環境保健クライテリア 108
Environmental Health Criteria 108

ニツケル Nickel

(原著383頁,1991年発行)

更新日: 1997年1月7日
1. 物質の同定、物理的・化学的特性、分析方法
2. ヒトおよび環境の暴露源
3. 環境中の移動・分布・変質
4. 環境中濃度およびヒトの暴露
5. ヒトおよび動物の体内動態と代謝
6. 環境中の生物類への影響
7. 実験動物および in vitro(試験館内)試験系への影響
8. ヒトへの影響
9. 結論
10. 勧告
11. 国際機関によるこれまでの評価

→目 次


1. 物質の同定、物理的・化学的特性、分析方法

a 物質の同定

元素記号                Ni
原子番号                28
原子量                  58.70
CAS登録番号       7440-02-0

b 物理的・化学的特性

融点                    1555℃
沸点                    2837℃
密度(20℃)            8.90g/cm3
水溶解性                溶けない

ニッケルは、元素周期表の[bのグループに属する金属元素である。ニッ ケルはアルカリ類に対しては強いが、一般的には希釈された酸化作用をもつ 酸類に溶解する。炭酸ニッケル、硫化ニッケル、酸化ニッケルは水に不溶解 性であるのに対し、塩化ニッケル、硫酸ニッケル、硝酸ニッケルは水溶解性 である。ニッケルカルボニルは、揮発性の無色の液体で、約50℃で分解す る。ニッケルの一般的なイオン形状はニッケル(U)である。生物学的システ ム内では溶解したニッケルは、種々の配位子*により複雑な化合物を生成し、 有機物質と結合する。 生物学的および環境上の試料の分析に村して、最も普通に用いられる方法 は、原子吸光分光およびボルタンメトリー*である。サンプルの前処理、抽 出、濃縮によっては、生物学的試料および水中よりの検出限界として1〜100 ng/lが可能である。
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2. ヒトおよび環境の暴露源 ニッケルは遍在する微量金属で、土壌中、水中、空気中および生物圏にも 存在する。地殻中の平均含有量は約0.008%である。農地の土壌は、3〜1,000 mg/kgのニッケルを含んでいる。天然水のニッケルは、新鮮な淡水中に2〜 10μg/l、海水中に0.2〜0.7μg/lが存在する。田園地方における大気中のニッ ケル濃度は0.1〜3ng/m3以下の範囲である。  ニッケル鉱石の鉱床は、ニッケル硫酸塩の鉱物(大部分は硫酸ニッケル鉱) およびラテライト(紅土)の堆積である。ニッケルは、採掘された鉱石より、 加熱方式および利水方式の冶金製錬プロセスにより抽出される。ニッケルの 大部分は、高度の耐腐食性および耐熱性を有するステンレス鋼およびその他 のニッケル合金の製造に用いられる。ニッケル合金およびニッケル鍍金は、 自動車、工業用機械、兵器類、工具類、電気設備、家庭用具、鋳造貨幣など に用いられる。また、ニッケル化合物は、触媒、顔料、バッテリーにも使用 される。世界のニッケル生産量は、1985年で、6,700万kgであった。大気 中へのニッケル排出の主要発生源は、熱源あるいは発電のための石炭の燃焼、 廃棄物や下水汚泥の焼却、ニッケルの採鉱と初期の生産、スチール製造、電 気メッキ、その他セメント製造など、雑多な発生源である。汚染大気中にお けるニッケル化合物は、ニッケルの硫酸塩、酸化物、硫化物が主であり、金 属ニッケルは少ない。 各種工業の工程およびその他の発生源からのニッケルは、最終的には廃水 に到達する。廃水処理からの残掩査は、深い井戸への注入、海洋投棄、土壌処 理、焼却が行われる。廃水処理プラントからの廃液には、0.2mg/lのニッケ ルの存在が報告されている。
