環境保健クライテリア 81
Environmental Health Criteria 81

バナジウム Vanadium

(原著170頁,1988年発行)

更新日: 1997年1月7日
1. 物質の同定、物理的・化学的特性、分析方法
2. 環境中の発生源・移動・分布,
3. 環境中濃度およびヒトの暴露
4. 体内動態および代謝
5. 実験動物および in vitro(試験管内)試験系への影響
6. ヒトヘの影響
7. ヒトに対する健康リスクの評価
8. 勧告

→目 次


1. 物質の同定、物理的・化学的特性、分析方法



a物質の同定 
 
元素記号           V
原子香号           23
原子量             50.942
CAS登録番号        7440-62-2

b物理的・化学的特性
融点               1890士10℃
沸点(1気圧)(1.013x105Pa)3380℃
比重(18.7℃)    6.11
天然の同位体       50,51
放射性同位体       46−49,52−54

  バナジウム(V)は、2種の自然アイソトープ50Vおよび51Vをもつ灰色が
かった金属である。それは-1,0,+2,+3,+4,+5の酸化状態
を形成し、そのうち+3,+4,+5の酸化状態が最も一般的である。特に
酸化状態+4が最も安定しており、五酸化二バナジウム(V2O5)は商品とし
て最も一般的な種類である。それは水と酸類に溶解し、塩基類とバナジウム
塩類を生成する。+3の酸化状態(例えば、V2O3)のバナジウムは塩基
性で、酸に溶解して緑色のへキサアクア・イオンを形成する。バナジウム+
3塩類は強力な還元物質である。バナジウムの有機化合物は一般に不安定で
ある。
  分析方法は近年進歩し、種々の媒体中における極めて微量のバナジウムの
検出も可能となった。原子吸光法は、各種の環境中におけるバナジウムの通
常の測定に適している。ある種の処理しにくい酸化物類は炎で加熱しても解
離しない。感度は高温酸素アセチレン焔炎の採用により向上させることがで
きる。無焔原子吸光分析法の気中バナジウムの検出限界は1μg/lである。こ
の方法は、水および生物学的試料中のバナジウムの測定に対しても0.l〜0.4
ngの検出限界をもって用いることができる。高周波誘導結合プラズマ発光
分光分析は、正確で科学的な原子吸光法の発展であることが証明されてい
る。
  中性子放射化分析は迅速で正確な方法であり、血清や血液などの生物の体
液中、空気中、水中、生物学的試料中のバナジウムの測定に用いられ好成績
を挙げている。この方法では、分析成分の定量的分離を必要としない。中性
子放射化分析法の検出限界は原子吸光法よりも低く、l0(-12)gの濃度の気中バ
ナジウムの測定が可能である。
  スパークソース質量分析法は、気中および生物学的試料中の数種の元素の
同時測定に適しており、その検出限界は10(‐11)〜10(- 12)gである。中性子放射
化分析およびスパークソース質量分析は高度の手法であり、また高価である
ため、常に使用できるとは限らない。各種の媒体中のバナジウムの測定には、
種々の電気化学的および分光分析法が広く用いられている。これらの方法の
利点は比較的安価な点である。電量滴定法および定電位電量分析法は、溶液
中のバナジウムの正確な測定法である。これらの感度は、さらに高度な方法
よりは低い。
  ストリッピングボルタンメトリー、ポーラログラフ分析法のその他の修
正方式、触媒反応に基づく電気分析法は、液体中・生物学的試料中のバナジ
ウムの測定には極めて高い感度を有すると見なされている、しかし試料の構
成物によっては妨害元素の分離作業が含まれる。


