環境保健クライテリア 166
Environmental Health Criteria 166


臭化メチル  Methyl Bromide
(燻蒸消毒剤)

(原著324頁,1995年発行)

-目次-
1.要   約
2.ヒトの健康の保護と環境のための勧告
3.国際機関によるこれまでの評価

1.要   約
1.1 物質の同定、物理的・化学的特性、分析方法
臭化メチルは、約4℃の沸点の、常温常圧では無色のガスである。それは空気よりも重く、臨界点以下では容易に液化する。また、高濃度でのクロロホルム様の匂いを除いては無臭である。空気中では、10〜16%の範囲の濃度以外では非引火性であるが、酸素中では燃える。臭化メチルは水中ではわずかしか溶けないが、他の一般的な溶媒中ではよく溶ける。それは、コンクリート、皮革、ゴム、一部のプラスチックのような、多くの物質を通して浸透することができる。

臭化メチルは、水中でメタノールと臭化水素酸に加水分解し、加水分解の速度はpHに依存する。それは、アミン類や硫黄含有化合物類と反応する効果的なメチル化剤である。大多数の金属は、純粋で乾燥した臭化メチルに不活性であるが、亜鉛、スズ、アルミニウム、マグネシウムとは不純物あるいは水分の存在下では表面作用(surface reactions)を起こす。アルミニウムおよびジメチルスルホキシドとの爆発反応が報告されている。

臭化メチルは液化ガスとして市販品で入手できる。土壌の燻蒸消毒用の製剤には、警告剤(warning agent)として、クロロピクリン(2%)あるいは酢酸アミル(0.3%)が含まれる。他の製剤では、70%までのクロロピクリンあるいはその他の燻蒸消毒剤を、また不活性の希釈剤として炭化水素類を含んでいる。商品の燻蒸消毒には100%の臭化メチルが用いられる。

空気、水、土壌、食品、動物飼料中の臭化メチル濃度測定のための分析方法が報告されている。空気中、野外条件下での臭化メチルの直接的測定法には、熱伝導度ガス分析、比色検出器チューブ、赤外線分析、光イオン化検出器が含まれる。研究室においては、通常の測定には、質量分析法(MS)により時々確認しながら電子捕獲検出器(ECD)付きのガスクロマトグラフィー(GC)の使用が推奨される。

水中の臭化メチルのGC測定には、浄化(purge)、捕捉(trap)、ヘッドスペース試料採取法(headspace sampling)[訳者注:試料を、適当な容器中での平衡状態で存在する蒸気(ヘッドスペース)で採取する方法で、これを分析し、もとの試料の知見を得る]の技術が用いられる。食品中での臭化メチルの通常の分析には、アセトン/水を用いた抽出後にヘッドスペース・キャピラリーのECD付きのガスクロマトグラフィーが推奨される。土壌、食品、生物学的試料中で臭化物に転換された臭化メチルの一部について、臭化物の測定も検討されている。比色定量法、X線分光法、電位差測定法、中性子放射化分析法、ガスクロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)は各種媒体中の臭化物の測定に用いられる方法の一部である。

