環境保健クライテリア 106
Environmental Health Criteria 106

ベリリウム Beryllium

(原著210頁,1990年発行)


作成日: 1997年2月17日
1. 物質の同定、物理的・化学的特性、分析方法
2. ヒトおよび環境の暴露源
3. 環境中の移動・分布・変質
4. 環境中濃度およびヒトの暴露
5. 体内動態および代謝
6. 環境中の生物への影響
7. 実験動物および in vitro(試験管内)試験系への影響
8. ヒトへの影響
9. ヒトの健康リスクの評価および環境への影響
10. 勧告
11. 国際機関によるこれまでの評価

→目 次


1. 物質の同定、物理的・化学的特性、分析方法
a 物質の同定

元素記号            Be
原子番号            4
原子量              9.01
CAS登録番号         7440-41-7
CAS化学名           Beryllium
 
b 物理的・化学的特性

沸点(5mmHg)       2970℃
融点                1278±5℃
比重(20℃)        1.85
結晶形              α六方最密構造,β体心立方構造
水溶解性(冷水)    溶けない
        (温水)    わずかに溶ける
溶解性              薄い酸およびアルカリに溶ける

 ベリリウムは、鋼(はがね)に似た灰色の脆い金属で、天然にはアイソトー
プの9Beとしてのみ存在し、その化合物は2価である。ベリリウムはいくつ
かの独特な特性をもっている。それはすべての固体の中で最も軽く、化学的に
安定な物質で、非常に高い融点、比熱、融解熱(heat of fusion)、強度−重量
比(strength‐weight ratio)を有している。また、優れた電気伝導度および熱伝
導度を示す。ベリリウムは原子番号が小さいため、極めてX線を透過し易く、
その核の特性には、中性子の破壊、散乱、反射、α衝撃による中性子の放出が
含まれる。
 ベリリウムは、アルミニウムと共通の多くの化学的特性、特に酸素との親和
性を持っている。金属ベリリウムおよびベリリウム合金の表面には、酸化ベリ
リウム(BeO)の極めて安定した表面被膜が形成されるため、腐食・水分・弱
酸類への高度の耐久性を示す。ベリリウム粉末は酸素中で発火した場合には、
4,500℃の温度で燃焼する。燒結酸化ベリリウム(ベリリア)は非常に安定性
があり、セラミックの特性を有する。ベリリウム塩類の陽イオンは水中で加水
分解され、pH5〜8の範囲では不溶性の水酸化物類あるいは含水錯体類を、ま
たpH8以上ではベリリウム塩類(beryllates)を生成する。
 合金類への添加物として、ベリリウムは他の金属に優れた特性結合を与え、
特に腐食への耐久性、高度の弾性、非磁性、非スパーク特性を示し、電気伝導
性、熱伝導性を増大し、鋼材よりも大きい強度をもたらす。
 各種の媒体中のベリリウムの測定には多種類の分析方法が用いられてきた。
旧式の方法には、分光器、蛍光光度計、分光光度計による技術が含まれる。現
在では、無炎原子吸光分析法、ガスクロマトグラフィーが選択され、それらの
検出限界は0.5ng/サンプル(無炎原子吸光法)および0.04pg/サンプル(電
子捕獲検出器付きガスクロマトグラフィー)である。さらに、高周波誘導結合
プラズマ原子発光分析法の使用が増加している。



