環境保健クライテリア 99
Environmental Health Criteria 99


シハロトリン  Cyhalothrin
(合成ピレスロイド系殺虫剤)

(原著106頁,1990年発行)

-目次-
はじめに -合成ピレスロイドの概説-
1.要約および評価
2.結   論
3.勧   告
4.国際機関によるこれまでの評価

はじめに -合成ピレスロイドの概説-

1. 天然のピレトリンの化学構造を改変する研究を通して、物理的および化学的特性が改善され、より強力な生物学的活性を有する数々の合成ピレスロイドが製造された。初期の合成ピレスロイドのうちいくつかは商品化に成功し、主として衛生害虫の駆除に用いられた。他のより最近開発されたピレスロイドは、広範囲の害虫に対する優れた効果と、環境中での残留性が低いことから農業用の殺虫剤として導入されてきた。
2. ピレスロイドは、有機塩素、有機リン、カーバメート、その他の化合物に加えて、別の殺虫剤のグループを構成する。現在商品化されているピレスロイドとして、アレスリン、レスメトリン、d-フェノトリン、テトラメトリン(公衆衛生上重要な害虫用)およびシペルメトリン、デルタメトリン、フェンバレレート、ペルメトリン(主として農業害虫用)がある。そのほかにピレスロイドとしては、フラメトリン、カデトリン(kadethrin)、テラレトリン(tellallethrin)(通常は家庭害虫用)、フェンプロパトリン、トラロメトリン、シハロトリン、ラムダ-シハロトリン、テフルトリン、シフルトリン、フルシトリネート、フルバリネート、バイフェネート(biphenate)(農業害虫用)が含まれる。
3. いくつかの合成ピレスロイドの毒性学的評価は、食糧農業機関(FAO)/世界保健機関(WHO)の合同の残留農薬専門家会議(JMPR)により行われている。シペルメトリン、デルタメトリン、フェンバレレート、ペルメトリン、d-フェノトリン、シフルトリン、シハロトリン、フルシトリネートの一日許容摂取量(ADI)はJMPRにより見積もられている。
4. 合成ピレスロイドは、化学的には特定の酸(例えば、菊酸、ハロゲン置換の菊酸、2-(4-クロロフェニル)-3-メチル酪酸)とアルコール(例えば、アレスロロン、3-フェノキシベンジルアルコール)のエステルである。ある種のピレスロイドでは、酸および/またはアルコール部分に不斉センターが存在し、製品はしばしば光学(1R/1Sまたはd/l)および幾何(cis/trans)双方の異性体の混合物から構成されている。しかし、それらの製品の殺虫作用の大部分は1種あるいは2種の異性体中に存在する。一部の製品(d-フェノトリン、デルタメトリン)は、このような効果を有する異性体のみから構成されている。
5. 合成ピレスロイドは、哺乳類および/または昆虫類のナトリウムチャネルを作用点として、末梢および中枢神経系の軸索に作用する神経毒である。単回投与により、哺乳類では、振戦(ふるえ)、異常興奮、流涎、舞踏病様アテトーシス(訳者注:無定位運動症ともいい、指や手の屈曲、進展などの、緩慢な、ねじるような運動が常に連続している状態)、麻痺などの毒性徴候を生じさせた。この徴候はかなり速やかに消失し、動物は一般的には一週間以内に回復する。合成ピレスロイドは、致死量に近い投与量では、軸索の腫脹および/または傷害座骨神経のミエリン(髄素)の変質などの神経系における一過性の変化を生じさせる。それらは、ある種の有機リン化合物により誘発される種類の遅発性神経毒性を発症させる、とは見なされていない。合成ピレスロイドの毒性メカニズムと、それらの2種のタイプの分類については付属資料で説明されている。
6. 一部のピレスロイド(デルタメトリン、フェンバレレート、シハロトリン、ラムダ-シハロトリン、フルシトリネート、シペルメトリン)は暴露されたヒトの皮膚に一過性のかゆみおよび/または灼熱感を生じさせる。
7. 合成ピレスロイドは、一般には、哺乳類においては、エステル加水分解、酸化作用、抱合により代謝され、体組織に蓄積する傾向はない。環境中では、合成ピレスロイドは土壌、植物中でかなり速やかに分解される。エステル加水分解と分子の種々の部位における酸化作用は主要な分解過程である。このピレスロイドは土壌および底質に強く吸着され、水により溶出されることはほとんどない。生物中における生物濃縮の傾向はほとんどない。
8. 施用濃度の低いことと環境中での速やかな分解により、食品中の残留は一般的には低い。
9. 合成ピレスロイドは、実験室での試験において、魚類・水生節足動物類・ミツバチに対し毒性を示す。しかし、実際の使用においては、低い施用濃度と環境中での残留性がないことにより、重大な有害影響は認められていない。鳥類および家畜における合成ピレスロイド類の毒性は低い。
10. FAO/WHOの評価資料のほか、合成ピレスロイド類の化学的特性、代謝、哺乳類毒性、環境影響その他について、いくつかの優れたレビューと成書が刊行されており、これらには、Elliot(1977)、Miyamoto(1981)、Miyamoto & Kearney(1983)、Leahey(1985)が含まれる。
(訳者注:合成ピレスロイドの名称のうち、日本で農薬登録のない殺虫剤(kadethrin、tellallethrin、biphenate)には英語原名を付記した。)