a 物質の同定
化学式 CH3Br
化学構造   3次元
分子量 94.94
一般名 methyl bromide;bromomethane
CAS化学名 bromomethane
その他の名称 monobromomethane
商品名 (98〜100%) Brom-o-gas, Desbrom, Haltox, MBR-2, Me-tabrom, Methybrom, Methyl Bromide, Methyl-o-gas, Sobrom 9B, Terr-o-gas 100
     (80〜30%) Bromopic, Sobrom 67, Terr-o-gas(この順に臭化メチルが減少し、クロロピクリンが増加する)
CAS登録番号 74-83-9
EEC番号 602-002-00-2
EINECS番号 200-813-2
換算係数 1ppm=3.89mg/m3 (25℃,1,013hPa)
または1ppm=3.95mg/m3 (20℃,1,013hPa)
1mg/m3=0.257ppm
1%臭化メチル=10,000ppm=39.52g/m3 (20℃,101.3kPa)
b 物理的・化学的特性
表 臭化メチルの物理的・化学的特性
物理的状態 無色気体(常温常圧)
加圧状態または約3℃以下で透明無色から藁様色液体
臭気 無臭(比較的高濃度ではクロロホルム様の匂い)a
臭気閾値 80〜4,000mg/m3 b
密度 (20℃) 3.974kg/m3 c
    (0℃) 1,730kg/m3 a,c,d
相対蒸気密度 (空気=1,20℃) 3.27 d
沸点 (1atm) 3.56℃ a,c
凝固点 (1atm) -93℃ a,c
臨界温度 194℃ d
蒸気圧 (20℃) 1,893kPa(1,420mmHg)c,e
溶解性 水 (20℃) 18.5g/l f
        (25℃) 15.4g/l f
        (20℃) 18.00g/l g
        (20℃) 16g/l h
4℃より低温で容積の大きい結晶状水和物(CH3Br・2OH2O)を生成するc
他の溶媒 アルコール、クロロホルム、エーテル、二硫化炭素、四塩化炭素、ベンゼンに無限に溶解する c
log n-オクタノール/水分配係数
 (logPOW)
1.19 i,j
ヘンリー定数 0.533kPa m3/mol(常圧計算値)c
引火点 194℃ 燃焼し難い d
発火温度 536.7℃ a
大気中引火限界 13.5〜14.5体積% a
10〜16% k
UV吸収 最大波長202nm l,m,n
安定性 空気中では耐火性
酸素中で燃焼する
加水分解して、メタノールと臭化水素酸を生じる
反応性 アミンと反応するメチル化剤の中で特に基本的な物質で、臭化メチルアンモニウム誘導体を生成する
アルカリ状態では、硫黄化合物とも反応して、メルカプタン、チオエーテルおよび二硫化物を生ずる
アルミニウム以外のほとんどの金属は、純粋な乾燥した臭化メチルに対して不活性だが、エタノールまたは水蒸気の存在のもとでは、亜鉛、錫およびマグネシウムの表面反応は起きるe
アルミニウムおよびジメチルスルホキシドと接触すると爆発することが報告されているk
液体はアルミニウム、マグネシウム、亜鉛の金属およびその合金に対して、腐食性がある
ガラス容器内では、400℃より高温で熱分解が始まるe
製品は、臭化水素、臭素、臭化カルボニル、二酸化炭素と一酸化炭素を含んでいるo

a Matheson Gas Data Book(1980) b Ruth(1986) c Windholz(1983)
d Hommel(1984) e Stenger(1978) f Wilhelm et al.(1977)
g Mackay & Shiu(1981) h Atochem(1987) i Hansch & Leo(1979)
j Sangster(1989) k NFPA(1984) l Robbins(1976)
m Molina et al.(1982) n Gillotay et al.(1989) o von Oettingen(1964)
表 臭化メチルの構成成分(液化ガス)a
純度 臭化メチル >99.5%
不純物 最大水含有量 0.015%
最大酸性度(臭化水素として) 0.0010% a
クロロメタン 微量 b

a Matheson Gas Data Book(1980)
b Atochem(1988)
1.2 ヒトおよび環境の暴露源
海洋は臭化メチルの主要な発生源と考えられている。臭化メチルの主要な人為的発生源は、土壌および室内空間の燻蒸消毒剤である。少量の臭化メチルは、加鉛ガソリン使用の自動車から排出される。

臭化メチルの世界での消費量は1990年には6万7,000トンで、1984年より46%増加している。一般にメタノールと臭化水素酸との相互作用により製造され、一部の工程では、それはテトラブロモビスフェニールAとの同時製造物である。臭化メチルは、通常は、加圧下で、鋼鉄製容器に液化ガスとして貯蔵、輸送される。

臭化メチルは燻蒸消毒剤として、その約77%は土壌に、12%は検疫および商品に、5%は建築物に、また、化学物質中間体としては6%が使われている。

このガスは、畑地あるいは温室の害虫駆除に土壌燻蒸消毒剤として用いられる。臭化メチルは、種まきあるいは植え付けの前に土壌中へ注入する。あるいは、シートの下に蒸発用広口瓶を用いてその場で(コールド法)、あるいは加熱により蒸発させる(ホット法)。国により、許可されている方法は異なる。プラスチック・シートによるカバーも重要である。

施用する臭化メチルの用量は、各国の法的基準、駆除対象の植物害虫(種類、被害範囲)、作付け農作物、土壌の種類、使用するプラスチック・カバーにより異なる。土壌に施用される臭化メチルの用量は、通常50〜100g/m2である。