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2.ヒトおよび環境の暴露源  ベリリウムは地殻中で35番目に豊富な元素で、 その平均含有量は約6mg/kgである。宝石用原石・エメラルド(クロム含有の ベリル)(訳者注:berylは緑柱石ともいい、組成はBe3Al2Si6O18)・ 籃玉(アクアマリン)(鉄含有のベリル)以外では、経済的に重要なの はわずか二種類のベリリウム鉱物のみである。ベリルは4%までのベリリウム を含み、アルゼンチン、ブラジル、中国、インド、ポルトガル、旧ソ連、アフ リカの中部・南部の数か国において採掘されている。ベリリウム含有量は1% 以下ではあるが、米国ではバ−トランダイト(bertrandite)がこの金属の主要 資源となっている。  ベリリウム鉱石の年間世界生産量は、1980〜1984年では約10,000トンと推 算され、これはベリリウムの約400トンに相当する。ベリリウムの供給と需要 は、各国政府の散発的な軍備・核エネルギー・宇宙開発などの計画により大き く変動するが、推定需要量は1990年までは1986年よりも年率4%の増加が見 込まれている。  一般的には、その製造と使用中のベリリウムの排出は、石炭(天然平均含有 量がベリリウム1.8〜2.2mg/乾燥重量kg)および燃料油(同じく100μg/l まで)の燃焼中に起こる排出と比較すれば、さほど重要ではない。主要な生産 国の一つである米国では、化石燃料の燃焼によるベリリウムの排出量は、その 総排出量の約93%と算出されている。規制手法の改善により、発電所からのベ リリウム排出は実質的な削減が可能である。  化石燃料の燃焼は環境大気中のベリリウムのバックグラウンド濃度を決定す るが、生産関連の発生源は局地的な、特に規制措置の不十分な地区における大 気濃度の上昇をもたらす。同様に、ベリリウムを動力源としたロケットのテス トと利用による排出は、地域としては重要である。職業的環境における暴露は、 主としてベリリウム鉱石類・金属ベリリウム・ベリリウム含有合金類・ベリリ ウム酸化物の処理工程において発生する。  その生産工業は、日本、米国、旧ソ連にのみ存在する。その他の国では、輸 入したベリリウムの純金属、合金類、セラミック・ベリリウム酸化物を最終製 品に加工している。  ベリリムの廃棄物の大部分は汚染防止措置から発生し、再利用あるいは埋め 立て処理される。最終製品の大部分の再利用は、その量が少なくベリリウムの 含量が低いため、経済的価値はない。  ベリリウムの世界生産量の約72%は、宇宙・エレクトロニクス・機械工業の ベリリウム−銅その他の合金類として用いられている。約20%は遊離金属とし て、主として宇宙・兵器・原子力工業で使用されている。残りはセラミック・ アプリケーションのためのベリリウム酸化物として、主にエレクトロニクスお よびマイクロエレクトロニクスに利用されている。
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3.環境中の移動・分布・変質  ベリリウムの環境中の運命に関するデータは 限られている。大気中の酸化ベリリウム微粒子は、湿性および乾性堆積物とな って地球に還る。環境のpHが4〜8の範囲では、ベリリウムは微細に分散され た堆積鉱物類により強く吸着されるため、地下水への放出は防止される。  ベリリウムは、食物連鎖中では、いかなる程度でも、生物濃縮されないと考 えられている。大多数の植物類は少量のベリリウムを土壌から取り込み、その ごく少量が根から植物他の部分へ移動する。 4.環境中濃度およびヒトの暴露  表層水および飲料水中のベリリウム濃度は、 通常、μg/lレベルの低い範囲内である。土壌中では1〜7mg/kgの範囲内であ る。陸生植物中には、一般には1mg/kg乾燥重量以下が含まれる。各種の海洋 生物中では、約100μg/kg新鮮重量までの量が見出されている。  米国の辺鄙な地方での大気中のベリリウム濃度は0.03〜0.06ng/m3の範 囲内である。化石燃料の燃焼の少ない国では、バックグラウンド・レベルはさ らに低いであろう。米国の都市部大気中のベリリウムの年平均濃度は、0.1以 下〜6.7ng/m3の範囲内である。日本の都市の平均は0.04ng/m3で、工業地 帯では最高値(0.2ng/m3)が認められた。  