環境保健クライテリア 136
Environmental Health Criteria 136

1,1,1−トリクロロエタン
1,1,1−Trichloroethane

(原著117頁,1992年発行)

更新日: 1997年1月7日
1. 物質の同定、物理化学的特性、分析方法
2. 要約
3. ヒトの健康および環境保護のための勧告
4. 今後の研究
5. 国際機関によるこれまでの評価

→目 次


1.物質の同定、物理化学的特性、分析方法

a 物質の同定

化学式           C2H3Cl3
化学構造

3次元の化学構造の図の利用
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分子量 133.4 IUPAC名 1,1,1-trichloroethane CAS化学名 ethane,1,1,1-trichhloro- その他の名称 methylchloroform,MC,1,1,1-TCE 商品名 Chlorothene,Aerothene TT,Alpha−T,Cenklene,Inhibisol CAS登録番号   71-55-6 EEC確定番号   602-013-00-2 RTECS登録番号  KJ2975000 b 物理的・化学的特性 表1,1,1−トリクロロエタンの物理的・化学的特性


融点 -30.4℃ 沸点(760mmHg) 74.1℃ 比重 1.3390 蒸気密度(空気=1) 4.6 蒸気圧(20℃) 13.3kPa(100mmHg) 屈折率(20℃) 1.4379 大気中飽和濃度(20℃) 16.7% 水溶解性(25℃) 0.3g/l (20℃) 0.95g/l (20℃) 0.480g/l 溶ける溶媒 acetone,benzene,chloroform, methanol,ether,ethanol, carbon disulfide,carbon tetrachloride n-オクタノール/水分配係数 2.47(測定) (log Pow) 水/空気分配係数 0.71 血液/空気分配係数 3.3 可燃性 平常状態では不燃性 高温では蒸気が可燃性 発火温度 537℃ 可燃限界(25℃) 8.0〜10.5体積%
引用文献省略
1,1,1-トリクロロエタンは、塩化ビニルあるいは塩化ビニリデンの塩素化 により製造される。1988年における世界の生産量は約68万トンである。特 有の臭気をもつ無色の揮発性液体であり、その蒸気密度は空気より大きい。 それは主として金属潤滑剤、接着剤、汚れ落とし、エアロゾル缶などを含む 多くの工業製品、消費用商品中の溶剤として使用されている。 また化学物質の中間体でもある。工業用のトリクロロエタンは、分解およ び塩酸の生成防止のため、通常3〜8%の安定剤を含み、これが金属部分を 腐食から防護する。それは定常状態下では、引火性はないが蒸気は高温にお いて燃焼し、溶接作業時のその分解産物には有毒ガスのホスゲンが含まれる。 アルミニウム、マグネシウムおよびそれらの合金との接触では、極めて激し い反応を起こす。
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2.要約  1,1,1-トリクロロエタンは環境に容易に到達する。その対流圏での長期の 滞留時間(約6年問)と低い生分解性により、今では、それは工業地域から遠 1環境でも至る所に存在する。この化合物の製造・取り扱い工場に近い場所 で採取した空気中では、86μg/m3(16 ppb、w/w)の濃度が測定されている。 トリクロロエタンは、土壌中を移動し地下水に達する。地下水および表 層中では1,600μg/lの濃度が発見されている。これが飲料水供給の汚染源で あろう。年問に放出される1,1,1-トリクロロエタンの15%が成層圏に移 動し、塩素原子の遊離によりオゾン層を減少させる。 急性毒性影響は、甲殻類および魚類による7mg/1の濃度以上での生物試 験において観察されている。限られた情報では、水生生物類中での生物濃縮 は低いことが示唆されている。データが少ないため、陸生生物類の影響評価 は困難である。 ヒトは、1,1,1-トリクロロエタンには主として吸入によって暴露され、急 速に身体に吸収される。また、皮膚接触あるいは摂取も起こるであろう。ト リクロロエタンは、身体組織中に広く分布し、血液−脳および胎盤の関門を 通過する。それはヒトの母乳中でも見出されるが、生物濃縮はされないと考 えられる。体外への排出の主要経路は、無変化の化合物のままの呼出である。  1,1,1-トリクロロエタンの急性および慢性毒性は比較的低いが、高濃度暴 露の条件下では毒性影響のリスクが存在する。このような条件は、職業暴露、 溶剤の乱用あるいは事故により起こる。この溶剤は揮発性で、その蒸気は空 気よりも密度がずっと大きいため、予期しないような高く危険な濃度が、空 のタンクのような閉鎖的な空問で起こる。これにより作業場やその他の場所 で、数件の致命的またはそれに近い中毒事件が発生した。 ヒトに対する重大な影響は中枢神経系に対してである。観察し得る影響の 範囲は、1.9g/m3(350ppm)における軽度の挙動の変化(軽微な眼の刺激を伴 う)から、高濃度における意識不明と呼吸停止の範囲に及んでいる。しかし、 致命的な心臓異常をも発生させる。トリクロロエタンは、他の有機塩素系溶 剤と比較して、肝臓への毒性は弱い。そのNOEL(生物に村する形響の観祭 されない濃度)は1.35g/m3(250ppm)である。 ヒトへの発がん作用についての妥当な研究は発表されていない。しかし、 8.1g/m3(1,500ppm)に暴露されたラットおよびマウスの長期試験においては、 発がん作用は認められなかった。1,1,1-トリクロロエタンは、著しい遺伝毒 性はもっていない。 ラットおよびマウスにおいて、母獣に毒性を示す濃度において発生毒性 (developmental toxicity)が観察されたが、催奇形性は示されなかった。生殖 への影響に対する疫学研究の限られた証拠は決定的ではない。
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3.ヒトの健康および環境保護のための勧告 a)作業者および一般集団への暴露を最小にするため、実際に可能な限り、 1,1,1-トリクロロエタンの排出を減少すべきである。 b)オゾン層の損傷を避けるため、1,1,1-トリクロロエタンの環境への放 出量を、できるだけ減少すべきである。 c)漏洩および廃棄物投棄場からの1,1,1-トリクロロエタンによる地下 水の汚染を避けるべきである。 d)1,1,1-トリクロロエタンの安全な代替品を確認(identify)すべきであ る。

4.今後の研究 a)1,1,1-トリクロロロエタンの中枢神経系への生化学的影響とその重要 性を解明するため、さらに研究が必要である。 b)ヒトにおける1,1,1-トリクロロエタンとエタノールとの間の相互作 用を明らかにするため、さらに研究が必要である。 c)1,1,1-トリクロロエタンの肝毒性を評価するために必要な、適切な亜 慢性あるいは長期経口試験が必要である。 d)生殖への影響について、今後の疫学研究が望ましい。

5.国際機関によるこれまでの評価 国際がん研究機関(IARC)ワーキング・グループは、1,1,1-トリクロロエ タンを評価し、その遺伝毒性の証拠は限定的である、との結論を下した(IARC, 1979,1987)。


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Last Updated :10 August 2000
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