空間の燻蒸消毒では、臭化メチルは農作物商品(例えば、食品、穀類、ナッツ等)、シロアリ、齧歯類の駆除に用いられる。16〜30g/m3の用量の臭化メチルは、シールド・ルーム、サイロ、ガス不浸透性シートにより貯蔵された大部分の商品に用いられる。燻蒸消毒後には曝気期間を置かねばならない。燻蒸消毒は、新鮮な野菜や果実類に遵守すべき検疫規則のある場合にも重要である。

臭化メチルの工業的利用には、有機合成が含まれ、通常はメチル化剤として、また、ナッツ・種子類・花卉類からの油脂の抽出についての低沸点溶剤として用いられる。冷却剤や一般的な消火剤としての臭化メチルの使用は、今では歴史的な価値しかない。

1.3 環境中の移動、分布、変質
臭化メチルは、大気中に天然に存在する。人為的な発生源がこれに加わる。少量の臭化メチルは、対流圏中でヒドロキシ・ラジカルと反応するが、一部の臭化メチルは上方拡散により成層圏に運ばれる。ここで臭化メチルの光分解が重要になるのは、下部成層圏における最も顕著な喪失メカニズムとなるからである。活性臭素類が成層圏のオゾンと反応し、オゾン層破壊の一部の原因になると考えられている。

土壌中においては、臭化メチルの一部は加水分解されて臭化物イオンとなる。臭化メチルによる燻蒸消毒後の土壌は水に浸出(leach)され、生成された臭化物イオンが、消毒された土壌に植える植物への取り込みを防ぐ。浸出に表層水が用いられた場合には、臭化物濃度の上昇が問題を生じさせる。飲料水のポリエチレン管の周囲の土壌が臭化メチルにより燻蒸消毒された時には、臭化メチルは管を通して拡散する。

臭化メチルは、土壌中において、土壌の種類、用量、施用方法、燻蒸消毒期間、上層土壌中の残留最高含有量に依存して、0.8メートルの深さにまで拡散する。臭化メチルの最高含量は上層土壌に残留する。このガスの移動は、質量流動および分子拡散により生じるが、同時に起こる吸着や溶解のような沈降作用、加水分解のような不可逆性の沈降作用による影響も受ける。臭化メチルが臭化物に転換する量は、主として土壌中の有機物質含有量に左右される。生成された臭化物は大部分が水によく溶け、植物により取り込まれるか、あるいは水の浸出により下層土壌に移動する。

植物における臭化物の蓄積量は、用量、暴露時間、曝気率、土壌の物理的・化学的特性、気候の傾向(温度や降雨)、植物の種類、植物組織の種類などの各種の要素に依存している。特に、レタスやホウレンソウなどの葉もの野菜は、植物毒性の徴候なしに比較的大量の臭化物を取り込むことができる。これとは対照的に、カーネーション、柑橘類の若木、ワタ、セロリ、コショウ、玉ネギなどの植物は、臭化メチルによる燻蒸消毒への感受性が特に高い。

臭化メチルおよびその反応生成物(現在までに臭化物のみが検討されているが)は、2種類の経路により食物連鎖に入る。その一つは、温室あるいは植え付け前に燻蒸消毒された畑地に生育した食物の摂取からであり、もう一つは貯蔵中に臭化メチルで燻蒸消毒された食品を食べることである。あるレベルにおいては、臭化物は健康にとって危険であり、食品中の臭化物の耐容レベル(tolerance level)が規定されている。その他の反応生成物のレベルは検討されていない。

臭化メチルは加水分解および微生物により分解される。加水分解の定数率は、温度およびpHにより変わり、光線により増強される。

臭化メチルのオクタノール/水分配係数(log POW)は1.19であり、その生物濃縮は低いことを示唆している

燻蒸消毒中に分解されなかった臭化メチルは、対流圏への道を見出し、上方拡散により成層圏に達する。対流圏中での臭化メチル濃度は垂直勾配を示さないように見えるが、光分解の起こる成層圏の低層では、その濃度は急速に低下する。

