環境保健クライテリア 127
Environmental Health Criteria 127

アクロレイン Acrolein

(原著119頁,1992年発行)

作成日: 1997年2月24日
1. 要約
2. 今後の研究
3. 国際機関によるこれまでの評価

→目 次



1.要  約 

a 物質の同定

化学式             C3H4O
化学構造

3次元の化学構造の図の利用
図の枠内でマウスの左ボタンをクリック → 分子の向きを回転、拡大縮小 右ボタンをクリック → 3次元化学構造の表示変更

分子量 56.06 一般名 acrolein その他の名称 acraldehyde, acrylic aldehyde, propenal, prop-2-enal, prop-2-en-1-al 商品名 Acquinite, Aqualin, Aqualine, Biocide, Magnicide‐H, NSC 8819, Slimicide CAS登録番号 107-02-8 CAS化学名 2-propenal IUPAC名 acrylaldehyde RTECS登録番号 AS1050000 換算係数(25℃,101.3kPa=760mmHg) 1 ppm = 2.29 mg/m3 1 mg/m3 = 0.44 ppm   b 物理的・化学的特性 物理的状態 流動液体 色 無色(純品)または黄味(商業品) 臭気のいき値 (perception) 0.07 mg/m3 a   (recognition) 0.48 mg/m3 b 沸点(101.3kPa) 52.7℃ 融点 −87°C 比重(20℃) 0.8427 蒸気密度の比 1.94 (空気=1) 蒸気圧(20℃) 29.3 kPa(220mmHg) 水溶解性(20℃) 206 g/l n‐オクタノール/水分配係数 0.9 c (log Pow) 引火点(開放系) −18℃   (閉鎖系) −26℃ 可燃限界 2.8〜31.0%(容積)  a; Sinkuvene(1970)より  b; Leonardos et al.(1969)より  c; Veith et al.(1980)実験値より算出 表 アクロレインの構成成分(市販品) (重量%)   ―−−−−−−−−−−−−−−−−−−  純度   アクロレイン 95.5%以上 不純物  水 3.0以内      カルボニル化合物 1.5以内 (主に propanal,acetone) ヒドロキノン(重合抑制剤) 0.1〜0.25a  ―−−−−−−−−−−−−−−−−−−−   a; Hess et al.(1978)より


