環境保健クライテリア 123
Environmental Health Criteria 123

アルファおよびベータヘキサクロロシクロヘキサン類
Alpha‐and Beta‐Hexachlorocyclohexanes

(原著170頁,1992年発行)

作成日: 1997年2月18日

1.アルファ−ヘキサクロロシクロヘキサン

1.物質の同定、物理的・化学的特性、分析方法
2.環境中の移動・分布・変質
3.環境中濃度およびヒトの暴露
4.体内動態および代謝
5.環境中の生物類への影響
6.実験動物およびin vitro (試験管内)試験系への影響
7.ヒトへの影響

2.ベータ−ヘキサクロロシクロヘキサン

1.物質の同定、物理的・化学的特性、分析方法
2.環境中の移動・分布・変質
3.環境中濃度およびヒトの暴露
4.体内動態および代謝
5.環境中の生物類への影響
6.実験動物およびin vitro (試験管内)試験系への影響
7.ヒトへの影響

3.アルファ−およびベータ−ヘキサクロロシクロヘキサン類 についての結論およびヒトの健康と環境の保護のための勧告
4.今後の研究
5.国際機関によるこれまでの評価

→目 次



1 アルファ−ヘキサクロロシクロヘキサン

1.物質の同定、物理的・化学的特性、分析方法 a 物質の同定 化学式 C6H6Cl6 化学構造

3次元の化学構造の図の利用
図の枠内でマウスの左ボタンをクリック → 分子の向きを回転、拡大縮小 右ボタンをクリック → 3次元化学構造の表示変更

分子量 290.9 一般名 Alpha‐hexachlorocyclohexane(alpha‐HCH) その他の名称 Alpha‐benzenehexachloride(alpha‐BHC) CAS登録番号 319-84-6 CAS化学名 1α, 2α, 3β, 4α, 5β, 6β‐hexachlorocyclohexane RTECS登録番号 GV3500000   b 物理的・化学的特性 沸点 288℃ 融点 158℃ 比重(20℃) 1.87g/cm3 蒸気圧(20℃) 2.67Pa(0.02mmHg) 溶解性(28℃) 水 2mg/l    (20℃) 有機溶媒 アセトン  139g/l クロロホルム 63g/l エタノール  18g/l 石油エーテル 7〜13g/l キシレン  85g/l 安定性 酸の中ではかなり安定 アルカリ状態では不安定 n‐オクタノール/水分配係数 3.82 (log Pow)  アルファ−ヘキサクロロシクロヘキサン(アルファ−HCH)は、リンデン(ガン マ−HCHが99%以上)の製造における主要な副産物(65〜70%)である。水溶性は 低いが、アセトン・クロロホルム・キシレンなどの有機溶剤にはよく溶解する。低い 蒸気圧を有する固体で、n‐オクタノール/水分配係数(log Pow)は3.82であ り、また環境汚染物質である。  アルファ−HCHは、液−液クロマトグラフィーによる抽出およびカラムクロマト グラフィーによる精製後に、電子捕獲検出器付きガスクロマトグラフィーおよびその 他の方法により、他の異性体から分離して測定できる。