1.4 環境中濃度およびヒトの暴露
非居住地域の空気中で測定された臭化メチル濃度は、40〜100ng/m3(10〜26pptv)(訳者注:pptvは1part per trillion by volumeの略で、容積で1兆分の1を意味する)の範囲であり、北半球では南半球よりも高値を示した。濃度の大多数は9〜15pptvの範囲であった。一部の研究では、季節的変化が見出されている。都市部および工業地域での濃度はずっと高く、その平均値は800ng/m3までであり、一部では臭化メチル4μg/m3のような高い測定値も見られる。畑地や温室の近くの燻蒸消毒および曝気中では、臭化メチルの濃度はかなり高い。1件の研究では、注入後数時間の温室から20メートルの距離において、1〜4mg/m3が測定され、4日後にはこの10分の1の値が見出された。

表層海水の試料中の臭化メチル濃度では140ng/lが得られている。北海近くの沿岸の海水サンプル中の臭化物イオン濃度の平均値は18.4mg/lであった。内陸部の河川の臭化物イオン濃度は、臭化メチルによる燻蒸消毒の実施地区あるいは工業汚染地域を除いては、ずっと低い。オランダの温室からの排水中では、臭化メチル9.3mg/lおよび臭化物イオン72mg/lの濃度が報告されている。ベルギーの温室からの放出水中では、燻蒸消毒後に280mg/lの臭化物が記録されている。

土壌中の天然の臭化物の含有量は、土壌の種類に依存するが、通常は10mg/kg以下である。燻蒸消毒された土壌中の臭化物の残留は、施用法、用量、土壌の種類、雨あるいは浸出水の量、温度に依存する。

臭化メチルあるいは臭化物の濃度は、植え付け前に臭化メチルを施用した土壌で栽培したか、あるいは収穫後に燻蒸消毒された(post-harvest)食品中で上昇が認められる。

1件のまれな事例では、以前に臭化メチルにより燻蒸消毒された土壌で成育した新鮮な野菜中で、臭化物濃度が残留許容量を超すことが観察された。一部の国では、臭化メチルが施用された土壌での野菜の栽培は許可されていない。

臭化メチルは、小麦、穀類、香辛料、ナッツ類、乾燥・新鮮果実、タバコのような商品の収穫後の燻蒸消毒に広く用いられている。臭化メチル濃度は、通常は、曝気後速やかに減少し、その残留物は数週間後には検出されない。ナッツ類、種子、チーズのような脂肪性の一部の食品は、臭化メチルおよび無機臭化物を残留する傾向がある。

人々は、この燻蒸消毒剤や臭素イオンの残留物に暴露されるであろう。また、臭化メチルの燻蒸作業に近い浅い井戸水中の臭化メチルおよび臭化物含有量の増加によるリスクも存在するであろう。

畑地、温室、臭化メチルで燻蒸消毒された店舗の近くに住む人々は、このガスに暴露される危険がある。害虫駆除のために燻蒸消毒中の住宅に、安全が宣言される前に、偶然にあるいは故意に立ち入る個人も危険にさらされるであろう。

臭化メチルへの職業暴露は、生産、包装、燻蒸消毒作業の過程での作業者に対して、最も起こりやすい危険である。生産設備における安全対策の厳格な適用のため、今日では燻蒸作業者のみがハイリスク・グループと見なされている。建築物の燻蒸消毒に従事する作業者は、24時間の曝気後においても許容濃度(TLV)よりもずっと高い暴露(80〜2,000mg/m3)に遭遇するであろう。しかし、正式の訓練を受けた作業者は、適切な防護用具を用いるであろう。土壌燻蒸消毒中の野外作業者は、臭化メチルの一時的な用量により長時間暴露されるであろう。温室の燻蒸消毒作業の特性のため、作業者も高濃度(100〜1,200mg/m3)に遭遇するであろう。しかし、燻蒸消毒の各側面について開発されたリスク・マネージメントは、厳格な安全対策と防護用具の使用を要求している。それにもかかわらず、事故による作業者の過剰暴露が依然起こっている。

1.5 体内動態および代謝
ラット、ビーグル犬、ヒトについての吸入実験では、臭化メチルは肺を通じて速やかに吸収されることを示している。また、ラットにおいては、経口投与により速やかに吸収される。

