1.要 約 a 物質の同定 化学式 C6H14 化学構造
図の枠内でマウスの左ボタンをクリック → 分子の向きを回転、拡大縮小 右ボタンをクリック → 3次元化学構造の表示変更 分子量 86.177 一般名 n‐hexane その他の名称 Hexyl hydride, hexane, Skellysolve B CAS登録番号 110-54-3 換算係数(大気中) 1 ppm = 3.52 mg/m3 1 mg/m3 = 0.284 ppm b 物理的・化学的特性 a 沸点 68.74℃ b 融点 -95.35℃ b 比重(20℃/4℃) 0.66 蒸気密度 2.97 蒸気圧(25℃) 20 kPa(150mmHg) 水溶解性(25℃) 9.5 mg/l n‐オクタノール/水分配係数 3.6 (log Pow)(25℃) 発火温度 225℃ 爆発限界(空気中) 1.1〜7.5体積% 引火点 -21.7℃ (閉鎖系)c -30.56℃ 屈折率(20℃) 1.37 セーボルト色度 +39 a; Mellan(1977), IRPTC(1990)より引用 b; Clayton & Clayton(1981)より引用 c; ACGIH(1986)より引用 表 ノルマルヘキサンの構成成分(重量%)a ― −−−−−−−−−−−−−−−− 工業規格品 純品 n‐Hexane 95‐97.7 99.5 2‐Methylpentane 痕跡 痕跡 3‐Methylpentane 0.2 0.1 Methylcyclopentane 2.1 0.4 ―−−−−−−−−−−−−−−−− a; Mellan(1977)より引用
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ノルマルヘキサンは無色で揮発性の液体である。市販のヘキサンは、主としてヘキ サン異性体および関連の6−炭素化合物の混合物であり、20〜80%のノルマルヘキサ ンを含有している。フレームイオン化検出器付きガスクロマトグラフィーあるいは質 量分析法はノルマルヘキサンの測定に適した手法である。職業上の暴露限界は,各国 において100〜1,800mg/m3(時間荷重平均、TWA)および400〜1,500mg/m3(天井値、CLV) の範囲内である。 ノルマルヘキサンは天然ガスおよび原油から分離される。それは植物油の抽出を含 む食品加工に、また種々の製品や工程に溶剤として用いられる。 ノルマルヘキサンは、一旦環境中に排出されると主として蒸気状態で存在する。大 気中における半減期は、水酸基との反応のみに基づいた場合には約2日と推定されて いる。水生生物に対するLC50(50%致死濃度)値の報告は少なく、それらの数値 はばらついており、その試験は不適切な条件下で実施されてきたため、環境中におけ るノルマルヘキサンの毒性作用の評価は不可能である。その低い水溶性と高い揮発性 により、表層水への無統制の放出以外には水生生物への暴露は起こりそうにない。 哺乳類においては、ノルマルヘキサンは肺を通して速やかに吸収され、成人および 胎児の組織に広く分布する。経皮吸収は限られている。ノルマルヘキサンは、酸化性 の代謝を受け、最終的な神経毒性物質と考えられる2,5‐ヘキサンジオンを含む多 数の化合物を生成する。特に高濃度のノルマルヘキサンと2,5‐ヘキサンジオンは、 ラットの座骨神経内に存在する。大部分のノルマルヘキサンは呼気中に未変化のまま 排泄され、その一部は呼気中および尿中に代謝生成物として排泄される。 ノルマルヘキサンの成獣ラットへの経口あるいは吸入投与による急性毒性は低い。 経口LD50(50%致死量)値として15〜30g/kgが記録されており、1時間暴露に 対する吸入LC50値として271,040mg/m3(77,000ppm)が報告されている。 より高濃度の蒸気中で動物は運動失調・発作・中枢神経系抑制の徴候を示した。 ラットにおけるノルマルヘキサンの暴露では、精巣の病変と神経毒性が主要な影響 のように見える。ノルマルヘキサンの吸入暴露および2.5‐ヘキサンジオンの経口 暴露により重度の精巣病変が発生する。その影響は、セルトリ細胞(訳者注:精巣内 輸精管の細長い支持細胞)の細胞骨格(訳者注:細胞質内に網状に配列された線維構 造)の崩壊によるものである。二次的影響は細管から消失した精祖細胞後部の生殖細 胞へ及ぶ。