環境保健クライテリア 107
Environmental Health Criteria 107

バリウム Barium

(原著148頁,1990年発行)

更新日: 1997年1月7日
1. 物質の同定、物理的・化学的特性、 天然の存在状況および分析方法
2. 製造・用途・暴露源
3. 体内動態および生物学的モニタリング
4. 実験動物への影響
5. ヒトへの影響
6. 環境中の生物への影響
7. 結論および勧告
8. 将来の研究に対する勧告
9. 国際機関によるこれまでの評価

→目 次


1. 物質の同定、物理的・化学的特性、
       天然の存在状況および分析方法

a 物質の同定

元素記号      Ba
原子番号      56
原子量        137.34
CAS登録番号   7440-39-3
RTECS登録番号 CQ8370000

b 物理的・化学的特性

融点                  725℃
沸点                  1640℃
比重(20℃)          3.51
水溶解性              水素を放出しながら反応する
アルコール溶解性      溶ける(分解)
ベンゼン溶解性        溶けない
高い反応性            水,アンモニア,ハロゲン,酸素,大部分の酸類
電極電位              -2.912volts
  (E。(aq)Ba2+/Ba)
 (25℃,1気圧)
電気陰性度            1.02
炎色反応              緑

 バリウムは、アルカリ土頚金属に属し、原子量は137.34、原子番号56を 有する。それは、天然に存在する7種類の安定なアイソトープを有し、それ らの中では138Baが最も多い。バリウムは、強い陽電性の黄色味を帯びた白 色の柔らかな金属である。それは、アンモニア、水、酸素、水素、ハロゲン、 イオウと化合し、これらの反応によりエネルギーを放出する。また、金属類 と強く反応し金属合金類を形成する。天然バリウムは、化合状態でのみ存在 し、主要な金属の種類としては重晶石(Barite)(硫酸バリウム)および毒重石 (Witherite)(炭酸バリウム)がある。バリウムは、火成岩、長石、雲母の中に も少量が含まれる。それは、化石燃料の天然成分として見出され、大気、水、 土壌中に存在する。  その酢酸塩、硝酸塩、塩化物は水に比較的良く溶ける。一方、そのフッ化 物、炭酸塩、修酸塩、クロム酸塩、リン酸塩、硫酸塩の溶解性は極めて低い。 硫酸バリウムを除き、バリウム塩類の水溶性はpHの低下に伴い上昇する。  水性およびガス性媒体中のバリウムのサンプリングは、他の物質と同様の 方法で実施される。堆積物、泥、土壌のサンプルは、オーブンで乾燥するか 焼結する。その後、サンプルはバリウムを含む微量元素の分析のため、1% のHClで抽出される。生物学的サンブルは凍結するか凍結乾燥され、ドラ イウォッシュ(dry-washing)法を用いてバリウムの分析に供せられる。 原子吸光およびプラズマ発光分光分析は、最も一般的な分析法である。中 性子放射化分析、アイソトープ希釈質量分析、X線蛍光分析なども用いられ る。
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2. 製造・用途・暴露源  重晶石(硫酸バリウム)の鉱石は、ほとんどすべてのバリウム化合物を誘導 する原材料である。1985年における重晶石の世界での産出量は、570万トン と推定されている。バリウムとその化合物は、セラミックスから潤滑油に至 るまでの範囲の多様な工業製品中に用いられている。それは合金の製造、紙 類・石鹸・ゴムリノリュームなどの添加剤、バルブ類の製造、ラジウム・ ウラン・プルトニウムの火災の消火剤に用いられる。  バリウムの人為的な発生源は、主として工業である。その排出は、金属バ リウムの採鉱・精錬およびバリウム製品の製造より発生する。バリウムは、 冶金および工業プロセスの廃水中にも排出される。土壌への蓄積は、フライ アッシュ(飛灰)の投棄、埋立の第一次および第二次スラッジを含む人間活動 より生じる。