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3. 環境中の移動・分布・変質 天然および人為的発生源の及方から排出されたニッケルは、化学的・物理 的ブロセスにこより、環境中のすべての媒体を循環し、また生物により生物学 的に移動する。  大気中のニッケルは、主として各種の濃度のニッケルを含む微粒子エアロ ゾルのかたちで、発生源に依存して存在する、と考えられる。大気中におけ る最高濃度のニッケルは、通常最小の微粒子中に見出される。ニッケルカル ボニルは空気中では不安定で、酸化ニッケルに分解する。  ニッケル微粒子の各種環境媒体への移動と分布は、微粒子サイズと気象条 件に強い影響を受ける。微粒子サイズは主として排出源の機能に左右される。 一般に、人為的発生源の微粒子のサイズは自然のダスト微粒子よりも小さい。  ニッケルは、大気からの除去、表面の流水、工業的放出、都市の廃棄物、 土壌および岩石の自然侵食により、水圏に導入される。河川においてはニッ ケルは微粒子面を被覆したかたちで移動し、有機物質と関連する。湖沼にお いては、イオンのかたちで移動し、ここでも有機物質と関連をもつ。ニッケ ルは、土の微粒子表面にも吸収され、生物相(訳者注:一地域の動植物)に取 り込まれる。吸収プロセスは逆に堆積物からのニッケルの放出も行う。ニッ ケルの一部は河川により海へ運搬される。河川への浮遊微粒子の流入は135 xl07kg/年と予測されている。 土壌のタイプにより、ニッケルは土壌内で高い移動性を発揮し、最終的に は地下水に達し、その後、河川および湖沼に流入する。酸性雨は、ニッケル を土壌から移動させる著しい傾向を有している。陸生の植物は主として根を 通じて土壌よりニッケルを吸収する。土壌よりのニッケルの吸収量は、土壌 のタイプ、pHと湿度、有機物質含有量、抽出可能のニッケルの濃度などの 地球化学的および物理的バラメータの影響を受ける。 ニッケル蓄積の最も著名な例は、比較的痩せた蛇紋石の土壌に生育する多 数の植物種(高度蓄積性植物)で見出されたニッケル濃度が1mg/kg乾重量以 上への上昇の場合である。ニッケル濃度は、50mg/kg乾重量より高くなる と、ほとんどの植物にとっては有害である。その蓄積と毒性影響は、下水汚 泥土壌で育成された植物、ニッケル排出源に近い植物において認められる。 高い濃縮係数は水生植物においても見出される。実験室の研究では、研究対 象のすべての魚類において、ニッケルの蓄積能力は小さいことを示してい る。  汚染されていない水中では、すべての魚類中の濃度は0.02〜2mg/kgの範 囲(湿重量ベース)と報告されている。これらの数値は、汚染水中の魚類では 10倍以上に堵加する。野生生物においては、草食動物による餌の摂取およ びそれらを捕食する肉食動物のため、ニッケルは多くの臓器や組織で見出さ れる。しかし、食物連鎖において、ニッケルの生物濃縮(biomagnification) の証拠はない。
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4. 環境中濃度およびヒトの暴露 陸生および水生生物中のニッケル濃度は、数桁にわたり変化する。田園地 帯および都市部におけるヒトの暴露に対する典型的な大気中ニッケルの濃度 は約5.35ng/m3であり、吸入によるニッケルの取り込みは0.1〜0.7μg/日 となる。飲料水中には一般にニッケル10μg/lを含むが、時には水道配管器 具から放出され、そのニッケル濃度は500μg/lに達する。 食物中のニッケル濃度は通常、生鮮時の重量で0.5mg/kg以下である。コ コア、大豆、ある種の豆類、各種のナッツ、オートミールは高濃度のニッケ ルを含んでいる。  食物からのニッケルの毎日の摂取は、食習慣により大幅に変わり、その範 囲は100〜800μg/日であり、多くの国における食物によるニッケルの平均 摂取量は100〜300μg/日である。台所器具よりのニッケルの放出は、経口 摂取に著しく寄与する。ニッケルの2〜23μg/日の呼吸器内への取り込あ は、40本/日のシガレット喫煙により生じる。  