1.要約および評価
1.1 物質の同定、物理・化学的特性、分析方法
シハロトリンは、α-シアノ-3-フェノキシベンジルアルコールと3- (2-クロロ-3,3,3-トリフルオロ-1-プロペニル)-2,2- ジメチルシクロプロパンカルボン酸のエステル化により合成され、 4種の立体異性体の混合物から構成されている。 ラムダ-シハロトリンは一組の鏡像異性体により構成され、 生物学的により活性の高い組成である。

シハロトリンの工業製品原体は、黄褐色の粘性のある液体であり(融点:約10℃)、 90%以上の有効成分を含む。それは比率が1:1:1:1の4種類のcis異性体で構成される。 水には不溶性であるが、脂肪族・芳香族炭化水素のいくつかの有機溶剤に溶解性である。 また、光および熱には安定で、低い蒸気圧を有する。

ラムダ-シハロトリンの工業製品原体は、灰褐色の固体(融点:49.2℃)で、 90%以上の有効成分を含む。(Z),(1R,3R),S-エステルと (Z),(1S,3S),R-エステルとの比は1:1である。 それはわずかに水溶解性であるが、ある範囲の有機溶剤には溶解性であり、低い蒸気圧を有する。 シハロトリンおよびラムダ-シハロトリンの双方はアルカリ性の条件下では速やかに加水分解されるが、 中性および酸性媒体中では安定である。 シハロトリンおよびラムダ-シハロトリンの残留物および環境の分析については、 十分に確立された方法が利用できる(最小検出濃度は0.005mg/kgである)。

シハロトリン
a 物質の同定
化学式 C23H19ClF3NO3
化学構造   3次元
分子量 449.9
化学名 α-cyano-3-phenoxybenzyl3-(2-chloro-3,3,3-trifluoroprop-1-enyl) -2,2-dimethylcyclopropanecarboxylate
CAS化学名 (RS)-α-cyano-3-(phenoxyphenyl)methyl(1RS)-cis-3- (Z-2-chloro-3,3,3-trifluoroprop-1-enyl)-2,2-dimethylcyclopropanecarboxylate
その他の名称 R114563,PP563
商品名 Grenade
CAS登録番号 68085-85-8
b 物理的・化学的特性
表 シハロトリンの物理的・化学的特性
物理的状態 粘性の液体
黄色〜褐色
臭気 刺激性の少ない匂い
比重 1.25
融点 ガラス状 10℃より低い
分解 >275℃
蒸気圧 (20℃) 1×10-9kPa
     (80℃) 4×10-6kPa
溶解性 水 4×10-3mg/l
     有機溶媒 溶解する
n-オクタノール/水分配係数
(log Pow) (20℃)
6.9
安定性a 光に対して、また220℃より低温では非常に安定
希水溶液は穏やかに光分解する

