環境保健クライテリア 103
Environmental Health Criteria 103


2-プロパノール(イソプロピルアルコール) 2-Propanol

(原著132頁,1990年発行)

-目次-
1.物質の同定、物理的・化学的特性、分析方法
2.ヒトおよび環境の暴露源
3.環境中の移動・分布・変質
4.環境中濃度およびヒトの暴露
5.体内動態および代謝
6.環境中の生物への影響
7.実験動物およびin vitro(試験管内)試験系への影響
8.ヒトにおける健康影響
9.評価の要約
10.勧   告
11.国際機関によるこれまでの評価

1.物質の同定、物理的・化学的特性、分析方法
2-プロパノールは、エタノールとアセトンの混合物に似た匂いをもち、無色で引火性の高い液体である。本化合物は、水、エタノール、アセトン、クロロホルム、ベンゼンと完全に混合する。各種の媒体中(空気、水、血液、血清、尿)の2-プロパノールの分析には、空気中においては2×10-5mg/m3、水中で0.04mg/l、尿中で1mg/lの検出限界の分析方法が利用できる。ガスクロマトグラフ法(主としてフレームイオン化検出を用い)、濾紙電気泳動法、光イオン化イオン移動度分光光度法も各種媒体中の2-プロパノールの測定に用いることができる。
a 物質の同定
化学式C3H8O
化学構造  3次元
分子量60.09
一般名isopropyl alcohol
IUPAC名2-propanol
CAS化学名2-propanol
その他の名称dimethylcarbinol, isopropanol, propanol-2,propan-2-ol, sec-propyl-alcohol
商品名Alcojel, Alcosolve2, Avantin(e),Chromar, Combi-Schutz, E501,Hartosol, Imsol A, IPS-1,Isohol,Lutosol, Perspirit, Petrohol, PRO, Propol, Spectrar,Takineocol, UN1219
略称IPA
CAS登録番号67-63-0
換算係数  (25℃,101.3kPa=760mmHg)1ppm=2.46mg/m3
1mg/m3=0.41ppm
b 物理的・化学的特性
表 2-プロパノールの物理的・化学的特性
物理的状態 (常温常圧) 引火性が高い液体
無色
臭気 エタノールとアセトンの混合物に似た匂い
わずかに苦い
臭気知覚閾値 7.990mg/m3 a
臭気認識閾値 18.4〜120mg/m3 a
比重 (20℃) 0.785
相対蒸気密度 2.07
沸点 82℃
蒸気圧 (20℃) 4.4kPa(33mmHg)
溶解性水 無限に溶解する
有機溶媒 エタノール、アセトン、クロロホルム、ベンゼンと完全に混ざり合う
log n-オクタノール/水分配係数 0.14 b
引火点 (開放系) 17℃ c
     (閉鎖系) 12℃
引火限界 2〜12体積%
その他の特性 2-プロパノールと水は、2-プロパノールが88重量%(91体積%)の時、沸騰混合物を生成し、80〜81℃で沸騰する
第二アルコール類に典型的な全ての化学反応が起こる
強酸化剤と激しく反応する
火災では、分解して、一酸化炭素のような有毒ガスが発生する

aMay(1966);Oelert & Florian(1972);Hellman & Small(1974)より
bVeith et al.(1983)による測定値より導出
cKirk & Othmer(1978〜1984)より
米国では水の含有量が異なる三つの商業規格、91体積%、95体積%および無水2-プロパノールがある(IARC,1977)。

表 無水2-プロパノールの構成成分(市販品)a
純度2-プロパノール≧99.5%
不純物0.5重量%
アルデヒド類、ケトン類主な不純物(アセトンとして0.1重量%)

a CEC(1982)



2.ヒトおよび環境の暴露源
1975年における2-プロパノールの世界生産量は、1,100キロトン(1キロトンはTNT火薬1,000トンに相当)より多いと推定され、また1984年の世界での生産能力は2,000キロトンより多いと推算されている。2-プロパノールは一般にはプロペン(プロピレン)から製造される。以前に用いられた強酸と弱酸の工程には危険の可能性のある中間産物や副産物を含んでいたが、現在ではその多くが触媒による水和プロセスに変換されてきている。アセトンの触媒還元は、一つの代替工程である。