一般環境中でのニッケルの皮膚暴露は、ニッケル・メッキの品物あるいは ニッケル含有合金(例えば、装飾品、コイン、クリップなど)との日常での接 触による接触性過敏症の誘発と持続にとって重要である。医療上のニッケル 暴露は、ニッケル含有合金の埋め込み、歯科の補綴、静脈内および透析溶液、 レントゲン写真造影剤より生じる。透析溶液から静脈内に取り込まれるニッ ケルの推定平均量は100μg/1回である。 作業環境における空気中のニッケル濃度は、作業プロセスおよび取り扱い 林料のニッケル含有早により、数μg/m3から数mg/m3に変化する。 全世界において、数百万人の作業者が、溶接、メッキ、研磨、採鉱、ニッ ケル製錬作業中に、また、製鋼プラント、鋳造工場、その他の金属工業に おいて、ニッケル含有のダストおよび蒸気に暴露されている。  ニッケルの皮膚暴露は、その製錬時、電気メッキ、電気鋳造工業などにお ける溶解されたニッケルの直接暴露あるいはニッケル含有工具の取り扱いに より、広範囲の作業において発生する。湿式クリーニング作業は、洗濯水中 に溶解しているニッケルのため、その暴露に含まれる。
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5. ヒトおよび動物の体内動態と代謝 ニッケルは吸入、摂取、皮膚を介して、ヒトおよび動物に吸収される。二 次的に胃腸吸収を伴う呼吸器へのニッケル(不溶性および可溶性)の吸収は、 職業暴露の主要な侵入経路である。吸入物質の大部分は呼吸器官から粘液繊 毛除去により嚥下される。不十分な個人衛生や作業要領遵守は、ニッケルの 胃腸暴露に寄与する。経皮吸収は、量的には無視し得るが、接触性過敏症の 病因としては重要である。吸収の程度はこの化合物の溶解性に関連し、ニッ ケルカルボニル、可溶性ニッケル、不溶性ニッケルの順に高い。ニッケルカ ルボニルは、動物およびヒトの双方において、最も迅速かつ完全に吸収され る。ニッケルの吸入投与による研究は少ない。不溶性の酸化ニッケルによる ハムスターおよびラットの研究では、その吸収は低レベルで、その大部分は 暴露後数週問は肺内に滞留した。これとは対照的に、可溶性のニッケルの塩 化物あるいは非結晶質硫化物の吸収は迅速であった。ニッケルは血中に運搬 され、主としてアルブミンと結合する。  ニッケルの胃腸吸収は、食物の構成により変化する。ヒトのボランティア による最近の研究では、食物からのニッケルの吸収は1%以下であるのに対 し、水からは27%であった。その身体からの排出の経路には、尿、胆汁、 汗、涙、乳汁、粘液繊毛液が含まれている。吸収されなかったニッケルは糞 中に排泄される。胎盤通過は藩歯類において立証されている。ニッケル塩類 の非経口的投与後におけるニッケルの最高度の蓄積は、腎臓、内分泌腺、肺、 肝臓で発生し、ニッケルカルボニル投与後の高濃度は脳においても観察され た。ニッケル排出のデータは2種類の区画のモデルを示唆している。健康で 職業的暴露のない成人の血清および尿中のニッケル濃度は、それぞれ0.2μg /l(範囲:0.05〜1.1μg/l)および1.5μg/gクレアチニン(範囲:0.5〜4.0μg/gク レアチニン)であった。これらの体液の双方におけるニッケル濃度の上昇は、 職業暴露後において認められた。非暴露の体重70kgの成人のニッケルの身 体負荷は0.5μgであった。
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6. 環境中の生物類への影響 微生物においては、放線菌、酵母菌、海洋性および非海洋性正常菌(eubac- teria)の場合では、ニッケル濃度1〜5mg/l、糸状菌類の場合では5〜1,000 mg/lの濃度において、その成育は阻害される。藻類では、約0.05〜5mg二 ッケル/lにおいて、その成育は認められなかった。環境条件のpH、硬度、 温度、塩分のような非生物学的(abiotic)因子および有機・無機微粒子の存在 はニッケルの毒性に影響を与える。 水生無脊椎動物におけるニッケル毒性は、その種頚および非生物学的因子 によって相当に変化する。