吸収後、臭化メチルあるいは代謝生成物は、肺、副腎、腎臓、肝臓、鼻介骨、脳、精巣、脂肪組織を含む多くの組織に速やかに分布される。ラットの吸入実験では、体組織中の臭化メチル濃度は暴露後1時間で最高値に達したが、速やかに減少し、48時間後には痕跡も見出せなかった。吸入された臭化メチルの代謝は未だ解明されていないが、グルタチオンがある役割を果しているのであろう。

ヒトを含めて、吸入により暴露された数種の動物の体組織中において、タンパク質および脂質のメチル化が観察されている。また、メチル化されたDNA付加物も、齧歯類あるいはその細胞へのin vivo(生体内)およびin vitro(試験管内)暴露後に検出されている。

[14C]標識の臭化メチルを用いた吸入実験において、14CO2の呼気排出は14Cの主要な排除経路であった。それより少量の14Cは尿中に排泄された。臭化メチルの経口投与後では、尿中排泄は14Cの排出の主な経路であった。

中枢神経系は、臭化メチルの重要な標的である。モノアミン、アミノ酸含有量そしておそらくカテコールアミン含有量の変化は、臭化メチルにより誘発される神経毒性に含まれる要素であろう。

1.6 環境中の生物類への影響
臭化メチルは、商品としては、線虫類、雑草、湿気による農作物の腐敗(damping off)、頂部腐敗症(crown rot)、根部腐敗症(root rot)、青枯れ病などの病気を起こす土壌中で発生する真菌(カビの一種)の防除に用いられる。

臭化メチル自身は水中ではごくわずかしか溶けないため、その水生生物類への影響に関する研究はほとんどない。そのLC50値(50%致死濃度)は、コイ(Cyprinus carpio L.)における4時間値の17mg/lから、カヤダシ(Poecilia reticulata)(訳者注:メダカの一種)の48時間値の1.2mg/lの範囲である。致死濃度においては、鰓および口内上皮の損傷が死亡の原因と推定される。

臭素イオンは、臭化メチルの燻蒸消毒後に生成され、浸出後に水中で見出される。臭素イオンは、各種の淡水生物類において、臭素イオン(Br-)44〜5,800mg/lの範囲の濃度において急性毒性を示し、長期試験における無影響濃度(NOEC:no-observed-effect concentration)はBr- 7.8〜250mg/lであった。臭素イオンは、甲殻類および魚類双方の生殖に著しい障害を与えた。

燻蒸消毒剤として、臭化メチルは、植物の種子類、切断野菜(plant cuttings)、収穫農作物の輸送および貯蔵期間の殺菌消毒のために直接施用することができる。その蒸気濃度や気温が著しく高い場合には、発芽が遅れたりあるいは発芽力が失われることがある。

一部の作物、特に葉状野菜は、土壌中の臭素過剰あるいは間接的には土壌微生物の作用のため、臭化メチルの燻蒸消毒には感受性が高い。時には、臭化メチルは、農作物の成長や収量増加など、植物にプラスの影響を与える。

臭化メチルの燻蒸消毒は、標的の生物類のみでなく、土壌微生物、腹足類動物(カタツムリ、ナメクジなど)、節足動物(クモなど)、原生生物の一部をも根絶する。

臭化メチルは、容積の大きい物質や土壌中に速やかに深く浸透する特性のため、他の殺虫剤よりも好んで多く用いられている。貯蔵時の燻蒸消毒剤としての臭化メチルの用量は、2〜3日間でおおむね16〜100g/m3であり、用量は気温に依存する。昆虫の卵やサナギを殺すには成虫の場合よりも高用量を必要とする。昆虫の種類、発育段階、同一種での系統のちがいにより、耐容レベルには差異がある。

鳥類および野生哺乳類に対する臭化メチルの直接影響のデータはない。

1.7 実験動物への影響
各種の哺乳類について実施された吸入実験では、臭化メチルの感受性について、明らかな動物の種差および性差に関連する差異が示された。試験されたすべての動物において、急勾配の用量-致死の反応が見られた。

ラットおよびマウスにおける主な臨床症状は、神経学的症候の発現であり、高濃度においては粘膜の刺激も認められた。

神経学的症候には、攣縮、麻痺が含まれる。低用量においては、運動量の変化、日周期(circadian rhythm)の変動における末梢神経の機能障害、条件付けの味覚嫌悪(conditioned taste aversion)が多くの著者により報告されている。