2-プロパノールは、種々の微生物類の代謝生成物として確認されている。

この化合物は溶剤として広く応用され、エアロゾル・スプレー、外用薬剤、化粧品を含む家庭用品および個人用品の一成分として用いられている。また、2-プロパノールはアセトンやその他の化学物質の製造に利用され、風防ガラスワイパー用の濃縮液中の氷結防止剤、防腐剤、食品中の揮発性香味料としても用いられる。

2-プロパノールは廃棄物投棄後において、大気、水、土壌中に入り、危険性廃棄物投棄場および埋立地からの空気および浸出水中において同定されている。それは工場発生源から廃棄ガスや廃水中に排出され、廃水からは生物学的酸化作用あるいは逆浸透作用により除去されるであろう。空気中への放散は、消費者製品中の2-プロパノールを使用する間に起こるであろう。




3.環境中の移動・分布・変質
2-プロパノールが環境内へ入る主要経路は、その製造・加工・貯蔵・輸送・使用・廃棄の間における大気中への排出である。土壌および水中への排出も起こる。それぞれの環境区分への排出量の推定は難しい。しかし、1976年中における本化合物の大気中への総放出量は、2-プロパノールの生産量の50%を超えると推算されている。

2-プロパノールは、水酸基との反応および降水等により、大気中から速やかに除去される。降水等は大気中の2-プロパノールを土壌あるいは水へ移動させる。一度土壌中に入ると、それはきわめて移動性を持ち、ある種の芳香族炭化水素類への土壌の透水性を増強する。2-プロパノールは、好気性および嫌気性の双方の条件下において容易に生分解される。それは生分解性を有し、完全に水に混和し、log n-オクタノール/水分配係数は0.14であり、また、生物濃縮係数は0.5であるため、生物濃縮はしないと考えられる。




4.環境中濃度およびヒトの暴露
一般集団への暴露は、偶発的あるいは意図的な摂取、天然あるいは添加揮発性香料の溶剤残渣として2-プロパノールを含む食品の摂取および使用中の吸入を通じて起こる。その濃度は、ノンアルコール飲料中では0.2〜325mg/l、製造中に2-プロパノールを溶剤として用いた食品中では50〜3,000mg/kgの範囲が見出されている。その迅速な除去と分解のため、大気の吸入を通じての一般集団の暴露は低い。種々の場所でのモニタリングが行われ、都市部においては時間荷重平均で35mg/m3までの濃度が測定されている。

作業者は、その製造中に、2-プロパノールとアセトンおよびその他の誘導体に暴露される。また、溶剤として使用される場合も同様である。米国においては、全国職業暴露調査(National Occupational Exposure Survey)(1980〜83)により、180万人以上の作業者が暴露を受けていると推定された。作業場においては、1,350mg/m3までの濃度が測定されており、時間荷重平均としては約500mg/m3までが示された。




5.体内動態および代謝
2-プロパノールは、吸入および摂取後には速やかに吸収され、生体全般に分布される。高用量においては、胃腸管からの吸収は遅れる。2-プロパノールおよびその代謝産物、アセトンの血中濃度は暴露濃度と関連を有する(2-プロパノールはエタノールと同時に摂取された場合に検出される)。オレンジジュース中に3.75mg/kg(エタノール1,200mg/kgと同時に)の量を摂取したヒトのボランティアでは、血中の遊離2-プロパノールの最高濃度の0.8±0.3mg/lと、アリール・スルファターゼとの温置(incubation)後には2.3±1.4mg/lが認められ、硫酸化(sulfation)が示唆された。蒸気(8〜647mg/m3)に暴露された作業者では、肺胞空気内で3〜270mg/m3の濃度が示されたが、この場合は2-プロパノールではなく、アセトンが血中および尿中で見出された。投与を受けた実験動物では、2-プロパノールは血液中のみでなく、脊髄液、肝臓、腎臓、脳においても検出された。それは血液-脳の障壁(barrier)をエタノールの2倍の効率で通過する。