96時間LC50(訳者注:lethal concentration 50の略 で、50%致死濃度)は、ミジンコ属において0.5mgニッケル/l、また軟体 動物に属する2種類の淡水産の巻貝では0.2mg/l、二枚貝では1,100mg/lで あった。 魚類においては、96時間LC50値は一般的に4〜20mgニッケル/lの範囲 に低下するが、ある種においてはより高値を示す。魚類およびその発育につ いての長期研究において、軟水中では、0.05mgニッケル/lのレベルにお いて、ニジマスにある種の影響を示した。陸生植物では、50mg/kg乾燥重 量以上の濃度のニッケルは通常毒性が認められる。ニッケルの毒性に対して 銅は相乗的に作用し、カルシウムはそれを減少させる。陸生動物に対する二 ッケルの影響データは少ない。  環境条件が微生物および有機物質を多く含む場合には、ミミズのニッケル に対する感受性は比較的低いように見え、ミミズの体内中のニッケルの量は 少ない。ニッケルは広範囲の地球汚染とは見なされてはいないが、ニッケル 発生源の付近では、動物種の棲息数と多様性の減少のような生態学的変化が 観察された。微細生態系(microecosystem)の研究では、土壌へのニッケルの 添加は窒素サイクルの阻害を示した。
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7. 実験動物および in vitro(試験管内)試験系への影響 ニッケルは、ある種の植物および細菌酵素の触媒作用に不可欠である。あ る種の動物種におけるニッケル欠乏の食餌は、体重増加の遅滞、貧血、仔獣 の生育力の減少をもたらした。 最も急性毒性を有するニッケル化合物はニッケルカルボニルである。その 標的臓器は肺であり、肺水腫は吸入後4時間以内に起こる。その他のニッケ ル属の急性毒性は低い。 ニッケルの接触性アレルギーはヒトでは極めて一般的であるが、動物に対 する実験的感作(sensitization)(訳者注:細胞を過敏にする現象)は、特定の 条件下においてのみ成功した。金属ニッケル、酸化ニッケル、亜硫化ニッケ ルの長期吸入暴露では、ラット、マウス、モルモットの呼吸器官の粘膜損傷 と炎症性反応を発生させた。塩化ニッケル、酸化ニッケルのエアロゾルへの 吸入暴露後においては、ラットの上皮の過形成が認められた。  ラットに対する酸化ニッケルの高濃度で長期の暴露は、進行性の塵肺を 徐々に発生させる。高濃度のニッケル−黒鉛ダストへの暴露後のウサギにお いては、時には軽度の線維症を伴う炎症性反応が観察された。亜硫化ニッケ ルに暴露されたラットには、肺線維症が認められた。  ニッケル塩類の非経口投与は、ラット、ウサギ、ニワトリに対し急速な一 過性過血糖症を誘発した。これらの変化は、ランゲルハンス島*のアルファ 細胞およびベータ細胞への影響に関連があろう。ニッケルはまたプロラクチ ン*の放出を減少する。経口または吸入によるニッケル塩化物の投与は、甲 状腺によるヨウ素の取り込みを減少させると報告されている。 静脈注射により役与されたニッケル塩化物は、イヌの冠状動脈の血流を減 少させ、高濃度のニッケルは、in vitro(試験管内)でイヌの心筋層の収縮性を 低下させる。 ニッケル塩化物はT細胞システム*に影響し、ナチュラル・キラー細胞* の活動を抑制する。ニッケル塩化物およびニッケル硫化物の非経口的投与は、 ラットおよびマウスにおいて、子宮内死亡と、体重増加の低減の原因となる ことが報告されている。ニッケルカルボニルの吸入暴露は、ラットおよびハ ムスターにおいて、胎児の死亡、体重増加の低減、催奇形性が認められた。 これらの試験のいずれにおいても、母獣への毒性の情報は与えられていない。 ニッケルカルボニルはラットにおいて、顕著な致命的突然変異を発生すると 報告されている。 数種の無機ニッケル化合物の変異原性が各種の試験系で実施された。ニッ ケル化合物は彷徨変異*試験を用いた場合以外は、一般にバクテリア変異原 性試験に対し不活性であった。突然変異はいくつかのタイプの培養哺乳動物 細胞で認められた。ニッケル化合物は多種類の生物においてDNA合成を阻 害する。