規制手段が確立される前の1950年代では、極端に高い大気中ベリリウム濃 度が、その生産・加工工場の周辺において見出された。さらに、以前には、作 業者の衣服への接触、環境中暴露、あるいはそれら双方に関係のある” neighbourhood case"(身近な事例)として知られる「準職業的」(para‐ occupational)暴露が作業者の家族内で起こった。現在ではこれらの暴露源は、 通常の場合は、一般集団にとって重大ではない。一般集団に対する大気中ベリ リウムの環境暴露の主要発生源は、化石燃料の燃焼である。例外的な高濃度暴 露は、ベリリウム含有量の多い石炭を燃焼し、適切な規制手段の適用されない 発電所の周辺で発生するであろう。喫煙はおそらく、もう一つの重要なベリリ ウム暴露の発生源であろう。  歯床鋳造合金へのベリリウムの使用の増加は、接触性アレルギー反応誘発の 可能性が高いため、一般集団にとって重要になるであろう。  1950年以前では、通常は、作業環境におけるベリリウムの暴露は極めて高く、 1mg/m3以上の濃度も異常ではなかった。多くの国において確立されている職 業上の基準のベリリウム1〜5μg/m3(時間荷重平均)は、どこでも達成さ れているわけではないが、これに適合するための制御手段によって作業場内の ベリリウム濃度が急激に減少した。  生体組織内あるいは体液中のベリリウム濃度は、過去の暴露状況を示してい る。特別な暴露を受けなかった人々においては、尿中濃度は1μg/l程度であ り、肺組織内では20μg/kg(乾重量)以下である。ベリリウム疾患を有する 患者の肺組織内では、濃度の明らかな上昇(20μg/kg以上)が見出されてい るが、入手し得るデータは限られているため、暴露と生体負荷との間の明らか な関連性は立証できていない。
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5.体内動態および代謝  吸入されたベリリウムの沈着あるいは吸収に関する ヒトのデータは存在しない。動物実験では、ベリリウムは肺内への沈着後、そ こに残留し、徐々に血液中に吸収されることを示している。肺からのクリアラ ンスは二相性(biphasic)を有し、暴露中止後、最初の1〜2週間以内に速やか に除去される。  血液中で循環するベリリウムの大部分は、コロイド状のリン酸塩のかたちで 移動する。吸入量の大部分は、ベリリウムの最終的な蓄積部位である骨内に取 り込まれる。また、一般に吸入暴露は、肺組織内、特に肺リンパ節内に一定量 のベリリウムの長期間貯蔵も起こす。さらに溶け易いベリリウム化合物は、肝 臓・腹部リンパ節・脾臓・心臓・筋肉・腎臓へも運ばれる。  ベリリウムの経口投与後では、少量(1%以下)は一般には血液中に吸収さ れ、骨格内に貯蔵される。少量は消化管内および肝臓内にも見出される。  ベリリウムは表皮構成成分により結合されているため、健常な皮膚を通して のベリリウムの吸収は無視できる。  吸収されたベリリウムの大部分は、主として尿中に、また少量は糞便中に速 やかに排出される。また、吸入されたベリリウムの一部も、糞便中に排出され る。これは、おそらく呼吸器官からのクリアランスと、嚥下によるベリリウム 摂取の結果であろう。  骨および肺のベリリウムの貯蔵は長期にわたるため、その生物学的半減期は きわめて長い。ヒトの骨格については450日の半減期が算出された。


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6.環境中の生物への影響  マグネシウム欠乏の媒体中で成育した土壌微生物 は、微生物中の代謝の過程で、マグネシウムに対するベリリウムの部分的置換 が生じ、ベリリウムの存在下ではより良く成育する。同様の成育刺激作用は、 藻類および穀類植物においても認められている。この現象はpH依存性が考え られ、高いpHにおいてのみ発生する。pH7以下では、成育媒体中のマグネシ ウム濃度の高低にかかわらず、ベリリウムは水生および陸生植物に毒性を示す。  