health Criteria 143

メチルエチルケトン  Methyl Ethyl Ketone

(原著161頁,1993年発行)

作成日: 1997年2月24日
1. 物質の同定、物理的・化学的特性、分析方法
2. 暴露発生源および用途
3. 環境中の移動および分布
4. 環境中の濃度およびヒトの暴露
5. 体内動態および代謝
6. 各種実験動物への影響
7. ヒトへの影響
8. 他の溶剤の毒性の増強作用
9. ヒトの健康と環境の保護に対する勧告
10. 今後の研究

→目 次


1.物質の同定、物理的・化学的特性、分析方法

a 物質の同定
                              
化学式               C4H8O
化学構造

3次元の化学構造の図の利用
図の枠内でマウスの左ボタンをクリック → 分子の向きを回転、拡大縮小 右ボタンをクリック → 3次元化学構造の表示変更

分子量 72.10 一般名 methyl ethyl ketone その他の名称 Butanone, 2-butanone, butane-2-one, ethyl methyl ketone, MEK, MEETCO, methyl acetone, methylpropanone CAS登録番号 78-93-3 RTECS登録番号 EL6475000 UN登録番号 1193 EC登録番号 606-002-00-3 換算係数 1 ppm = 2.95mg/m3 (25℃,101.3kPa) 1 mg/m3 = 0.34 ppm b 物理的・化学的特性 物理的状態 無色液体 沸点 79.6℃ 融点 −86℃ 比重(液体比重 ) 0.805   (20℃/4℃)a 蒸気密度(空気=1.00) 2.41 蒸気圧(20℃) 77.5 torr 水溶解性(20℃) 275 g/l オクタノール/水分配係数 0.26 b (log Pow) 0.29 c 屈折率 1.3788 引火点(閉鎖系) −6℃ 大気中飽和濃度(20℃) 301 g/m3  a; 4℃の水の密度に対する20℃の比重  b; Verschuren(1983)より  c; Banergee & Howard(1988)より  メチルエチルケトン(MEK)は、透明、無色、揮発性で引火性の高い、アセトン 様の臭気を有する液体である。それは常態では安定であるが、長期保管では爆発性の 過酸化物を生成する。また、MEKは、空気と爆発性の混合物をつくる。それは水に きわめてよく溶け、多くの有機溶剤と混和し、水および多くの有機液体とアゼオトロ ープ(共沸混合物)を生成する。大気中のMEKは遊離基をつくり、光化学スモッグ 生成に導く。  大気・水・生物学的試料・廃棄物・その他の物質中のMEKの環境内濃度の測定に はいくつかの分析方法が存在する。より鋭敏な方法では、MEKは固形吸着剤上、あ るいは2,4‐ジニトロフェニルヒドラジン(DNPH)の誘導体として捕捉濃縮され る。吸着されたMEKおよび他の蒸発性有機化合物類は脱着され、ガスクロマトグラ フィーで分離され質量分析計あるいはフレームイオン化検出器により測定される。誘 導されたMEKは高速液体クロマトグラフィーにより関連化合物類から分離され、紫 外部吸収法により測定される。固形廃棄物および生物学的試料のような媒体中では、 MEKは溶液抽出あるいは蒸気蒸留などの方法により、最初に基質(substrate)から 分離されねばならない。大気中の高濃度のMEKは赤外吸収法により継続的なモニタ ーが可能である。その検出限界は、空気中では3μg/m3、飲料水中では0.05μ g/l、その他の種類の水では1.0μg/l、全血中では20μg/l、尿中では100μg/lで ある。


