環境保健クライテリア 135
Environmental Health Criteria 135

カドミウム Cadmium

−環境面からの検討− Environmental Aspects
(原著156頁、1992年発行)

更新日: 1997年1月7日
1. 物質の同定、物理的・化学的特性
2. 要約
3. 評価
4. 環境保全のための勧告
5. 今後の研究

→目 次


1.物質の同定、物理的・化学的特性

a 物質の同定

元素記号     Cd
原子番号     48
原子量        112.41
CAS登録番号    7440-43-9

b 物理的・化学的特性

融点              320.9℃
沸点              765℃
比重              8.642
水溶解性          溶けない

カドミウム(原子番号48、原子量112.40)は、亜鉛および水銀と共に、周 期表のグループUbに属する金属元素である。カドミウムの硫化物、炭酸塩、 酸化物などの塩頚は実際上は水に不溶であるが、これらは自然界において水 溶性の塩類への転換が可能である。その硫酸塩、硝酸塩、ハロゲン化物は水 中で溶ける。環境中におけるカドミウムの特性は有害性の評価において重要 である。
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2.要約  海水中におけるカドミウムの平均濃度は0.1μg/l以下である。河川の水は、 1〜13.5ng/lの濃度範囲の溶存カドミウムを含んでいる。遠隔地で住民のい ない地域での空気中のカドミウムは、通常1ng/m3以下である。汚染の知ら れていない地域での土壌中のカドミウム濃度の中央値は0.2〜0.4mg/kgの範 囲と報告されている。しかし、時には、160mg/kg土壌までのより高い数値 が見出されている。 その取り込みには環境要因が影響を及ぽすことにより、カドミウムは水生 生物類に毒性作用を与える。温度上昇は取り込みと毒性作用を増強し、一方、 塩分と水の硬度はそれらを低減する。低濃度のカドミウムにおいて、淡水生 物類は海洋生物類よりも影響を受け易い。水中の有機分含有量は、一般には 生物類に対し取り込みとカドミウムとの結合による毒性作用を減少させ、そ の利用性(availability)を低下させる。しかし、ある種の有機物質は反対の作 用を示す証拠がある。 カドミウムは多くの生物類により容易に蓄積され、特に微生物類および軟 体動物類では著しく、その生物濃縮係数*は数千のオーダーを示す。土壌無 脊椎動物もカドミウムを顕著に濃縮する。大部分の生物類は、100以下の軽 度から中等度の濃縮係数を示す。カドミウムは多くの組織のタンパク質に結 合する。特定の重金属と結合したタンパク質(メタロチオネイン)は、カドミ ウムに暴露された生物類から単離されている。 カドミウム濃度は腎臓、鰓(えら)肝臓(あるいはそれらに相当する器官) において最大値を示した。甲殻類においてはこの金属の大部分は脱皮した甲 羅を経て排出されるが、一般の生物類では主に腎臓経由で起こる。植物にお いては、カドミウムの濃縮は主として根において起こるが、葉においても多 少は濃縮される。  カドミウムは広範囲の微生物類に対して毒性を示す。しかし、堆積物、高 濃度の溶存塩類あるいは有機物質が存在すると、どれも毒性影響を低減させ る。その主な影響はそれらの成育と繁殖に対してである。最も大きな影響を 受ける土壌微生物は真菌であり、ある種の菌はカドミウムへの暴露後には土 壌中から排除される。土壌中においてこの金属の低濃度暴露では耐性を有す る菌種が淘汰(selection)される。  カドミウムの水生生物類への急性毒性は、その種類に密接に関連し、また この金属の遊離イオン濃度にも関係して変化する。カドミウムは動物のカル シウム代謝と相互作用を有する。魚類においては、カドミウムは低カルシウ ム血症を発生させるが、これはおそらく水からのカルシウムの取り込みを阻 害するためであろう。  しかし、水中の高濃度のカルシウムは、取り込み部位におけるカドミウム の吸収を阻害して魚類を防護する。亜鉛は水生無脊椎動物類へのカドミウム の毒性を増強させる。水生無脊椎動物類の成育と繁殖についての亜致死的な (sublethal)影響が報告されており、無脊椎動物に対して組織・器官の構築に 対する影響(structural effects)が認められた。自然界では、カドミウム暴露後 の水生無脊椎動物の耐性を示す系統種の淘汰の証拠が存在する。魚類に対す る毒性は種類により異なり、特にサケ科の魚類はカドミウムの影響を受け易 い。