環境保健クライテリア 102
Environmental Health Criteria 102


1-プロパノール(プロピルアルコール)  1-Propanol

(原著98頁,1990年発行)

-目次-
1.物質の同定、物理的・化学的特性、分析方法
2.ヒトおよび環境の暴露源
3.環境中の移動、分布、変質
4.環境中濃度とヒトの暴露
5.体内動態と代謝
6.環境中の生物類への影響
7.実験動物およびin vitro(試験管内)試験系への影響
8.ヒトの健康への影響
9.評価の要約
10.勧   告
11.国際機関によるこれまでの評価

1.物質の同定、物理的・化学的特性、分析方法
1-プロパノールは、無色で、高度の引火性を有し、常温および常圧で揮発する液体である。水および有機溶剤と混和する。プロパノールの分析方法にはガスクロマトグラフィーが含まれ、サンプルに適切な抽出あるいは濃縮手法が用いられた場合には、大気中では5×10-5mg/m3、水中では1×10-4mg/m3、血液・血清・尿中では0.002mg/lの感度で検出できる。
a 物質の同定
化学式C3H8O
化学構造  3次元
分子量60.09
一般名n-propyl alcohol
IUPAC名n-propanol
CAS化学名1-propanol
その他の名称ethyl carbinol,1-hydroxypropane, propanol,propan-1-ol
商品名Albacol, Optal, Osmosol extra, UN1274
略称NPA
CAS登録番号71-23-8
換算係数 (25℃,101.3kPa=760mmHg)1ppm=2.46mg/m3
1mg/m3=0.41ppm
b 物理的・化学的特性
表 1-プロパノールの物理的・化学的特性
物理的状態 (常温常圧) 引火性が高い、揮発性、無色液体
臭気 アルコール臭と表現される甘い快い匂い a
連続的な暴露は嗅覚の感度を鈍らせる (嗅覚適応)b
臭気知覚閾値 <0.07〜100mg/m3 c
臭気認識閾値 0.32〜150mg/m3 d
比重 (20℃) 0.804
相対蒸気密度 2.07
沸点 97℃
融点 -127℃
蒸気圧 (20℃) 1.9kPa(14.5mmHg)
溶解性 水 無限に溶解する
有機溶媒 ほとんどの有機溶媒では無限に溶解する
log n-オクタノール/水分配係数 0.34 e
引火点(開放系) 25℃
    (閉鎖系) 15℃
引火限界 2.1〜13.5体積%
その他の特性 第一アルコール類に典型的な全ての化学反応が起こる
1-プロパノールは酸化剤と激しく反応する

aHellman(1974)より
bStone, Pryor & Steinmetz(1972)より
cMay(1966);Corbit & Engen(1971);Oelert & Florian(1972);Stone et al.(1972);Dravnieks(1974);Hellman & Small(1974);Laing(1974);Punter(1983)より
dMay(1966);Hellman & Small(1974)より
eHansch & Anderson(1967)による測定値より導出
表 1-プロパノールの構成成分(市販品)a
純度1-プロパノール>99.85%
不純物≦0.1重量%
アルデヒド類≦0.2重量%
エタノール≦10mg/kg
メタノール≦100mg/kg

a CEC(1982)



2.ヒトおよび環境の暴露源
世界の年間生産量は、1979年において13万トンを超えている。自然界において、種々の微生物類による有機物質の分解により生成され、植物類中および燃料油中に存在する。1-プロパノールは、エチレンと一酸化炭素および水素との反応からプロピオンアルデヒドを生じさせ、それを水素添加して製造される。また、それはメタノール生産の副産物でもあり、プロパンから直接にあるいはアクロレインからも製造されるかも知れない。1-プロパノールの主な用途は、工業および家庭における多目的溶剤である。それは柔軟な印刷用インク、繊維用途、化粧品・乳液などの個人用商品、窓清掃剤、研磨剤、防腐剤に用いられる。第二の重要な用途は、各種の化学化合物の製造における中間物質としてである。



3.環境中の移動、分布、変質
1-プロパノールが環境内に入る主要な経路は、その製造、加工、保管、移動、使用、廃棄処理の過程における大気中への排出である。水中および土壌中への排出も起こる。1-プロパノールの主な用途は揮発性溶剤であるため、生産量の大部分は結局は大気中に放出される。

