環境保健クライテリア 154
Environmental Health Criteria 154

アセトニトリル  Acetonitrile

(原著110頁,1993年発行)

作成日: 1997年2月24日
1. 物質の同定、物理的・化学的特性、用途、分析方法
2. 環境中濃度およびヒトの暴露の発生源
3. 環境中の分布と変質
4. 環境への影響
5. 吸収・分布・生体内変化・排出
6. 実験動物への影響
7. ヒトへの影響
8. ヒトの健康保護のための勧告
9. 今後の研究
10. 国際機関によるこれまでの評価

→目 次


1.物質の同定、物理的・化学的特性、用途、分析方法

a 物質の同定

化学式               CH3CN 
化学構造

3次元の化学構造の図の利用
図の枠内でマウスの左ボタンをクリック → 分子の向きを回転、拡大縮小 右ボタンをクリック → 3次元化学構造の表示変更

分子量 41.05 その他の名称 cyanomethane, ethanenitrile, nitrile of acetic acid, methyl cyanide, ethyl nitrile, methanecarbonitrile CAS登録番号 75-05-8 CAS化学名 acetonitrile 換算係数 (25℃,760mmHg) 1ppm = 1.68 mg/m3 1mg/m3 = 0.595 ppm (Clayton & Clayton, 1982)   b 物理的・化学的特性 物理的状態 揮発性 無色液体 臭気 エーテル臭 沸点(760mmHg) 81.6℃ 凝固点 -45.7℃ a -44〜-41℃ b 比重(15℃/4℃) 0.78745   (30℃/4℃) 0.7138 蒸気密度(空気=1) 1.42 屈折率(ND)(15℃) 1.34604     (30℃) 1.33934 水溶解性 非常に溶解性有り 蒸気圧(15.5℃) 7.32 kPa(54.9mmHg) c    (20.0℃) (74.0mmHg)b    (30.0℃) (115.0mmHg)b 水共沸混合物 沸点76℃(水組成16%) オクタノール/水分配係数 (log POW) -0.38 d -0.34 b 引火点(解放系) 5.6℃    (閉鎖系) 12.8℃ 発火温度 524℃ 爆発限界(空気中) 下位 4.4 体積% a 3.05 体積% e 上位16.0 体積% a 17.0 体積% e  ―−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−  a; Grayson (1985) b; Verschueren (1983) c; US EPA (1984) d; Leo et al. (1971) e; Prager (1985) 表 市販品アセトニトリルの特性a  ―−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−  比重(20℃) 0.783〜0.787 蒸留範囲 開始点(最低) 80.5℃      終了点(最高) 82.5℃ 純度(最低) アセトニトリル 99.0 重量% 酸性度(酢酸,最高値) 0.05 重量% 銅 (最高値) 0.5 ppm 鉄 (最高値) 0.5 ppm 水 (最高値) 0.3 重量% 色度(最高値) Pt‐Co 15  a; Grayson(1985) より  アセトニトリル(CH3CN)は、アクリロニトリル製造の副産物である。それは、 木材や草木の焼却によっても生成される。アセトニトリルは、エーテルに似た臭いを もつ液体で、揮発性で高度の極性を有する溶媒であり、脂肪酸類および動物性・植物 性油脂類の抽出に用いられる。それは有機化合物との選択的な混和性により、石油化 学産業の抽出蒸留で使用される。また、アセトニトリルは、合成紡績繊維、成型・射 出プラスチックの溶媒として用いられる。実験室においては、それは高速液体クロマ トグラフ(HPLC)分析に、またDNA合成およびペプチド配列の溶媒として広く使 用される。  アセトニトリルに対し、最も広く用いられる分析技術はガスクロマトグラフである。