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2.環境中の発生源・移動・分布, 金属バナジウムは自然界には存在しない。70種類以上のバナジウム鉱石 が知られており、カルノー石(camatite)および褐鉛鉱(vanadinite)は採鉱の点 からは重要である。バナジウムの生産は、鉄、ウラン、チタン、アルミニウ ム等の他の金属の生産と関連している。バナジウムの含有分の高い鉱物は大 規模の堆積物中には稀で、低含量の多量の鉱石が重要とされている。バナジ ウム分の多い石油、石炭、タール、アスファルト、アスファルト鉱を含む化 石燃料よりのバナジウムの杣出が、数カ国では重要となっている。1980年 代の前半における世界のバナジウムの生産量(五酸化二バナジウムとして)は、 3,400〜4,500万kgの範囲で、中国、フィンランド、南アフリカ、米国、ソ 連が最大の生産国である。 バナジウムは主として(75−85%)、各種の鉄鋼の含金の添加物として鉄の 冶金に用いられる。その非鉄金属への利用は、原子力産業、航空機製造、宇 宙技術にとって重要である。バナジウムは化学工業における触媒として広く 用いられ、五酸化二バナジウムおよびメタバナジン酸塩は硫酸およびプラス チック類の生産にとって特に重要である。少量のバナジウムは、その他の各 種の用途に用いられている。 環境汚染の視点からは、化石燃料(石油・石炭・油)を用いる発電および暖 房プラントは環境中へ最も広範囲にバナジウムを排出する。石炭廃棄物の燃 焼あるいは石炭粉末の投棄は、大気中へのバナジウムのその他の排出源であ る。原油の蒸留および精製プロセスにおいては、バナジウムの大部分は残査 中に残る。蒸留した石油の燃焼によるバナジウムの大気への放出は少ない。 バナジウムの排出は、鉄含金製造工場の近所において多いと考えられる。 スクラップ鉄の再溶解、チタン鉄およびバナジウム磁鉄鉱の鉄鋼への変換、 バナジウム塊の焙焼、溶鉱炉の五酸化二バナジウム、電気炉で溶解中の鉄バ ナジウムからも空気中に放出される。 海水中に入ったバナジウムの大部分は、懸濁状態となるか、あるいはコロ イド上に吸着される。それは海水とは化学的に反応せず、機械的に通過する。 これは、バナジウムが沈砂(訳者注:砂より細かく泥より粗い沈積土)のかた ちで海底に分布しているのを反映している。バナジウムのわずか10%のみ が溶存のかたちで存在している。海水中における極めて低いバナジウムの濃 度は、バナジウムが常に海水中から除去されていることを示しているがその 実際のメカニズムの大半は不明である。ホヤ、ナマコ、海藻類に蓄積された バナジウムは、最終的には沈砂に変化する。
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3.環境中濃度およびヒトの暴露 大気中のバナジウム濃度は大幅に変化する。高濃度のバナジウムは、バナ ジウムの含量の多い化石燃料の燃焼より生じると考えられる。そのため、暖 房有無の要件および季節差の環境条件の中での逆転は、大気中バナジウム濃 度の変動に反映されている。バナジウムの大気中濃度は、残査分の多い石油 燃料の代わりに蒸留燃料を使用することにより低減が可能である。辺ぴな田 園地帯では、その濃度は1ng/m3以下であるが、化石燃料の燃焼により局部 的には例外として約75ng/m3へ上昇することがあり得る。都市部における バナジウムの典型的な濃度は、約0.25−300ng/m3の広範囲を変化する。大 都市における年間平均大気中濃度は20−100ng/m3の範囲で、夏季期間と比 べて冬期には著しい高濃度を示す。冶金工場の近所では、1μg/m3の濃度も しばしば見出される。平均気中濃度が約50ng/m3とすると、毎日約1μgの バナジウムが呼吸器官に吸入されることになる。 飲料水中のバナジウム濃度は、通常10μg/l以下である。その典型的な範 囲は1−30μg/lで、平均は約5μg/lである。 一般集団におけるバナジウムの大部分の量は食物から取り込まれる。