1-プロパノールは、ヒドロキシル・ラジカルとの反応および降水等により大気中から速やかに消失する。それは、好気性および嫌気性の双方の条件下で容易に生分解され、化学的、生物学的除去のメカニズムにより、通常は、環境中において測定可能の濃度に遭遇することはない。しかし、この化合物は都市部の空気、廃棄物処理場、埋立地からの浸出水中からも検出されている。1-プロパノールの土壌透水性はおそらく高く、本化合物はある種の芳香族溶剤の透水性を増強する。

1-プロパノールのlog n-オクタノール/水分配係数は0.34、生物濃縮係数は0.7であり、生物濃縮は到底起こりそうにない。




4.環境中濃度とヒトの暴露
一般集団への暴露は、偶発的な摂取、使用中の吸入、食品類(1-プロパノールは、天然あるいは添加の揮発性香料、あるいは溶剤残渣として含まれる)および非アルコール性・アルコール性飲料類の摂取により発生する。例えば、ビールには195mg/lまでが、ワインには116mg/lまでが、各種のアルコール飲料(spirit)には3,520mg/lまでの1-プロパノールが含まれている。

吸入および飲料水を介しての一般集団の暴露は低い(米国における都市部の空気サンプル中の平均濃度は0.00005mg/m3、また飲料水中では0.001mg/l)。作業者は、その製造、加工、使用の期間中の吸入を通じて暴露される可能性がある。しかし、そのような暴露を定量するためのデータは入手できない。




5.体内動態と代謝
1-プロパノールは、摂取後速やかに吸収され、生体全般に分布される。吸入および経皮暴露後の吸収率のデータはない。1-プロパノールはアルコール脱水素酵素(ADH)により代謝され、アルデヒドを経てプロピオン酸になり、そしてトリカルボン酸サイクルに入る。この酸化は1-プロパノール代謝の律速段階(a rate-limiting step)である。In vitro(試験管内)では、ラットおよびウサギのミクロソーム酸化酵素も1-プロパノールをプロピオンアルデヒドに酸化する能力をもっている。1-プロパノールに対するADHとミクロソーム酸化方式との相対的親和力は、エタノールの場合よりもはるかに高いため、1-プロパノールは生体から速やかに除去される。ラットに対する経口による1,000mg/kg投与後の半減期は45分である。

動物およびヒトの双方において、1-プロパノールは生体から呼気中あるいは尿中に除去されるかも知れない。1-プロパノール3.75mg/kg体重およびエタノール1,200mg/kg体重を経口投与されたヒトにおいて、1-プロパノールの尿中排泄総量は用量の2.1%であった。1-プロパノールの尿中濃度は同時に摂取されたエタノールの量よりも低く、1-プロパノールと過剰投与されたエタノールとの間のADHに対する競合(competition)を示している。




6.環境中の生物類への影響
環境中において通常遭遇する濃度においては、1-プロパノールは水生生物類・昆虫類・植物類に対して毒性を示すことはない。3種類の感受性の高い水生生物種(3種の原生動物類)の細胞増殖に対する阻害閾値は38〜568mg/lであった。より高等な生物に対する致死濃度は約5,000mg/lで、動物の門(分類上の)による変化はほとんどなく、急勾配の用量-反応曲線を示す。廃水中および活性汚泥中のある種の細菌類や微生物類は、17,000mg/l以上の濃度に適応できる。

種子の発芽は、1-プロパノールの水中濃度および暴露条件に依存して、阻害あるいは刺激を受ける。この化合物はトウモロコシ、豆類、小麦中で、亜硝酸塩の蓄積を増加する。




7.実験動物およびin vitro(試験管内)試験系への影響
哺乳類に対する1-プロパノールの急性毒性(死亡率に基づく)は、経皮、経口、呼吸経路のいずれの暴露においても低い。数種の動物種における経口LD50値(50%致死量)は1,870〜6,800mg/kg体重の範囲と報告されている。しかし、ごく若いラットに対するLD50は560〜660mg/kg体重と報告されている。1-プロパノールの単回暴露後の主な毒性影響は中枢神経系の抑制である。1-プロパノールの入手し得る証拠は、その中枢神経系への影響はエタノールの場合との類似を示唆しているが、1-プロパノールの方が神経毒性はより強いように見える。ウサギにおける麻酔作用と、マウスの右折反応の喪失に対するED50値(50%効果量)は、それぞれ、経口で1,440mg/kg体重、腹膜内投与で1,478mg/kg体重であり、これらはエタノールの約4分の1である。ラットによる斜面試験(tilted plane test)では、1-プロパノールはエタノールの2.5倍の影響を示した。