a Hall & Leahey(1983);Curl et al.(1984)
表 シハロトリンの構成成分(工業用)
純度シハロトリン90%より多くの殺虫剤を含む
乳化濃度5%、10%、20%で調整されている
ラムダ-シハロトリン
a 物質の同定
化学式C23H19ClF3NO3
化学構造 Enantiomeric pair A
  3次元

  3次元

Enantiomeric pair B
  3次元

  3次元

分子量 449.9
化学名 α-cyano-3-phenoxybenzyl3- (2-chloro-3,3,3-trifluoroprop-1-enyl)-2,2-dimethylcyclopropanecarboxylate
CAS化学名(RS)-α-cyano-3- (phenoxyphenyl)methyl(1RS)-cis-3-(Z-2-chloro-3,3,3-trifluoroprop-1-enyl)- 2,2-dimethylcyclopropanecarboxylate
その他の名称 R119321,PP321
商品名 Karate, Matador, Icon
CAS登録番号 91465-08-6
b 物理的・化学的特性
表 ラムダ-シハロトリンの物理的・化学的特性
物理的状態 固体
ベージュ
臭気 刺激性の少ない匂い
比重 1.33
融点 49.2℃
分解 >275℃
蒸気圧 (20℃) 2×10-10kPa
     (80℃) 3×10-6kPa
溶解性 水 5×10-3mg/l
     有機溶媒 溶解する
n-オクタノール/水分配係数
(log Pow) (20℃)
7.0
安定性a ラムダ-シハロトリンはpH5の水中で安定
pH7とpH9ではα-シアノ炭素においてラセミ化が起こり、鏡像異性体対AとB(1:1)の混合物が生成される

鏡像異性体対 A: (Z),(1R,3R),R-α-cyanoと(Z),(1S,3S)S-α-cyano
B: (Z),(1R,3R),S-α-cyanoと(Z),(1S,3S)R-α-cyano

pH9においては、エステル結合はかなり速やかに加水分解される(半減期7日)

a Collis & Leahey(1984)
表 ラムダ-シハロトリンの構成成分(工業用)
純度ラムダ-シハロトリン 90%より多くの殺虫剤を含む
濃度2.5%、5.0%、8.3%、12%および超低体積濃度0.8%の
乳化濃度で調整されている
1.2 生産および用途
シハロトリンは1977年に開発された。 主として公衆衛生上および動物用医薬品として多種類の害虫の駆除に用いられたが、 農業においてはリンゴやナシ類の害虫に対しても採用された。 ラムダ-シハロトリンは、主に多種類の農作物の農業害虫に使用され、公衆衛生用に用いられるに至った。

生産量についてのデータは入手できない。

1.3 ヒトの暴露
農作物用や動物用医薬品としてのシハロトリンおよびラムダ-シハロトリンの使用から生じる食品中の残留物は低く、 通常0.2mg/kg以下である。ヒトにおける食事による総摂取量のデータはないが、 一般集団の食事による暴露は一日許容摂取量(ADI:0.02mg/kg体重)を超えることはない、と推測できる。
1.4 環境中暴露および運命(fate)
土壌表面およびpH5の水溶液では、 ラムダ-シハロトリンは太陽光線照射下で約30日の半減期をもって分解する。 その主要な分解産物は3-(2-クロロ-3,3,3-トリフルオロ-1-プロペニル)-2,2-ジメチルシクロ-プロパンカルボン酸、 シハロトリンのアミド誘導体、3-フェノキシ安息香酸である。

