環境保健クライテリア 121
Environmental Health Criteria 121

アルジカルブ Aldicarb

(原著130頁,1991年発行)

作成日: 1997年2月24日
1. 物質の同定、物理的・化学的特性、分析方法
2. 用途・暴露源・暴露濃度
3. 体内動態および代謝
4. 実験動物による研究
5. ヒトへの影響
6. 結論およびヒトの健康と環境の保護のための勧告
7. 今後の研究
8. 国際機関によるこれまでの評価

→目 次


1.物質の同定、物理的・化学的特性、分析方法

a 物質の同定

化学式             C7H14N2O2S 
化学構造

3次元の化学構造の図の利用
図の枠内でマウスの左ボタンをクリック → 分子の向きを回転、拡大縮小 右ボタンをクリック → 3次元化学構造の表示変更

分子量 190.3 一般名 Aldicarb その他の名称 Aldicarb(英語), Aldicarbe(フランス語),Carbanolate, ENT 27 093, および商品名 2-methyl-2-(methylthio)propanal O‐[(methyl-amino)-carbonyl]oxime(C. A.), NCI‐CO8640, OMS‐771, Propanal, 2-methyl-2-(methylthio)-, O‐((methyl-amino) carbonyl)oxime, Temic, Temik, Temik G, Temik M, Temik LD, Sentry, Temik 5G, Temik 10G, Temik 15G, Temik 150G, Union Carbide UC 21 149 CAS登録番号 116-06-3 IUPAC名 2-methyl-2-(methylthio)propionaldehyde O‐methylcarbamoyloxime RTECS登録番号 UE2275000 換算係数(25℃,101.3kPa=760mmHgの空気中) 1 ppm(v/v)= 7.78 mg/m 3 1 mg/m 3 = 0.129 ppm(v/v)   b 物理的・化学的特性 a 物理的状態(臭い) 無色結晶(無臭または微亜硫酸臭) 沸点 不明 100度より高温で分解 融点 100℃ 比重(25℃) 1.195 蒸気圧(25℃) 13 mPa(1×10−4mmHg) 溶解性(20℃)  水 6g/l アセトン 40% クロロホルム 35% トルエン 10% オクタノール/水分配係数  1.359 (log Pow)  特性 感熱性,化学的に比較的不安定, 酸溶媒中で安定だがアルカリ溶媒中では急速に分解する, 金属に対し非腐食性,耐火性, 酸化剤によって速やかにスルホキシドあるいは穏やかにスルホンに変化する 不純物 dimethylamine, 2-methyl-2-(methylthio)-propionitrile, 2-methyl-2- (2-methylthiopropylenaminoxy)propinaldehyde o-(methylcarbamoyl)oxime, 2‐methyl‐2‐(methylthio)propionaldehyde oxime  a Kuhr & Dorough(1976), Worthing & Walker(1987), FAO/WHO(1980)より引用   アルジカルブはカルバミン酸エステルの一種である。白色の結晶性の固体で、水に は中程度に溶け、酸化および加水分解作用を受けやすい。  薄層クロマトグラフィー、ガスクロマトグラフィー(電子捕獲、フレームイオン化 その他)、液クロマトグラフィーを含むいくつかの異なる分析方法が使用できる。現 在よく用いられるアルジカルブとその主要な分解産物の分析法は、ポストカラム誘導 および蛍光検出器付きの高速液体クロマトグラフィーである。