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2.環境中濃度およびヒトの暴露の発生源  環境中におけるアセトニトリルの濃度に ついて入手し得るデータはきわめて少ない。世界中におけるアセトニトリルの大気中 濃度は、200〜42,000ng/m3と報告されている。1件の研究では、都市部で得られ た数値は辺鄙な地域よりもわずかに高いことを示した。潅木や麦藁の焼却の前後の一 回の測定では、アセトニトリルの大気中濃度は10倍の増加を示した。  アセトニトリルは、日本の72サンプルの水からは検出されなかったが、60サンプ ルの水生堆積物のうち11サンプルから0.02〜0.45mg/kgの濃度が検出された。 アセトニトリルは食品からは検出されていない。  タバコの煙はアセトニトリルを含み、ポリウレタン・フォームの燃焼はアセトニト リルとシアン化水素を放出する。  アセトニトリルの製造過程で最大の暴露の可能性を示すが、それはクローズド・シ ステム(閉鎖工程)で行われている。しかし、アセトニトリルの実際の使用により大 きな暴露をもたらす。 3.環境中の分布と変質 アセトニトリルは水から蒸発し、また土壌表面からも蒸発 する。それは、下水汚泥・天然水・土壌中に共通の数種類の微生物により容易に生分 解される。アセトニトリルあるいは石油廃棄物に対する微生物の順化 (acclimatization)は、分解率を増加させる。嫌気性分解は限定的か、あるいは存在 しない。  水中におけるアクリロニトリルの加水分解はきわめて遅い。水中あるいは大気中に おいては著しい光分解は認められない。オゾンとの反応は一重項酸素(singlet oxygen)との間で行われるため遅い。対流圏からのアセトニトリルの除去の主要なメ カニズムは、ヒドロキシラジカル類との反応であって、滞留期間は20〜200日間の間 と推定されている。  アセトニトリルは成層圏に達し、その上層部において陽イオンと反応するのが特徴 的である。 4.環境への影響  微生物[細菌類・青緑色細菌(cyanobacteria)類・緑色藻類・ 原生動物類]に対するアセトニトリルの毒性は、500mg/l以上の閾値を有し、その毒 性は弱い。淡水無脊椎類および魚類に対する急性LC50(50%致死濃度)は700mg/l 以上である。急性試験は、濃度分析の確認なしに静的状態で実施された。同様の結果 は24および96時間の試験でも得られ、アセトニトリルの蒸発が示唆された。
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5.吸収・分布・生体内変化・排出  アセトニトリルは消化管・皮膚・肺から容易に 吸収される。これらの三種類の経路によるすべての暴露は全身的影響をもたらすこと が報告されている。  中毒死したヒトの組織の検死解剖の検査では、アセトニトリルは全身にわたって分 布されていた。この所見は、ほぼ均一のアセトニトリルの全身分布が見出された動物 実験により支持されている。アセトニトリルの反復投与後の動物組織内においては、 蓄積の徴候はない。  シトクロームP‐450モノオキシゲナーゼ・システムにより触媒作用を受けるシア ン化物への代謝を通じ、アセトニトリルの全身的毒性影響の大部分が発現されること を示唆する十分なデータが存在する。次いで、シアン化物はチオ硫酸塩と結合して尿 中に排泄されるチオシアン酸塩を形成する。致死量に近いアセトニトリルの投与後の ラットの血中シアン化物の最高濃度は、LD50(50%致死量)のシアン化カリウム の投与後の濃度に近い数値を示した。しかし、アセトニトリル投与後のシアン化物の 最高濃度の出現は、他のニトリル類と比較すると数時間までの遅れを示す。さらに、 マウスがアセトニトリルの毒性に対してより高い感受性を示すのは、マウスにおける シアン化物のより速い生成に起因している。シアン化物およびチオシアン酸塩は、ア セトニトリル暴露後のヒトの組織中において同定されている。投与されたアセトニト リルの一部も未変化のまま呼気や尿中に排出される。 6.実験動物への影響  アセトニトリルは、無機シアン化物あるいはその他の飽和ニ トリルと比較すると、症状発現はやや遅いが、急性シアン化物中毒での観察と類似し た毒性作用を誘発する。オス・ラットにおける8時間の吸入のLC50は13,740mg/m 3(7,500ppm)である。ラットの経口LD50は実験条件に依存し、1.7〜8.5g/kg の間を変動する。マウスとモルモットの感受性はより高く、それらの経口LD50は 0.2〜0.4g/kgである。動物における主な症状は、発作(seizures)後の虚脱のよう に見える。  アセトニトリルの皮膚適用は、動物において全身的毒性を発生させ、1件の幼若動 物の死亡が含まれている。経皮によるLD50は、ウサギにおいて1.25ml/kgであ る。  動物に対するアセトニトリルの亜慢性暴露は、急性暴露後に見られるのと同様な影 響を生じさせる。  アセトニトリルは、サルモネラ菌を用いた生物試験において、代謝活性化の有無双 方の場合で変異原性を示さなかった。また、それは著しい高濃度で酵母菌に対して二 倍体(di‐ploid)を発現させ、異数性(aneuploidy)を誘発させる。アセトニトリル の慢性あるいは発がん性作用の動物実験は報告されていない。
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7.ヒトへの影響  ヒトに対して毒性を示す濃度は知られていないが、おそらく空気 中で840mg/m3(500ppm)以上であろう。アセトニトリルの急性中毒の症状と徴 候には、胸痛・胸部圧迫感・吐き気・嘔吐・頻脈・低血圧・短く浅い呼吸・頭痛・不 安・半意識(semiconsciousness)・発作が含まれる。その他の非特異的な症状は、 本化合物の刺激作用によるものと考えられる。全身的作用の大部分は、アセトニトリ ルからシアン化物への変換によると見られる。血中シアン化物およびチオシアン酸塩 の濃度は急性中毒の期間中には上昇を示した。作業場でのアセトニトリル蒸気の暴露 後における2件の死亡例と、アセトニトリル含有化粧品の摂取による小児の1例の死 亡が報告されている。これらのケースの検死解剖においては生体組織中のシアン化物 濃度の上昇が認められた。  アセトニトリル暴露に関連するがん発生率についての疫学研究は報告されていな い。  アセトニトリルは重篤な眼の火傷(訳者注:熱による外傷)を発生させる。液体ア セトニトリルへの接触は避けるべきである。多くの国々においては、8時間の交代勤 務の作業員のアセトニトリルへの暴露について、時間荷重平均の気中濃度として 70mg/m3(40ppm)が勧告されている。 8.ヒトの健康保護のための勧告   a) アセトニトリルとそれを含む混合物には、   アセトニトリルの毒性の警告を明らかに表示しなければならない。   b) 臨床医は、アセトニトリルの暴露後の遅発性の徴候と症状の発現について留    意しなければならない。 9.今後の研究    a) 呼気および尿中のアセトニトリル濃度の測定は、職業的に暴   露された集団の生物学的モニタリングの一方法として研究すべきである。   b) アセトニトリルからのシアン化物生成の体内動態と、チオシアン酸塩の結合   と排出についての比較研究を実施すべきである。   c) ヒトを含む各種動物種におけるシトクロームc酸化酵素のシアン化物に対す    るin vitro(試験管内)の感受性を研究すべきである。 10.国際機関によるこれまでの評価  国際機関によるこれまでの評価は入手できない。
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Last Updated :24 August 2000 NIHS Home Page here