2-プロパノールは部分的には無変化で、また、その一部はアセトンとして主に肺を経て排泄される。また、唾液および胃液経由でも排出され、再吸収はこれらの2経路を介しての排泄後に行われるであろう。2-プロパノールに対するアルコール脱水素酵素(ADH)の相対的親和性(relative affinity)はエタノールの場合より低いため、肝ADHを介してのアセトンへの代謝は多少遅い。In vitro(試験管内)では、2-プロパノールに対するヒトのADHは、エタノールに対する酵素活性の9〜10%を示した。In vitroにおいては、ラットの肝ミクロソーム酸化酵素は2-プロパノールを酸化する能力も有している。ヒトにおいて、アセトンは無変化のまま主として肺を経由して、また、ごく少量は腎臓により排泄される。肺胞空気、血液、尿中のアセトン濃度は、2-プロパノールの暴露の濃度と期間に応じて増加する。生体からの2-プロパノールとアセトンの除去は一次反応で、ヒトにおける半減期はそれぞれ2.5〜6.4時間および22時間である。




6.環境中の生物への影響
水生生物、昆虫、植物に対する2-プロパノールの毒性は低い。感受性の高い原生動物の細胞増殖に対する阻害閾値は、各種実験条件下で、104〜4,930mg/lの範囲で認められた。より高等な生物については、オオミジンコを含む各種の甲殻類では2,285〜9,714mg/lの濃度範囲のEC50s(50%影響発現量)を示し、淡水魚に対する96時間のLC50s(50%致死量)は4,200〜11,130mg/lの範囲であった。クダモノハエより得られたデータでは、LC50s(50%致死濃度)は食餌中濃度で10,200〜13,340mg/lの範囲を示した。蚊の第三脱皮期の幼虫(Aedes aegypti)に対するLC50は4時間の止水試験で25〜120mg/lであった。

濃度が2,100〜36,000mg/l以上の2-プロパノールの植物への暴露においては、無影響から発芽の完全阻止までの範囲の影響を示した。




7.実験動物およびin vitro(試験管内)試験系への影響
哺乳類の致死に対する2-プロパノールの急性毒性は、経口、経皮、呼吸のいずれの経路による暴露においても低い。数種の動物における経口投与後のLD50値は4,475〜7,990mg/kg体重の間を変化し、ラットの8時間吸入におけるLD50は46,000〜55,000mg/m3の範囲であった。これらの致死濃度においては、ラットでは粘膜への激しい刺激と中枢神経系の重度の抑制が見られた。死亡は、呼吸あるいは心臓の停止によるものである。組織病理学的損傷には、肺の鬱血と浮腫、肝臓の細胞変性が含まれていた。

2-プロパノールの3,000あるいは6,000mg/kg体重の単回経口用量では、ラットの肝臓内にトリグリセライド類の可逆性の蓄積を生じさせた。ミクロソーム酵素の誘導は、ラットにおける390mg/kgの単回経口用量において観察された。切除あるいは剥離したウサギの皮膚へのプロパノール原液による4時間の適用では、刺激は生じないように見えた。しかし、0.1mlの2-プロパノール原液をウサギの眼へ適用した場合には、刺激を発生させた。高濃度の2-プロパノールの蒸気は、マウスの呼吸器官に刺激を生じさせ、12,300〜43,525mg/m3空気の濃度では、呼吸数は50%までの減少を示した。

動物における2-プロパノールの反復暴露実験の影響データは限られている。ラットにおいては、2-プロパノール500mg/m3の5日/週、4時間/日、4カ月間の吸入後に、呼吸器系への刺激、血液学上の変化、肝臓および脾臓の組織病理学的変化が認められた。他の研究グループでは、5組の両性ラットに、2-プロパノール含有の飲料水が27週間与えられた。約600および2,300mg/kg/日(オス)、1,000および3,900mg/kg/日(メス)を投与された動物が対照群と比較され、暴露されたメスの2群においてのみ成長の遅滞が示された。このほかの悪影響は認められなかった。