以前 の研究において報告されたバナジウムの食物中濃度は、最近示されている測 定値の範囲0.1−10μg/kg湿重量、典型的濃度の約1g/kgと比べると、よ り高い傾向を示している。最近の毎日の摂取量の予測範囲の10−70μg、大 多数は30μg以下と比較すると、以前の研究における2mgの予測値は高く、 その原因は分析上の差異による可能性が強い。 空気中の高濃度のバナジウムヘの暴露は、作業環境において発生する。五 酸化二バナジウムの製造において、それを含む粉塵濃度の範囲は0.1−30mg /m3であり、約0.5−5mg/m3の濃度は、金属バナジウムおよびバナジウム触 媒の製造においては例外ではない。空気中におけるバナジウムの最高濃度は ボイラーの清掃作業中に起こり、その粉塵濃度は50−100mg/m3であったが、 時には500mg/m3に達した。この粉塵中には5−17%の五酸化二バナジウ ムと、3−10%の低酸化物を含んでいる。これらの濃度は、通常は、もっ と低い濃度を有する近代化された工場のバナジウム濃度を代表するものでは ない。
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4. 体内動態および代謝 各種のバナジウム化合物の肺内吸収比率は決定されていないが、溶解性バ ナジウム化合物の約25%が吸収されると推定されている。実験動物による 研究の結果では、比較的溶解性のある五酸化二バナジウムの肺からの完全な 除去は、急性暴露のl一3日後に認められた。48VOCl3のラットの気管内注 入では、その50%は第l日以内に排除され、また、3%は63日後において も残存していた。 バナジウム塩類はヒトの胃腸からの吸収は少なく、溶解性の極めて高いオ キシ酒石酸バナジン酸塩でも0.1一1%のみが吸収されるに過ぎず、この非 常に低い胃腸吸収率は動物試験でも示されている。ウサギにおいては溶解性 のバナジウム化含物の経皮吸収が認められているが、その量は一般にはごく 少ないと考えられる。 吸収されたバナジウムは、主として血漿に運ばれる。バナジウム濃度は、 一般には、すべての組織において低いが、肝臓・腎臓・肺内では他の組織よ りは高い。肝臓内の濃度は4.5−19μg/kg湿重量で、腎臓内では3−7μg/g 湿重量であり、肺組織内の平均濃度はより高い10−130μg/kg湿重量が認め られる。バナジウムは膜様胎盤を通過し、その少量は胎盤内で見出され、一 部は胎児に達する。バナジウムは乳汁中および唾液中にも存在し、血液−脳 \の関門をも通過する。ヒトの血液中のバナジウムの濃度は大幅に変化し、全 血および血清中の濃度は0.01−0.4mg/lの範囲と報告されている。大多数の 試験では0.1mg/I以下の濃度を示している。 胃腸器官における低レベルの吸収のため、摂取されたバナジウムは吸収さ れずに、主として糞と共に排出される。吸収されたバナジウムの主要な排泄 経路は腎臓蔵経由である。バナジウムの尿中濃度は0.1−0.2μtg/lである。職業 的に暴露された集団についての研究の多くでは、バナジウムの空気中濃度と 尿中の排泄量との問の関連性は低いことが示されている。しかし、極めて高 濃度に暴露された作業者においては、尿中バナジウムの濃度は交替作業を通 じて20−30倍に増加した。
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5. 実験動物および in vitro(試験管内)試験系への影響 バナジウムはニワトリおよびラットにとっては必須元素である。これらの 動物種におけるバナジウムの欠乏は、成長の低下、生殖障害、脂質代謝障害 を発生させる。バナジウムは、ラットに対し利尿促進、ナトリウム排泄促進 の作用があり、数種の動物の腎臓、脳、心臓のミクロソーム部分のNa(+)-K(+) ーアデノシントリホスファターゼ(酵素番号3.6.1.3)を阻害する。