一般には、植物の成育は、mg/lレベルの溶解性ベリリウム化合物類により阻 害される。例えば、pH5.3の肥料液で栽培したインゲン豆では、ベリリウム 5mg/lの濃度において、88%の成育低下が観察された。最初に根部において見 られた影響は、褐色化と、正常の成長への回復不能であった。根部は取り込ま れたベリリウムの大部分を蓄積し、ごく少量が植物の上部に移動する。キャベ ツの収穫量を50%低下させるベリリウムの根部と外側の葉部の臨界含有量は、 それぞれ3,000mg/kg乾重量および6mg/kgと評価された。  根部および葉部の双方に対する発育阻害は土壌栽培のマメ類・ラジノクロー バーで認められたが、葉部の白化あるいは斑点は発生しなかった。  土壌栽培におけるベリリウムの植物毒性は、土壌の特性、特に陽イオンの交 換容量と土壌溶液のpHにより支配される。マグネシウム置換作用とは別に、 アルカリ性条件下の植物毒性の低減も、利用不能のリン酸塩としてのベリリウ ムの沈積により生ずる。  ベリリウムの植物毒性の根底に存在するメカニズムは、おそらく、特殊な酵 素類、特に植物リン酸酵素類の阻害に基づくのであろう。また、ベリリウムは 必須ミネラル・イオン類の取り込みも阻害する。  各種の淡水魚類種についての毒性研究において、LC50値は魚種と試験条 件により、ベリリウム0.15〜32mg/lまで変動することが見出された。魚類へ の毒性は、水の硬度の減少に伴い増加し、軟水におけるコイおよびスズキでは、 硬水の場合よりも1〜2桁強い毒性を示した。また、幼生期のサンショウウオ およびミジンコにおいても同様の感受性を示した。  水生動物類におけるベリリウムの長期毒性についての信頼し得るデータは存 在しない。しかし、1件の未発表のミジンコの長期繁殖試験による研究では、 急性毒性試験[EC50(50%影響濃度)、ベリリウム2,500μg/l]における よりもかなり低い濃度(ベリリウム5μg/l)で悪影響があるとの証拠を示して いる。
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7.実験動物およびin vitro(試験管内)試験系への影響  実験動物における急性ベリリウム中毒の症状は、呼吸機能不全・痙攣・ 低血糖ショック・呼吸麻痺である。  皮下組織内へのベリリウム化合物類および金属ベリリウムの移植では、ヒト において観察されるものに類似した肉芽腫が形成される。溶解性ベリリウムの 皮膚内注射により、モルモットでは皮膚過敏性を発症させた。  ベリリウム炭酸塩は、ベリリウム・リン酸塩の腸内沈着によりリン喪失を生 じ、二次的に若齢ラットのクル病を発生させた。  ベリリウム金属あるいは不溶性を含む各種のベリリウム化合物類の吸入によ り、各種動物に急性の化学物質誘発性肺炎を起こす。平均濃度ベリリウム 2mg/m3のベリリウム硫酸塩ミストの連日反復暴露の致死率は、ラットにおい て90%、イヌ80%、ネコ80%、ウサギ10%、モルモット60%、サル100%、 ヤギ100%、ハムスター50%、マウス10%であった。ベリリウム・フッ化物の 影響は、フッ化物イオンの相乗作用により、硫酸塩の約2倍であった。この変 性の一部はヒトの場合に類似しているが、肉芽腫には一致しなかった。  不溶性のベリリウム酸化物の吸入毒性は、製造条件によりかなり変化する物 理的・化学的特性に大きく依存する。その最終的な微粒子サイズが小さく、集 合体が小さいほど、酸化ベリリウムは低温(400℃)で発火し、このベリリウ ム3.6mg/m3の49日間の暴露はラットにおける死亡と、イヌにおける肺障害 をより多く発生させた。一方、高温発火の酸化ベリリウム類(1,350℃および 1,150℃)では、全暴露量がより高い(ベリリウム32mg/m3で360時間)に もかかわらず、肺障害の発生はなかった。  