環境保健クライテリア 115
Environmental Health Criteria 115


2-メトキシエタノール、
2-エトキシエタノールおよび
それらの酢酸エステル類
2-Methoxyethanol,
2-Ethoxyethanol,
and their Acetates

(原著126頁,1990年発行)

-目次-
1.物質の同定、物理的・化学的特性、分析方法
2.ヒトおよび環境の暴露源
3.環境中の移動・分布・変化
4.環境中の濃度およびヒトの暴露
5.体内動態および代謝
6.環境中の生物類への影響
7.実験動物およびin vitro(試験管内)試験系への影響
8.ヒトへの影響
9.結   論
10.勧   告
11.国際機関によるこれまでの評価

1.物質の同定、物理的・化学的特性、分析方法
本モノグラフは、エチレングリコールのメチルおよびエチルエーテルすなわち2-メトキシエタノール(2-ME)および2-エトキシエタノール(2-EE)と、それぞれの酢酸エステルの2-メトキシエチル酢酸エステル(2-MEA)および2-エトキシエチル酢酸エステル(2-EEA)についてのみ検討している。これらの4種類の化合物はすべて安定で、無色、軽いエーテルのような軽度の匂いをもつ引火性の高い液体であり、そのすべては水と混和し(または、2-EEAの場合は水によく溶ける)、また多数の有機溶剤と混和する。

各種の媒体中(空気・水・血液・尿)のこれらのグリコールエーテル類あるいは代謝生成物を検出する分析方法は利用できる。そのサンプルの濃縮のために、吸着あるいは抽出手法がしばしば用いられ、ガスクロマトグラフィーにかけられる。ガスあるいは高速液体クロマトグラフィーを用いた場合には、尿中の2-メトキシ酢酸(MAA)および2-エトキシ酢酸(EAA)(2-MEおよび2-EEの代謝生成物)は、通常誘導後に5〜100μg/mlの間の濃度で測定可能である。

2-メトキシエタノール(2-ME)
a 物質の同定
化学式C3H8O2
化学構造  3次元
分子量76.09
一般名2-methoxyethanol
その他の名称ethylene glycol monomethyl ether;ethanol,2-methoxy;EGM ether
商品名Methyl Cellosolve;Jeffersol EM;Dowanol EM;Poly-solv EM;Methyl oxitol
略称2-ME
CAS登録番号109-86-4
換算係数1ppm=3.11mg/m3
b 物理的・化学的特性
表 2-メトキシエタノールの物理的・化学的特性a
物理的状態および臭気
 (常温常圧)
微臭のある安定な引火性液体
密度 (20℃) 0.960g/ml
相対蒸気密度 (空気=1) 2.6
沸点 124℃
蒸気圧 (20℃) 6.2mmHg
     (25℃) 9.7mmHg
水溶解性 無限に溶解する
引火点 (開放系) 46.1℃
     (閉鎖系) 41.7℃

a Rowe & Wolf(1982);Mellan(1977)より
2-酢酸メトキシエチル(2-MEA)
a 物質の同定
化学式C5H10O3
化学構造  3次元
分子量118.13
一般名2-methoxyethyl acetate
その他の名称ethylene glycol monomethyl ether acetate;ethanol,2-methoxyacetate
商品名Methyl Cellosolve acetate
略称2-MEA
CAS登録番号110-49-6
換算係数1ppm=4.83mg/m3
b 物理的・化学的特性
表 2-酢酸メトキシエチルの物理的・化学的特性a
物理的状態および臭気
 (常温常圧)
微臭のある安定な引火性液体
密度 (20℃) 1.005g/ml
相対蒸気密度 (空気=1) 4.07
沸点 145℃
蒸気圧 (20℃) 2.0mmHg
     (25℃) 5.3mmHg
水溶解性 無限に溶解する
引火点 (閉鎖系) 55.6℃