実験データからは、2-プロパノールの中枢神経系(CNS)への影響は、エタノールの場合との類似を示唆している。ウサギにおける経口投与による麻酔に対するED50(50%影響発現量)は2,280mg/kg、マウスにおける腹腔内投与での正向反射(righting reflex)の喪失に対するED50は165mg/kg、ラットにおける腹腔内投与による運動失調誘発の閾値は1,106mg/kgであった。これらの数値はエタノールの約2分の1である。739mg/m3の2-プロパノールの5日/週、15週間の吸入では、オープン・フィールド試験における有害影響は全く発生させなかった。

2-プロパノールは、ラットへの飲料水に1日当り1,290、1,380、1,470mg/kg/日の投与により、二世代試験において評価された。認められた唯一の有害影響は、F0(第一世代)における成長率の一過性の減退であった。これとは対照的に、他の研究者は妊娠ラットに対する2-プロパノールの252および1,008mg/kg/日の経口投与による催奇形性試験において奇形の発生増加を観察した(母獣への毒性は検討されなかった)。これらの用量は飲料水中に45日間投与されたが、発情周期の5日への増加も報告されている(対照群では4日)。出産前6カ月間に1,800mg/kg/日を飲料水により投与されたメス・ラットにおいては胚の総死亡率の増加が見られ、0.18mg/kg/日の用量では子宮内および出生後の生存について種々の影響が報告されているが、一貫したパターンは見られなかった。気中濃度9,001、18,327、23,210mg/m3(3,659、7,450、9,435ppm)の2-プロパノールに暴露された妊娠ラットにおいて、高い方の2種類の濃度は母獣に毒性を示したが、9,001mg/m3では毒性は見られなかった。発生毒性(developmental toxicity)は、これら3種の濃度すべてにおいて認められた。

2-プロパノールは、0.18mg/プレートでのネズミチフス菌の点突然変異(point mutation)に対する試験およびチャイニーズハムスターの肺線維芽球の姉妹染色分体交換試験において陰性の結果を示した。また、in vitroにおいて、ラットの骨髄細胞およびタマネギ根先端細胞(onion root tip cell)において有糸分裂異常を誘発した。その他の変異原性データは入手できない。

2-プロパノールはマウスにおいて、経皮(週3回、1年間)、吸入(7,700mg/m3、3〜7時間/日、5日/週、5〜8カ月間)、皮下(原液20mg、週1回、20〜40週間)の暴露経路を用いて、数件の不完全な発がん性試験が実施された。3件の実験において、皮膚、肺、注射部位のそれぞれにおける腫瘍の発生が検索されたが、いかなる発がん作用の証拠も認められなかった。ヒトに対する2-プロパノールの発がん性を評価するのに十分な疫学データは存在しない。入手し得るデータは、2-プロパノール製造時の強酸・弱酸工程での中間産物のジ-2-硫酸プロピルは、ヒトの鼻腔周辺のがん誘発の原因としての関連を示唆している。




8.ヒトにおける健康影響
経口摂取後および2-プロパノール製剤による清拭(sponge)を受けた熱病の小児において、数件の中毒例が報告されている。中毒の場合の主な徴候は、吐き気、嘔吐、腹痛、胃炎、低血圧、体温降下などを含み、アルコール中毒と同様である。2-プロパノールは、エタノールの2倍の強さで中枢神経系を抑制し、人事不省を生じ、深い昏睡に陥り、呼吸低下に次いで死亡に至る。この化合物に関連するその他の影響には、高血糖症、脳脊髄液中のタンパク質濃度の上昇、肺拡張不全がある。著しい皮膚吸収はないと見られるが、2-プロパノールによる清拭後に中毒した小児の事例報告は、その経皮吸収は過小評価すべきでないことを示唆しており、特に小児の場合にはそうである。2-プロパノールを2.6あるいは6.4mg/kg含有のシロップを毎日、6週間飲用した健康なボランティアにおいては、有害影響は認められなかった。男性ボランティアのグループは、490、980、1,970mg/m3の濃度の2-プロパノールの蒸気に3〜5分間暴露された際に、980mg/m3での刺激は「軽度」であり、自身の8時間の職業暴露では許容し得るものと判断した。