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2.用途・暴露源・暴露濃度  アルジカルブは、ある種の昆虫類・ダニ類・線虫類を 防除するために土壌に施用する全身作用性の殺虫剤である。土壌への施用には、バナ ナ・綿花・コーヒー・トウモロコシ・玉ネギ・柑橘類・豆類(乾燥)・ペカン(訳者 注:米国中南部地方産のクルミの一種)・ジャガイモ・ピーナッツ・大豆・甜菜・サ ツマイモ・モロコシ・タバコ・鑑賞用植物・樹木種苗園などの広範囲の農産物を含ん でいる。アルジカルブとその有害代謝産物(スルホキシドおよびスルホン)への一般 集団への暴露は、主として食物を通じて起こる。汚染食品の摂取は、アルジカルブと その有害代謝生成物(スルホキシドおよびスルホン)の中毒事例をもたらす。  アルジカルブの強い急性毒性のため、職業的暴露条件下での吸入と皮膚接触の双方 は、防護措置が不十分の場合には作業者を危険にするであろう。防護措置の不適切な 使用、あるいはそれを欠くことによる偶発的な事例は、今までに数件起こっている。  アルジカルブはかなり速やかに酸化されてスルホキシドとなり、ある種の土壌に施 用後7日以内に、親化合物の48%がスルホキシドに転換する。それが酸化されてス ルホンになるのはかなり遅い。この殺虫剤を不活性化するカルバミン酸エステル・グ ループの加水分解はpHに依存し、蒸留水中の半減期はpH12以上の場合の数分間か ら、pH6.0における560日にまで変化する。表土中での半減期は約0.5〜3か月で、 飽和地区では0.4〜36か月である。アルジカルブの加水分解は、スルホキシドある いはスルホンのそれよりも多少遅い。実験室におけるアルジカルブの生物的および非 生物的分解の測定結果は大きく異なり、野外観察からの結果と極端に違っている。ア ルジカルブの分解産物の野外データは、その環境中での運命についてより信頼し得る 予測を提供する。  有機物質の含有量が少ない砂質の土壌で、特に地下水面が高い場合には、最も大き く洗脱を受ける。排水帯水層(訳者注:地下水を含む多孔質浸透性の地質)および地 方特有の浅い井戸はアルジカルブ・スルホキシドおよびスルホンに汚染され、その濃 度は、時には約500μg/lの記録もあるが、一般には1〜50μg/lの範囲内である。  アルジカルブは植物において全身作用性を示すため、食品中での残留が起こる。生 のジャガイモでは、1mg/kg以上の残留濃度が報告されている。米国においては、 ジャガイモの許容限界は1mg/kgであるが、メーカーの勧奨施用濃度を用いた管理 された試験畑地から0.82mg/kgまでの残留濃度が報告されている。畑地試験データ では0.43mg/kgの上部95パーセント濃度が算出され、マーケット・バスケット調 査からは生ジャガイモにおいて0.0677mg/kgまでの上部95パーセント濃度が決定 された。
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3.体内動態および代謝  アルジカルブは胃腸管から効率的に吸収され、経皮吸収の 程度は少ない。粉塵が存在する場合には気道を通過し、容易に吸収される。それは、 成長中のラットの胎仔を含むすべての生体組織に分布する。また、代謝されてスルホ キシドおよびスルホン(これらはともに毒性を示す)に変換され、加水分解によりオ キシム類とニトリル類に解毒される。アルジカルブとその代謝生成物の排泄は速やか で、主として尿を経由する。その小部分は胆汁にも排出され、次いで腸肝再循環 (enterohepatic recycling)に入る。アルジカルブは長期暴露の結果として、体内で 蓄積することはない。アルジカルブによるin vitro(試験管内)のコリンエステラー ゼ活性の阻害は、自発的に可逆的(spontaneously reversible)(訳者注:自然にも とに戻る、の意)であり、その半減期は30〜40分である。 4.実験動物による研究   アルジカルブは、コリンエステラーゼの強い阻害物質で、 強い急性毒性を有している。そのコリン作働性作用からの回復は自然発生的であり、 死亡しない限り6時間内に回復する。アルジカルブには、催奇形性・変異原性・発が ん性・免疫毒性の重要な証拠はない。  鳥類および小型哺乳類は、メーカーの勧告通りに土壌中に十分混合されていないア ルジカルブの顆粒剤を摂取した結果死亡している。