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2.環境中の移動・分布・変質  生分解および紫外線による非生物的分解(脱塩素化)は環境中で起こり、それぞれ デルタ−3,4,5,6‐テトラクロロヘキサンおよびペンタクロロシクロヘキサンを生成する。 この分解過程はリンデンの場合よりも遅い。アルファ−HCHの土壌中における蓄積性は、 微生物の作用、有機物質含有量、土壌からの共通蒸留(co‐distillation)や蒸発などの 環境要因により決定される。リンデンからアルファ−HCHへの異性体化は起こらない。  急速な生物濃縮が、微生物(生物濃縮係数は30分以内に、乾重量ベースで1,500 〜2,700、脂質ベースで約12,000)、無脊椎類(24〜72時間以内に、乾重量ベー スで60〜2,750、脂質ベースで8,000以上)、魚類(4〜28日以内で313〜1,216、 エルベ川では50,000まで)において起こる。しかし、これらの生物においては生体 内変化(訳者注:生物変換)と排出も相当に早い(15分〜72時間)。 3.環境中濃度およびヒトの暴露  アルファ−HCHは海洋上の大気中で0.02〜1.5ng/m3の濃度が見出されている。 カナダでは、雨水中で1〜40ng/lの濃度が認められているが、雪の中では痕跡程度が 存在するのみである。  1969〜1974年の間には、ライン川とその支流において0.01〜2.7μg/lの濃度 のアルファ−HCHが含まれていたが、さらに最近では0.1μg/l以下となっている。 エルベ川では、1981年の0.023μg/lの濃度は1988年には0.012μg/l以下に減 少した。英国の特定の川では、1966年に0.001〜0.43μg/lの含有が発見された。 北フリジア・ワッデン海(訳者注:北海の一部)の堆積物中においては、0.3〜1.4 μg/kg(0.002μg/l水)の濃度のアルファ−HCHが見出されている。  各国の種々の植物種中のアルファ−HCH濃度は、乾重量ベースで0.5〜2,140 μg/kgであったが、汚染地域ではさらに高い。南極においてさえ、0.2〜1.15μ g/kgの範囲の濃度が発見されている。  アルファ−HCHは、魚類・水生無脊椎類・カモ・オオサギ・メンフクロウの中か ら、一様に検出されている。無視し得る程度の殺虫剤を使用している地方に住むトナ カイやアイダホ・アメリカヘラジカの皮下脂肪からは、平均約70〜80μg/kgの量の アルファ−HCHが発見されている。カナダ北極クマの脂肪組織にはアルファ− HCH0.3〜0.87mg/kg(脂肪ベース)が含まれていた。  多数の国において、重要な食品中のアルファ−HCHの存在についての分析が行わ れた。脂肪含有食品では、牛乳および乳製品(0.22mg/kgまで)、魚類および加工 肉製品(脂肪ベースで0.5mg/kgまで)を除き、おおむね0.05mg/kg製品までの 範囲であった。遅々とした減少が数年来認められている。  一般集団へのアルファ−HCHの主な暴露源は食品である。オランダおよび英国に おける飲食物総量研究(total‐diet study)では、その平均濃度はそれぞれ0.01mg/kg および0.002〜0.003mg/kgであった。英国のデータは1967年以降の低下傾向を 示している。米国においてはアルファ−HCHの一日平均摂取量は1977〜1979年の 間で0.009〜0.025μg/kg体重、1982〜1984年の間では0.003〜0.016μg/kg 体重を示した。  少数の国では、ヒトの血液・血清・血漿中のアルファ−HCH濃度が測定されてい る。その平均濃度(ある場合では中央値)は0.1μg/l以下(検出限界以下の濃度か ら0.6μg/lまで)であった。しかし、ある国においては3.5μg/l(0.1〜15.0 μg/lの範囲)の平均濃度が報告されている。アルファ−HCHは血液サンプル数の約 1/3から検出されている。  ヒトの脂肪組織および母乳中での濃度は低い(脂肪ベースで、それぞれ0.01〜0. 1および0.001〜0.04mg/kg以下)と報告されている。飲食物総量研究では、一日 の摂取量は0.01μg/kg体重以下であることを示している。これらの濃度は、数年 にわたり徐々に減少している。  アルファ−HCHは普遍的な環境汚染物質のように見える。環境中での拡散防止の 手段が講じられているにもかかわらず、その濃度は徐々に減少しているに過ぎない。