a Rowe & Wolf(1982);Mellan(1977)より
2-エトキシエタノール(2-EE)
a 物質の同定
化学式C4H10O2
化学構造  3次元
分子量90.12
一般名2-ethoxyethanol
その他の名称ethylene glycol monoethyl ether
商品名Cellosolve, Dowanol EE;Oxitol;Ethoxol
略称2-EE
CAS登録番号110-80-5
換算係数1ppm=3.68mg/m3
b 物理的・化学的特性
表 2-エトキシエタノールの物理的・化学的特性a
物理的状態および臭気
 (常温常圧)
微臭のある安定な引火性液体
密度 (20℃) 0.93g/ml
相対蒸気密度 (空気=1) 3.0
沸点 135℃
蒸気圧 (20℃) 3.8mmHg
     (25℃) 5.3mmHg
水溶解性 無限に溶解する
引火点 (開放系) 49℃
     (閉鎖系) 44℃

a Rowe & Wolf(1982);Mellan(1977)より
2-酢酸エトキシエチル(2-EEA)
a 物質の同定
化学式C6H12O3
化学構造  3次元
分子量132.16
一般名2-ethoxyethyl acetate
その他の名称ethylene glycol monoethyl ether acetate;acetic acid,2-ethoxyethyl ester
商品名Cellosolve acetate;Ethyl Cellosolve acetate;Oxitol acetate;Poly-Solv EE
略称2-EEA
CAS登録番号111-15-9
換算係数1ppm=5.40mg/m3
b 物理的・化学的特性
表 2-酢酸エトキシエチルの物理的・化学的特性a
物理的状態および臭気
 (常温常圧)
微臭のある安定な引火性液体
密度 (20℃) 0.975g/ml
相対蒸気密度 (空気=1) 4.72
沸点 156℃
蒸気圧 (20℃) 1.2mmHg
     (25℃) 1.1mmHg
水溶解性 (20℃) 23g/100g
引火点 (閉鎖系) 51.1℃

a Rowe & Wolf(1982);Mellan(1977)より



2.ヒトおよび環境の暴露源
ここで検討する4種のグリコールエーテル類はすべて、エチレンオキサイドと、特定のアルコールとの反応により、さらに必要な場合にはエタン酸(酢酸)とのエステル化により製造される。

世界におけるこれらのグリコールエーテル類の生産量のデータは入手できない。しかし西ヨーロッパ・米国・日本の年間生産量の合計は、2-MEでは約79×103トン、2-EEは205×103トンである。この大部分は、塗料産業(ペイント類・着色剤・ラッカー)、印刷インク・樹脂・染料の溶剤、家庭用・工業用クリーナーとして用いられる。それらは圧力流体・ジェット燃料の凍結防止添加剤にも使用される。




3.環境中の移動・分布・変化
これらのグリコールエーテル類の水溶解性および比較的低い蒸気圧のため、分解のない場合には水中で蓄積を生じることがあり得るであろう。しかし、土壌・下水汚泥・水中における微生物による分解のため、この可能性は少ないように見える。

グリコールエーテル類を揮発性の溶剤として用いた場合に生じる大気中への排出は、最大の環境暴露を生じる。一般環境では、光分解作用は速やかで、その濃度は0.0007mg/m3(2×10-4ppm)以下と予測される。

好気性条件下では、グリコールエーテル類は微生物類により速やかに分解され二酸化炭素と水となる、一方、嫌気性条件下ではメタンと二酸化炭素が主な最終産物となる。




4.環境中の濃度およびヒトの暴露
グリコールエーテル類の使用は、環境中に著しく広範囲の排出を生じる。工業・小規模の作業場・家庭において、グリコールエーテル類含有製品の使用によるヒトへの直接的な暴露に特別の関心がもたれている。職業暴露としては、0.1mg/m3以下から150mg/m3以上までの数値が報告されている。著しい暴露は消費者商品の使用者に起こり得るが、そのデータは入手できない。

