環境保健クライテリア 120
Environmental Health Criteria 120

ヘキサクロロシクロペンタジエン Hexachlorocyclopentadiene

(原著126頁,1991年発行)

作成日: 1997年2月18日
1. 要約
2. 結論およびヒトの健康と環境の保護のための勧告
3. 今後の研究

→目 次


1.要  約

a 物質の同定

化学式              C5Cl6
化学構造

3次元の化学構造の図の利用
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分子量 272.77 一般名 hexachlorocyclopentadiene その他の名称 perchlorocyclopentadiene, hexachloro-1,3-cyclopentadiene, および商品名 HEX, HCPD, HCCP, HCCPD, C-56, HRS1655, Graphlox CAS登録番号 77-47-4 CAS化学名 1,2,3,4,5,5′-hexachloro-1,3-cyclopentadiene IUPAC名 1,2,3,4,5,5′-hexachloro-1,3-cyclopentadiene RTECS登録番号 GY1225000 CIS受入番号 7800117 EINECS番号 2010293 換算係数 1 ppm = 11.3 mg/m3 1 mg/m3 = 0.088 ppm b 物理的・化学的特性   物理的状態(25℃) 薄黄色液体 臭気 刺激臭 最大電子吸光  322nm(log e=3.18) (アセトニトリル50%水溶液)  沸点 239℃ a (103kPa, 753mmHg) 234℃ b 融点 -9.6℃ c -11.34℃ a 比重(15℃) 1.717   (20℃) 1.710   (25℃) 1.702 蒸気密度の比 9.42 (空気=1) 蒸気圧(25℃) 10.7 Pa(0.08mmHg)    (62℃) 131 Pa(0.98mmHg) 溶解性(22℃)    水 1.03〜1.25 mg/l    有機溶媒  ヘキサン 溶ける オクタノール/水分配係数 (log Pow) (実測値)  5.04±0.04(28℃)d (推定値)  5.51 (実測値)  5.51 e オクタノール/水分配係数 ( Pow) 1.1(±0.1)×10 5(28℃) 気化潜熱 176.6 J/g   a; Stevens(1979)   b; Irish(1963)   c; Hawley(1977)  d; SIMPLE PARTITION実測値   e; 高速液体クロマトグラフィーによる実測値