各種濃度の臭化メチルに暴露されたラットとマウスにおいて、脳、腎臓、鼻粘膜、心臓、副腎、肝臓、精巣に組織病理学的変化が記録されている。

嗅覚の支持および成熟感覚細胞は、臭化メチルの短期暴露により損傷を受けたが、速やかに修復、回復された。

ラットの長期吸入実験(2年までの)では、鼻粘膜と心筋層の傷害が示された。マウスによる同様の長期実験では、主要な毒性影響は、脳、心臓、鼻粘膜において認められた。発がん性の証拠は、いずれの動物種においても観察されなかった。

ラットに対する臭化メチルの50mg/kg体重の25週間までの経口投与では、前胃上皮の炎症と重度の過形成を発生させた。暴露後の回復期では、主な損傷は前胃の繊維症であった。前胃の初期のがん腫(carcinoma)は、25週間毎日投与を受けたラットにおいて観察された。

467mg/m3までの臭化メチルに13週間暴露されたB6C3F系マウスとF344系ラットでは、発情周期には影響はなかったが精子の形態に軽度の変化を示した。

350mg/m3までの臭化メチルへの吸入暴露では、CD Sprague-Dawley系ラットの、成長、生殖過程、二継続世代の子孫に対し、なんら特記すべき影響の誘発はなかった。オス授精およびメスの受精の指標は、2種の最高用量において、雑種第1代(F1)F2Bの産仔で低下した。

ニュージーランド・シロウサギを用いた発生毒性の実験では、311mg/m3の臭化メチルへの暴露(6時間/日、妊娠7〜19日の間)は、中程度から重度の母体毒性を示した。母体毒性用量において観察された発生毒性は、胎仔の体重減少、骨格の軽度変化の増加、奇形(大多数は胆嚢欠如あるいは肺の下側葉欠損)により構成されていた。しかし、272mg/m3では、母体毒性はそれほど顕著ではなく、胚毒性は見られなかった。

臭化メチルの78あるいは156mg/m3に暴露されたウサギにおいては、母体、胚、胎仔への悪影響は観察されなかった。臭化メチルの、ニュージーランド・シロウサギの母体および発生毒性に対する無影響量(NOEL)は156mg/m3である。

臭化メチルは、数種のin vitroおよびin vivo試験系において変異原性が見出された。それはキイロショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)において伴性劣性致死突然変異(sex-linked recessive lethal mutations)を、また、哺乳類培養細胞において突然変異を誘発する。哺乳類培養細胞では、不定期DNA合成あるいは細胞形質転換の誘発はなかった。肝臓および脾臓でのDNAのメチル化が、臭化メチルを各種経路により投与されたマウスにおいて観察された。小核が、ラットおよびマウスの骨髄および末梢血液細胞において誘発された。

臭化メチルの毒性のメカニズムは解明されていない。

1.8 ヒトへの影響
臭化メチルへのヒトの暴露は、そのガス体の吸入あるいは液剤との接触により起こる。浸出水により汚染された飲料水の摂取を通じての暴露も起こる。

管理されたヒトによる実験では、吸入暴露後の取り込みは投与量の約50%であることを示している。

臭化メチルは、神経組織、肺、鼻粘膜、腎臓、眼、皮膚に損傷を与える。中枢神経系への影響の中には、視覚の不鮮明、精神混乱、しびれ、振戦(ふるえ)、言語能力の欠陥が含まれる。局所の暴露では、皮膚刺激と灼熱感、眼の損傷を起こす。

高濃度の臭化メチルへの暴露は肺水腫を発生させる。呼吸麻痺および/または循環障害をともなう中枢神経系の機能低下は、引き続き痙攣および昏睡を起こし死亡の直接の原因である。

急性および長期の臭化メチル中毒の過程において、数種の異なる神経精神的徴候と症状が観察されている。その蒸気への低濃度短期暴露は、明白な中枢性の症候の発現のない多発性末梢神経障害(polyneuropathy)の症状を形成する。

遅発性後遺症には、重症の肺損傷後の気管支肺炎、無尿症をともなう腎障害、麻痺の証拠の有無双方の場合のある重度の衰弱を含んでいる。一般的に、これらの症状は数週間から数カ月を経て消失する。しかし通常は、感覚障害、衰弱、歩調の障害、視覚の不鮮明によって判定された回復しない欠陥が観察されている。