土壌中での分解は、主としてエステル結合の開裂後のヒドロキシル化により起こり、 後に二酸化炭素に分解される2種類の分解産物を生じる。当初の半減期は22〜82日の範囲内である。

シハロトリンおよびラムダ-シハロトリンは土壌粒子に吸着され、環境中で移動することはない。

植物上ではラムダ-シハロトリンはゆっくりと(半減期は40日まで)分解するため、 植物上の主な残留成分は通常親化合物である。一連の加水分解および酸化作用から生じる低レベルの代謝産物も見出される。

環境中における実際の濃度についてのデータは入手できないが、 現在の使用パターンおよび施用濃度が少ないことから低いものと考えられる。

1.5 摂取・代謝・排泄
ラット、イヌ、ウシ、ヤギを用いた代謝実験が実施された。 ラットおよびイヌにおいては、シハロトリンは経口投与後にはよく吸収され、 広汎な代謝を受け、極性抱合体として尿中に排泄された。 ラットの体組織中のシハロトリン濃度は、暴露中止後には減退した。 ラットの屍体中の残留は少なく(7日後に用量の5%以下)、 そのほとんどすべては脂肪中にシハロトリンとして見出された。脂肪中の残留物は23日の半減期で排出された。

授乳中のウシへの経口投与後には、シハロトリンは速やかに排出され、 摂取と排出との間の平衡は3日で達せられた。全投与量の27%が尿中に、50%が糞中に、 0.8%がミルク中に排泄された。尿中物質のすべてはエステル開裂代謝産物とその抱合体であり、 一方、糞中の[14C]-標識の物質の60〜70%は未変化のシハロトリンと同定された。 最終投与後16時間の体組織残留物は少なく、その最高濃度は脂肪中で検出された。 ミルクおよび脂肪組織中の[14C]-標識の残留物のほとんどすべては未変化のシハロトリンで、 その他の成分は検出されなかった。

検討されたすべての哺乳動物において、シハロトリンは、 そのほとんどがエステル開裂の結果により、シクロプロパンカルボン酸と3-フェノキシ安息香酸へと代謝され、 抱合体として排出されることが見出された。

魚類においては、体組織内の主な残留物は未変化のシハロトリンで構成され、 エステル開裂生成物が少量存在する。

1.6 環境中の生物類への影響
実験室条件下一定濃度に保持された場合、 シハロトリンおよびラムダ-シハロトリンは魚類と無脊椎動物に対しては高い毒性を示す。 魚類に対する96時間のLC50(50%致死濃度)値は0.2〜1.3μg/l、 無脊椎動物の48時間のLC50値は0.008〜0.4μg/lの範囲である。

実験室条件下一定濃度に保たれた状態での濃縮試験では、 魚類において速やかな摂取(濃縮係数1,000〜2,000)が起こることを示した。 しかし、土壌および底質の存在する場合には濃縮係数は大幅に減少する (魚類の場合には19、ミジンコでは194まで)。 暴露された魚類およびミジンコを清潔な水に移した場合には残留は迅速に減少し、 それぞれにおける半減期は7日および1日である。 農業における正常な散布により発生する水中のシハロトリンおよびラムダ-シハロトリン濃度は低いであろう。 自然条件下では、これらの化合物は速やかに吸着・分解されるため、水生生物種において、 シハロトリンあるいはラムダ-シハロトリンの残留物の蓄積あるいは毒性に関する実際問題は生じないであろう。

シハロトリンおよびラムダ-シハロトリンは、鳥類に対して実際には無毒である。 その単回投与のLD50(50%致死量)は、試験されたすべての種において、3,950mg/kg以上であり、 5日間の食餌投与の最低LC50は3,948mg/kgであった(ラムダ-シハロトリンの8日齢のマガモへの投与による)。