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 ヘキサクロロシクロペンタジエン(HEX)は、濃い青黄色あるいは緑黄色の、非引 火性液体で独特の刺激臭を有する。その相対分子量は272.77で、水溶解性は低い。 HEXの反応性は高く、付加反応・置換・ディールス−アルダー反応(訳者注)を受 ける。  米国においては、現在、Velsicol Chemical CorporationがHEXを生産する唯一の 会社であり、ヨーロッパでは、オランダのShell Chemical Corporationが製造して いる。生産量は独占的であるが、米国ではHEXの年間生産量は3,600〜6,800ト ンと推定されている。1988年の世界における生産量は15,000トンであった(BUA, 1988)。HEXは多くの殺虫剤類生産の中間体として用いられているが、一部の国で は特定の有機塩素系殺虫剤製造への使用を制限している。また、HEXは防炎難燃剤 類・樹脂類・染料類の製造にも用いられている。  HEXの製造および加工の際に、少量のHEXが環境中に放出される。また、HEX が中間体として製品中の不純物として存在する場合にも放出される。HEXは廃棄中 および廃棄後も放出される。HEXの環境中濃度のモニタリング・データはごく限ら れたものしか入手できない。これらのデータは、主としてHEXが廃棄・放出された 場所以外の水生環境中に存在しており、底部堆積物や有機物に関連していることを示 唆している。実験室的研究では、HEXは大部分の種類の土壌微粒子に容易に吸着さ れる。しかし、洗脱および地下水中での移動が報告されている。  米国では、環境中へのHEXの年間放出量は5.9トンと推定されている(US EPA, 1989)。ドイツおよびオランダでは、1987年には、約400〜500kgが大気中へ放出 された(BUA,1988)。HEXの物理的・化学的特性のため、これらの排出物のごく わずかが蓄積されると予想されている。  入手し得る実験室データを用い、大気中におけるHEXの運命と移動はモデル化さ れ、対流圏内の滞留時間は約5時間と算定された。廃棄物貯蔵場所および産業廃棄物 を処理する貯蔵器(wet well)からのHEXの大気輸送が、報告されている。  水中では、HEXは光分解・加水分解・生分解を受ける。浅い水中では、その光分 解半減期は1時間以下である。光分解が妨げられる深層水中では、光分解半減期の範 囲は数日から3か月であることが見出され、また生分解の開始はさらに遅いと予測さ れている。HEXは表層水から蒸発することが知られており、その蒸発率は、大気の 乱流と堆積物への吸着に影響される。  HEXは水中では溶解性が低いため、土壌中でかなり固定されていると考えられる。 しかし、HEXは地下水中で見出されている。土壌表面で最も起こる可能性が高い蒸 発は、土壌中の有機物含有量と逆相関を示す。実験室研究の結果は、化学的加水分解 および好気性・嫌気性双方の微生物代謝によって、土壌中のHEX濃度が減少するこ とを示している。  HEXの生物濃縮の可能性は、その高い親油性(logオクタノール/水分配係数)の ため理論的にはあると考えられる。しかし、これは実験的証拠によっては確認されて いない。実験動物による研究では、14C‐HEXは経口投与後数時間内に代謝と排 泄の双方が行われ、その少量の体内残留を示している。水の入れ替えのない静水状態 (steady state)における魚類の濃縮係数は30以下である。また、短期モデルの生態 系から算定された生物濃縮係数は、中等度の濃縮の可能性を示している。従って、 HEXとその代謝生成物は、生物系において存続あるいは高度の蓄積はしないように 見られる。  低濃度のHEXは水生生物に対して毒性を示す。淡水および海水に生息する甲殻類 と魚類の双方の急性暴露(48〜96時間)における致死濃度は、試験中に水を入れ替 えない静水暴露試験では32〜180μg/lであった。HEXの光分解の半減期は1時間 以内であるため、暴露時間中にはその致死濃度は実質的には減少するであろう。流水 状態(flowing water)での唯一の実験では、コイと海水産のエビの96時間のHEX のLC50(50%致死濃度)値は7μg/lであった。これら2種の生物種の試験から、 コイのLC10の3.7μg/l、海産エビのLC40の0.7μg/lが得られた。  海産藻類を用いた7日間の静水試験においては、藻の種類に依存したが、生育に対 しての中等度の減少を示すEC50(50%効果濃度)は3.5〜100μg/lの濃度範囲 であった。  HEXは水生環境媒体中で、大多数の水生動物を死亡させたり、あるいは植物を枯 らす濃度より高い0.2〜10mg/lにおいて、多くの微生物に対して毒性を示す。HEX は土壌基質に吸着されるため、その土壌中の微生物への毒性は水生媒体中におけるよ りも低いように見える。  HEXの陸生植物や野生動物への暴露の影響は低いと予測されるが、現在、それを 決定するのに十分な情報は入手できない。  HEXは生体膜や組織、特に消化管内容物との反応性があるため、未変化のHEXの 吸収は最小限となる。経口・経皮・吸入投与後では、放射性標識の14C‐HEXの 大部分は動物の腎臓・肝臓・気管・肺に滞留する。吸収されたHEXは代謝され、主 として尿中に、また少量は糞中に、そして1%以下は呼気中に速やかに排泄される。 その末端の排出時間は投与経路に関係なく約30時間で終了する。吸入および静脈内 投与後においては、未変化のHEXは排泄されず、糞中および尿中の代謝生成物は分 離されているが同定はできていない。代謝産物の同定できないことは、HEXの作用 の薬物動態とメカニズムの評価における大きな困難を表している。  