大気中のグリコールエーテル類による暴露に加え、ヒトは経皮的に暴露されるであろう。血液分析によりこの経路による急速な吸収を確認しており、経皮吸収は大気暴露よりも生体負荷総量に大きく寄与するであろう。




5.体内動態および代謝
これら4種すべてのグリコールエーテル類では、皮膚・肺・胃腸管を通じて速やかに吸収されることが示されている。妊娠マウスによる分布研究による2-MEの最高値は母獣の肝臓・血液・胃腸管・胎盤・卵黄嚢および多数の胚構成物中において検出された。

2-MEの代謝変化により、2種類の主要な代謝生成物としてMAAと2-メトキシアセチルグリシンがもたらされる。二酸化炭素への代謝は、二次的の重要でない経路である。血漿中の2-MEのMAAへの変化は速やかで、その半減期はラットにおいて0.6時間であったが、MAAの排泄は遅く、その半減期はラットにおいて約20時間、ヒトでは77時間であった。

実験動物において、2-EEの投与はEAAおよび2-エトキシアセチルグリシンを生成し、EAAは推定の標的臓器である睾丸中に出現する主要な代謝産物である。ヒトにおける2-EEAを用いた試験でも同様の代謝経路が認められ、酢酸エステルは先ず加水分解されて2-EEとなり、次いで酸化されてEAAに変化する。発生したEAAは21〜42時間の推定半減期をもって排出される。試験の結果は、これらの代謝物の滞留あるいは「蓄積」は、標的臓器で観察された毒性の原因であると推定されるため、毒性学的に重要であることを示唆している。




6.環境中の生物類への影響
微生物類および水生動物類に対する2-MEおよび2-EEの毒性は低い。媒体中の微生物類の致死濃度は2%以上である。2-MEによる成育阻害は、緑色藻では104mg/l、青緑色細菌門(緑黄藻)に対しては100mg/lが記録されている。2-EEの急性毒性はきわめて低く、そのLC50(50%致死濃度)は節足動物類(エビ・カニなど)では4g/l以上、淡水魚に対しては10g/l以上である。グリコールエーテル酢酸エステル類(2-MEAおよび2-EEA)の魚類に対する毒性ははるかに高い。それらのLC50値は、2-EEAのfat head minnows(コイ科の魚)に対する場合では46mg/l、2-MEAの潮水シルバーフィッシュ(tidewater silverfish)およびbluegills(スズキの類)に対しては45mg/lである。長期試験は実施されていない。



7.実験動物およびin vitro(試験管内)試験系への影響
7.1 全身毒性
実験動物に対する2-MEと2-EEの毒性は、2-MEAおよび2-EEAの場合よりもずっと広く研究されている。

2-MEおよび2-EEとそれらの酢酸エステル類の単回暴露後の致死作用は同等程度であり、それらは経皮・経口・吸入のいずれの経路を介しても、低い急性致死性を示した。多種類の動物に対する経口LD50(50%致死量)は、それぞれ、2-MEでは900〜3,400mg/kg体重、2-EEでは1,400〜5,500mg/kg、2-MEAで1,250〜3,930mg/kg、2-EEAで1,300〜5,100mg/kgの範囲を示した。マウスに対する吸入によるLC50は4,603mg/m3(2-ME)および6,698mg/m3(2-EE)が報告されている。

実験動物のこれらグリコールエーテル類の皮膚および眼の刺激あるいは感作性(sensitization)について入手できるデータはごく限られている。それらは皮膚に刺激を与えることはないようであるが、眼に対する刺激を生じさせる。広範囲の暴露にもかかわらず、ヒトに対する皮膚刺激あるいは皮膚感作は報告されていない。