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4.体内動態および代謝  ラットにおいては、アルファ−HCHは胃腸管より速やかにそしてほとんど完全に 吸収される。腹腔内投与後、アルファ−HCHの約40〜80%は尿、5〜20%は糞を経て 排泄される。ラットでは、その最高濃度は肝臓・腎臓・体脂肪・脳・筋肉で見出され、 実質的な蓄積は脂肪組織中で起こる。乳獣(幼獣)の肝臓中のアルファ−HCH濃度は、 母獣の肝臓中の2倍であった。ラットにおいて、脳対血液および蓄積脂肪対血液の比は、 それぞれ120:1および397:1を示した。  ラットにおけるアルファ−HCHの生体内変化には脱塩素化が含まれる。その主要 な尿中代謝生成物は2,4,6‐トリクロロフェノールであり、その他の確認された代 謝産物には1,2,4‐、2,3,4‐、2,4,5‐トリクロロフェノールおよび2,3,4, 5‐、2,3,4,6‐テトラクロロフェノ−ルが含まれる。1,3,4,5,6,‐ペンタ クロロシクロヘキス‐1‐エンが、ラットの腎臓およびニワトリの肝臓についてのin vitro(試験管内)研究においても発見されている。グルタチオン抱合体は肝臓内で生 成される。  蓄積脂肪からのクリアランスの半減期は、ラットのメスでは6.9日、オスで1.6 日である。 5.環境中の生物類への影響  アルファ−HCHは藻類に対し低い毒性を示し、一般的には2mg/lが無影響量 (no‐observed‐effect level)である。  長期試験においては、ミジンコ属は0.05mg/lの無影響量を示した。アルファ− HCHは無脊椎類および魚類に対しては中等度の毒性を有している。これらの生物の 急性L(E)C50値は、1mg/lのレベルである。グッピーおよびメダカによる研究 では、0.8mg/lにおいて影響は認められなかった。  サケを用いた3か月の試験では、10〜1,250mg/kg食餌の投与量において、致死 率・行動・成長・肝臓および脳内の酵素活性に影響は見られなかった。  カタツムリによる短期および長期試験では、1,200μg/lのEC50[致死率およ び動作の停止(訳者注:筋肉の収縮が見られない状態)に基づき]が示された。産卵 の阻害は250μg/lの濃度において起こった。全体としての繁殖率の50%の減少は 65μg/lで認められた。  生物類の個体数および生態系への影響についてのデータは入手できない。
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6.実験動物およびin vitro(試験管内)試験系への影響  マウスおよびラットに対する急性経口LD50値は、それぞれ1,000〜4,000および500〜 4,670mg/kg体重の範囲である。中毒の徴候は主として中枢神経系の刺激である。  ラットによる90日間の試験では、250mg/kg食餌の濃度において成育の阻害が見 られた。肝臓における組織学的および酵素レベルの変化は、50mg/kg以上における酵 素の誘導を示している。これらの用量レベルにおいては、免疫抑制の徴候も認められ た。肝臓重量もすでに10mg/kg食餌(0.5mg/kg体重に相当)において増加した。 この試験における無影響量は2mg/kg食餌(0.1mg/kg体重/日に相当)であった。  適切な長期毒性試験あるいは生殖および催奇形性試験については報告されていな い。  各種の系統のSalmonella typhimurium菌による実験では、代謝活性の有無いずれ の場合にも変異原性の証拠は見出されなかった。酵母による試験も陰性であったが、 ラットのin vitroにおける肝細胞の不定期DNA合成では不明確な結果が示された。  発がんの可能性を決定するための実験が、マウスおよびラットを用いて、100〜 600mg/kg食餌の投与量において実施された。マウスの実験では、増殖性結節および (and/or)肝細胞腺腫が見出された。1件の実験では、投与量は最大耐量(maximum tolerated dose)を越えていた。マウスにおいて160mg/kg食餌までの投与量による2 件の実験が、またラットによる640mg/kg食餌を用いた1件の実験が実施されたが、 腫瘍の発生率に増加は示されなかった。  発がん性のイニシエーション/プロモーション(誘発/促進)実験と作用モードお よび変異原性実験の結果は、マウスにおいて観察されたアルファ−HCH誘発の腫瘍 形成性は非遺伝的メカニズムを有していることを示している。  アルファ−HCHは5mg/kg食餌(0.25mg/kg体重に相当)においてさえ、肝臓酵 素活性の明らかな増加を生じさせることを示している。2mg/kg体重の投与量は、ア ミノピリンの脱メチル化あるいは肝臓のDNA量に影響を及ぼさない。 7.ヒトへの影響  暴露年数の幾何平均が7.2年(1〜30年)のリンデン製造工場 の作業員について検討された結果、HCHの職業的暴露は神経学的障害の徴候あるい は「神経筋肉機能」の混乱を誘発することはない、との結論に達した。
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2. ベータ−ヘキサクロロシクロヘキサン