実験室条件下では、シハロトリンおよびラムダ-シハロトリンはミツバチに対し毒性を示す。 ラムダ-シハロトリンの経口LD50は0.97μg/ハチ個体である。 しかし、現在の製剤は、ハチに対して、処理された農作物中で餌をさがす活動を中止させる「忌避作用」を持っているため、 野外における危険性はより低い。求餌行動が再開された際のハチの死亡率に有意の増加は見られない。

1.7 実験動物およびin vitro(試験管内)試験系への影響
シハロトリンのラットおよびマウスに対する急性経口毒性は中程度であり、 モルモットおよびウサギに対する毒性は弱い (LD50値は、ラット:144〜243mg/kg、マウス:37〜62mg/kg、モルモット:5,000mg/kg以上、ウサギ:1,000mg/kg以上)。 ラムダ-シハロトリンの急性経口毒性はシハロトリンより強い(LD50値は、ラット:56〜79mg/kg、マウス:20mg/kg)。経皮毒性は、ラットで200〜2,000mg/kg(シハロトリン)、632〜696mg/kg(ラムダ-シハロトリン)、ウサギで2,000mg/kg(シハロトリン)である。シハロトリンおよびラムダ-シハロトリンはタイプUのピレスロイド類で、臨床症状には運動失調、不安定歩行、異常興奮が含まれる。

ウサギの眼に対する刺激物質としては、シハロトリンは中程度、 ラムダ-シハロトリンは軽度であり、双方とも軽度の皮膚刺激物質である。 シハロトリンは、ラットにおいては皮膚刺激物質ではないが、 モルモットでは中程度の皮膚感作(訳者注:過敏状態の誘発)物質である。ラムダ-シハロトリンは皮膚感作物質ではない。

ラットを用いたシハロトリン250mg/kg食餌までの投与量による90日間の食餌試験において、 250mg/kg食餌でオスに体重増加率の減少が観察された。一部の投与群ではヘマトクリット値へのわずかな影響と、 適応反応と考えられる肝臓のある種の変化も認められた。 ラットによる、ラムダ-シハロトリン250mg/kg食餌までの投与量による90日間の食餌試験において、 250mg/kg食餌で両性に体重増加率の低下が見られた。臨床化学上のある種の影響と、 シハロトリンで認められたものに類似の肝臓への影響も観察された。無影響量は50mg/kg食餌であった。

シハロトリン10mg/kg体重/日までの用量をイヌに投与した26週間の経口試験において、 10mg/kg体重/日でピレスロイドの毒性の徴候が観察された。無影響量は2.5mg/kg体重/日であった。 ラムダ-シハロトリン3.5mg/kg体重/日までをイヌに投与し、52週間の同様の実験が行われた。 ピレスロイドの毒性の臨床症状(神経学的徴候)は、3.5mg/kg体重/日の用量を投与されたすべての動物種において見られた。 無影響量は0.5mg/kg体重/日であった。

ポリエチレングリコール中のシハロトリン1,000mg/kg/日までの用量をウサギに用いた21日間の経皮実験において、 最高投与レベルで毒性の臨床症状が一部の動物に観察された。 軽度から重度までの皮膚刺激が、対照群を含むすべての群において認められた。

シハロトリンは2件の104週間の食餌実験において試験され、その1件はラット、他の1件はマウスについてである。 ラットの試験では、250mg/kg食餌(試験された最高用量)までの用量レベルにおいて催腫瘍性は見られなかった。 全身毒性に対する無影響量は50mg/kg食餌(1.8mg/kg/体重/日)であった。 体重増加率の減少は、両性において250mg/kg食餌において認められた。 マウスの試験では、500mg/kg食餌(試験された最高用量)までの用量レベルにおいて催腫瘍性は観察されなかった。 ピレスロイドの毒性の臨床症状は100および500mg/kg食餌において認められ、体重増加率の低下は500mg/kg食餌で見られた。 全身毒性に対する無影響量は20mg/kg食餌(1.9mg/kg体重/日)であった。 いずれの試験においても、神経系への損傷の組織学的証拠はなかった。