実験動物に対する高濃度(9,313mg/m3以上の2-MEおよび1,450mg/m3以上の2-EE)の短期吸入暴露(90日まで)では、血液パラメーター・神経系・睾丸・胸腺・腎臓・肝臓・肺への有害影響が示された。低濃度暴露で、その影響は造血組織・睾丸で認められた。例えば、93〜930mg/m3の範囲の濃度の2-MEに13週間吸入暴露されたラットでは、最高用量のみにおいて充填赤血球量(packed cell volume)・白血球・ヘモグロビン・血小板、血清タンパク質濃度の低下がもたらされた。

一方、同様な暴露を受けたウサギでは、胸腺のサイズの縮小と、さらに930mg/m3においては血液パラメーターの減少が認められた。2-EEにおいては、1,450mg/m3の濃度に13週間暴露したラットとウサギの場合に、同様ではあるが、それほど強くない影響が発現した。長期実験から入手できるデータはない。

7.2 発がん性および変異原性
2-MEの変異原性は、細菌類および哺乳類細胞類を用いてin vitro(試験管内)試験系により検討されている。大多数の試験では陰性(negative)の結果を示したが、非常に高濃度の2-MEによるCHO細胞(チャイニーズ・ハムスター卵巣細胞)を用いた染色体異常(6,830μg/ml以上)および姉妹染色分体交換(3,170μg/ml以上)の試験においては、変異原性としては陽性(positive)の結果が報告されている。しかし、in vivo(生体内)の染色体異常および小核試験では陰性であった。2-EEの変異原性について入手できる情報はきわめて限定されており、これらのグリコールエーテル類の発がん性データは存在しない。
7.3 オスの生殖器官
オスの生殖器官への2-MEの影響は、齧歯類に対する経口および吸入の双方の暴露について徹底的に研究され、輸精管胚上皮の変質性変化が一貫して認められた。同様の影響は2-EEにおいても見られたが、それはやや高い用量レベルにおいて発現した。

2-MEの1〜11日間の経口投与は、用量に関連した精子数と精子の運動性の減少および形態変化が、100mg/kg体重以上の用量レベルにおいて発生した。剖検では睾丸・精巣に顕著な組織の損傷が認められた。無影響量(no-observed-effect level:NOEL)は50mg/kgであった。授精能力の低下は200mg/kgへの暴露後8週間でも明らかであった。同様の影響は11日間までの500mg2-EE/kg以上の投与において認められ、11日間の投与に対するNOELは250mg/kgである。しかし、精子の留保量が交配の反復により枯渇している場合には、投与した最低用量(150mg/kg)においても精子数のある程度の減少が見られた。単回の250mg2-ME/kg以上の経口投与後の授精能力の研究では、投与5週間後にラットおよびマウスの双方において完全な不妊(授精不能)が認められ、授精能力のある程度の減少が125mg/kgで見られた。

吸入経路の検討においては、睾丸における同様の変性的変化が2-MEについて認められた。影響は1,944mg/m3以上の濃度の単回暴露(4時間)後に観察され、933mg/m3では見られなかった。そのNOEL値としては、ラットにおいては13週間暴露(6時間/日、5日/週)後で311mg/m3であり、マウスの11日間以上の9回の暴露後では933mg/m3(6時間/日)であった。ウサギに対する2-MEの13週間の暴露(6時間/日、5日/週)では、睾丸に対する著しい影響は311mg/m3以上において、また、境界線上の(marginal)影響は93mg/m3以上で発生し、NOELは確認されなかった。

7.4 発生毒性(developmental toxicity)
発生毒性は、経口・吸入・経皮のすべての経路による暴露後において、数種の実験動物において観察されている。2-MEは、マウス・ラット・ウサギ・サルにおいて催奇形性作用を発生させた。2-EEおよび2-EEAは、ラットとウサギにおいて催奇形性を示した。2-MEAの発生毒性は試験されていないが、その代謝形態は、2-MEAは2-MEと同様の毒性を示すと考えるのは合理的である、と示唆している。