1.物質の同定、物理的・化学的特性、分析方法 a 物質の同定 化学式 C6H6Cl6 化学構造

3次元の化学構造の図の利用
図の枠内でマウスの左ボタンをクリック → 分子の向きを回転、拡大縮小 右ボタンをクリック → 3次元化学構造の表示変更

分子量 290.9 一般名 Beta‐hexachlorocyclohexane(beta‐HCH) その他の名称 Beta‐benzenehexachloride(beta‐BHC) CAS登録番号 319-85-7 CAS化学名 1α, 2β, 3α, 4β, 5α, 6β‐hexachlorocyclohexane RTECS登録番号 GV4375000   b 物理的・化学的特性 融点 309℃ 比重(20℃) 1.89g/cm3 蒸気圧(20℃) 0.67Pa(0.005mmHg) 溶解性(20℃) 水 1.5mg/l    (28℃) 水 0.2mg/l    (20℃) 有機溶媒 アセトン    103.9g/l クロロホルム  3g/l エタノール    11g/l 石油エーテル  1〜2g/l キシレン    33g/l シクロヘキサン 121g/l 安定性 酸の中ではかなり安定 アルカリ状態では不安定 n‐オクタノール/水分配係数 3.80 (log Pow)     ベータ−ヘキサクロロシクロヘキサン(ベータ−HCH)は、リンデン(ガンマ− HCHが99%以上)の製造における副産物(7〜10%)である。その水溶性は低いが、 アセトン・シクロヘキサン・キシレンなどの有機溶剤にはよく溶解する。それは低い 蒸気圧を有する固体で、そのn‐オクタノール/水分配係数(log Pow)は3.80 であり、また環境汚染物質である。  ベータ−HCHは、液−液クロマトグラフィーによる抽出およびカラムクロマトグ ラフィーによる精製後に、電子捕獲検出器付きガスクロマトグラフィーおよびその他 の方法により、他の異性体から分離して測定できる。


