環境保健クライテリア 89
Environmental Health Criteria 89

ホルムアルデヒド Formaldehyde

(原著219頁,1989年発行)

更新日: 1997年1月7日
1. 物質の同定、物理的・化学的特性、分析方法
2. ヒトに対する暴露の発生源
3. 環境中の移動・分布・変質
4. 環境中の濃度およびヒトの暴露
5. 体内動態および代謝
6. 環境中の生物類への影響
7. 実験動物に対する影響
8. ヒトに対する影響
9. 結論:ヒトの健康リスクおよび環境への影響の評価
10. 勧告
11. 国際機関によるこれまでの評価

→目 次


1. 物質の同定、物理的・化学的特性、分析方法

a 物質の同定

化学式        CH2O
化学構造

3次元の化学構造の図の利用
図の枠内でマウスの左ボタンをクリック → 分子の向きを回転、拡大縮小 右ボタンをクリック → 3次元化学構造の表示変更

分子量 30.03 CAS登録番号 50-00-0 RTECS登録番号 LP8925000 UN番号 1198,2209,2213 EC番号 605-001-01(5から25%までの溶液) 605-001-02(1から5%までの溶液) 605-001-005(25%以上の溶液) IUPAC名 Methanal 一般名 formaldehhyde,methanal,methylene oxide, oxymethylene,methylaldehyde,oxomethane 溶液の一般名 Formalin,Formol b 物理的・化学的特性

表 ホルムアルデヒドの物理的・化学的特性 *a

融点  -118℃ *b 沸点 -19.2℃ *b 気体密度(空気=1) 1.03 空気中での爆発範囲 7〜73体積%            87〜910g/m3 n-オクタノール/水分配係数 -1 (log Pow) OHラジカルとの反応速度(kOH) 15x10-18m3/mol・s 水/気相分布:へンリー定数(H) 0.02Pa・m3/mol 蒸気圧(-19℃) 101.3kPa (-33℃) 52.6kPa
*a : BCA(1985)より編集・ *b : Diem & Hilt(1976)およびIARC(1982)より Neumuller(1981)およびWindholz(1983)より
 ホルムアルデヒドは引火性があり、無色で、室温で容易に重合する気体で ある。市販品として最も入手しやすいのは、30〜50%の水溶液である。ホ ルムアルデヒドは、水、アルコールその他の極性溶剤には容易に溶けるが、, 非極性液体中での溶解度は低い。  その溶液には、通常、重合しやすい性質を減らすため、メタノールあるい はその他の物質が安定剤として加えられる。  ホルムアルデヒドは、150℃でメタノールと一酸化炭素に分解し、一般に 他の金属類との極めて高い反応性をもつ。  また、日光により容易に光酸化され二酸化炭素となる。また極めて低い n- オクタノール/水分配係数*と低い土壌吸収係数を有する。ヘンリー定数* は0.02Pam3/モルで比較的高い。  ホルムアルデヒドについての化学的分析には、個体および液体サンプルか らの直接抽出を含み、大気サンプルには、アクティブ(濾過)あるいはパッシ ーブ(拡散)のサンプリングによる吸収および/または濃縮が必要である。 種々の吸収剤が利用できる。最も広く用いられる分析方法は光度測定法に基 づいている。空気中の低濃度のホルムアルデヒドは、適切な吸収後に高圧液 体クロマトグラフィにより検出できる。
TO TOP OF THIS DOCUMENT

2. ヒトに対する暴露の発生源 ホルムアルデヒドは、自然のプロセスおよび人為的発生の結果として、環 境中に存在する。それは炭化水素類の酸化により対流圏で大量に生成される。 小規模の自然発生源には植物のかすの腐敗と葉から排出される各種化学物質 の変質が含まれている。  ホルムアルデヒドは、工業的に大量に製造され、多くの用途に用いられて いる。他の重要な二種類の人為的発生源は、触媒コンバーターなしのエンジ ンからの自動車排気ガス、ホルムアルデヒド製造時の残滓、排出物、廃棄物、 それからの派生・処理物質である。  対流圏におけるメタンからの地球上での平均生成量は4×1011kg/年の程 度と算定されており、一方、工業総生産量は約3.5×109kg/年であるが、自 動車エンジンよりの排出量は地球全体としては定量されていない。  ホルムアルデヒドは、多くの産業において種々に使用され、医学的分野で は滅菌剤として、また食物、化粧品、家庭洗浄剤などの消費者用商品の保存 剤として用いられている。  その最も一般的な用途は、尿素ホルムアルデヒドおよびメラミン・ホルム アルデヒド樹脂である。尿素ホルムアルデヒド・フォーム(発泡材)は建物の 断熱材((UFFI)として用いられ、それは断熱材として使用された後もホルム アルデヒドを排出し続けるか、あるいは持続的な排出源となる。フェノール プラスチックおよびポリアセチル・プラスチックもまた重要な利用分野で あるが、ホルムアルデヒドの放出はない。  ヒトの暴露を形成するいくつかの屋内環境の発生源には、シガレットおよ びタバコの生成物、ホルムアルデヒドを基礎にした樹脂を含む家具、尿素ホ ルムアルデヒド樹脂を含む建築資材、プラスチックの表面加工および寄せ木 フローリングに用いるホルムアルデヒド含有の接着剤、カーペット、ペイン ト類、殺菌剤、ガス調理器、開放タイプの暖炉が含まれる。  特に重要な屋内の場所は、ホルムアルデヒドが消毒および保存剤として用 いられている病院および科学研究施設、またタバコの煙、建築資林、家具よ りのホルムアルデヒドの排出が放置されている学校、幼稚園、モピル・ホー ーム、アパートなどの住居スペースである。
TO TOP OF THIS DOCUMENT