Na(+)−K(+) デノシントリホスファターゼの阻害作用の観察により、各種の酵素がバナジ ウムに感受性があることがわかった。例えば、ATPリン酸水素酵素、リボ 核酸酵素、アデニレートキナーゼ、ホスホフラクトキナーゼ、6リン酸ブド ウ糖はバナジウム化含物により阻害される。 一般に、バナジウムに対しては、ウサギ・ウマを含む大型動物よりも、ラ ット・マウスのような小型動物の方が大きい耐性を示す。バナジウムの毒性 は、経口的に投与された場含は低く、吸入では中程度、注射では高い。五酸 化二バナジウムの吸入における1時間のLC50(訳者注:50%致死濃度)は、 ラットにおいては70mg/m3と報告されている。ラットの場合、中毒の軽度 の徴候を発生させる五酸化二バナジウムの気中最低濃度は10mg/m3であっ た。205mg/m3の五酸化二バナジウムのウサギヘの暴露では、結膜炎、気管 炎、肺水腫、気管支肺炎、7時間以内の死亡を生じさせた。ラットに対する 3−5mg/m3、2時間/隔日、3カ月間の暴露は、肺のみに病理学的変化を 生じさせた。内皮の腫脹、毛細血管の欝血、血管周囲の浮腫、軽度の出血は、 血管の透過性の変化を示している。同様に、鼻汁排出、くしやみ、呼吸困難、 喘息様反応などの呼吸器症状が、40−75m/m3の三酸化二バナジウムの工 アロゾルに、2時間/日、9g−12カ月間暴露されたウサギにおいて見られ た。 急性および長期吸入暴露の呼吸器官への影響の一部は、バナジウムのマク ロファージヘの影響によるものであろう。ウサギの培養マクロファージの生 育性の50%の低下は、バナジウム13μg/ml(五酸化二バナジウムとして)の 20時間の暴露後に見られた。五酸化二バナジウムの2時問の暴露は、バナ ジウム7μg/mlの投与において、ネズミ科動物の肺マクロファージの生育牲 を低下させた。 五酸化二バナジウム0.05〜0.5mglkg/日、80日問の投与は、ラットの条 件反射に障害を与えた。メタバナジン酸ナトリウムの毎日の非経口注射(3.2 μg/kg体重/日、10〜15日間)はモルモットの脳内のチトクローム酸化酵 素の反応性を増強したが、128μg/kg/日の用量では何の影響も誘発せず、5.12 mg/kg体重/日では反応性は低下した。ラットの脳内コリンエステラーゼ 活性は、硫酸バナジルの1−10mg/kgの腹腔内投与により低下した。 五酸化二バナジウム、三酸化二バナジウム、三塩化バナジウムの吸入(10 −70mg/kg、2時間/日、9−12カ月間)によるラットおよびウサギの暴露 においては、肝細胞の一部の壊死を伴う脂肪性の変化が起こった。ラットの 肝臓の脂肪性変化はアンモニア・バナジン酸塩の暴露後にも発生した。 バナジン酸塩は、ラットの腎臓に対して利尿促進およびナトリウム排泄促 進作用を有するが、その作用はイヌおよびネコに対しては認められない。こ の作用はNa+−K+−アデノシントリホスファターゼの阻害、次いで管状組織の 再吸収の阻害によると考えられる。五酸化二バナジウム、三酸化二バナジウ ム、三塩化バナジウムの長期暴露(10−70mg/m3、2時間/日、9−12カ月 間)の後には、ラットおよびウサギの双方の心筋層に脂肪性変化が見られ、 心筋層の血管周辺の腫脹も認められた。 メタバナジン酸塩を皮下注射で与えられた(0.85mg/体重kg)ラットは、 精子形成上皮の脱落を示した。生殖毒性作用は、皮下注射で体重1kg当り 0.85mgのバナジウムに暴露されたオスのラットによるメスのラットの受精 がないことにより示唆されている。妊娠第4日に同量を投与されたメスのラ ットでは、胎児の死亡率が増加した。 アンモニア・バナジン酸塩の妊娠シリアン・ゴールデン・ハムスターヘの 非経口投与(腹腔内)および五酸化二バナジウムの妊娠ラットヘの非経口投与 (皮下および静脈内)は、胎児の死亡数の増加と骨格異常の著しい増加を生じ させた。