[IPCSのINTOXプロジェクトについて]

                     (財)日本中毒情報センター 後藤京子

 WHO、UNEP、ILOの共同プロジェクトであるIPCS(International Programme on Chemical Safety)は、開発途上国での中毒センター設立とその活動支援を目的として、 1988年からINTOXと呼ばれる中毒情報検索システムを開発するプロジェクトを実施している。

このプロジェクトはIPCSのDr.Hainesを議長として、毎年数回の実務会議と年一回の総 会が開かれ、各国の中毒情報センターのスタッフによって運営されている。
 1995年度の第8回総会は10月にベルリンで開催され、35カ国、92名が参加し、活発 な討論が行われた。以下、INTOXの概要と総会で報告されたワークンググループの活動状 況を簡単に報告する。

1.INTOXシステムについて

 INTOXは、IBM互換機のMicrosoft Windows上で運営されるシステムであり、中毒情報 センターが活動する場合に必要な情報とその情報を管理するプログラムで成り立っている。 収載される情報は下記に示すように中毒事故対応に不可欠な「製品情報」と「毒性情報」、事故統計を作成するために必要な「受信記録」が主である。INTOXプロジェクトの目的は、データベースのシステムを作成することにあるので、収載されているデータ数はまだ少ない。
 しかしながら、これらのシステムは先進国における中毒情報センターの約40年の活動経験を基に作成されており、入力様式、検索システムともに非常に有用である。使用言語の基本は英語であるが、現在フランス語、スペイン語バージョンが作成され、その他数カ国語バージョンの作成が計画されている。

(1)製品情報(Product records)
 中毒事故の多くは、市場に流通している化学製品(商品)によって発生している。従って、その危険性を判断するために重要な製品(商品)に関する情報で以下の内容である。

 市場に流通する商品は、国によって様々であることから、商品情報は各国の中毒情報センター自身で情報収集し入力することになっている。
 しかしながら開発途上国では多くの先進国の製品が販売され、その製品情報は企業秘密の名の下に公開されないことも多く、情報収集に困難を伴うことから、開発途上国から先進国へ情報公開の要望が提起されている。

(2)毒性情報
 Poisons Information Monographs(PIMs)と呼ばれる、化学物質、医薬品、動植物の毒に関する詳細な毒性情報と、その他の参考情報から成り立っている。 PIMSの構造は、

であり、各国の中毒情報センターが分担して作成し、数回の検討を重ねて完成されるものである。現在、83品目が収載され、148品目が作成中である。
 今年度完成された32品目のPIMsには、神経ガスやマスタードなど化学兵器に関する情報が含まれ、世界的な化学兵器によるテロに対する関心の高まりを示している。  参考情報としては、IPCSの他のプロジェクトによって整備されているInternational Chemical Safety Cards(ICSC)、Environmental Health Criteria(EHC)、CD-ROM作成の技術的支援を行っているCanadian Center for Occupational health and Safety(CCOHS)が作成しているCHEMINFOの一部、WHOに報告されている各国の中毒情報センター名簿(YellowTox)等が収載されている。(IPCSやICSC、EHCの内容については担当機関である国立衛生試験所化学物質情報部が詳しいので、必要であればお尋ねください。)

(3)受信記録
 各中毒情報センターが相談を受けた中毒事例について一定のフォーマットで記録を収集解析し、統計の作成に利用するシステムである。
 その構造は大きく分けて以下の通り。

 このINTOXシステムは開発途上国には無料で、先進国には有料で提供され、その収入はINTOX開発経費に算入されることになっている。

2.ワーキンググループについて

(1)PIMs Group
 Dr.Volans(イギリス中毒センター)をコーディネーターとして、INTOXに収載されるPIMsの作成作業を担当。

(2)Analytical Working Group
 Dr.Braithwaite(イギリス中毒センター)を議長として、分析技術者に有用な分析情報の整備を計画している。現在は、各国の分析センターの実態調査と、INTOXへの分析情報の収載方法を検討している。

(3)Informatics Woriking Group
 Dr.Quilliam(イギリス中毒センター)を中心に、INTOXの技術開発を担当。現在、画像情報の収載、ユーザーに対する運用上の補佐、インターネットを利用した各ワーキンググループのネットワーク化を推進している。

(4)Definitions Working Group
 Dr.Tempowski(イギリス中毒センター)とDr.Heinemeyer(ドイツ中毒センター)を中心に、INTOXで使用される用語の定義や、中毒起因物質の分類番号の作成を担当。

(5)Treatment Guides Woriking Group
 IPCSのDr.Pronczukを議長として、有効な解毒剤・拮抗剤の調査など治療法に関する情報整備を担当。

(6)Harmonized Annual Reports and International Data Collection Woriking Group
 中毒事故統計作成のため、アメリカ中毒センター連合(Association of America Poison Control Center:AAPCC)及びEC諸国の中毒センター連合のフォーマットを参考にしながら、データ収集フォーマットや収集方法を検討している。

(7)その他の活動
 先進国と開発途上国間での中毒情報センタースタッフの交換トレーニングや、WHOの「Women's health」プロモーション活動に連動して、婦人の毒物曝露に関する調査を行い「Women and Chemicals」として提言を行うなど幅広い活動を展開している。
 また、今年度からは新たにシンポジウムが開催されることになり、「Chemical Warefare Agents and their Precursors ; Role of poison centers in Diagnosis and Treatment of Exposed poisons」のテーマで、東京地下鉄サリン事件、イラン・イラク戦争におけるマスタードガス中毒、国連によるイラクの化学兵器廃棄活動に関する報告と情報交換が行われた。今後も化学災害や珍しい事例紹介など有用な情報交換が期待されている。

 以上、これらのワーキンググループによって検討された課題は、総会に提出され質疑応答を重ねて決定され、実行に移されることになる。日本中毒情報センターは設立後9年という、欧米に比較して経験の浅い状況ではあるが、データベース開発には設立当初から取り組んでおり、すでにCD-ROMを完成させた実績があるため、このPIMs作成グループとHarmonized Annual Reportsグループに参加することによってわずかではあるが国際貢献を行っていると自負している。

 一方、日本における中毒情報センターの活動は今のところ急性中毒に限られているが、IPCSの推進する中毒情報センターの活動は、急性・慢性を含め、環境影響、化学災害防止活動など幅広く定義されている。このINTOX活動を通じて、これらの幅広い活動を学び、国内の関連機関との協力のもとに、化学物質に関する安全対策活動の一助を担いたいと考えている。