臭化メチルへの暴露は、血中臭素濃度の増加をともなう。燻蒸消毒作業者においては、ガス施用作業回数と血漿臭素平均濃度との間には相関性が存在する。




2.ヒトの健康の保護と環境のための勧告
2.1 ヒトの健康の保護
大多数の国において、臭化メチルの土壌、商品、建築物に対する燻蒸消毒剤としての施用は厳しく規制されている。施用規範および指針の遵守は、職業上暴露される人々に有害影響がないことを保証するであろう。生産者は、臭化メチルの製造過程において、また、供給者はその輸送と使用において、十分な注意を払うべきである。

臭化メチルは、一般集団に対して重大なリスクを形成することはない。しかし、それはきわめて毒性の強い物質であり、警戒が必要である。一般集団は、燻蒸消毒されたビルディング、温室、商品の燻蒸消毒を行った店舗における適切な予防措置により、その暴露を避けるべきである。ヒトの偶発的な暴露を避けるため、燻蒸消毒された土地・家屋には、その旨を明示すべきである。

2.2 環境の保護
人為的発生源からの臭化メチルの排出は、可能な限り低減すべきである。土壌、商品、建築物の燻蒸消毒からの排出を減少させることが望ましい。次の分野での改善を検討すべきである。

(1)注入方法の改良
(2)より良い防壁フィルム(barrier film)
(3)できるだけ低い用量をめざした、臭化メチルの有効性のより良い測定法。

商品に対し、また、できれば建築物の燻蒸消毒について、下記の技術を開発すべきである。

(1)燻蒸消毒チャンバーの密閉性の強化
(2)燻蒸消毒ガスの捕捉と再利用
2.3 今後の研究に対する勧告
次の領域の研究が必要である。

-臭化メチルの代謝および毒性メカニズムの研究
-産仔の行動の研究(a postnatal behavioural study)
-暴露アセスメントを含むヒトの疫学研究
-ヒトの中毒時における治療法の開発

臭化メチルのオゾン層破壊への影響は、未だ完全には解明されていない。
次の研究が必要である。

-臭化メチルおよび他の有機臭素化合物の排出物分布状態の定量の研究

次の研究も必要である。

-有機臭素化合物生成に対する波しぶきの影響の研究
-対流圏内における臭化メチルの分解生成物の研究
-OH-との反応における速度定数(rate constant)のさらに詳細な研究
-有効性を保持し、排出物の減少を目指した土壌燻蒸消毒の研究



3.国際機関によるこれまでの評価
3.1 国連食糧農業機関/世界保健機関(FAO/WHO)
臭化メチルの毒性作用は、1965年および1966年のFAO/WHO残留農薬共同委員会(JMPR)において評価された(FAO/WHO,1965a,b;WHO,1967,a,b)。1965年においては、一日摂取許容量(ADI)は設定されなかったが、1966年には、臭素イオンとして1mg/kg体重のADIが確立された。1988年、JMPRは臭素イオンの毒性を評価し(FAO/WHO1988a,b)、毒性影響を発現させる量について次の結論を下した。
ラット:240ppm、臭素12mg/kg体重/日と同等。
ヒト:臭素9mg/kg体重/日。
1mg/kg体重の一日摂取許容量(ADI)が確認された。
3.2 国際がん研究機関(IARC)
ヒトに対する発がん性リスクは、国際がん研究機関の特別専門家グループにより1986年に評価を受けた。この評価は1987年に更新され、ヒトに対する発がん性の証拠は不十分(inadequate)で、動物の発がん性の証拠は限定的(limited)であり、ヒトの発がん性の総合評価は「分類不能」(not classifiable)[グループ3]との結論を下した(IARC,1986,1987)。
3.3 国連環境計画(UNEP)
1992年、国連環境計画は、モントリオール議定書の締結国のため、臭化メチルの評価を行った(UNEP,1992)。この評価の要約は次の通りである。

「本報告書は、オゾン層に対する臭化メチルの影響、臭化メチルの使用とその代替品を取り扱っている。」

国連環境計画は、モントリオール議定書締結国より要請を受けた。本報告書には、1992年6月2日〜3日に、ワシントンDCにおいて開催された臭化メチル国際科学ワークショップと、1992年6月16日〜18日に、ワシントンDCで開催された臭化メチルの代替物および代用品に関する国際ワークショップにおいて提供され検討された情報を含んでいる。