TO TOP OF THIS DOCUMENT

 アクロレインは、揮発性で引火性が強く、刺激性で息のつまるような不快な悪臭を 有する液体である。それは極めて反応性の高い化合物である。  世界における単離のアクロレインの生産量は、1975年において59,000トンと推 算されている。さらに大量のアクロレインが、アクリル酸およびそのエステル類の合 成における中間体として生産され消費されている。  種々の媒体中のアクロレインの測定について分析方法の使用が可能である。その最 低検出限界は0.1μg/m3空気(ガスクロマトグラフィー/質量分析法)、0.1μ g/l水(高速液体クロマトグラフィー)、2.8μg/l生物媒体(蛍光分析法)、590 μg/kg魚類(ガスクロマトグラフィー/質量分析法)、1.4μg/m3排出ガス(高 速液体クロマトグラフィー)である。  アクロレインは、食品や飲料を含む一部の植物および動物性の資料から検出されて いる。この物質は主として化学物質合成の中間体として用いられるが、水性殺菌剤 (biocide)としても使用される。  アクロレインの排出は、製造あるいは使用の場所で起こる。空気中におけるアクロ レインの重要な排出は、燃料・合成ポリマー類・食品・タバコの不完全燃焼あるいは 熱分解により発生する。アクロレインは自動車排出のアルデヒド類総量の3〜10%を 構成する。1本のシガレットの喫煙により3〜228μgのアクロレインが発生する。 アクロレインは特定の有機大気汚染物質の光化学酸化反応の産物である。  一般集団への暴露は主として空気を介して起こる。経口暴露は、アルコール性飲料 類または加熱した食品類により起こる。  都市部におけるアクロレインの平均濃度は約15μg/m3、最高濃度は32μg/m 3までが測定されている。工場周辺および排気パイプの近くでは、この10〜100倍の 高濃度が発生するであろう。火事の結果として、mg/m3の範囲の極端に高い大気中 濃度が発見されることがある。室内空気においては、1本のシガレット(紙巻きタバ コ)を、10〜13分間に喫煙した場合には、部屋のスペース1m3当り450〜840μg の濃度のアクロレイン蒸気を発生させる。溶接または有機物質の加熱を含む作業場内 の濃度では1,000μg/m3が報告されている。  アクロレインは大気中において、ヒドロキシラジカル類との反応により分解する。 大気中の滞留時間は約1日である。表層水中では、アクロレインは数日内に消失する。 アクロレインの土壌吸着力は弱い。本化合物の微生物への毒性は生分解 (biodegradation)を妨げるであろうが、好気性および嫌気性の双方の分解が報告さ れている。物理的および化学的特性に基づいた場合、アクロレインの生物濃縮は起こ らないと推定される。アクロレインは水生生物に対して極めて強い毒性を示す。細菌 類・藻類・甲殻類・魚類に対する急性EC50(50%影響発現濃度)およびLC50 (50%致死濃度)値は0.02〜2.5mg/lの間であり、細菌類は最も感受性の強い生 物種である。魚類に対する60日間の無有害影響量(no‐observed‐adverse‐effect level:NOAEL)は0.0114mg/lである。アクロレインによる水生植物に対する効果 的な管理は、4〜26mg/l・時間の用量により達成されている。アクロレイン処理の水 により潅漑された土壌で成育した農産物への有害影響は、15mg/l以上の濃度で観察 された。  動物およびヒトにおいて、アクロレインの反応性は実際上はその暴露部位に限局し、 病理学的知見もこれらの部位に限定される。400〜600mg/m3のアクロレインに暴露 されたイヌでは、その80〜85%が呼吸器官に滞留するのが見出された。アクロレイ ンはタンパク質および非タンパク質スルフヒドリル・グループ、第一級アミン類およ び第二級アミン類に直接反応する。それは、また、メルカプツール酸・アクリル酸・ グリシドアルデヒドあるいはグリセルアルデヒドに代謝される。これらの最後の三種 類の代謝生成物はin vitro(試験管内)のみで得られた。  アクロレインは細胞毒性物質である。in vitroの細胞毒性は、0.1mg/lの濃度にお いて観察された。本物質は、種々の経路を介しての実験動物およびヒトへの単回暴露 後において強い毒性を示す。その蒸気は眼および呼吸器官に刺激を与える。液体アク ロレインは腐食性の物質である。エタノール中の(ethanolic)アクロレインによる刺 激性皮膚炎の無有害影響量(NOAEL)は0.1%であることが見出された。アクロレ イン蒸気に暴露されたヒトのボランティアによる実験では、最小有害影響量(lowest ‐observed‐adverse‐effect level:LOAEL)は0.13mg/m3であり、この濃度で は5分間以内に眼に刺激を生じさせる。さらに、気道への影響は0.7mg/m3以上に おいて明らかである。より高濃度の単回暴露においては、気道上皮の変性・炎症性続 発症・呼吸機能発達の低下が認められる。  継続的吸入暴露の毒性学的影響が、0.5〜4.1mg/m3の濃度において、ラット・ イヌ・モルモット・サルにより研究された。呼吸器官機能と組織病理学的影響の双方 は、動物がアクロレインの0.5mg/m3以上の濃度に、あるいは90日間以上暴露さ れた場合に見られた。  アクロレイン蒸気への反復吸入暴露による毒性学的影響が、0.39〜11.2mg/m3 の濃度範囲により種々の実験動物において研究された。暴露期間は5日間から52週 間の間であった。一般に、体重増加の低減・肺機能の低下・鼻/上部気道/肺の病理 学的変化が、1.6mg/m3の濃度に8時間/日以上暴露された大多数の動物種におい て認められた。病理学的変化には、気道の炎症・組織異常・増殖が含まれる。アクロ レインの濃度9.07mg/m3以上のアクロレイン蒸気に反復暴露された後では、動物 に有意に高い死亡率が観察された。実験動物において、アクロレインは生体組織内グ ルタチオンを減少させ、in vitro研究においては、作用部位におけるスルフヒドリル・ グループとの反応による酵素の阻害を示した。アクロレインには、マウスおよびラッ トにおいてホストの肺の防衛機能を抑制するとの限られ証拠が存在する。  アクロレインは、直接羊水中に投与された場合には催奇形性と胚への影響を誘発す る。しかし、ウサギへの3mg/kgの静脈内注射によっては影響が認められない事実は、 ヒトのアクロレインへの暴露は発生中の胚へは影響しないらしいことを示唆してい る。  アクロレインはin vitroにおいて核酸と相互作用し、それらの合成をin vitroおよ びin vivoで阻害することを示している。それは活性化なしの条件下でも、細菌類お よび真菌類において変異原性を誘発し、哺乳類細胞中で姉妹染色分体交換を発生させ る。これらの影響のすべての場合は、アクロレインの反応性・揮発性・細胞毒性によ り支配される極めて狭い用量の範囲内で起こる。マウスにおける優性致死試験は陰性 であった。入手し得るデータでは、アクロレインは一部の細菌類・真菌類・培養哺乳 類細胞に対し、弱い変異原物質であることを示している。  アクロレインの9.2mg/m3の濃度の蒸気に7時間/日・5日/週で52週間およ び29週間暴露されたハムスターにおいて、腫瘍は発見されなかった。また、アクロ レイン蒸気に52週間暴露されたハムスターに、さらにベンゾ[a]ピレンを週1回ま たはジエチルニトロソアミンを3週間に1回、気管内に投与した場合、アクロレイン の明らかな発がん補助作用は観察されなかった。アクロレインの5〜50mg/kg体重/ 日(5日/週で104〜124週間)を飲料水に添加して経口暴露した場合には、腫瘍は 誘発されなかった。これらの試験の限定された特性を考えると、実験動物におけるア クロレインの発がん性は不十分と考えられる。その結果、アクロレインのヒトに対す る発がん性の評価を下すことも不可能と考えられる。  アクロレインによる刺激と健康影響を生じさせる閾値は、臭覚に関しては0. 07mg/m3、眼への刺激では0.13mg/m3、鼻の刺激と眼のまばたきに対しては0. 3mg/m3、呼吸数の減少については0.7mg/m3である。都市部において、アクロ レインの濃度は0.03mg/m3を越すことはまれであるため、正常な状況においては 不快あるいは有害な濃度に達することはないと考えられる。  水生生物に対するアクロレインの高い毒性を考慮すると、本物質は工場の排水・漏 洩に近い場所および殺菌剤としての使用においては、水生生物にリスクをもたらす。
TO TOP OF THIS DOCUMENT