2-MEのきわめて広範囲の用量/反応データ(31.25〜1,000mg/kg/日の用量)が入手できる。マウスを用いたこの胃内強制投与試験(2-MEを妊娠7〜14日に投与)においては、母体毒性に対するNOELは125mg/kg/日であった。しかし、奇形は62.5mg/kg/日において、また骨格変形は31.25mg/kg/日において観察された。発生毒性に対するNOELは報告されていない。単一用量の試験において、妊娠11日のマウスに2-MEを胃内強制投与した場合、100mg/kgでは胎児毒性を示さなかった。しかし、175mg/kgでは母体および胎児毒性の徴候はなかったが指の欠陥が発生した。妊娠7〜13日間に25mg/kg/日を投与された新生仔ラットにおいては、心臓血管系および心電図の異常が観察された。この実験では最低用量で試験されたため、発生に対するNOELは算定できなかった(この用量では母体毒性は観察されなかった)。同様に、妊娠20〜45日のサルに0.16、0.32、0.47mmol/kg/日の2-MEを胃内強制投与した場合においても、その発生毒性のNOELは決定できなかった。

マウス・ラットの胎児毒性およびウサギの奇形は、156mg/m3の2-MEの吸入暴露後に観察された。これら3種の動物に対する発生影響のNOELは31mg/m3であった。しかし、妊娠7〜13日あるいは14〜20日に78mgの2-ME/m3に暴露されたラットの仔獣においてはビヘイビアー(行動)および神経化学的の変化が見られた。

ラット(743mg/m3)およびウサギ(589mg/m3)への吸入暴露後に、2-EEの催奇形性が(軽度の母体毒性の存在中で)見出された。他の報告では、ラットにおける184あるいは920mg/m3の2-EEに暴露されたラットと、644mg/m3の2-EEに暴露されたウサギにおいて胎児毒性が報告されたが、奇形は認められなかった。発生影響に対するNOEL値は、ラットについて37mg/m3、ウサギでは184mg/m3であった。ビヘイビアーおよび神経化学的の変化は、妊娠7〜13日あるいは14〜20日に368mg/m3の2-EEに暴露されたラットの仔獣において見られた。

未希釈の0.25mlの2-EEを皮膚適用(妊娠7〜16日に4回/日)されたラットでは、母体毒性の認められない状況下で、著しい胎児毒性と高率の奇形を発生させた。同一の実験条件による同用量の2-EAA(0.35ml、4回/日)の投与後には、同様の影響が認められた。

妊娠6〜18日のウサギへの2-EEAの吸入暴露は、2件の異なる研究で、2,176mg/m3および544mg/m3において催奇形性反応を生じた。これら2件の研究における発生へのNOEL値は、135mg/m3および270mg/m3であった。妊娠6〜15日のラットへの2-EAAの暴露は、540mg/m3において胎児毒性を、また1,080mg/m3において奇形を発生させた。発生に対するNOELは170mg/m3であった。




8.ヒトへの影響
これら4種のグリコールエーテル類のヒトへの毒性作用の情報は限られている。少数の事例報告および作業場の疫学研究は、実験動物において見られた有害影響と一致した結果を示した。一般集団の暴露および健康影響の定量的な報告は入手できない。

2-ME100mlの摂取による、死亡には至らなかった2件の中毒例において、主要な徴候と症状は、吐き気・目まい・チアノーゼ(訳者注:酸素欠乏のため血液が暗紫色になる状態)・頻脈・過度呼吸・代謝性酸性症と、腎不全の一部の証拠であった。2-EE40mlを摂取したヒトでは、同様の症状が見出されたがその程度はひどくはなかった。2-MEの400ml摂取による中毒死の解剖所見では、急性出血性胃炎、肝臓の脂肪変質、腎小管の退行性変化が認められた。

他の溶剤に加えて、さらに2-MEと2-EEに反復暴露された作業者においては、貧血・白血球減少症・一般的虚弱・運動失調症が発生した。これらの報告の多くでは、暴露に対する信頼し得る推測はなされていない。ヒトに対するグリコールエーテル類の血液学的影響が調査され、他の溶剤と一緒に2-ME(平均105mg/m3)に暴露された作業者において大赤血球性貧血の発症が報告されている。