TO TOP OF THIS DOCUMENT

2.暴露発生源および用途 2.1 生産およびその他の発生源  最近の年間生産量は、米国212,000〜305,000トン、西ヨーロッパ215,000ト ン、日本139,000トンである。環境におけるMEKの発生源には、生産のほかに、 ジェットおよび内燃機関の排気、石炭のガス化のような産業活動がある。それはタバ コの煙にもかなりの量が含まれる。米国においては、エンジン類によるMEKの生成 は、その安全に留意した製造工程中での1%以下である。スモッグ汚染において、光 化学的生成および遊離基からのMEKおよび他のカルボニルの生成は、直接の人為的 な排出よりも遙かに多いことがあり得る。MEKは生物学的に生成され、微生物の代 謝生成物として確認されている。また、それは高等植物、昆虫フェロモン、動物組織、 ヒトの血液・尿・呼気を含む自然生成物の広範囲において検出されている。それは、 正常な哺乳類の代謝においては少量の生成物であろう。   2.2 用途および環境中での放散  MEKの主要な用途は、保護コーティングおよび接着剤への利用であり、溶剤とし ての優れた特性を反映している。それは、化学物質中間体、磁気テープ生産の溶剤、 潤滑油の脱蝋(dewaxing)、食品加工に用いられる。工業的利用のほかに、ニスや ノリのような消費者用製品の一般的な成分である。多くの用途の中で、MEKは有機 溶剤混合物の一成分である。環境中では主として大気中に放散され、その大部分はコ ーティングされた表面からの溶剤の蒸発により起こる。MEKは、工場の廃棄物の成 分として、あるいは種々の工場の工程から水中に放出される。それは天然水から検出 され、人為的な汚染と同様に、微生物の活動や大気中でも生成される。 3.環境中の移動および分布  MEKは環境中においてきわめて移動し易く、また、 迅速に転換され易い。それは水にはよく溶け、大気中へ容易に蒸発する。MEKは空 気中では光分解を受け易く、また光化学プロセスにより生成される。遊離のハロゲン あるいは次亜ハロゲン酸塩を含む水中においては、もとの化合物よりも毒性の強いハ ロホルム(訳者注:メタンのトリハロゲン置換物CHX3の総称)生成の反応を起こ す。MEKは空気、水の双方に分布するが、いずれの環境媒体中でも蓄積せず、微生 物活動のある所では長期にわたり存続することはない。それは微生物類および哺乳類 により速やかに代謝され、生物濃縮の証拠はない。MEKは一部のクローバー中に自 然に存在し、菌類によりある種の植物の発芽に影響する程度の濃度に生成される。
TO TOP OF THIS DOCUMENT

4.環境中濃度およびヒトの暴露  低濃度のMEKの一般集団への暴露は広範囲にわ たっている。最低の汚染大気中の濃度は3μg/m3以下(1ppb以下)であるが、 高度に汚染された大気からは131μg/m3(44.5ppb)の測定値が得られている。 MEKが製造あるいは使用されている工業地域から離れた場合の主要な排出源は、自 動車排気と大気中の光化学反応である。シガレットおよびその他のタバコ製品の燃焼 物は個人の暴露に寄与する(20本のシガレットは1.6mg以上を含む)。建築資材 及び消費者用製品からのMEKの蒸発は、近隣の外気よりも遙かに高濃度の屋内空気 の汚染をもたらすことがある。MEKに暴露された自然水の濃度は、100μg/l (100ppb)以上に達するのは稀で、通常は検出濃度以下である。しかし、痕跡程度 の量(約2μg/l)は飲料水中で広く検出されており、これはプラスチック・パイプ の接合部から溶出した溶剤から発生したものと推定される。MEKは多くの食品中で 普通に見出される成分であり、その濃度は低いため、集団暴露の重大な発生源と見な すことはできない。米国における1人当りの1日の摂取量は1.6mgと推測され、そ の大部分は白パン・トマト・チェダーチーズからである。MEKは自然に存在するほ かに、食品中には、チーズや鶏肉の熟成、調理あるいは食品加工、プラスチック包装 材料からの吸収などによるMEKが含まれている。  中程度の濃度のMEKの産業暴露は広範囲にわたっている。しかし、ある地区の小 規模工場(製靴・印刷工場、塗装作業)の作業者では、不適当な換気のためずっと高 い濃度に暴露されている。これらの工場での暴露は、通常、ノルマルヘキサンを含む 混合溶剤である。 5.体内動態および代謝  MEKは、皮膚接触・吸入・経口摂取・腹腔内注射により 速やかに吸収される。それは迅速に血中に移り、その後他の生体組織に運ばれる。 MEKの溶解性はすべての生体組織において同程度と思われる。哺乳類においては、 MEKおよびその代謝生成物のクリアランスは24時間内には本質的に完結する。そ れは肝臓中で、主として酸化されて3‐ヒドロキシ‐2‐ブタノンになり、次いで還 元されて2,3‐ブタンジオールとなる。その一部分は2‐ブタノールに還元されるが、 2‐ブタノールは速やかに酸化されてMEKにもどる。哺乳類の体内に取り込まれた MEKの大部分は、一般代謝系に入り、二酸化炭素や水などの単純な化合物として排 除される。MEKおよびその確認できる代謝産物の排出は、主として肺を通じてであ るが、少量は腎臓を介して行われる。  MEKはミクロソーム・チトクロームP‐450の酵素活性を高める。この酵素活性 と生体の代謝変換の増強作用は、MEKがハロアルカンおよび脂肪性ヘキサカーボン 溶剤の毒性を強化するメカニズムであろう。
TO TOP OF THIS DOCUMENT