吸入(約4時間にわたる)による急性毒性値LC50(50%致死濃度)は、ラット のオスで17.9mg/m3、メスでは39.1mg/m3である。モルモット・ウサギ・ラ ット・マウスの間である程度の動物種間の差異は存在するが、HEX蒸気はすべての 動物種に対し高い毒性を示した。経口および経皮投与に比べると吸入投与はもっとも 毒性が強く、HEXは激しい刺激物質である。その急性暴露の全身影響には、投与経 路とは無関係に、肺・肝臓・腎臓・副腎の病理学的変化が含まれる。  ラット(38mg/kg/日)およびマウス(75mg/kg/日)への91日間の短期間にわたる 経口投与試験では、ネフローゼ(慢性腎症)および前胃の炎症と過形成が観察された。 マウスあるいはラットに対し、吸入により2.26mg/m3(0.2ppm)を6時間/日、 5日/週、14週間暴露した場合、明らかな徴候は認められなかった。また、1.69mg/m3 (0.15ppm)暴露ではごく軽度の刺激が見られただけである。ラットに対する5. 65mg/m3(0.5ppm)の30週間の吸入暴露は、肺・気道・腎臓に組織病理学的変 化を発生させた。HEXのマウスおよびラットの90日間の短期吸入試験では、4.52 mg/m3(0.4ppm)暴露以上において呼吸器官への影響が示された。HEXはin vitro(試験管内)試験において、代謝活性化の有無にかかわらず、変異原性は示さな かった。また、マウスにおける優性致死試験でも不活性であった。HEXは、経口暴 露を受けたラットとマウスにおいて催奇形物質としての特性は示さなかった。また、 その吸入暴露後の催奇形性についてのデータはない。  HEX暴露によるヒトの健康影響のデータはごく限られている。HEXは、眼・鼻・ 咽喉・肺において、それぞれ激しい刺激症状を起こす。その刺激は通常は短時間であ り、暴露中止後には回復が始まる。短期暴露後の暴露群と対照群との間で、特定の肝 臓酵素について統計学的有意差は認められなかった。ヒトに対する長期継続的の低濃 度暴露および/または間欠的急性暴露の影響については知られていない。この製品と 廃棄物取り扱い者、下水汚物作業者、廃棄物投棄場所近くの居住者は、本化学物質あ るいはその製造からの廃棄物に暴露の可能性による危険が示されている。  HEXの発がん性を評価するためのデータベースは少ないかあるいは十分ではない。 米国の国家毒性プログラム(US National Toxicology Program:NTP)では、ラッ トおよびマウスの双方を用いて、動物の生涯吸入実験を実施した。この病理報告書が 作成された後には、HEXの長期暴露の影響がより良く解明されるであろう。発がん 性の評価は、NTP実験の結果が得られるまで引き延ばされるであろう。国際がん研 究機関はHEXの現存データを評価し、それを「重要な質的あるいは量的制約のため、 研究では発がん作用の有無のいずれとも判断できない」というグループ3に分類した。 数件の疫学研究が参照文献中に引用されているが、HEXあるいはその代謝生成物に よる、各部位における新生物(訳者注:腫瘍のような異常組織の新生)の発生率の増 加についての報告はない。
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2.結論およびヒトの健康と環境の保護のための勧告  2.1 結論  ・ 汚染地域の近くに住む人々の場合を除き、一般集団がHEXに暴露される危険はない。  ・ 長期継続的な低濃度暴露によるヒトの健康影響は知られていない。その製品と廃 棄物の取り扱い者および下水汚物作業者はリスク状態にある。  ・ 実験室の研究結果では、HEXは環境中において、光分解・加水分解・生分解に より急速に分解されることを示している。これらの過程の相関的重要性は、媒体によ り変化する。HEXは広範囲に分布する汚染物質ではなく、入手し得るデータでは、 それは製造・加工・廃棄の現場に関連してのみ発見されている。HEXは生物濃縮は しない。  ・ 実験室における急性試験では、HEXは水生微生物類・無脊椎類・魚類に対して は強い毒性を示すが、土壌微生物類への毒性は低い。しかし、環境中での実際的な条 件下で得られた情報は限られている。一般環境への危険の可能性は低いと予想される。    2.2 ヒトの健康と環境の保護のための勧告  ・ HEXの職業的暴露は、クローズドシステム(閉鎖系)の採用により最小限にす べきである。HEXおよびその廃棄物の投棄の指針を遵守すべきである。  ・ HEXの製造・加工・投棄場所・危険廃棄物焼却設備の近くのすべての媒体中の HEXの蓄積性と運命を検討するため、環境モニタリングが必要である。HEXのモニ タリング・データは、飲料水・表層水・夕立・地下水中においても必要である。 3.今後の研究 ・ HEXの過去あるいは現在の作用の可能性を示す生物学的指標 (biomarker)の技術を開発すべきである。そのような指標は、HEXとその製造時に 現れる不純物類に由来する安定した代謝産物類である。  ・ ヒトおよび環境中でのHEXの運命を解明するため、その代謝・分解・反応生成 物の研究が必要である。  ・ 実験室条件下と環境中で観察される分解現象との間の明らかな不均衡について、 さらに研究が必要である。  ・ 現在の廃棄方法の有効性と安全性と、それらの現在および将来における健康影響 を評価すべきである。  ・ 吸入暴露経路に重点を置いたHEXによる発生および生殖の研究の実施が必要で ある。  ・ 低濃度HEXの存在に対する早期警告方法を開発すべきである。
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Last Updated :24 August 2000 NIHS Home Page here