2-プロパノールへ長時間接触した小児において、紅疹、第二・第三度の火傷、水疱の病態の皮膚刺激が報告されている。時には、アレルギー性接触皮膚炎の症例も報告されている。

がんあるいは他の病因による死亡率についての少数の疫学調査が入手できる。強酸工程による2-プロパノール製造工場に5年以上雇用された71名の作業者のグループにおいて、4例の鼻腔周辺がんを含む7例のがんが報告されている。また、同様の工場においての779名のコホート(訳者注:疫学研究において対象とする特定の集団)研究では、年齢および性別を補正した鼻腔周辺および喉頭部のがんの発生率は予測値の21倍の増加を示した。最短の潜伏期間は10年であった。強酸工程を用いる他の工場における回顧的(訳者注:研究開始時点より過去に起こった事象を観察する分析疫学の手法で、「後向き研究」ともいう)コホート研究(retrospective cohort study)では、4,000人・年以上のリスクの存在を認めた。この研究結果では、すべての病因による死亡率と新生物(訳者注:腫瘍)による死亡率は、予測値より有意の上昇は示さなかった。弱酸工程による2-プロパノール製造工場において、後向きコホート研究が実施され、1万1,000人・年以上のリスクが存在した。すべての病因による死亡率は予測値よりも低く、すべてのがんによる過剰死亡は認められなかった。しかし、口内および咽頭のがんの発生率は、予測値の4倍を示した。コホート研究では、全般としては強酸製造工程に関連するがんの危険性を示唆しているが、2件の小規模の症例対照研究(訳者注:症例と対照の過去に遡って特定要因の有無を調査する分析疫学の手法)では、2-プロパノールへの暴露と神経膠腫あるいはリンパ性白血病の発生率との間には関連性があるという証拠は存在しなかった。

四塩化炭素と2-プロパノールとの複合暴露を受けた作業者においては、前者の毒性を増強することを示唆する複数の報告がある。




9.評価の要約
2-プロパノールへのヒトの暴露は、製造、加工、職業的および家庭での使用の間に、吸入を通じて起こる。一般集団における致死濃度への暴露は、偶発的あるいは意図的な摂取から発生し、また、小児は2-プロパノール製剤(拭き取り用アルコール)による清拭で暴露されるであろう。

2-プロパノールは速やかに吸収され、その一部はアセトンとして全身にわたり分布される。ヒトにおける急性過剰暴露条件下での暴露-影響データは極めて少なく、さまざまな結果が得られている。顕著な影響は、胃炎、体温低下および呼吸減弱を伴う中枢神経系の抑制、低血圧である。実験動物に対する急性致死データは、2-プロパノールの毒性は低いことを示しており、各種動物における経口LD50値は4,475〜7,990mg/kgの範囲であり、ラットに対する吸入LC50値は約50,000mg/m3である。ウサギでは、2-プロパノールは皮膚に刺激を生じさせないが、0.1mlの2-プロパノール原液は眼に刺激を与えた。

ヒトにおいては、摂取あるいは吸入を通じての高濃度2-プロパノール暴露の、最も多い急性影響はアルコール中毒と昏睡状態である。2-プロパノールの反復暴露によるヒトの健康リスクについては、その評価の基礎となるような適切な動物研究は入手できない。しかし、吸入暴露(500mg/m3、4時間/日、5日/週、4カ月間)および経口暴露(飲料水中に600〜3,900mg/kg)を含むラットによる2件の短期実験の結果は、一部で報告されている2-プロパノールのきわめて高濃度の職業暴露は避けるべきことを示唆している。