2-MEに経皮的に暴露された作業者において骨髄毒性が報告されており、2-MEおよび2-EE(平均暴露はそれぞれ6.1および4.8mg/m3)に長期間(8〜35年間)暴露された作業者では免疫学的影響が認められた。

2-MEおよび2-EEに暴露された作業者の疫学的研究では、精子数減少の頻度増加をともなう男性生殖器官への悪影響の一部の証拠が示されている。88.5mg/m3までの濃度の2-EEに暴露された作業者(37名)においては、精液の指標に変化をもたらした。2-ME(17.7mg/m3までの濃度)と2-EE(80.5mg/m3までの濃度)に暴露された73名の作業者中においては、2-MEの2.6mg/m3、2-EEの9.9mg/m3の暴露(時間荷重平均)により、精子数減少の頻度増加と血液学的影響の証拠も認められた。

職業的に暴露されたヒトにおいて認められた有害影響は、実験動物の場合と一致した。しかし、暴露評価における欠陥と混合暴露のため、用量-反応関係は決定できない。




9.結   論
多くの人々は消費者製品および商業製品の使用により、これら4種のグリコールエーテル類の工場内濃度と同程度の濃度に暴露されるであろう。重大な職業暴露は、吸入および経皮吸収の双方から発生するであろう。作業場内の気中濃度に限定された測定値では、0.1mg/m3以下から150mg/m3以上の範囲を示している。

2-MEおよび2-EEの双方は微生物類と水生生物類に対し低い毒性を示す。長期暴露による環境中の生物類への有害影響を確認するためのデータは存在しない。

ラットの睾丸への急性影響の研究におけるNOELは933mg2-ME/m3であり、反復暴露に対するNOELは311mg/m3であった。最も感受性の高い動物種のウサギを用いた反復暴露においては、明白な影響は311mg/m3において、また93mg/m3では境界線上の影響(5匹のうち1匹の動物)が認められた。2-MEおよび2-EEに職業的に暴露された人々の研究からの証拠は、これらのグリコールエーテル類はヒトにおいて睾丸毒性を発現し得ることを示している。

発生毒性は、156mg/m3以上の2-MEに暴露されたすべての動物種(マウス・ラット・ウサギ)において観察された。これら3種の動物に対するNOELは31mg/m3であった。78mg/m3への子宮内暴露(in utero)後のラットにおいて、ビヘイビアーおよび神経化学的変化が認められたが、NOELは確定されていない。2-EEと2-EEAの影響はこれよりもわずかに弱い。ラットおよびウサギにおける発生影響は、368mg/m3以上の2-EEへの暴露後に観察された。これらの影響は184mg/m3の2-EEに暴露されたラットでは軽度であったが、ラットとウサギの双方に対する37mg/m3のNOELは明らかであった。

これらのグリコールエーテル類は、マウス・ラット・ウサギ・イヌ・ハムスター・モルモットにおいて血液学的影響を発現する。この血液学的影響は、2-EEおよび2-MEに反復暴露された工場作業者についての少数の研究報告の一部と一致する。動物による反復暴露研究におけるNOELは、ウサギに対する2-MEは93mg/m3、ラットとウサギでの2-EEは368mg/m3であった。急性暴露後の血液学的影響を定量するためのデータは見出されていない。