3,000あるいは6,000mg/kg体重の単回経口投与は、ラットの肝臓においてトリグリセライド類の可逆性の蓄積を生じさせた。高濃度の蒸気は、マウスにおいて呼吸器官に刺激を与え、約30,000mg/m3の濃度では、マウスの呼吸は50%程度の減少を示した。

眼および皮膚の刺激についてのデータは入手できない。CF1系マウスによる1件の皮膚感作(訳者注:過敏状態の誘発)試験では感作は観察されなかった。

オス・ラットに対する1-プロパノール15,220mg/m3の6週間の暴露は、生殖機能を障害するとの限定的な証拠がある。8,610mg/m3の同様の暴露後は、影響が認められなかった。1-プロパノールの妊娠ラットへの暴露では、母獣および発生毒性は23,968および14,893mg/m3(9,743および6,054ppm)において明らかであったが、9,001mg/m3(3,659ppm)では毒性は認められなかった。1-プロパノールの8,610あるいは15,220mg/m3に6週間暴露されたオス・ラットの仔獣に対するビヘイビアーの欠陥の証拠は見られなかった。また、妊娠期間中に同じ濃度に暴露されたラットの仔獣の場合も同様であった。しかし、5〜8日齢のラットに1-プロパノール3,000〜7,800mg/kg/日を経口的に投与した場合には、投与中における中枢神経系の抑制の証拠と、その投与終了時に中止の徴候が認められた。これらのラットの脳は18日齢で検索され、脳の実重量および相対重量およびDNA含量の減少、コレステロールおよびタンパク質レベルの局部的減少が見出された。

1-プロパノールは、ネズミチフス菌を用いた2件の点突然変異試験において、また大腸菌CA-274による復帰突然変異試験において陰性の結果を示した。また、姉妹染色分体交換あるいはin vitroの哺乳類細胞の小核誘発試験において陰性の結果が得られている。このほかの変異原性データは入手できない。

ウイスター系ラットの少数のグループについての発がん性試験において、それらの生涯にわたる240mg/kgの経口投与と、48mg/kgの皮下投与により暴露され、皮下投与群において肝臓がん腫の発生に有意の増加が認められた。しかし、この試験では、実験の詳細を欠くこと、動物数があまりにも少数であること、肝毒性を誘発する単回の高用量を使用したこと、などを含む多くの理由により、発がん性の評価には不十分であった。




8.ヒトの健康への影響
一般集団あるいは職業グループにおいて、健康への悪影響の報告はない。唯一の致死中毒事例においては、女性が無意識状態で発見され、摂取後4〜5時間で死亡した。死体解剖では、「脳の腫脹」(swollen brain)と肺浮腫が明らかにされた。皮膚の刺激および感作の研究では、実験室作業員にアレルギー反応が報告されている。他の12名のボランティア・グループにおいては、75%の1-プロパノール水溶液0.025mlを浸した濾紙の前腕への5分間の適用後に、9名に最低60分間持続する紅疹が観察された。1-プロパノールへの職業暴露後の健康への悪影響について、このほかの報告はない。

1-プロパノールの、ヒトにおける発がん性を含む長期影響を評価するための疫学研究は入手できない。




9.評価の要約
1-プロパノールへのヒトの暴露は、1-プロパノールを含む食品あるいは飲料類の摂取を通じて起こるであろう。吸入暴露は、家庭での使用および製造・加工・使用における職業的状況下で起こるであろう。大気中および水中の1-プロパノール濃度についてのごく限られたデータでは、その濃度はきわめて低いことを示唆している。

1-プロパノールは、摂取後速やかに吸収され、生体全般に分布される。吸入後の吸収は迅速で、経皮吸収は遅い、と考えられる。

動物に対する1-プロパノールの急性毒性は、経皮、経口、呼吸器の経路のいずれにおいても低い。一般集団の人が致死濃度に暴露される可能性は、偶発的あるいは意図的な摂取を通じて起こるであろう。しかし、1-プロパノールによる致死中毒事例は1件だけ報告されている。最も可能性のある1-プロパノールの急性影響は、アルコール中毒と麻酔作用である。動物実験の結果では、1-プロパノールの毒性はエタノールの2〜4倍であることを示唆している。

1-プロパノールは、水分で湿った(hydrated)皮膚に対して刺激を与えるであろう。

動物毒性データは、1-プロパノールの反復あるいは長期暴露に関連するヒトの健康リスクを評価するには不十分である。しかし、限定的な短期ラット試験は、1-プロパノールの経口暴露は、ヒトの通常の暴露条件下では健康に重大な危険をもたらすことはないことを示唆している。