これらの研究は、バナジウムの催奇形性の可能性を示している。 バナジウム化含物の変異原性および発がん性についてのデータは少なく、 バナジウムの変異原性には限定的な徴候がある。枯草菌を用いたDNA損傷 能力の突然変異性試験においては、3種類の化含物(VOCl2,V2O5,NH4VO3) は、申等度の陽性(positive)の結果を示した。一方、大腸菌およびサルモネ ラ菌においては大多数は陰牲(negative)であった。このように細菌試験では 矛盾する結果が得られたため、明確な結論を下すことはできない。 バナジウムの発がん作用を示す情報は入手できない。
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6. ヒトヘの影響 ヒトにおけるバナジウム欠乏の影響についてのデータは入手できない。ま た、バナジウムの調整の役割の可能性(possible regulatory roles)は示唆されて いるが、1日の食餌中のバナジウムの必須量は明らかにはされていない。 6.1 局所的影響およぴ用量一反応関係 バナジウム暴露の皮膚への影響についての報告は比較的少ない。五酸化二 バナジウムの6.5μg/m3の濃度の粉塵に暴露された作業者においては、湿疹 様の皮膚炎が報告されている。 五酸化二バナジウムの吸入は、局所的な刺激を発生させる。2名のボラン ティアに対する1mg/m3の濃度への8時間の暴露は、5時間後に8日間持続 する咳を発症した。5名のボランティアによる0.2mg/m3の吸入においても 同様の症状を呈した。この場合は、咳は少し遅れて始まり(暴露後20時間)、 7−10日間持続した。類似した刺激は0.1mg/m3に8時間暴露された2名の ボランティアにおいても認められた。五酸化二バナジウムの0.4mg/m3の濃 縮エアロゾルに暴露された11名のボランティアの場合では、用量一反応関 係が観察された。0.16mg/m3の暴露において、5名の被験者により口内粘膜 の乾燥を伴う「むずがゆさ」と「かゆみ」が報告されたが、0.08mg/m3にお いては、被験者に何の影響も認められなかった。 0.01−0.04mg/m3のバナジウムを含む粉塵に約10カ月暴露された作業者 は、上部呼吸器官への刺激作用を示した。咳、疾の増加、眼・鼻・咽喉の刺 激は、最高0.9−5mg/m3のバナジウムに暴露された作業者間で発生した。 高濃度暴露(粉塵濃度5−150mg/m3)においては、作業者は萎縮性の鼻炎お よび慢性気管支炎を発症した。血疾、血液混在の唾液、気管支痙撃が、暴露 程度に比例して認められた。五酸化二バナジウムヘの暴露により喘息様反応 を発症した作業者においては、特異的な感作(訳者注:過敏状態の誘発)の徴 候はなく、そのメカニズムは化学物質の直接作用と考えられる。 バナジウム暴露による局所作用の申で、暴露の程度に応じて起こる「緑色 の舌」(the green tongue)は、毒性影響というよりは、むしろ暴露の徴候と見 なされる。 6.2 全身影響およぴ用量一反応関係 バナジウムの虫歯への影響は、論争の余地のある問題である。ハムスター の食餌へのバナジウムの添加は、虫歯に対して良い影響を与える、と主張さ れてきた。また、バナジウムのアンモニウム塩の適用は小児の虫歯を減少さ せた、との報告も1件ある。しかし、1955年から1968年までのその他の研 究では、バナジウムのそのような有益な影響の証明に失敗し、1件の研究で は、飲料水への2mg/lのバナジウムの投与後において、虫歯の増加が認め られた。 バナジウムのコレステロール濃度への影響は、十分には説明されていない。 1950年および1960年代の研究では、オキシ酒石酸バナジン酸アンモニウム およびバナジウム酒石酸アンモニウムを、1日当り50−200mgを数週間投 与された患者のコレステロール濃度の一時的低下が主張された。