魚類における亜致死的な影響としては、特に脊椎骨の奇形が報告されて いる。  最も影響を受けやすい時期は、胚−幼生期であり、一方、卵は最も影響を 受けにくい。魚類において、カドミウムと亜鉛との間には一貫した相互作用 は認められない。カドミウムは、幼時期のある種の両生類に毒性を示すが、 試験容器内の堆積物によりある程度保護される。  カドミウムは、自然界での影響は報告されていないが、実験的研究では植 物の成長に影響を与える。この金属は土壌中よりも栄養溶液(nutrient solu- tion)からの方が、より容易に取り込まれる。栄養溶液中のカドミウムによ って気孔の開口、蒸散、光合成が影響されると報告されている。 陸生無脊椎動物はカドミウムの毒性には比較的感受性が低いが、これは特 定臓器中における効果的な隔離メカニズム(sequestration mechanisms)のため であろう。  陸生カタッムリはカドミウムにより亜致死的な影響を受け、その主な影響 は食物摂取と活動停止(dommancy)であるが、それらは極めて高用量レベルの 場合に限られている。鳥類はこの金属により腎臓に損傷を起こすが、高用量 においても致命的な影響は受けない。  フィールド研究において、微生物およびある種の水生無脊椎動物の個体数 の種類組成の変化は、カドミウムが原因している、と報告されている。落葉 の分解は重金属汚染によって大きく減少させられるが、カドミウムは最も影 響を及ぽす原因物質であると確認されている。
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3. 評価 3.1 一般的考察 カドミウムの環境有害性の評価においては、実験室研究から生態系への外 挿が必要である。この評価に当たっては、種々の理由により十分に注意して 実施しなければならない。  a)カドミウムは、土壌、堆積物、有機物質などの環境組成物への強い吸   着作用により、環境中の生物にとってその利用性は限られている。汚   染地域内の生物類はカドミウムの蓄積により高い生体負荷を有してい   る。  b)温度、pH、水あるいは土壌の化学的組成は、カドミウムの取り込み   と毒性作用の双方に影響を及ぽすことが示されている。  c)生物類による取り込みとその影響評価において、名ばかりかあるいは   総量よりむしろ実際に利用されるカドミウムの量が決定要素である  d)金属類の影響についての限られたデータは、コントロールされた実験   的研究より得られている。環境中の生物類は汚染物質の混合物に暴露   されている。酸の蓄積によって、カドミウムを含む金属は環境中に放   出される。  e)自然界および生態系の代表的な、あるいは重大な構成要素である生物   種あるいはコミュニティーについて、小規模の実験的研究が実施され   ている。研究では、これらの個体群間の相互作用のすべて、環境要因   のすべてについて配慮されているわけではない。その結果、生態系に   対するカドミウムの影響は過小評価されるに至った。  f)極めて鋭敏なパラメータに基づいた実験室研究の結果では、生態系へ   の影響よりはむしろ個体への生理学的影響の方が示唆された。 3.2 水生環境 カドミウムの環境中へのインプットは、産業廃棄物の投棄、地表よりの流 出(run−off訳者注:土壌中の物質が雨水によって地表面から運び出される 現象をいう)、および蓄積を通じて行われる。それは堆積物および土壌に強く 吸着される。非汚染地域における淡水中のカドミウム含有量は0.01〜0.06μg /l以下であるのに対し、海水中では約0.1μg/lである。また、カドミウム濃 度は、淡水底質で5mg/kg以上、海洋底質では0.03〜1mg/kgである。 水生生物類のカドミウム取り込み率および毒性作用は、温度、イオン濃度、 有機物質含有量などの物理化学的因子により大きく影響される。 カドミウムは水生植物により転流(translocate)され、根および葉において 濃縮される。それは、また、種々の水生動物類により取り入れられ蓄積され る。淡水生物類に対するカドミウムの毒性は、暴露期間、生物の種類、ライ フ・ステージにより相当に変化する。初期のライフ・ステージおよび生殖シ ステムは最も影響を受け易い。カドミウムは、他との比較において、淡水環 境内においては最も毒性の強い重金属の一つである。特定の生物類において は、環境中濃度1μg/l以下のカドミウムに対して明白な反応が観察されてい る。 カドミウムに誘発された腎臓損傷については、自然界における海鳥におい て報告されている。しかし、この損傷は、カドミウム汚染地区と辺郡Fな地区 の双方において存在している。