さらにニッケル化合物は、哺乳類およびヒトの双方の培養細胞にお いて、染色体異常・姉妹染色分体交換(SCE)を誘発する。染色体異常が認め られるが姉妹染色分体交換は見られない場合は、不溶性あるいは溶解性ニッ ケル化合物のいずれかに職業的に暴露されたヒトにおいて(電気分解作業者 についての1件の研究を除き)観察された。ニッケルは、in vitro(試験管内) で細胞形質転換(cell transformation)を誘発する。 吸入試験において、亜硫化ニッケルは、ラットにおいて良性および悪性の 肺腫瘍を誘発する。ニッケルカルボニルのシリーズの吸入試験において、ラ ットに少数の腫瘍が認められた。金属ニッケルを用いた適切な吸入試験では、 ラットの肺腫瘍の増加は統計学的有意差を示さなかった。黒色酸化ニッケル の吸入暴露は、シリアン・ゴールデンハムスターへの肺腫瘍の誘発はなか った(これは肺発がん性に抵抗性を有する動物種であった)。この他のニッケ ル化合物の吸入暴露による発がん性についての適切な研究は入手できない。 しかし、亜硫化ニッケル、金属ニッケル粉末、不特定のニッケル酸化物の気 管内への反復注入は、ラットにおいて良性および悪性の肺腫瘍を誘発した。  ニッケルカルボニル、ニッケロセン、ニッケルの亜硫化物、炭酸塩、クロ ム酸塩、水酸化物、硫化物、セレン化物、砒化物、テルル化物、アンチモン 化物、各種の未同定の酸化生成物を含む多数の微量可溶性あるいは不溶性の ニッケル化合物、2種類のニッケル−銅酸化物、金属ニッケルおよび各種の ニッケル合金は、筋肉中、皮下、腹膜内、肋膜内、眼球内、骨内、腎臓内、 関節腔内、精巣内、脂肪内への投与により、多種類の実験動物に局所の間葉 織性の腫瘍を誘発した。ある種のニッケル合金、コロイド状ニッケル水酸化 物の単回投与、あるいは発がん試験用に特別に735℃または1,045℃で加熱 処理したニッケル酸化物を2種類を用いた試験では、適用部位に発がん反応 は認められなかった。 ニッケル硫酸塩およびニッケル酢酸塩は、腹膜内への反復投与によりラッ トの腹膜腔内に腫瘍を誘発したが、ニッケル塩化物の場合には腫瘍は見られ なかった。 金属ニッケルおよびその多数の化合物の発がん性について、非経口投与に よるテストの場合では、少数の例外を除き、それらは局所的な腫瘍を生じさ せた。  亜硫酸ニッケルのみが吸入暴露後において説得力のある(convincingly)発 がん作用を示した。しかし、適切な吸入研究は極めて少ない。 気管内注入の反復による試験では、ニッケル粉末、酸化ニッケル、亜硫化 ニッケルは肺腫瘍を発生させた。  筋肉内注射を用いた研究においては局所的な腫瘍を誘発しなかった硫酸 ッケル、塩化ニッケルは、腹膜内の反復投与試験により発がん反応を発現さ せた。
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8. ヒトへの影響  ヒトの健康に関しては、ニッケルカルボニルは最も急性毒性を示すニッケ ル化合物である。急性のニッケルカルボニル中毒の作用には、前額部頭痛 眩量、吐き気、嘔吐、不眠症、興奮性を含み、ウイルス性肺炎に似た呼吸器 症状を起こす。病理学的な肺損傷には、出血、浮腫、細胞障害が含まれる。 また、肝臓、腎臓、副腎、脾臓、脳への影響も認められる。ニッケル中毒に ついては、ニッケルに汚染された透析液を用いた透析患者、硫酸ニッケルや 塩化ニッケルに汚染された水を誤って飲んだ電気メッキ作業者の事例が報告 されている。  ニッケル製錬、ニッケル・メッキの作業者において、鼻炎、副鼻腔炎、鼻 中隔穿孔、喘息等の慢性影響が報告されている。ある研究者は、ニッケル・ ダスト吸入の作業者に線維症を伴う呼吸器の変化を報告している。さらに、 鼻の異形成(dysplasia)(訳者注:軽度の奇形)がニッケル製錬所の作業者中で 報告されている。ニッケルの接触性過敏症は,一般集団および可溶性ニッケ ル化合物に暴露される多数の職種の作業者の双方において、広く考証されて いる。いくつかの国では、女性人口の10%および男性人口の1%がニッケ ルに過敏であると報じられている。これらの40〜50%は水疱性手湿疹で、 あるケースでは極めて重症で作業能力を喪失させる。