実験動物の 一部のデータでは、バナジウムはコレステロール濃度を低減させたが、これ はヒトにおいては納得のいくようには説明されていない。五酸化二バナジウ ムのラットヘの影響の研究結呆は、毛髪中のシステインの減少と、そのシス テイン減少の裏に隠されたメカニズムを説明し得る肝臓中の補酵素Aの減 少をも示した。バナジウムの造血への影響のデータは首尾一貫していないた め、低濃度のバナジウム暴露による鉄の代謝への影響を評価することはでき ない。バナジウムは、ヒトの赤血球中においてNa(+)−K(+)アデノシントリホ スファターゼ(酵素番号3.6.1.3)を阻害するのが示されている。 バナジウム化合物に暴露された作業者における全身的影響は稀である。頭 痛、虚脱感、吐き気、嘔吐、耳鳴りを含む非特異的な徴候が報告されおり、 目まい、神経衰弱、自律神経失調症も報告されている。少数の初期の報告で は振戦(ふるえ)が述べられている。これらの神経系への影響に対する用量一 反応関係は引き出すことはできない。これらはかなり高濃度の暴露にのみ関 連するようである。貧血症、白血球減少症、白血球の好塩基顆粒症などの全 身的影響が報じられているが、特定の暴露濃度との関連は表現できない。実 験動物においては、肝臓および腎臓の脂肪性変化が見られるが、これらの影 響を評価するためのヒトについてのデータはない。 暴露された作業者においては、休息時および運動時の心悸亢進が報告され ている。一過性の冠状動脈機能不全症および期外収縮多発の報告もある。し かし、これらの症状とバナジウムとの間の関連性は疑わしい。五酸化二バナ ジウムの0.2−0.5mg/m3に11年間暴露される以前の、0.01−0.04mg/m3の 低濃度への約10カ月間の暴露では、血液像の病理学的変化、毛髪中のシス テインの濃度、呼吸機能には何の変化も生じさせなかった。喘鳴は、対照群 よりも暴露群において多かった。 少数の研究では、大気中のバナジウム濃度と一般集団への有害影響との関 連性を検討している。心臓血管系疾患、肺がん腫、気管支炎による死亡率と バナジウムの大気中濃度との間に陽性の関達性(positive correlations)が報告 されているが、その因果関係(causal associations)は現在まで報じられてはい ない。一般集団に対するバナジウム暴露の影響について入手し得る研究より も、交絡因子(confounding factors)と各種の相互関連性をより良くコントロー ルした研究がさらに必要である。
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7. ヒトに対する健康リスクの評価 バナジウムはヒトの必須元素である、との説得力のある証拠はない。バナ ジウムは多数の生化学的プロセスを阻害し、その生理学的役割は慎重に評価 されねばならない。バナジウムは血液一脳の関門を浸透し、乳汁中に存在す る。妊娠中の動物にバナジウムを投与した際の、ラットおよびハムスターの 胎児への影響では、胎盤関門を通過しての移動が示されたが、バナジウムは 胎児中よりも膜内で濃縮されるように見える。 大気中におけるバナジウムの現在の濃度は、一般集団における心臓および 肺の種々の疾病による死亡率と関達があるとされてきた。しかし、そのよう な関連性を報告した研究のすべてには重大な欠陥があり、バナジウムと一般 集団中の疾病との間の因果関係は確立されていない。ヒトヘの悪影響につい ての実際上のすべての情報は、コントロールされた実験あるいは治療の場合、 または通常の状態では起こらない濃度への職業上の暴露より得られたもので ある。暴露された作業者は、眼および呼吸器に刺激をうける。空気中のパナ ジウム濃度とその刺激作用との問には、用量一反応関係が存在する。約0.l mg/m3の濃度の五酸化二バナジウムヘの短期吸入暴露では、刺激は粘液の分 泌増加を伴う咳として出現した。