精巣への影響は、17,600mg/m3(5,000ppm)への24時間の単回暴 露後では可逆性であったが、同濃度による16時間/日、6日/週、2週間の暴露では 不可逆性であった。飲料水中の1%の2,5‐ヘキサンジオンの2〜3週間の投与では、 同様の可逆性の精巣病変を生じさせたが、投与5週間後(17週間中の)では不可逆 性作用となった。 その神経毒性影響の臨床的特徴は、麻痺に進展する可能性のある後肢の虚弱である。 中枢および末梢神経系において神経細胞軸索が腫脹し、さらに重度の病変(神経細胞 軸索の変性と消失)が、特に最長で最大径の神経内において起こり得る。6か月間の 実質的な継続的暴露において、末梢および中枢神経系の病変が1,760mg/m3 (500ppm)以上の用量において現れたが、440mg/m3(125ppm)では臨床的ある いは病理学的影響は認められなかった。第五脳幹(訳者注:大脳半球と小脳とを除い た中枢神経系の部分で、運動知覚神経路と脳神経核を含む)聴覚誘発反応(中枢神経 系の作用を反映すると考えられる)および尾部神経活動の限定的な回復が、蒸気濃度 3,520mg/m3(1,000ppm)、5日/週、11週間の継続暴露の中止後15〜22週間 に記録されている。ラットに対する3,168mg/m3(900ppm)の72週間の不連続 暴露では、末梢および中枢神経系の明らかな病変は生じなかったが、末梢神経に対す る一部の電気生理学的影響の証拠が認められた。 ノルマルヘキサン誘発の神経毒性は、メチルエチルケトン・メチルイソブチルケト ン・酢酸鉛との組み合わせ暴露により増強され、トルエンとの複合暴露により低減さ れる。トルエンとノルマルヘキサンはドーパミン(訳者注:ノルアドレナリン、アド レナリンの直接の前駆物質で、またそれ自体が中枢神経系の神経刺激伝達物質などと して重要な生理的役割をもつカテコールアミン)の濃度の抑制にも相乗作用を有する。 ノルマルヘキサンを皮膚に密閉的な状態で短時間適用した場合、顕微鏡検索により 重度の病変が認められる。10,560mg/m3(3,000ppm)の濃度の蒸気への長期暴 露は、ラットに結膜の刺激を、またウサギには眼への著しい刺激を生じさせる。動物 実験からは、皮膚感作(訳者注:過敏状態の誘導)のデータは入手できない。 染色体の損傷(実験の1件では倍数体、1件では構造異常)がin vitro(試験管内) およびin vivo(生体内)の双方の試験から報告されている。DNA損傷の試験では点 突然変異の発生頻度あるいは影響の増加は認められなかった。 ノルマルヘキサンを用いた1件の発がん性試験(マウスに対する皮膚塗布)では、 発がん性の証拠は得られなかった。 ノルマルヘキサンの生殖毒性は、十分には研究されていない。ラットへの吸入後に おいては、濃度は比較的低かったが、胚毒性あるいは催奇形性の実質的な証拠は存在 しない。また、マウスへの経口投与後においても同様であった。ラットの出生後の発 育は、母獣が3,520mg/m3(1,000ppm)の濃度の蒸気に暴露された時に、一時 的に遅滞した。 ヒトに対するノルマルヘキサンの急性毒性について入手し得る情報はきわめて少 ない。その大多数の研究は、溶剤混合物への職業的暴露を扱っている。入手したデー タは、ノルマルヘキサンの急性毒性は低いことを示唆している。眠気・眩暈(めまい) のような中枢神経系抑制の徴候は、市販ヘキサンの3,520〜17,600mg/m3(1, 000〜5,000ppm)の濃度への10〜60分間の暴露後に報告されている。 ノルマルヘキサンは、ヒトの皮膚への短時間の接触において一過性の紅斑を生じさ せる軽度の刺激物質である。市販品級のヘキサンの5時間の密閉状皮膚接触では、よ り激しい影響(紅斑および疱疹)が報告されている。ノルマルヘキサン暴露の作業者 の皮膚感作の症例報告はなく、マキシマイゼーションテストにおいても皮膚感作は認 められていない。 ノルマルヘキサンは、反復暴露において、ある種の知覚運動の末梢神経障害を誘発 する神経毒性を示す。ノルマルヘキサン誘発の神経毒性の症例については多くの研究 が発表されているが、しばしば十分な暴露データが欠けている。気中濃度が106〜8, 800mg/m3、30〜2,500ppm)のノルマルヘキサンへの暴露が神経障害と関連を有 していた。