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2.環境中の移動・分布・変質  生分解および紫外線による非生物的分解(脱塩素化) は環境中で起こり、ペンタクロロシクロヘキサンを生成するが、リンデン(ガンマー HCH)の場合よりもずっと遅い速度である。  ベータ−HCHは、HCH異性体の中でもっとも蓄積性が高い。その土壌中での蓄積 性は、微生物の作用・有機物質および水の含有量・土壌からの共通蒸留や蒸発などの 環境要因により決定される。  ベータ−HCHの蓄積性のため、急速な生物濃縮が、無脊椎類(3日以内に生物濃 縮係数は約125)、魚類(3〜10日以内で、乾重量ベースで250〜1,500、脂質ベー スでは約500,000)、鳥類およびヒト(約525)において起こる。ベータ−HCHは 他のHCH異性体類と比較して、生物濃縮の程度はより高く、排出はさらに遅い。 3.環境中濃度およびヒトの暴露  ベータ−HCHは海洋上の大気中で0.004〜0.13ng/m3の濃度が見出されている。  1974年までは、ライン川とその支流では0.14〜0.22μg/lの濃度のベータ− HCHを含んでいたが、その後の濃度は常に0.1μg/l以下である。ムーズ川(訳者 注:フランス北部に発し、北海に注ぐ川)からのサンプル類にも0.1μg/l以下が含 まれていた。エルベ川においては、その平均濃度は1981年から1988年までの間に0. 009μg/lから0.004μg/lに減少した。  ハイタカ・チョウゲンボウ・フクロウ・アオサギ・カイツブリなどの鳥類において、 ベータ−HCHが多年にわたり測定され、その濃度は0.1〜0.3mg/kgの範囲を示し た。北極クマの肝臓および脂肪組織では0.87mg/kg(脂肪ベースで)までの濃度が 見出された。  少数の国において、重要な食品中におけるベータ−HCHの存在が分析されている。 脂肪含有食品が主体の場合の平均濃度は0.03mg/kg(脂肪ベースで)までの範囲で あったが、乳製品中では4mg/kg(脂肪ベースで)が発見された。非脂肪性食品では、 その濃度は0.005mg/kg製品以下であった。一般的には、その濃度は徐々に減少し ている。  一般集団へのベータ−HCHの主な暴露源は食品である。英国における飲食物総量 研究では、1966〜1967年においては0.003mg/kg、1975〜1977年では0.0005mg/kg、 1981年は0.0005mg/kg以下が見出された。米国においては、ベータ−HCHの一日 平均摂取量は各種年齢グループにおいて0.1〜0.4ng/kg体重以下の範囲であった。  多数の国において、一般集団の血液・血清・血漿中のベータ−HCHが測定されて いる。その濃度は各国によって異なり、その範囲は25μg/lまでの範囲であった。  ヒトの脂肪組織中のベータ−HCHの存在を決定するため多くの研究が実施された。 カナダ・ドイツ・ケニア・オランダ・英国で発見された濃度は4.4mg/kg(脂肪ベー ス)までの範囲であった。それはほぼ50歳までは年齢と共に徐々に増加し、その後 に濃度の減少が見られた。脂肪組織中のベータ−HCH濃度は他のHCH異性体より 高く、この現象はベータ−HCHの蓄積性を反映している。総じて、これらの研究が 実施された期間を通じては、ベータ−HCH濃度の減少には明らかな傾向は見られな かった。脂肪組織中の濃度と母乳および肉製品・動物性脂肪・脂肪質の魚類の摂取量 との間には関連性が存在する。  少数の国(カナダ・ドイツ・オランダ・英国)では母乳が分析され、0.1〜0.69mg/kg (脂肪ベース)のベータ−HCH濃度が発見されている。辺鄙な地方に在住する女性 の乳汁中の濃度は都市部よりも高いように見える。  母乳中には、一時的にまた地域的に許容濃度を越える高濃度のベータ−HCHが発 見されている。乳児の血液中のベータ−HCH濃度は、母親と同一範囲内であった。  ベータ−HCHは普遍的な環境汚染物質のように見える。環境中での拡散防止の手 段が講じられているにもかかわらず、その濃度はきわめて徐々に減少しているに過ぎ ない。
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4.体内動態および代謝 ベータ−HCHの95%までがマウスの胃腸管内で吸収され、次いでその大部分が 脂肪組織中に蓄積される。その排出は二段階のメカニズムをもち、第一段階の半 減期は2.5日、第二段階では18日であった。  ベータ−HCHは吸収後速やかに肝臓・脳・腎臓・脂肪組織に分布される。ラット においては、肝臓内の濃度は4日後に最高値に達した。92μg/lの血中平均濃度(し かし、540および2,100μg/lの濃度も認められた)において、脳対血液および脂 肪組織対血液の比はそれぞれ2:1および170:1であった。