従って、この影響は特定の動物種と地域にお ける天然のカドミウムに由来するものであろう。 3.3 陸生環境 カドミウムは、採鉱、非鉄金属生産、埋め立て、下水汚泥の使用、リン酸 肥料、その他の肥料より陸生環境に導入される。カドミウムのバックグラウ ンド濃度は0.1〜0.4mg/kg土壌で、火山の土壌においては4.5mg/kgに達す る。160mg/kg土壌の高濃度は金属加工施設の発生源の近くで見出された。 木の菜の分解や栄養素のリサイクルの減少は、フィールドにおける金属汚 染に原因があるとされてきた。カドミウムは、これらの落葉・落枝(litter)の 分解を阻害する最も有力な金属と見られる。この影響は、主としてリター分 解の最終段階に影響する微生物個体数の減少によるものと考えられている。 植物はカドミウムを取り入れ、転流し蓄積する。しかし、土壌からの取り 込みは限られている。高濃度のカドミウム暴露(数百mg/kgの範囲)が存在 する場合には、主な影響は成長遅滞である。自然界において、長期にわたり カドミウムに暴露された植物では、これに対する耐性(tolerance)獲得ができ る。自然界における植物個体群への悪影響の証拠はない。 陸生無脊椎動物類のカドミウムに対する感受性は大きく変化する。ある種 においては、明白な悪影響なしにカドミウムを5,000mg/kg体重の濃度まで 取り込み蓄積できるが、一方、他の種類では数mg/kg土壌のレベルにおい て個体への影響を示した。ある種の陸生無脊椎動物の個体群では、フィール ドで見られるカドミウム汚染濃度において悪影響が認められた。等脚類動物 (isopods:ワラジムシ,フナムシなど)やミミズは、カドミウム汚染のバイ オモニター(生物学的警告者)として有用である。高い生体負荷をもった無脊 椎動物は、捕食動物の脅威にさらされるかも知れない。 20mgカドミウム/kg食餌を12週間投与した実験用の小鳥では、腎障害 が見出されたが、それ以下の濃度ではみられなかった。生殖影響は200mg/ kg食餌で認められた。4mg/kgの用量ではアヒルの幼鳥の行動に影響があ った。陸生鳥類では影響がなかった。 ハトの脳、腎臓、肝臓内のカドミウム濃度は都会のカドミウム汚染のよい 指標であることが証明されているが、フィールドで採集された陸生鳥におい てはカドミウムの影響は認められなかった。 鉱山の掘出土壌の近くの小型哺乳類では、カドミウムの蓄積が見られた。 実験的に10mg/kg食餌の濃度に暴露されたハタネズミにおいては、イオン ・バランスへの影響が認められた。 陸生生物類の個体群においても、カドミウムへの長期暴露後には耐性が形 成されるであろう。
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4.環境保全のための勧告 環境への影響を除くため、次の発生源からのカドミウムの排出をできるだ け低減すべきである。 ・精錬所 ・焼却施設 ・耕地への下水汚泥の施用 ・リン酸肥料  ・カドミウム含有の肥料
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5.今後の研究  a)植物堆積物の分解過程におけるカドミウムの影響を解明するため、さ   らに研究が必要である。栄養循環、植物の長期成長、分解阻害の正確   な特性について今後注目すべきである。  b)土壌および堆積物へのカドミウムの吸着について、今後の研究と係数   の定量が必要である。環境中における固定と配分についてのモデリン   グが求められる。  c)生態系システム中で、特に敏感な(すなわち指標となる)あるいは重要   な役割を呆たす生物類を確認し、カドミウムの影響について研究すべ   きである。 d)生物中およびここの細胞内において、生理学的および生化学プロセ    スとカドミウムの相互作用の基礎的メカニズムについての研究が必要    である。  カドミウムの研究においては、いくつかの留意点が必要である。第一に、 実験デザインおよび手法において、その金属の分化(speciation)が考慮され ねばならない。また、そのカドミウム入手の明確な方法が報告されるべきで ある。第二に、栄養レベルにおけるその取り込みと移動の研究では、非栄養 素のカドミウムと栄養素のカルシウムおよび亜鉛との間の関連性が含まれな ければならない。
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Last Updated :10 August 2000
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