2-プロパノールの妊娠ラットへの吸入暴露により、母獣への毒性に対する最少影響量(a lowest-observed-effect-level:LOEL)として18,327mg/m3(7,450ppm)、無影響量(a no-observed-effect-level:NOEL)としては9,001mg/m3(3,659ppm)が得られた。同じ実験において、発生毒性のLOELは9,001mg/m3(3,659ppm)が得られたが、NOELは検出できなかった。これらの濃度は、ヒトが遭遇すると考えられる状況よりは高いようである。

2-プロパノールは遺伝毒性試験では陰性であったが、ラットの骨髄における有糸分裂異常を誘発した。これらの知見は、この物質がいかなる遺伝毒性も持たないことを示唆しているが、限定されたデータを基礎にしては変異原性の十分な評価はできない。

入手し得るデータは、実験動物における2-プロパノールの発がん性評価には不十分である。ヒトにおける2-プロパノールの発がん性を評価するためのデータはない。一般集団が通常遭遇する暴露条件下では、2-プロパノールは重大な健康リスクを形成することはないであろう。

2-プロパノールは大気中から速やかに消失し(半減期は2.5日以内)、好気性および嫌気性生分解により水中や土壌中から除去される。特に、順化培養した微生物を適用した場合には著しい。2-プロパノールの物理的特性から見て、生物濃縮の可能性は低い。通常環境内で存在する濃度では、自然に生息する生物にリスクを与えることはない。




10.勧   告
1.2-プロパノールは、実施された少数の試験では変異原性を示さなかった。すべての最新の遺伝毒性試験を完遂すべきである。
2.2-プロパノールの発がん性について数件の実験が報告されているが、それらのすべては重大な欠陥を有するため、2-プロパノールの発がん可能性の評価には用いることはできない。2-プロパノールの発がん性生物試験に望ましいのは、遺伝毒性試験の結果について考慮すべきことである。
3.明らかに毒性を示す濃度における2-プロパノールの吸入暴露は、生殖および発生毒性を発現する。また、飲料水実験から入手し得るデータには一貫性がない。環境および飲料水汚染の可能性に鑑み、経口投与を用いた生殖および発生毒性試験を実施すべきである。
4.正確な暴露データを含む疫学研究は、2-プロパノールによる職業的有害性の評価に有用であろう。



11.国際機関によるこれまでの評価
国際がん研究機関による2-プロパノールの発がん性の評価 aは、次の通り報告されている。

A.ヒトに対する発がん性の証拠〔強酸工程によるイソプロピルアルコールの製造に対しては十分(sufficient)、イソプロピルアルコールおよびイソプロピル油類に対しては不十分(inadequate)〕。
強酸工程によるイソプロピルアルコール製造工場の作業者において、鼻腔周辺のがん発生率の増加が認められた。これらの作業者の間では、喉頭部のがんのリスクも増加を示した。がんのリスクが、本工程の副産物として生成されるイソプロピル油類への中間産物である硫酸ジイソプロピル、あるいは硫酸のようなその他の要因によるのかは不明確である。弱酸工程によるイソプロピルアルコール製造に関する疫学データは、発がん性の評価には不十分である。

B.動物に対する発がん性の証拠〔イソプロピルアルコールおよびイソプロピル油類に対しては不十分である〕。
強酸および弱酸の両方の工程によるイソプロピルアルコールの製造時に生成されるイソプロピル油類は、不十分ながらマウスにおいて、吸入、皮膚塗布、皮下投与により試験された。強酸工程に生成されるイソプロピル油類も、不十分ながらイヌにおいて、吸入および鼻腔注入により試験された。

イソプロピルアルコールについて入手し得るデータは評価には不十分である。

C.その他の関連データ
ワーキンググループにより入手できたデータはない。

a国際がん研究機関(IARC)、発がん性の総合評価、IARCモノグラフ Vol.1〜42最新版、リヨン、フランス、1987(ヒトに対する発がんリスクの評価に関するIARCモノグラフ、補遺7)。