10.勧   告
10.1 健康保護
1.2-メトキシエタノール、2-エトキシエタノールとそれらのエステル類を別の物質に代えるために、毒性の低い代替溶剤を明らかにすべきである。特に消費者用製品においてはその必要性が高い。他のエチレングリコールエーテル類の影響の評価についても、それらの一部はここで評価された4種のグリコールエーテル類と同様の影響を生じさせるため、特に重要である。
2.これらのグリコールエーテル類の既知の毒性影響に鑑み、行政当局はこれらの化学物質の使用者に対し、その危険性(特に皮膚暴露からの)を警告する適切な戦略について真剣に検討すべきである。
3.これらのグリコールエーテル類の最近の毒性学的データおよび重大な皮膚吸収に照らして、すべての経路の暴露による作業者の一日の総摂取量が不当な健康リスクを形成しないことを保証するため、国の職業暴露限界を再検討すべきである。
4.動物に対する単一用量の影響は、かなり高い暴露濃度において発生している。健康リスクを低減するため、これら化合物の慎重な使用(個人衛生の注意、適切な保護器材、十分な換気)が勧告される。反復暴露からの発生影響、血液、睾丸への影響を防止するためには、さらに広範な防護が必要であることをデータは示している。
10.2 今後の研究
1.男性生殖器官への毒性におけるメトキシ酢酸(MAA)およびエトキシ酢酸(EAA)(2-MEと2-EEとそれらのエステル類の確認された主要代謝物)の密接な関係に鑑み、それらの作用メカニズムを検討すべきである。もし、MAAとEAAが関連する主要物質でないことが明らかになれば、これらを同定し、その作用メカニズムを解明すべきである。
2.これら4種のグリコールエーテル類は、血液学的影響および男性生殖能力への影響(精子数の減少)の双方をもつことが知られている。入手し得るデータは限られているが、この2種類の影響は同程度の用量レベルにおいて明らかなことを示唆しているように見える。双方の臓器系に対する作用メカニズムを解明しなければならない。また、血液学的影響と精子数との関連について、血液学的変化がこれらの物質のその他の影響を警告する徴候であるかどうかを決定するため、平行して検討しなければならない。
3.大気モニタリングのみでは、低レベルの暴露を保証するには不十分である。生物学的モニタリングは保護対策の失敗の検出に有用である。現時点では、暴露の生物学的指標と生体の取り込み総量および観察された健康影響との間の関連性については十分に確立されていない。安全な暴露を決定するため、生物学的モニタリングの利用の基礎について、さらに研究が必要である。
4.これらのグリコールエーテル類の高度暴露を受けやすい集団において、全体の暴露が適当な環境および生物学的モニタリングにより適切かつ十分に評価された場合には、安全暴露の決定を目的とする暴露と影響の関連性の予測のため、疫学研究および/または標的とする健康影響のサーベイランスを計画すべきである。
5.これらの化合物が女性の生殖腺に影響を及ぼす可能性について、動物における複数世代にわたる生殖研究を通じて検討すべきである。
6.入手し得る研究結果は、これらのグリコールエーテル類をそれらに対応するアルコキシ酢酸に代謝する程度は、ヒトの方がラットよりも大きく、また、これらの有害代謝産物の尿中排泄の半減期は、ヒトはラットよりも約4倍長いことを示している。さらに、ラットは酸性代謝産物の大部分を結合させるが、ヒトはそのようなことはない。これらの差異は、グリコールエーテル類に対するヒトの比較的高い感受性に寄与しているのであろう。代謝および排泄の動態の詳細な知識は、完全な暴露濃度を予測する能力を向上させるであろう。
7.短期研究(13週間)から得られた結果は、種々の臓器システムへの影響を示している。しかし、これらの影響の可逆性の検討に十分な期間による研究は実施されていない。したがって、これらのグリコールエーテル類に少なくとも13週間暴露された実験動物に、適切な回復期間による「ストップスタディ」(stop-studies)(訳者注:実験終了後の観察研究)の着手を提案する。その際、これらの影響が一過性か否かを決定するため、重要な生理学的パラメーターを評価すべきである。



11.国際機関によるこれまでの評価
2-ME、2-MEA、2-EEに対する規制基準は、各国の国家機関および欧州経済機構により確立されている。それらは国際有害化学物質登録制度(International Register of Potentially Toxic Chemicals:IRPTC)のデータ・プロフィール中に要約されている(IRPTC,1987)。