シハロトリンおよびラムダ-シハロトリンは、遺伝子突然変異、染色体損傷、 その他の遺伝毒性検出のための一連のin vivo(生体内)およびin vitro(試験管内)試験において陰性の結果を示した。 ラットおよびウサギに対し、シハロトリンを主要臓器形成期に経口投与した場合、 母体毒性を誘発する用量レベル (ラットでは15mg/kg/日、ウサギでは30mg/kg/日で、両者とも試験した最高用量)において、胚毒性も催奇形性も示さなかった。

100mg/kg食餌の用量レベルのシハロトリンを用い、ラットの三世代生殖試験が実施された。 産仔数の軽度の減少と体重増加率のわずかな低下は、100mg/kg食餌において見られた。 生殖影響に対する無影響量は30mg/kg食餌であった。

1.8 ヒトへの影響
事故による中毒事例は記録されていない。

製造、製剤、実験室業務、野外使用において、顔面皮膚への刺激の感覚が報告されている。 この影響は一般には数時間続くのみであるが、時には暴露後72時間まで持続する。 しかし、医学的検査ではいかなる神経学的異常も示されなかった。

シハロトリンおよびラムダ-シハロトリンの取り扱い者に発生する顔面皮膚の刺激感覚は、 皮膚の感覚神経末端の反復性の刺激(repetitive firing)によりもたらされると考えられている。 それらは、皮膚の過剰暴露の発生を示す早期の警告信号と見なされるであろう。

シハロトリンおよびラムダ-シハロトリンは、現在の勧告された施用条件および濃度の下では、 ヒトに対し何らかの有害影響を与えることを示す徴候はない。




2.結   論
(a) 一般集団: シハロトリンおよびラムダ-シハロトリンの一般集団への暴露は、 勧告された条件下での使用ではきわめて低く、危険性を示すことはないであろう。
(b) 職業暴露: シハロトリンおよびラムダ-シハロトリンは、職業上で暴露される人々に対し、 適正な作業規範、衛生対策、安全予防措置の実施により、危害を招くことはないであろう。
(c) 環境: シハロトリン、ラムダ-シハロトリンおよびそれらの分解生成物は、 勧告された施用濃度では、環境に有意の悪影響のレベルに達することはないであろう。 実験室の条件下では、シハロトリンおよびラムダ-シハロトリンは魚類、水生節足動物、ミツバチに対して高い毒性を示す。 しかし、野外の状況下では、推奨条件下での使用では、持続性の有害影響は起こらないであろう。



3.勧   告
勧告された用法による食品中への残留レベルはきわめて低いと見なされるが、 シハロトリンおよびラムダ-シハロトリンのモニタリングにより確認すべきである。

シハロトリンおよびラムダ-シハロトリンは数年来使用され、職業上の暴露の影響は一過性であるが、 ヒトの暴露についての観察は持続すべきである。




4.国際機関によるこれまでの評価
シハロトリンは、1984年および1986年の国連食糧農業機関(FAO)/世界保健機関(WHO)合同の残留農薬専門家会議(JMPR)において検討され、 シハロトリンの一日許容摂取量(ADI)の0〜0.02mg/kg体重が設定された(FAO/WHO,1985,1986a)。

JMPR(FAO/WHO,1985,1986a.b)は、シハロトリン(異性体の合計として)の最大残留限界(maximum residue limits:MRLs)を次の通り算定した。

作 物最大残留限界収穫前間隔(日数)
リンゴ・ナシ類0.214
キャベツ(球部)0.23〜4
ジャガイモ0.02a特定せず
綿実0.02a21
綿実油(精製前)0.02a特定せず
綿実油(食用)0.02a特定せず

a 検出限界近傍