オス・ラットにおいては、15,220mg/m3の濃度への吸入暴露は生殖機能の障害を発生させたが、8,610mg/m3の暴露では認められなかった。妊娠ラットに対し、母獣および発生毒性に対する無影響量(a no-observed-effect level:NOEL)は9,001mg/m3(3,659ppm)、最小影響量(a lowest-observed-effect level:LOEL)は14,893mg/m3(6,054ppm)であった。したがって、暴露動物に明らかな毒性がある場合には、高濃度の1-プロパノールの吸入暴露はオスおよびメスのラットに対し、生殖および発生毒性を発生させる。これらの影響をラットに生じさせるのに要する濃度は、ヒトが通常の条件下で遭遇しそうな濃度よりも高い。

1-プロパノールは、細菌の点突然変異試験に対して陰性であった。これらの知見は、この物質がいかなる遺伝毒性も持たないことを示唆しているが、入手し得る限定的なデータに準拠するのみでは、変異原性の十分な評価はできない。入手し得る研究は、実験動物における1-プロパノールの発がん性の評価には不十分である。ヒトの集団に対する1-プロパノールの長期暴露のデータは入手できない。したがって、ヒトに対する1-プロパノールの発がん性は評価できない。

半リットルの1-プロパノールの摂取後の致死的な中毒事例のほかには、一般集団あるいは職業グループのいずれにおいても、1-プロパノールの暴露による健康への悪影響についての報告は実際のところ存在しない。タスクグループは、通常の暴露条件下では、1-プロパノールは一般集団の健康に重大なリスクをもたらすことはない、と考察した。

1-プロパノールは、製造、加工、保管、輸送、使用、廃棄処理の間に環境中に放出される。その主要な用途は揮発性溶剤としてであるため、生産量の大部分は大気中に放出される。しかし、ヒドロキシ・ラジカルとの反応と降水等により、1-プロパノールは3日以内の滞留期間で大気中から速やかに消失する。水および土壌からの除去も迅速に起こり、これら3種の環境区分のいずれにおいても測定可能の濃度が発見されるのはほとんどない。土壌微粒子への1-プロパノールの吸着は少ないが、それは土壌中では移動し、ある種の芳香族炭化水素に対する土壌の透水性の増強が示されている。

1-プロパノールの物理的特性から見て、生物濃縮は起こらないようである。また、偶発的あるいは不適切な廃棄の場合以外には、環境内に通常存在する濃度では、1-プロパノールは水生生物類、昆虫類、植物類にリスクをもたらすことはない。




10.勧   告
1.実施された少数の試験においては、1-プロパノールは変異原性を示さなかった。最新の十分な種類の遺伝毒性試験を実施すべきである。
2.1-プロパノールの発がん性を示唆する唯一件の報告が発表されているが、この研究には重大な欠陥があり、1-プロパノールの発がん可能性の評価には使用できない。1-プロパノールの発がん性試験を行うことが望ましいかどうかは、遺伝毒性試験の結果に準拠して検討すべきである。
3.明らかに有害な濃度の1-プロパノールの吸入暴露は、実験動物において生殖および発生毒性を生じさせる。環境および飲料水の汚染に鑑み、経口投与を用いた生殖および発生毒性を試験すべきである。
4.1-プロパノールによる職業上の危険性の評価には、正確な暴露データを含む疫学研究が役立つであろう。
5.ガス状酸素を消費する種々の種類の水生生物類における異常に一定した毒性レベル、観察された例外的な急勾配の曲線は、1-プロパノールに限らないかも知れない非特異的作用を示唆している。これらの影響は研究に値する。



11.国際機関によるこれまでの評価
1-プロパノールは、FAO/WHO食品添加物専門家共同委員会(JECFA)により、その第23次報告書中で検討された。仕様書(specifications)は公式に作定されたが、毒性資料は作成されず、本物質に対しては入手し得るデータに基づく評価は行われなかった。1-プロパノールのラットにおける発がん可能性を示唆する限定的な研究結果を含む追加的毒性情報は、その後のJECFAの会合で入手可能となった。その第25次報告書aにおいて、JECFAは発がん性の問題の解決には齧歯類による生涯食餌試験が必要である、と記載され、毒性資料が作成された。それまでの詳述書類は修正され、それは「試案」(tentative)と指定されたが、ADI(一日摂取許容量)は設定されなかった。

aWHOテクニカル・リポート・シリーズ、No.669,1981(特定食品添加物の評価:FAO/WHO食品添加物専門家共同委員会第25次報告書)。