溶解性および不溶性ベリリウム化合物類による、長期低濃度の吸入暴露の特 徴的な悪性ではない(non‐malignant)反応は、ヒトの慢性疾患では部分的に しか相応しない肉芽腫を伴う慢性肺炎である。  遺伝毒性試験の結果では、ベリリウムは細菌試験系における変異原性は認め られなかったが、培養哺乳類体細胞においてDNAと相互作用し、遺伝子突然 変異・染色体異常・姉妹染色分体交換を発生させた。  ベリリウム金属および各種化合物類の静脈内(ベリリウム3.7〜700mg)お よび骨髄内注射(ベリリウム0.144〜216mg)は、ウサギにおいて、動物の40 〜100%に転移(肺への転移が最も多い)を起こす骨肉腫および軟骨肉腫を発 生させた。  ラットにおいて、溶解性および不溶性ベリリウム化合物類、ベリリウム金属、 各種ベリリウム合金類の吸入(ベリリウム0.8〜9000μg/m3)および気管 内(ベリリウム0.3〜9mg)暴露は、腺腫あるいは一部に転移のみられる腺が んを誘発した。ベリル(ベリリウム620μg/m3)は肺腺がんを発生させる唯 一のベリリウム鉱石であった(ベリリウム210μg/m3のバートランダイトで の発生は認められなかった)。ベリリウム酸化物はラットにおいて発がん性が 立証されたが、気管内投与(ベリリウム9mg)後における肺腺がんは、低温発 火特性物質(51%)の場合は高温発火性酸化物(11〜16%)と比較して著しく 高い発生率を示した。これらの研究の多くが実施された時期においては、研究 計画と実験手法の点で現在とは異なている。従って、報告された吸入暴露デー タには特別の配慮をすべきである。  ベリリウムによる肺がんの誘発は、動物種に対して特異性が高い。この点に ついては、ラットそしておそらくサルではきわめて感受性が高いが、一方、ウ サギ・ハムスター・モルモットでは肺腫瘍は認められていない。  ベリリウムの毒性メカニズムは、次の三点の理論に基づいている。(1)ベ リリウムは、重要な酵素類、特にアルカリ・ホスファターゼの阻害によりリン 酸塩の代謝に影響を与える。(2)ベリリウムは、核酸代謝の酵素への影響に より細胞増殖と複製を阻害する。(3)ベリリウムの毒性には、モルモットで 示された通り、細胞介在の皮膚過敏性のような免疫学的メカニズムを含んでい る。
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8.ヒトへの影響  毒性学に関連を有するベリリウム暴露のほとんどは作業場 に限られている。ベリリウム・プラントに対する進歩した排出物制御および衛 生的手法の導入前には、いくつかの慢性ベリリウム疾患の身近な事例が報告さ れている。1966年までに米国においては総計60件が報告されており、その一 部は作業者の衣服類への接触(「準職業的の」暴露)、あるいはベリリウム・ プラントの周辺の空気暴露に関連している。近年においては、このような事例 は報告されていない。  最近では、ベリリウム含有の歯科補綴材料により起こったと考えられる数件 のアレルギー性接触口内炎が報告されている。  1930年および1940年代には、数百件の急性ベリリウム症が発生し、特にド イツ、イタリア、米国、旧ソ連のベリリウム抽出プラントの作業員に多発した。 溶解性ベリリウム塩類の吸入、特にフッ化物および硫酸塩において、ベリリウ ム100μg/m3以上の濃度においてはほとんどすべての作業者に一貫して急性 症状を発生させた。一方、15μg/m3以下(旧式の分析方法による測定)の濃 度においては、症例は報告されていない。1950年代初期に最高暴露濃度の25 μg/m3が適用され、急性ベリリウム疾患の症例は大幅に減少した。  急性ベリリウム疾患の徴候と症状は、鼻腔粘膜と咽頭の軽度の炎症から気管 −気管支炎と激症の化学物質誘発性の肺炎の範囲にまで及んでいる。重症例で は、患者は急性肺炎で死亡したが、ほとんどの場合には暴露中止後1〜4週間 以内に完全に回復する。少数の症例では、急性症状から回復して数年後に慢性 ベリリウム症を発現した。  