2.今後の研究 a) ヒトの暴露特性について、今後評価すべきである。これは環境および職業上の 空気と食品・飲料からの取り込みに適用される。 b) これらの評価には、アクロレインと共存し、相互作用を有し、アクロレイン 暴露と類似した生物学的影響をもつ他の化学物質を含めるべきである。 c) 大気中のアクロレインの最も重要な標的臓器は呼吸器官である。従って、疫 学研究を含む将来の研究では、特に職業的環境における呼吸器官を重視しなければな らない。また、呼吸器感染に対するホストの抵抗力の低下を研究すべきである。 d) 今後、呼吸器官の異なる部位におけるアクロレインの取り込みを検討すべき である。アクロレインの代謝と排泄、呼吸器官からのその代謝生成物の研究に対して は、これらの機序についての情報はほとんどないため、高い優先順位を与えるべきで ある。 e) アクロレイン中毒の解毒剤として、N‐アセチルシステインあるいは2‐メル カプトエチルスルホン酸ナトリウム塩(MESNA)のようなスルフヒドリル化合物の 効果を評価すべきである。 3.国際機関によるこれまでの評価  アクロレインの発がん可能性の証拠は国際がん研究機関により評価されてきた (IARC,1979,1985,1987)。その発がん性の証拠は、動物およびヒトの双方において 不十分と見なされた。このため、アクロレインのヒトに対する発がん性の評価はなされていない。  多数の国における国家機関および欧州経済共同体により設定された規制基準は、国 際有害化学物質登録制度のデータ・プロフィール中に要約されており(IRPTC,1990)、 それらはアクロレインに対する健康および安全指針の中で表に作られている(WHO,1991)。
Last Updated :24 August 2000 NIHS Home Page here