約176および352mg/m3(50および100ppm)のノルマルヘキサンに、 それぞれ1日8時間以上暴露された日本のサンダル作業者と台湾の印刷作業者におい て、著しい末梢神経障害が報告されている。多くの事例において、暴露測定は最近の ものであり、神経障害を発生させた当時の暴露を正確には反映していないようである。 いくつかの疫学の断面研究(cross‐sectional study)において、70〜352mg/m3 (20〜100ppm)に暴露された作業者における軽度な(subclinical)影響(例えば、 末梢神経における電気生理学的変化)が、それぞれ独立的に報告されている。しかし、 これらの研究のいずれにおいても、352mg/m3(100ppm)以下の暴露濃度では、臨 床的に明らかな末梢神経障害の症例は確認されなかった。 ノルマルヘキサンの中枢神経系への影響は、数件の研究で検討されたに過ぎない。 ノルマルヘキサン暴露の作業者に認められる体性感覚(somatosensory)の変化の誘 発は、中枢神経の伝達障害からの生じることを示唆している。視覚および脳波の変化 も認められている。これらの結果は、ノルマルヘキサンは中枢神経系の機能低下を示 唆しているが、現在のデータはそれに関連する暴露濃度の情報を示していない。
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2.勧 告 2.1 ヒトの健康保護 一般集団が暴露されるノルマルヘキサンの濃度では、危険をもたらすことはないで あろう。職業的健康の領域においては、空気中濃度は適切に設計された作業工程と換 気を含む管理技術により、職業上暴露の勧告限界値以下に維持しなければならない。 閉鎖空間・緊急時・ある種の保全作業においては、適切な保護衣と呼吸保護具の使用 が容易でなければならない。濃度が8,800mg/m3(2,500ppm)以上のノルマル ヘキサンが継続的に流動する状況下では、空気供給型呼吸装置あるいは自己呼吸装置 (a self‐contained breathing apparatus)の使用が勧奨される。8,800mg/m3(2, 500ppm)から17,600mg/m3(5,000ppm)の濃度の範囲ではフルフェイスのマ スクを使用すべきである。保護手袋はノルマルヘキサンの浸透を防ぐが、メチルエチ ルケトンなどの他の溶剤とノルマルヘキサンの混合物では、保護手袋や保護着へのノ ルマルヘキサンの浸透が起こるであろう。この点は、ノルマルヘキサン混合物を使用 する際には考慮しなければならない。 2.2 環境の保護 一時的な地域的影響をもたらす大量の漏洩あるいは放出の場合以外には、ノルマル ヘキサンは環境に危険を及ぼすことはない、と考えられる。
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3.今後の研究 a) 職業的に暴露されるグループにおいて、動物の精巣に起こる影響がヒトにも発生 するかどうかを決定するため、精巣機能の指標の研究を実施すべきである。 b) 遺伝毒性についてのin vitro(試験管内)の情報の不足を補うため、ノルマル ヘキサンのin vivo(生体内)の遺伝毒性作用をさらに研究すべきである。 c) 経口投与によるノルマルヘキサンの毒性を明確にするため、反復投与の研究 が必要である。これはADI(一日許容摂取量)を確定するためのNOEL(無影響量) の作定に必要とされる。 d) 分子レベルにおける神経毒性のメカニズムは明瞭ではない。このメカニズム の解明はリスク・アセスメントの妥当性に対し直接寄与するであろう。これらのメカ ニズムを明らかにするため、in vivoおよびin vitroの研究が今後必要である。 e) 入手し得る催奇形性研究は、リスクの評価には不十分である。利用可能なデ ータを得るための研究に着手すべきである。 f) ヒトにおけるノルマルヘキサンの神経毒性作用についての量−反応関係は、 不完全で信頼できない暴露データのため不明確である。さらに、ノルマルヘキサンに よる末梢神経毒性は十分に立証されているが、中枢神経系への影響は限られた範囲で しか研究されていない。これまでの研究の欠陥を克服するため、今後は、前向き追跡 研究(prospective follow‐up study)のような疫学調査に着手すべきである。
Last Updated :24 August 2000 NIHS Home Page here