大気中における臭素化合物に関する科学的知識の現状は、塩素化合物の場合よりも大幅に遅れている。さらに、臭化メチルの代替物および代用品の評価は、クロロフルオロカーボン類(CFCs)、メチルクロロホルム、四塩化炭素、ハロン類と比較すると、まだ初期の段階である。

臭化メチルは、土壌、商品、建築物の燻蒸消毒剤として用いられている。それは特定の農産物(特に、イチゴ、トマト、コショウ、タバコ、ナス、種苗園のストック、ブドウの木、芝生)を経済的に生育させるため、また、国際貿易における検疫処置のため、現在ではきわめて重要である。多くの開発途上国では、船積み前と通関港において、臭化メチルを用いて燻蒸消毒した商品の輸出に特に依存している。

燻蒸消毒用に生産販売された臭化メチルの年間総量は、1984年から1990年の間に、約4万2,000トンから約6万3,000トンに増加した。臭化メチルの各用途から大気に逃れる部分の現時点での推計(土壌:使用量の80%を占め、その50%を排出、商品:使用量の15%で、80%以下を排出、建築物:使用量の5%で、80%を排出)により、臭化メチルの概略の使用形態データをまとめると、燻蒸消毒剤として用いられた臭化メチルの約半分が大気中に放出されることを示している。現在の理解では、1990年における燻蒸消毒実施から人為的に排出された約3万トンは、総排出量(自然および人為的を合わせた)の25±10%に相当することを意味している。

臭素によるオゾン破壊は、分子ベース当たりで、塩素の破壊よりも30〜60倍強い。したがって、臭素の1兆分の1の容積(pptv)は成層圏塩素の10億分の0.03〜0.06の容積(ppbv)と同等である。

定常状態における臭化メチルのオゾン破壊能力(ODP:Ozone Depletion Potential)は、現時点でのベストの見積もりでは0.7である。大気中における臭化メチルの半減期は短いため、そのオゾンへの相対的影響は、次の10年間(多量の塩素とオゾンの喪失は最大量に達すると予測されている)には、その定常状態ODPが示すよりもはるかに大きいと予想されている。

大気中における臭化メチルの量とODPについては大きな不確定性があり、特に海洋と陸地表面での除去プロセス、成層圏での非反応性臭素の生成率の定量は確立されていない。

モデル算定においては、燻蒸消毒の実施に用いられた臭化メチルの人為的排出は、現在観察されている地球のオゾン喪失量4〜6%のうちの約20分の1ないし10分の1に責任があり、もし臭化メチルの排出が現在の年率5〜6%で増え続ければ、その寄与率は2000年までにはオゾン予測喪失量の約6分の1にまで増加することを示唆している。

燻蒸消毒の実施による現在の大気中の多量の臭化メチルへの人為的な寄与は約3pptvであり、成層圏塩素の0.09〜0.18ppbvと同等である。CFCと四塩化炭素の段階的廃止計画の3年間の進捗により、塩素の最高負荷は0.18ppbvにまで低減されるであろう。

したがって、燻蒸消毒剤としての臭化メチルの除去は、CFCおよび四塩化炭素の段階的廃止計画の約1.5〜3年の進捗と同等のオゾン層保護の効果をもたらすであろう。

現在、広範囲に施用されている臭化メチルに対する単独の代替品は存在しない。しかし、特定の施用に対しては多くの化学物質や手法が存在する。一部の代替化学物質の導入にはおそらく政府の許可が必要であり、それは長いプロセスとなるであろう。

概算によれば、土壌燻蒸に用いられる臭化メチルの大部分(少なくて30%、多くて90%)は、不明確ではあるが、1990年代中には代替化学物質により置き換えられ、燻蒸消毒チャンバーからの排出物の相当部分は捕捉されて再利用あるいは分解され、臭化メチルのタンク充填時に排出される小部分(1〜2%)は、方法の改善により排除でき、他の代替品や技術の、単独あるいは組み合わせの利用により、排出物を著しく減少させることができる。しかし、臭化メチルに依存している一部の農業での使用状況、検疫処置、一部の建築物燻蒸消毒への利用を含む施用においては、代替品は限定されるか、あるいは得られていない。