溶解性ベリリウム化合物類への直接接触は接触性皮膚炎及び結膜炎を発生さ せる。感作された個人では、はるかに速やかに、そしてより少量のベリリウム に反応するであろう。皮内あるいは皮下への溶解性あるいは不溶性のベリリウ ム化合物類の導入は、慢性潰瘍を形成し、数年後において肉芽腫がしばしば出 現する。  慢性のベリリウム疾患は急性タイプとは異なり、数週間から20年以上の潜 伏期間を有し、症状は長期間にわたり進行性で重篤なものとなる。米国ベリリ ウム症例登録制度(ベリリウム疾患の報告例の中央ファイルで、1952年に設立 された)には1983年までに888件の症例が登録された。そのうち622件が慢 性と分類され、その中の557件は職業的暴露により発生し、主として蛍光灯工 場(319件)あるいはベリリウム抽出プラント(101件)内で起こった。1949 年に蛍光灯の蛍光体にベリリウム亜鉛ケイ酸塩およびベリリウム酸化物の使用 が中止され、職業的暴露の限界(時間荷重平均、ベリリウム2μg/m3)が適 用された後には、慢性ベリリウム疾患の症例は劇的な減少を見せたが、2μ g/m3程度の気中濃度への暴露から発生した新しい症例が記録されている。  ベリリウム肺症(berylliosis)は典型的な塵肺症(pneumoconiosis)とは異な るため、「慢性ベリリウム症」(chronic beryllium disease)という用語の方が好 んで用いられる。運動による呼吸困難・咳・胸痛・体重減少・疲労・全身衰弱 は最も典型的な特徴であり、心機能不全を伴う右心房の拡張・肝腫・脾腫・チ アノーゼ・湾曲指も起こるであろう。血清タンパクおよび肝機能の変化・腎臓 結石・骨硬化症も慢性ベリリウム症に関連して見出される。慢性ベリリウム症 の進展は一様ではなく、ある症例では数週間あるいは数年にわたる軽快状態と なり、その後悪性化した。大多数の症例では、心臓あるいは呼吸機能不全によ る死亡リスクの増加を伴う進行性の肺疾患が認められる。報告されたベリリウ ム作業者の有病率は0.3〜7.5%の範囲を変動している。慢性ベリリウム症を 有する患者の死亡率は37%である。  慢性ベリリウム症の肺は、肉眼的には、広範囲に散在した小結節と、間質性 の線維症を伴う広汎性の病変を示す。顕微鏡的には、通常は類肉腫様の肉芽腫 (訳者注:サルコイドーシスともいい、原因不明の類肉腫性病変)あるいは結 核のような他の肉芽腫との鑑別不能の、間質の炎症の量的変化を有する類肉腫 様の肉芽腫が認められる。  生物学的試料中においてベリリウムによる疾患の存在を立証できないとして も、職歴の聴取と生体組織分析は、ベリリウム症診断の貴重な基礎として有用 である。この場合、パッチ・テスト(皮膚貼付試験)はあまり信頼できず、そ れ自身が高い感作性を有するため推奨できない。診断上で最も有用なのは、マ クロファージ移動阻害分析およびリンパ球幼若化試験である。  過敏性を測定するこれらの方法は、慢性ベリリウム症の根底に存在すると考 えられる免疫メカニズムと遅発性の皮膚および肉芽腫の過敏性に基づくもので ある。  慢性ベリリウム症における潜伏期間の大きな差および量−反応関係が認めら れない点は、免疫学的感作により説明されるであろう。妊娠は「ストレス要 因」を促進するように見え、米国ベリリウム症登録制度における死亡例の95 名の女性の66%は妊婦であった。  ベリリウム疾患を有する患者に対する暴露源には、ベリリウム金属合金製 造・機械加工・セラミックの製造と研究・エネルギー生産が含まれる。現在の 職業的暴露基準では、感作された個人における慢性ベリリウム疾患の発症は防 止できないであろう。  いくつかの疫学研究においては、ベリリウムの発がん性について、米国の二 か所のベリリウム生産設備の従業員と、これらの工場と他の職業からの人々の ベリリウム関連の肺症状登録の臨床例を対象として検討された。これらの研究 結果は、対象者選定の基礎におけるバイアス(偏り)、喫煙による撹乱影響 (confounding)、1965〜67年の死亡率が1968〜75年の死亡率の予測に用いら れたことによる肺がん死亡予測数の過小評価などの点から疑問視されている。 前記の最初の二つの問題は肺がんリスクの増加に大きな役割を果してはいない ようであるが、この研究で示されたデータは肺がん死亡例の「訂正」 (adjusted)予測数に基づいている。すべての研究において、肺がんリスクの有 意の上昇が認められている。