6.各種の実験動物への影響  MEKは哺乳類に対し、軽度から中等度の急性、短期 および慢性の毒性を示す。成熟マウスおよびラットでは、単回経口投与後1〜14日間 以内に死亡が生じ、そのLD50値は2〜6g/kg体重であった。ラットにおいて、単 回暴露後の死亡発生の蒸気濃度の平均は29,400mg/m3(10,000ppm)であった が、モルモットはこの濃度での4時間の暴露でも生存した。生体構造に影響を与える 最低の急性経口用量は1g/kg体重であり、ラットの腎尿細管に損傷を発生させた。ラ ットによる74mg/m3(25ppm)の6時間の吸入では、数日間持続する測定可能の 行動異常を生じさせた。ラットに対する14,750mg/m3(5,000ppm)(6時間/ 日、5日/週)の反復暴露では死亡は発生せず、成長および構造にごく僅かな影響が あったのみで、神経病理学的変化は見られなかった。3,975mg/m3(1,500ppm) の濃度に12週間までの期間暴露されたニワトリ・ネコ・マウスでは、MEKが神経 病理学的変化を生じさせる証拠はなかった。295〜590mg/m3(100〜200ppm)の 濃度に反復暴露された後のラットおよびヒヒにおいては、行動あるいは神経生理への 一過性の影響が検出された。  濃度8,825mg/m3(3,000ppm)のMEKの暴露においては、母体毒性を伴わ ない低レベルの胎仔毒性の証拠が存在するが、より低濃度暴露においては胎芽毒性あ るいは催奇形性の証拠はなかった。妊娠ラットへの8,825mg/m3の反復暴露では、 出生仔中に、非暴露集団内では発生率の低い種類の骨格異常について、少量ではある が統計学的に有意の増加を誘発した。  多種類の従来より行われている変異原性試験系における検討では、唯一の変異原性 の証拠は酵母Saccaromyces cerevisiaeにおける異数性(訳者注:染色体が生物種に 固有の基本数の整数倍になっていないこと)の試験において示された。  MEKは魚類および水生無脊椎動物に対し急性毒性を示さず、LC50(50%致死 濃度)値は1,382〜8,890mg/lの範囲である。  MEKは自然界に存在する濃度においても、数種の植物種に対し発芽を阻害する影 響を与える。また、水生藻類の成長も阻害される。  自然界の濃度に較べると比較的高濃度のMEKが、実験的条件下において燻蒸に用 いられてきた。それはカリビアン果実ハエには中程度に有効であり、ツエツエバエ(訳 者注:眠り病などを媒介するアフリカのイエバエ)の誘引物質としては、きわめて有 効である。20mg/lまでの濃度のMEKは生分解を阻害するが、そのプロセスを全面 的に停止させるわけではない。100mg/lまでの濃度では、MEKは各種の細菌に対し 生物学的安定性を示す。より高濃度(1,000mg/l以上)では、細菌および原生動物 の成育を阻害する。 7.ヒトへの影響 7.1 MEK単独  MEKは590mg/m3(200ppm)の濃度では、各種の行動および生理学的試験にお いて著しい影響は示さなかった。MEK単独の短期暴露では、職業的あるいは一般集 団に対し、大きな有害性は生じないように見える。濃度794mg/m3(270ppm)の4 時間/日の実験的暴露においては行動に軽度の影響か、あるいは全く影響はなく、5 分間の液体MEKとの接触では一時的な皮膚漂白を発生させたのみであった。MEK の急性毒性については、ただ一件の非職業的事例の報告がある。これは偶発的な摂取 により生じたもので、持続的な有害性は生じなかった。MEKの職業的暴露が死亡を 招いたとの証拠は存在しない。今までに、2件の慢性的職業中毒と、1件の急性職業 中毒の疑わしいが報告がなされている。慢性症例の1件では、880〜1,770mg/m3 (300〜600ppm)の暴露は、皮膚疾患、指と腕のしびれ、頭痛、目まい、消化器の 不調、食欲と体重の減少などの種々の症状を生じさせた。MEK単独の中毒と見なさ れる事例がこのように少ないのは、MEKの毒性が低いことと、最も一般的に使用さ れるのはそれ自身単独ではなく、溶剤混合物の一成分としてである、との事実の双方 を反映している。   7.2 溶剤混合物中のMEK  MEK含有の溶剤混合物への暴露では、神経伝達速度のある程度の低下、記憶およ び運動神経の変化、皮膚疾患、嘔吐などとの関連が報告されている。1件の縦断的研 究(訳者注:ある事象がある期間内に発生した状況を経年的に調査する方法)では、 単純反応時間を連続的に測定した場合、当初のMEKの濃度(一定の定常的タスクに 対して4,000mg/m3)の1/10までの減少と相関して作業機能の向上を示した。
TO TOP OF THIS DOCUMENT