HCH異性体によるヒト の急性致死中毒後において、そのベータ−HCH濃度は、血液との対比では、脂肪が 363、脳が3、肝臓が15であった。ベータ−HCHの血液−脳関門の通過は、他の HCH異性体よりはずっと困難である。  妊娠マウスから胎児への胎盤経由の移行は投与量の約2%であるが、ラットにおい ては40%の移行が見出された。ラットにおける乳汁を介しての母獣から乳獣への移 行は、投与量の約60%であった。  ラットにおいて、ベータ−HCHの70%は28日間に排出され、この1/3は尿中に 排出された。未変化のベータ−HCHは尿中に存在しない。シス−脱塩化水素化から 生成される主な代謝産物は、抱合体型の2,4,6‐トリクロロフェノールである。  ベータ−HCHの事前投与は、ラットにおけるリンデンの代謝を変化させる。マウ スによる腹腔内投与実験では、ベータ−HCHの代謝はリンデンより遅いように見え る。 5.環境中の生物類への影響  ベータ−HCHは、一般に藻類・無脊椎類・魚類に対し中等度の毒性を示す。 これらの生物に対する急性のLD50値は1mg/lのレベルであるが、EC50はより低い (0.05〜0.5mg/l)。1ヵ月あるいは3ヵ月間暴露された2種の淡水魚のメダカおよび カダヤシ(訳者注:卵胎生メダカ)に対する無影響量は0.03mg/lであった。  生物の個体数および生態系への影響についてのデータは入手できない。
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6.実験動物およびin vitro(試験管内)試験系への影響  1968年に報告されたマウスおよびラットに対する急性経口LD50値は、1,500〜2,000mg/kg 体重であった。しかし、最近の研究では、マウスでは16g/kg体重、ラットに対して は8g/kg体重の値をもたらした。中毒の徴候は主として神経学的起因性であった。  600mg/kg食餌までの投与量による26〜32週間飼育のマウスを用いた2件の短期 投与試験では、肝臓重量の増加と、肝臓内の結節の過形成および不定型の増殖を示し た。第三の実験においては投与量500mg/kg食餌までの24週間投与では、肝臓腫瘍 あるいは結節の過形成は発生しなかった。  ラットを用いた50または250mg/kg食餌の90日間投与試験では、滑面小胞体の肥 大と増殖およびミクロソーム酵素の活性増加という肝臓の変化が観察された。最高用 量では生殖腺の変化が起こったが、これらは体重に大きな影響を与えた。生殖腺の萎 縮に関連したホルモンの変化は、内分泌の恒常性に影響を示さなかった。用量レベル 2mg/kg食餌(0.1mg/kg体重に相当)では有害作用は認められなかった。  ラットの長期試験(1950年に報告)では、10mg/kg食餌(0.5mg/kg体重に相当) 以上の投与量では肝臓肥大と組織学的変化をもたらした。  ラットの二世代の生殖実験では、90日間投与試験で認められたと同じ影響が見出 された。2mg/kg食餌(0.1mg/kg体重に相当)においては影響はなかったが、10mg/kg 食餌の用量レベルでは、致死率と不育(訳者注:妊娠はするが流産・早産・新生児死 亡のため生児を得られない状態)の増加を生じさせた。この実験の延長において、こ の化合物に関連した催奇形作用は認められなかった。  弱い「エストロジェン」作用(”estrogenic" effect)が報告されている。子宮はこ の作用の標的臓器であり、内分泌制御系に対して明らかな影響はない。この作用のメ カニズムと意義は不明確である。  変異原性実験においては、Salmonella typhimurium菌の突然変異の頻度は増加を 示さないと報告されている。ラットにおけるin vivo(生体内)の骨髄中期(訳者注: 細胞核分裂の)分析では陽性の結果を生じた。  発がん性を確認するため、2件の実験がマウスについて実施された。1件の実験で は、200mg/kg食餌が110週間与えられ、肝臓肥大・増殖性変化・良性および悪性腫 瘍の増加が報告されている。もう一方の実験では、500mg/kg食餌が24週間投与さ れたが腫瘍は観察されなかった。  ベータ−HCHとポリ塩化ビフェニルの組み合わせ飼料を与えられたラットの実験 において、ベータ−HCHには発がん促進作用(promoting effect)が示唆された。 300mg/kg食餌においては、1ヵ月以内に、マウスにいくつかの免疫機能に著しい変 化を生じさせた。 7.ヒトへの影響  暴露年数の幾何平均が7.2年(1〜30年)のリンデン製造工場 の作業員について検討した結果、HCHの職業的暴露は神経学的障害の徴候あるいは 「神経筋肉機能」の懸念を誘発することはない、との結論に達した。
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3.アルファ−およびベ−タ−ヘキサクロロシクロヘキサン類についての結論 およびヒトの健康と環境の保護のための勧告