低濃度の継続暴露(0.01−0.04mg/m3)にお いても、ある程度の刺激は起こるが肺機能への障害は認められない。15% のバナジウムを含む約0.5mg/m3の濃度の粉塵への暴露においては、努力呼 気肺活量の可逆性の減少が報告されている。また、5−150mg/m3の高濃度 暴露では、萎縮性の鼻炎および気管支痙撃性の影響を伴う気管支炎を発症さ せる。湿疹様の皮膚炎は五酸化二バナジウムの低濃度暴露(6.5μg/m3)により 発生する。 暴露された作業者においては、頭痛、吐き気、虚脱感、耳鳴り、心悸亢進 などの非特定の影響が報告されている。これらの影響は特走の暴露濃度との 関連はないが、このような場合には空気中の濃度はmg/m3の程度である。 このような症状は、バナジウムを含む高濃度の粉塵暴露のリスクを伴う作業 において、個人保護の必要性を示す徴候と解釈されるであろう。 コレステロール、鉄の代謝、増血機能に対して報告されたバナジウムの影 響についてはさらに今後の研究が必要である。入手し得るデータでは、発が ん作用のリスクを意味するものはないが、このデータを決定的と見なすこと はできない。バナジウム化含物には、ごく弱い変異原性がある。細菌を用い た突然変異(訳者注:遣伝子内の突然変異が非常に狭い範囲に限定されてい るもの)の試験結果は矛盾しており、変異原性に関して明確な結論を下すに は研究が余りにも少ない。精子形成および生殖への毒性影響に関するわずか な証拠については、さらに明確にする必要がある。現有のデータでは、バナ ジウムの胎児毒性および生殖毒性が示唆されている。しかし、催奇形作用の 誘発を示す結呆についてはさらに確認を要する。
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8. 勧告 バナジウム化含物の健康影響のいくつかの面についてのデータには著しい 欠落がある。最近のバナジウムの影響の研究の重点は、生化学システム、特に酵 素類への特定の影響に集中しており、分析、代謝、暴露データについての知識 には大きなギャップがある。バナジウムには弱い変異原作用の兆候があるが、 そのデータは部分的に矛盾し不明確である。変異原性を確認するための、染色 体への影響を含む追加的研究には高い優先度が与えられるべきである。多種 の生物におけるバナジウムの発がん性のデータは実際には存在しない。この 種の研究は緊急を要し、長期暴露試験が゙実施されるべきである。 バナジウムは、胎児に毒性影響を誘発する。しかし、これらの影響は、バナジ ウムの母獣への直接影響あるいは問接影響のいずれかにより生じるかについ ては知られていない。これらの影響の背後にある催奇形性作用の特性の評価 と、メカニズムについての研究が督励されるべきである。 高濃度のバナジウム粉塵への職業的暴露より生じる影響は、適切に研究さ れている。そのような暴露濃度では、各種の臨床症状を呈するが、衛生的お よび技術的改善により治療すべきである。0.01−0.5mg/m3程度の範囲の低 濃度暴露においては、用量−影響および用量−反応関係は正確には決定され ていない。バナジウムのヒトに対する初期の悪影響を検出するため、特殊な 指標の開発が重要と考えられる。 暴露濃度および適切な対照グループに対し特に留意し、職業上のコホート についての疫学研究は奨励されるべきである。バナジウム化合物の感作特性 についての文献は首尾一貫していない。これは作業者の保護について重要な 局面である。 一般の集団の暴露は極めて重要な分野である。大気中および水中のバナジ ウム濃度には地理上の大幅な差異が存在する。バナジウムの高度暴露地域の 住民に対し、暴露濃度と有害影響に関する疫学研究の実施が必要である。こ のような研究においては、他の汚染物質との相互作用を考慮に入れなければ ならない。
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