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9.ヒトの健康リスクの評価および環境への影響  9.1 ヒトの健康リスク  ベリリウム工業における制御方法が適切であれば、今日の一般集団の暴露は、 化石燃料の燃焼による低レベルの大気中ベリリウムに限られている。ベリリム 含有量が異常に高い石炭の燃焼という例外的な場合には、健康問題が生じよう。 歯科補綴材料へのベリリウムの使用は、ベリリウムの高い感作性のため再検討 すべきである。  鼻咽頭炎・気管支炎・劇症の化学物質誘発性の肺炎を生じさせる急性ベリリ ウム症の症例は大幅に減少し、今日では制御システムの事故の影響の場合にの み発生している。慢性ベリリウム症は数週間から20年以上の潜伏期を有し、 長期間にわたり、症状は進行性で重篤になることから、急性症とは異なってい る。それは主として肺に影響を及ぼし、典型的な特徴は、運動による呼吸困 難・咳・胸痛・体重減少・全身衰弱を伴う肉芽腫炎症である。その他の臓器へ の影響は、全身的影響よりむしろ二次的なものであろう。潜伏期間の大きな差 異および量−反応関係を欠く点は、2μg/m3程度の濃度の暴露を経験した感 作された個体においては、今日でも発生するであろう。  研究計画および実験手技の一部の欠陥にもかかわらず、各種動物におけるベ リリウムの発がん作用は確認されている。  いくつかの疫学研究では、ベリリウムの職業的暴露による肺がんリスク増加 の証拠を示している。これらの結果に対しては、多くの批判があるが、入手し 得るデータは、暴露作業者において認められる肺がんの増加に対しては、ベリ リウムは最も可能性が高いとの結論に導いている。    9.2 環境への影響  水生および陸生生物への影響を含む、環境内でのベリリウムの運命について のデータは限られている。表層水中のベリリウム・レベル(μg/lの範囲)お よび土壌中のそれ(mg/kg乾燥重量)は通常は低く、環境への影響はないであ ろう。
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10.勧告  1. ベリリウムの発がん性について、動物種および化合物の特異 性(specifity)を重視した実験動物による吸入毒性研究の適切な実施が 必要である。 2. ベリリウムの免疫毒性のメカニズムの研究が必要である。 3. ベリリウムの輸送および細胞と細胞核との結合の分子メカニズムを含 む、発がん性メカニズムの研究を実施すべきである。 4. 分析方法の改善および精度管理の適用が必要である。 5. 世界各地を原産地とする食品・飲料水・タバコ中のベリリウム含有量 について、信頼し得るデータが必要である。 6. 作業場においては、ベリリウム濃度の定期的モニタリングを実施すべ きである。 7. 感作された個人を確認するために、リンパ球転換試験(LTT)の利用を 考慮すべきである。これらの人々は、今後のベリリウム暴露から永久に隔離さ れるべきである。 8. 生体組織レベルの生物学的利用能(bioavailability)および生体負荷につ いて、ヒトのデータが必要である。 9. ベリリウムの暴露および生体負荷を測定するため、選定されたヒトの 小集団をモニターすべきである。 10. ロケットの固形推進剤および宇宙技術より放出されるベリリウムの寄 与の程度を確認すべきである。 11. いかなる職種に従事している人でも、サルコイドーシス(類肉腫症) が疑われる場合には、未知のベリリウム暴露の可能性を考慮して、ベリリウム への免疫学的感受性が評価されるべきである。 12. イオン化ベリリウムの高度の感作性およびアレルギー性のため、ベリ リウムの歯科補綴材料への使用は再検討すべきである。