実験室の試験では、アルジカルブ は水生生物に対し急性毒性を示す。しかし、この作用が自然界において起こるとの徴 候はない。 5.ヒトへの影響  神経シナプス[訳者注:神経細胞(ニューロン)相互の接合部位] と神経筋接合部におけるアセチルコリンエステラーゼの阻害は、ヒトにおいて唯一確 認されたアルジカルブの影響であり、有機リン酸塩の作用に似ている。カルバミル化 された酵素は不安定であり、自発性の活性化はリン酸化酵素と比べると比較的速やか である。死亡にまで至らない人間の中毒の可逆性は速やかである。回復はアトロピン の投与により促進される。
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6.結論およびヒトの健康と環境の保護のための勧告 6.1 結論  6.1.1 一般集団  アルジカルブは高度の毒性を示す殺虫剤である。  事故による中毒および管理された実験室研究では、不快感・不鮮明の視覚・腕と足 の筋肉虚弱・上腹部の痙攣性疼痛・過剰発汗・吐き気・嘔吐・無反応性の瞳孔収縮・ めまい・呼吸困難・息切れ・下痢・筋線維束攣縮を含むコリン作働性の症状を生じさ せた。これらの症状は6時間以内には自然に消失した。ヒトにおいて、観察し得る症 状を発生させない経口投与量の最高は0.05mg/kg体重であったが、この用量におい て全血コリンエステラーゼの一過性の著しい阻害が認められた。  アルジカルブの毒性の主要メカニズムは、アセチルコリンエステラーゼ阻害である。 カーバメート殺虫剤は、シナプスおよび神経筋接合部において、化学的伝達物質のア セチルコリンを分解するアセチルコリンエステラーゼの能力を阻害することは認め られている。作用の同じメカニズムは、標的および非標的の双方の生物で明白である。 発がん性・変異原性・催奇形性・免疫毒性の重要な証拠は存在しない。    6.1.2 職業的暴露  職業的暴露による中毒は、安全の注意事項を無視した結果として、起こることが知 られている。    6.1.3 環境への影響  アルジカルブは、環境中の生物に対して、個体数のレベルでの影響を生じさせるこ とはないであろう。顆粒剤が土壌中に十分に混合されていない場所では、鳥類や小型 哺乳類の死亡事例が発生するであろう。水生生物にはアルジカルブからのリスクは認 められない。    6.2 ヒトの健康と環境の保護のための勧告 a) アルジカルブの取り扱いと施用は、訓練された施用者により実施すべきである。 b) アルジカルブの農業への使用は危険性の低い代替剤が入手できない状況下のみに 制限されるべきである。 c) アルジカルブの製造は、毒性化学物質の暴露のリスクを伴う危険な工程であ る。漏洩および放出を防止するための安全システムを十分に整えるべきである。 d) アルジカルブの陸生脊椎動物への暴露を最小にする、あるいはなくすために、 メーカーの勧告の通り、顆粒剤は土壌中5センチの深さにまで十分に混ぜなければな らない。
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7.今後の研究 a) 生理学的準拠の薬物動態モデルを得るため、皮膚適用後の取り込みを含む、薬物動態 の追加研究が必要である。 b) アルジカルブ含有のハッカの摂取による中毒例は、異常に低いと見られる用 量における影響を立証している。アルジカルブを施用されたハッカの研究は、この中 毒に関連するこれまでに未知の代謝産物あるいはその他の要因を明らかにするであ ろう。 c) アルジカルブの免疫学的影響の研究は結論に達していない。アルジカルブの 免疫系統への影響をさらに徹底的に検討するために、追加研究が必要である。 d) 胎仔の感受性への影響を検討するために、ラットにおける生殖の研究が必要 である。この種の研究の一つが進行中である。 8.国際機関によるこれまでの評価  FAO/WHOの合同残留農薬専門家委員会(JMPR)は、1μg/kgのADI(一日許容摂取量) を勧告した(FAO/WHO,1980)。1982年、JMPRはADIを5μg/kg体重/日に引き上げる修正を行った。 アルジカルブは極めて危険な殺虫剤に分類された(WHO,1990)。
Last Updated :24 August 2000 NIHS Home Page here