米国において、1976年の重晶石の精錬工程による微粒子の大 気中への放出は約3,200トンに達し、石油掘削および石油関連工業における 重晶石の使用による一時的な塵挨は約100トンにのぽる。1972年、米国内 のバリウム化学工業の大気中への微粒子放出量は1,200トンと推定されてい る。 バリウムの環境中における移動は、大気、水、土壌を通じて行われる。大 気中のバリウムは、その移動が大気および気象上の状況により支配される微 粒子から構成される。水中でのバリウムの移動は、バリウム濃度を支配し制 限する硫酸塩を含むその他のイオンとの相互作用を受けやすい。バリウムの 水中における変質と移動については、入手し得る情報は少ない。 バリウムへの暴露は、空気、水、食物を通じて起きる。空気中のバリウム の濃度は十分には調査されていない。米国においては、その通常の濃度は0.05 μg/m3以下と推測されている。大気中のバリウムは、精錬所の周囲において はより高濃度が発生するが、その環境濃度と工業化の程度との間には明確な 関連性は認められない。 海水、河川水、井戸水中のバリウムの存在は調査されており、それは堆積 物および堆積岩に接触する自然水中にも見出されている。バリウムは、ほと んどすべての表層水中に15,000μg/l以上存在し、水の硬度に影響を及ぽす。 井戸水中のバリウム濃度は、岩石中の浸出バリウムの量に左右される。飲料 水中には10〜1,000μg/lが含まれるが、米国の特定地域における濃度は 10,000μg/l以上を示している。自治体での給水事業は、表層水および地下水 の質、硬度、含有されるバリウムの広範囲の濃度に影響される。米国の研究 においては、飲料水中の濃度は1〜20μg/lと示されている。この情報に基 づき、1日の消費量を2リットルとすると、毎日のバリウム摂取量は2〜40 μgとなる。  いくつかの研究では、食品からの毎日の摂取量は300〜1,770μgと予測さ れ、大きな差異を示している。人間は、バリウムを著しく蓄積する植物を食 べることはほとんどないが、プラジル産のナッツは例外で、そのバリウム濃 度は1,500〜3,000μg/gと報告されている。トマトや大豆も、土壌中のバリ ウムを濃縮することで知られており、その生物濃縮係数*は2〜20の範囲で ある。 一般的にバリウムは、動物に毒性を示すのに十分な量を、通常の植物中に 蓄積されることはない。しかし、多量のバリウム(1,260mg/kg程度の)が、 マメ科植物、ムラサキウマゴヤシ(訳者注:マメ科植物の牧草)、大豆に蓄積 され、家畜に問題を起こしている。  乾燥されたタバコの葉には、平均105mg/kgのバリウムが含まれ、燃焼中 の灰に残るようである。タバコの煙の中のバリウム濃度の数値は報告されて いない。 その他のバリウム暴露の発生源は放射性降下物(フォールアウト)である。 しかし、大気中核実験の禁止条約の成立により、環境中の放射性バリウムの 量は減少した。
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3. 体内動態および生物学的モニタリング 平均的に人体(体重は70kg)中には、約22mgのバリウムがあり、その大 部分(91%)は骨に集中している。微量のバリウムは大動脈、脳、心臓、腎臓、 脾臓、膵臓、肺に見出される。人体中のバリウムの総量は加齢により増加す る。その濃度は各人の住む地理的な場所によって異なる。バリウムは、すべ ての死産児のサンプルからも検出され、それは胎盤を通過することを示唆し ている。  摂取されたバリウムの生体への取り込みの評価は、多数の要素が吸収に影 響を与えるため難しい。例えば、食物中の硫酸塩の存在は、硫酸バリウムの 沈殿を生じさせる。実験動物による研究および限られたヒトのデータは、成 人では溶解性のバリウムは、10%までの範囲で腸から吸収され、より若い 人ではさらに多いことを示している。唾液腺、副腎、心臓、腎臓、粘膜組織、 血管内で急速に取り込まれて、最終的には骨に達する。また、バリウムはカ ルシウムのように骨に蓄積する。それは骨の発育に最も活発な部分、主とし て骨膜表面に選択的に蓄積される。バリウムの吸収と蓄積に重要なその他の 要素には、年齢および食事制限が含まれる。老齢のラットはバリウムの吸収 と骨内濃度の低下を示す。絶食はバリウム吸収の増加を引き出す。  