1.結  論  アルファ−およびベータ−ヘキサクロロシクロヘキサン類(HCHs)の ヒトおよび環境に対する有害影響は、これら の異性体は殺虫作用を持たないため、ベネフィットとのバランスはとれていない。従 って、環境中におけるこれらの存在は重大な関心事であり、高濃度のアルファ−およ びベータ−HCHを含有する工業規格品のHCH製品の使用は決して正当化されない。    1.1 一般集団  アルファ−およびベータ−HCHは環境内を循環し、食物連鎖中にも存在する。従 って、ヒトに対して継続的な暴露の可能性がある。しかし、この暴露濃度は低く、今 後は徐々に減少することが予想されるため、一般集団にとって重大な健康問題は存在 しない。    1.2 特別のリスクを有する小集団  母乳中のアルファ−HCH濃度は低い。  現在の母乳中のベータ−HCH濃度から生じる乳児の暴露は関心事であるが、母乳 育児の利用を奨励しない理由にはならない。  しかし、これらの異性体による食品の暴露を減少させるため、最大限の努力をなす べきである。食品暴露の減少により、母乳中のアルファ−およびベータ−HCH濃度 の低下の実現が期待できる。  1.3 職業的暴露  リンデン製造に従事する作業者の暴露量を最小にするために勧告された予防措置 が遵守される限り、アルファ−およびベータ−HCHが工程作業者の健康リスクを招 くことはない。    1.4 環境影響  水生環境中への漏洩以外では、環境中のアルファ−およびベータ−HCHの存在が 生物の個体数に著しい危険をもたらすことを示唆する証拠は存在しない。 2.ヒトの健康および環境の保護のための勧告  a) アルファ−およびベータ−HCHによる環境汚染を最小にするため、工業規格品の HCHの代わりにリンデン(99%以上のガンマ−HCH)を使用すべきである。 b) アルファ−およびベータ−HCHによる環境汚染を避けるため、リンデン製造 からの副産物および放出物は適切な方法で分解し、天然水および土壌の汚染を避けな ければならない。 c) 食品中のアルファ−およびベータ−HCHのモニタリングを継続すべきである。 食品中のアルファ−およびベータ−HCHについて、国際的に許容し得る濃度を設定 する作業の開始が不可欠である。 d) 一般集団の一日摂取量および母乳中のアルファ−およびベータ−HCHのモニ タリングを継続すべきである。
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4 今後の研究(アルファ−およびベータ−ヘキサクロロシクロヘキサン類)

 アルファ−およびベータ−HCHの危険性のより良い評価ができるように、次の実験的研 究が必要である。  ・ 変異原性、(染色体で評価)  ・ 生殖および胎児毒性/催奇形性の研究  ・ 薬物動態およびトキシコキネティックスの研究  ・ 発がん性研究  ・ 神経毒性研究  ・ リスクを有する集団についてのサーベイランス(訳者注:健康異常に影響を与え る諸要因の継続的観測システム)研究

5 国際機関によるこれまでの評価

 国際がん研究機関は、ヘキサクロロシクロヘキサン類を評価し、工業製品および アルファ異性体に対し、動物に対する発がん性について十分な証拠がある、一方、 この証拠はベータおよびガンマ異性体に対しては不十分である、との結論を下した。 それらのヒトに対する発がん性の証拠は不十分である。ヘキサクロロシクロヘキサン 類はグループ2Bに分類された(IARC,1987)。
Last Updated :24 August 2000 NIHS Home Page here