ニッケルの経口摂取は 水疱性手湿疹を悪化させ、ニッケルとの接触のない身体の他の部分にも湿疹 を発生させることがある。  ニッケルを含む合金による歯科の補綴治療あるいはその他の外科的埋め込 み治療は、ニッケル感作の原因となる、あるいは罹患中の皮膚炎を悪化させ る、と報告されている。  充血と実質の変性を伴う腎臓水腫のような腎毒性は、ニッケルカルボニル への偶発的な職業上の暴露の場合に報告されている。一時的な腎毒性作用は、 ニッケル塩類の偶発的な摂取後に記録されている。  亜硫化ニッケル、酸化ニッケル、そしておそらく硫酸ニッケルへの実質的 暴露を含む、高温における硫化鉱石の焙焼工程に従事するニッケル製錬所の 作業者において、肺および鼻腔のがんの極めて高いリスクが報告されている。 時には酸化ニッケルの暴露と低レベルの亜硫化ニッケル暴露を伴う溶解ニ ッケルへの暴露を含む工程(電気分解、硫酸銅抽出、湿式冶金法)においても、 同様のリスクが報告されている。採鉱作業者および他の製錬所作業者のリス クは、ずっと低いと報じられている。クロムへの暴露、特に電気メッキ作業 は例外として、ステンレス鋼熔接およびニッケル使用の工業における発がん 率は一般に正常に近い。しかし、ニッケル/カドミウム電池の作業者は、ニ ッケルおよびカドミウムの双方の高濃度に暴露され、やや高い肺がんのリス クを受けるであろう。  ニッケル作業者における肺および鼻腔のがん以外の、腎臓、胃、前立腺の がんが時々報告されているが、一貫した知見は得られていない。  疫学研究は次の2つの重要な質間に対応して用いられる。(1)特定のニッ ケル化合物が発がん性を示すか?(2)低レベル暴露のコホート研究*が特定 の暴露濃度におけるリスクの上限を示すか? (a)可溶性ニッケル 電気分解および可溶性塩類の調製において、1〜2mg/m3の濃度レベルの 可溶性ニッケルに暴露される作業者には発がんの危険性の証拠が存在する。 これらの作業者は他のニッケル化合物にも暴露されたが、他の高リスクの工 程よりも低い場合が多かった。暴露の経時的測定がないため、決定的な結論 を下すことはできないが、可溶性ニッケルの発がん性は確かに強いと考えら れる。製錬所のダストは、時には、実質部分の硫酸ニツケルのほか亜硫化二 ッケルを含有している。この事実は、亜硫化ニッケルの高温酸化に従事する 作業者中に認められる極めて高い発がん率の一部は可溶性ニッケルによる、 との可能性を生じさせる。 (b)亜硫化ニッケル 発がんの高リスクが存在する製錬区域では、亜硫化ニッケルへの暴露はほ とんどすべての場合に、酸化ニッケル、さらにおそらく硫酸ニッケルとの同 時暴露がおこっている(上記の通り)。これより、たとえ可能性があると見ら れても、疫学的データのみから、「亜硫化ニッケルには発がん性がある」と 立証することは難しい。 (c)酸化ニッケル  酸化ニッケルは、発がんリスクが増加しているほとんどすべての環境中に、 他の1種あるいは2種のかたちのニッケル(亜硫化ニッケル、可溶性ニッケ ル、金属ニッケル)と共存している。亜硫化ニッケルについては、疫学デー タのみに基づいて、発がん性の疑いの反証をあげることは難しい。 (d)金属ニッケル  金属ニッケルのみに暴露される作業者においては、発がんリスクの増加は 認められていない。ニッケル合金作業者とガス拡散工程の作業者との結合デ ータでは、すべての作業者は平均0.5mg/m3のニッケル濃度に暴露されたが、 これらのコホート研究における肺がんの総数が少ないため、この濃度におけ るリスクの微増を許したが、過剰のリスクは認められなかった。