吸入されたバリウムは、肺あるいは鼻粘膜から直接に血流中に吸収される。 ラットにおいては、暴露は骨への沈着を生じさせるが、継続的暴露は骨と肺 の双方の蓄積を減少させる。硫酸バリウムのような不溶性化合物は肺内に蓄 積し、繊毛運動により徐々に除去される。  バリウムは尿および糞便中に排泄されるが、その比率は役与経路により変 化する。ヒトへの注射の場合、その約25%は24時問以内に糞便中に、また、 約5%は尿中に排泄される。血漿バリウムは、そのほとんどは24時間以内 に血流から除かれる。摂取されたバリウムの除去は、ヒトと動物の双方にお いて、尿中よりも主として糞便中で起こる。吸入暴露後のバリウムの骨から の除去は遅いため、全身からの除去も遅くなる。ラットにおけるバリウムの 生物学的半減期は90〜120日と推定されている。ヒトの暴露の正確な生物学 的モニタリングのためには、尿中および糞便中のバリウムの除去を監視しな ければならない。
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4. 実験動物への影響 ラットにおける経口投与のLD50*の数値は、塩化バリウムにおいては118 mg/kg体重、フッ化バリウムで250mg/kg体重、硝酸バリウムでは355mg/kg 体重と測定された。バリウム摂取による急性中毒には、流延症、吐き気、下 痢、頻脈、低カリウム血症、攣縮、骨格筋の弛緩性麻痺、呼吸筋麻痺、心室 細動が含まれる。呼吸筋麻痺および心室細動は死亡をもたらすであろう。 種々の研究は、バリウムの心室自動性(訳者注:心臓の自発的な興奮と収縮 ・弛緩の反復連続をいう)および心臓に現在使用中のぺース・メーカーに対 して有害作用を与えることが立証されている。麻酔されたイヌへのバリウム の静脈内注射は、これらの急性影響は迅速かつ実質的な低カリウム血症を発 生させることを示し、カリウム投与により防止あるいは転換が可能である。  バリウムは、ウサギにおいて、皮膚への軽度の刺激と眼に対する激しい刺 激を起こす。  1リットル中にバリウム250mgを含有する飲料水を13週間摂取したラ ットにおいては、毒性の徴候は認められなかったが、一部のグループでは副 腎の重量の減少を示した。 飲料水中のバリウム濃度10から100mg/lを16カ月間与えられたラット には高血圧が発生したが、1mg/lの濃度では血圧の変化は見られなかった。 16カ月(100mgバリウム/lの時点における心筋機能の分析では、心臓の収 縮性と興奮性の著しい変化と心臓代謝障害、ペントバルピタール・ナトリウ ム(訳者注:鎮静・催眠剤、抗痙攣・麻酔作用もある)に対する心臓血管系の 過敏性を認めた。  炭酸バリウムの経口あるいは吸入投与は、ラットの生殖に悪影響を生じさ せた。さらにバリウムが投与された母獣の新生仔では高い死亡率を示した。 バリウムの催奇形性については限定的な証拠が存在するが、その発がん性に 対しては決定的な証拠はない。  バリウムは、カルシウムにより通常媒介されるプロセスにおいて、カルシ ウムと競合し代替し得る化学的・生理学的特性を有する。とくに、副腎カテ コールアミン*、アセチルコリン、ノルアドレナリンなどの神経伝達物質類* の放出に関連している。 動物におけるバリウムの免疫学的影響についての情報は限られている。
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5. ヒトへの影響 バリウム化合物の摂取による中毒のいくつかのケースが報告されている。 体重1kg当り0.2〜0.5mgのバリウム摂取量は、一般には塩化あるいは炭酸 バリウムの摂取により起こり、成人に毒性作用を与えることが見出されてい る。バリウム中毒の臨床的特徴には、急性胃腸炎、筋肉麻痺の初期の深部反 射(訳者注:腱または骨膜反射のこと。)の喪失、進行性の筋肉麻痺を含んで いる。筋肉麻痺は重篤な低カリウム血症と関連しているように見える。報告 された症例の大多数では、カリウム塩(炭酸塩あるいは乳酸塩)の注入による 治療後に、急速で順調な回復が得られた。  少数の疫学的研究が、飲料水中のバリウム濃度と心臓血管系疾病による死 亡率との問の相関性を検討するために実施されたが、その結果には一貫性が なく決定的ではなかった。 