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11. 国際機関によるこれまでの評価  国際がん研究機関ワーキング・グループ(IARC,1987)は、ベリリウムの発がん性を 評価し、ベリリウムおよびベリリウム化合物類をグループ2Aに指定し、それらはヒトに 対して発がん性を示す可能性がある、との結論を下した。その評価は次の通りである。    A.ヒトに対する発がん性の証拠(限定的)  ベリリウム暴露者の観察とレビューは、二か所の工場集団とベリリウム肺症 登録制度を対象としている。米国におけるベリリウムの抽出・生産・加工工場 の作業者の死因が、一般集団およびビスコース・レーヨン作業者集団の双方と 比較された。二か所の工場集団における肺がん発生数(65件)と予測死亡数と の比は、双方との比較において上昇していることが発見され(一般集団とは1. 4(95%信頼限界で1.1〜1.8)、ビスコース・レーヨン作業者とは1.0〜2. 0)、5年以内に雇用された作業者に集中する傾向が認められた。広範囲の場所 (前記の二工場を含む)より収集されたベリリウム関連の症例より構成される 米国ベリリウム症例登録制度からのデータでは、通常はベリリウムの高濃度暴 露の後に発生する急性ベリリウム症に罹患した被験者中の肺がん死亡率の増加 は約3倍を示した(6件の死亡が発生、予測は2.1件で、発生と予測の比は2. 9[95%信頼限界で1.0〜6.2])。しかし、慢性ベリリウム肺症においては、 そのような増加は見られなかった(1件の死亡が発生、予測は1.4件、発生 と予測の比は0.7、95%信頼限界で0.1〜3.7)。    B.動物に対する発がん性の証拠(十分)  ベリリウム金属、ベリリウム−アルミニウム合金、ベリル(緑柱石)、鉱石、 ベリリウム塩化物、ベリリウムフッ化物、ベリリウム水酸化物、ベリリウム硫 酸塩(およびそのテトラ水和物)、ベリリウム酸化物は、すべて、吸入あるい は気管内注入により暴露されたラットに肺腫瘍を発症させた。一回の気管内注 入あるいは1時間の吸入暴露においても影響が認められた。ベリリウム酸化物 およびベリリウム硫酸塩は、気管内移植あるいは吸入によりサルに肺腫瘍を発 生させた。ベリリウム金属、ベリリウム炭酸塩、ベリリウム酸化物、ベリリウ ムリン酸塩、ベリリウム珪酸塩、ベリリウム亜鉛珪酸塩は、すべて静脈内およ び、または骨髄内投与後に骨肉腫を発症させた。    C.その他の関連データ  ベリリウムおよびベリリウム化合物類の、ヒトにおける遺伝的およびそれに 関連する影響のデータは入手できない。  ワーキング・グループは、水溶性のベリリウム塩類について入手し得るすべ ての実験研究の検討を行った。ある実験では、ベリリウム硫酸塩は、ヒトのリ ンパ球およびシリアン・ハムスター細胞のin vitro(試験管内)試験において、 染色体異常および姉妹染色分体交換の発生頻度を増加させた。しかし、他の研 究では、ヒトのリンパ球においての染色体異常は認められなかった。また、そ れはいくつかの試験系において齧歯類の培養細胞に変換を生じさせた。さらに、 ある実験では、ベリリウム塩化物は培養チャイニーズ・ハムスター細胞に突然 変異を誘発した。また、ベリリウム硫酸塩はin vitroのラット肝細胞における不 定期DNA合成、酵母菌における有糸分裂組み換え、細菌における突然変異な どを誘発することはなかった。ベリリウム塩化物は細菌に対し変異原性を示し た。
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Last Updated :24 August 2000 NIHS Home Page here