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9. 結論 現在の暴露濃度では、ニッケル鉱業の大部分の分野(これには過去におい て極めて高い肺および鼻腔の発がんリスクを有した一部の工程を合む)にお いて、検出されるリスクは小さいか、あるいはないかであるが、一部の、そ して多分すべてのかたちのニッケルには発がん性があろう。可溶性ニッケル の1mg/m3レベルの長期暴露は肺がんの相対リスク*の著しい増加を示すが、 金属ニッケルの平均0.5mg/m3の濃度に暴露された作業者の相対リスクは約 1である。ある暴露濃度における発がんリスクは、可溶性ニッケル化合物に おいては金属ニッケルより高く、また他のかたちのニッケルよりも高いと考 えられる。ニッケル・メッキ作業者において著しい肺がんリスクが存在しな いことは、可溶性ニッケルの平均暴露が電気分解精錬、あるいはニッケル塩 類工程よりもはるかに低いためであり驚くには当らない。
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10.勧告 1.ニッケル化合物に対する命名法は、将来標準化すべきである。 2.環境条件、生物学的試料、作業場、大気排出物中のニッケル化合物の 明確化を促進するため、分析手法の開発と標準化をすべきである。 3.地球規模の生物地球化学的サイクルと、ニッケルの長期にわたる移動 を明らかにするため、その動態と量的移動の研究が勧告される。 4.皮膚接触によりニッケルを放出する消費者用商品におけるニッケルの 使用を規制すべきである。その規格と試験要件を標準化すべきである。 5.ニッケルの適用の各種の経路および方式に従い、十分に特性の解明さ れている種類のニッケルについて、吸収、分子の取り込み、移動、代 謝の研究を完成すべきである。 6.ヒトが暴露されるニッケル化合物について、適切な発がん性試験、長 期、吸入試験が動物について実施されるべきである。 7.さらに正確な発がんリスクの上限を確立するため、産業のすべての分 野において、生物学的モニタリングを含む、十分に特性が解明されて いる暴露について、大規模のコホート疫学研究が必要である。 8.高濃度の可溶性ニッケル化合物に暴露される職業における産業衛生の 改善に対しては、高い優先順位が与えられるべきである。
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11.国際機関によるこれまでの評価 ニッケルおよび無機ニッケル化合物の発がんリスクは、国際がん研究機関 (International Agency for Research on Cancer : IARC)により評価されてきた。 国際ワーキング・グループは、ニッケルおよびニッケル製錬工業において遭 遇するある種のニッケル化合物の疫学データおよび実験的発がんデータを評 価した(IARC,1990)。その評価を次表に要約した。
発がん性の証拠の程度*a 全体評価
ヒト 動物
ニッケルおよびニッケル化合物 ニッケル化合物 1 ニッケル塩類 L 硫酸ニッケル S 酸化ニッケルの組み合わせ およびニッケル製錬工業で 遭遇する硫化物類 S 一酸化ニッケル S 三酸化ニッケル I 亜硫化ニッケル、非結晶質 I 亜硫化ニッケル、結晶 S アンチモン化ニッケル L 砒化ニッケル L ニッケルカルボニル L 水酸化ニッケル S ニッケロセン L セレン化ニッケル L テルル化ニッケル L チタン化ニッケル I 金属ニッケル I S 2B ニツケル合金 I L
*a S:発がん性の十分な証拠 L:発がん性の限られた証拠 I:発がん性の不十分な証拠 1:本物質はヒトに対する発がん性あり 2B:本物質はヒトに対し発がんの可能性あり  「飲料水の質に対するガイドライン」(WHO,1984)では、当時入手し得る 毒性学的データは、指針値は不要であることを示したため、飲料水中のニッ ケルについての指針値は設定されていない。  「欧州における大気質ガイドライン」(WHO,1988)では、ニッケルの発が ん特性のため、安全レベルは勧告されなかった。ニッケル・ダストの1μg/ m3の濃度における生涯リズクの慎重な(conservative)予測では4×10-4であ る。
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Last Updated :10 August 2000
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