8.他の溶剤の毒性の増強作用  MEKはヘキサカーボン化合物類(ノルマルヘキサン・メチル‐n‐ブチルケトン・ 2,5‐ヘキサンジオン)の神経毒性と、ハロアルカン(四塩化炭素とトリクロロメタ ン)溶剤類の肝臓・腎臓毒性を増強する。  ヘキサカーボン類の神経毒性作用の増強は、3種類のいずれのヘキサカーボン類に ついても動物実験で立証されている。以前に暴露されていた(個人的および職業的の いずれの場合においても)溶剤の組成が変更された後に、ヒトにおいて末梢神経疾患 が観察された。この増強作用が起こるメカニズムは明らかではない。  ハロアルカン類の肝および腎毒性の増強作用の証拠は動物実験から得られている。 MEKは、関連の酸化酵素の誘導の結果として、組織損傷へのハロアルカンの代謝を 活性化するのであろう。 9.ヒトの健康と環境の保護に対する勧告 9.1 ヒトの健康保護  MEKそのものは比較的安全な溶剤のように見えるが、他の溶剤との混合使用、特 にハロアルカン類あるいは無側鎖(unbranched)の脂肪族ヘキサカーボン類との混 用は避けるべきである。企業に対しては、作業者がMEKとMEKにより毒性が増強 される溶剤類の双方へ暴露されないことを保証するため、必要なすべての予防措置を とるよう、強く勧告すべきである。   9.2 環境の保護  MEKは、大きな漏洩あるいは放出以外では、環境に危険を与えることはない、と 考えられる。 10.今後の研究 a) 今後、MEKがハロアルカン類およびヘキサカーボン類の毒性を増強する詳細なメカ ニズムを解明するための研究を実施すべきである。 b) ヘキサカーボンおよびハロアルカンの毒性に対するMEK誘発の増強作用について、 暴露−反応関係を調べるために必要な疫学研究が必要である。 c) MEKおよびその代謝生成物の排泄の正確な経路と比率を決定するため、放射線標識 による収支の研究(balance study)を実施すべきである。このような研究結果は、 生物学的モニタリング方法の進歩のため特に有用であろう。 d) 代表的な齧歯類および非齧歯類において、生殖および発生毒性についての総合的 研究を実施すべきである。 e) 土壌および堆積物へのMEKの結合能力を評価すべきである。
TO TOP OF THIS DOCUMENT


Last Updated :24 August 2000 NIHS Home Page here