飲料水中の高濃度のバリウムに暴露された集団における高血圧症、脳卒中、 心臓および腎臓疾患の発生率を、低濃度への暴露グループと比較した場合、 それらの増加は認められなかった。短期間のヒトのボランティアによる研究 では、飲料水中のバリウムの飲用の誘発による血圧への影響はなかった。  バリウムに暴露された作業者間の高血圧症の発生率の増加が、非暴露作業 者との比較において報告されている。バリウム塵肺症(baritosis)(訳者注:重 晶石等の粉塵の吸入による塵肺症)がバリウム化合物に職業的に暴露された 個人に認められている。バリウム暴露作業者およびバリウム含有の埋立地の 近所の住民から構成される研究対象グループにおいては、筋肉骨格症状、胃 腸の外科手術、皮膚障害、呼吸器症状の発生率の増加が見出された。  飲料水中のバリウムの濃度と先天性奇形との間の明確な関連性は認められ ていない。バリウムが発がん性であるとの証拠は存在していない。
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6. 環境中の生物への影響 バリウムは、数種のウイルスの物理的化学的特性と感染性およびそれらの 繁殖能力に直接影響する。それは、また、細菌の胞子の発芽の成長にも影響 し、細胞反応の阻害を含む多様な特殊作用を各種の微生物に与える。  水生生物に対するバリウムの影響についての情報は少ない。その暴露後30 日間の魚類の生存への影響は認められなかったが、バリウム5.8mg/lの21 日問の研究において、ミジンコ属の生殖障害と成長低下が観察された。重晶 石が海洋動物に有害性を示す証拠は見出されていないが、大量の重晶石への 暴露は、海底動物のコロニー形成に悪影響を与え得る。 海洋植物および無脊椎動物は、海水からのバリウムを活発に蓄積するであ ろう。
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7. 結論および勧告 我々の環境中で通常に見出される濃度のバリウムは、一般集団に著しいリ スクを醸成することはない。しかし、特定の小集団および高濃度バリウム暴 露の条件下では、健康への有害影響を考慮に入れるべきである。 バリウムに起因する環境のリスク評価については、入手し得るデータは極 めて少ない。しかし、バリウムのミジンコ属への毒性影響の情報に基づいた 場合、バリウムは一部の水生生物の個体数にリスクを与えるように見える 疫学研究、生物学的利用能*、心臓血管系および免疫学的毒性の研究、慢 性水生生物毒性の追加的情報が必要である。より良い防護村策を確立するた め、さらに作業場の暴露データと生物学的指標*の使用が必要である。
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8. 将来の研究に対する勧告 バリウムの将来の研究について、次の環境およびヒトの健康影響の分野が 勧告される。  ・溶解および移動メカニズムを含む生物学的利用能の研究  ・一般集団および職業上暴露された作業者を含む高血圧/心臓血管系疾患   の研究とその作用の関連メカニズム。  ・慎重に企画された疫学研究。  ・ヒトに対するバリウムの免疫学的影響の研究。  ・長期の致死量に近い永生毒性の研究。  ・防護対策が必要とされる領域を確認するための環境暴露のモニタリング   ・データ。  ・高濃度のバリウム暴露に対する初期指標の評価、生物学的指標の研究   (例えば、毛髪・尿中のバリウム含有量、血清カリウム濃度)
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9. 国際機関によるこれまでの評価 国際がん研究機関のワーキンググループ(IARC,1980)は、クロム酸バリウ ムの発がん性を評価し、それはヒトに対する強力な発がん物質である、との 結論を下した。しかし、この化合物の発がん特性は、6価クロム部分に起因 し、バリウムによるものではない。
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Last Updated :10 August 2000
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