3. 環境中の移動・分布・変質 空気は、ホルムアルデヒドのサイクル、生成および/または排出の大部分、 大気中で起こる分解プロセスに最も関連のある環境媒体である。光分解およ びヒドロキシ・ラジカルとの反応は、ホルムアルデヒドを大気中から速やか に除去する。それぞれのプロセスの半減期は、環境条件により数時問と算定 されている。ホルムアルデヒドの遠距離の移動はおそらく大して重要ではな いであろう。それにもかかわらず、ホルムァルデヒドを派生し得るある種の 有機化合物(大気汚染物質あるいは天然の)は、より安定性を示し、相当に遠 距離でのホルムアルデヒドの生成に寄与し得る。この化合物は、大気中の雲 および雨水に溶解し、大気エアロゾルに吸着される。  ヘンリー定数の数値から考えると、水性溶液中のホルムアルデヒドの場合 は水よりも揮発性が低いことを示唆しており、通常の環境条件下では水生環 境からの揮発は予測されない。その高い水溶性と、低いn-オクタノール/ 水分配係数は、水中に浮遊する固体表面への吸着および堆積物中への分配は 顕著ではないことを示唆している。水中では、ホルムアルデヒドは数種類の 微生物により速やかに生分解され(数日で)、その濃度はあまり高くはならな い。ホルムアルデヒドは土壌中でも早く分解される。土壌吸着係数は極めて 低いため、洗脱*が容易に起こり、土壌中での流動性は極めて高い。  ホルムアルデヒドのn-オクタノール/水分配係数(log Pow)は低いため、 水生生物中での生物濃縮は考えられない。さらに、水生生物は種々の代謝経 路を通じて、それを代謝し変質することができる。
TO TOP OF THIS DOCUMENT

4. 環境中の濃度およびヒトの暴露 沿岸地方、山岳地帝、海洋地帝におけるホルムアルデヒドの大気中濃度は、 0.05〜14.7μg/m3の範囲にあり、最も頻度の多い濃度は0.1〜2.7μg/m3で ある。人為的排出源からの負荷が存在する場合には、工業プラントから遠く 離れていても、その平均値は数回の60〜90μg/m3のピーク値を有する7〜12 μg/m3の範囲を示す。世界の各地方からのデータは、よく整理されている。 雨水には、310〜1,380μg/lのピーク値をもつ110〜174μg/lが含まれてい る。  工業プロセスからのホルムアルデヒドの排出は、工業のタイプにより大幅 に変わる。相当量のホルムアルデヒドは自動車の排気から発生するが、それ は国により、燃料の品質により大きく変化する。  生鮮食料品中には多少の天然のホルムアルデヒドが存在し、その範囲は1 mg/kgから90mg/kgのレベルである。また燻蒸消毒、保存剤としてのホル ムアルデヒドの使用、あるいは料理を通じて、偶発的な食物汚染が発生する ことがある。 タバコの煙、尿素ホルムアルデヒド発泡断熱材、ホルムアルデヒド含有消 毒剤等は、すべて屋内ホルムアルデヒドの重要な発生源である。 その屋内(作業場でない)濃度は各国で測定されており、いくつかの要因に よるが、主として建物の建築年数および建築材料、建物のタイプ、換気等に より影響を受ける。それらは状況の違いにより大幅に変わるが、大多数は最 小10μg/m3から最大4,000μg/m3までの範囲にある。一部の場合では、ホル ムアルデヒドの発生源が室内にあるにもかかわらず、低い数値を示す。病院 の消毒区域では20,000μg/m3という最高濃度が認められたが、消毒は保護具 を着用した人によって実施され、その区域はホルムアルデヒド濃度が1.2mg /m3(1ppm)以下に低下するまでは使用されなかった。部屋内でタバコを吸 った場合の濃度は、100μg/m3を越えることがある。 各種の空気環境の寄与について、平均的なヒトの毎日の摂取は、屋外空気 では0.02mg/日、通常の建物の屋内では0.5〜2mg/日、ホルムアルデヒ ド発生源のある建物では<1〜10mg/日、ホルムアルデヒドの職業的使用 のない作業場では0.2〜0.8mg/日、ホルムアルデヒドを用いる作業場では 4mg/日、環境中のタバコの煙に対しては0〜1mg/日と算定されている。 1日当り20本のシガレットの喫煙は、吸入により1mg/日の摂取に相当す る。  飲料水中のホルムアルデヒドの濃度は一般には約0.1mg/lであり、平均の 1日摂取量は0.2mg/日となる。食物中より摂取するホルムアルデヒド量 は、食事の構成により異なるが、平均的な成人では1.5〜14mg/日の範囲 内にある。
TO TOP OF THIS DOCUMENT

5. 体内動態および代謝 ホルムアルデヒドは呼吸器官および胃腸器官により容易に吸収される。ホ ルムアルデヒドの皮膚吸収は極めて少ないように見える。ホルムアルデヒド は急速に代謝されるため、吸入後のラットおよびヒトにおいてホルムアルデ ヒドの血中濃度上昇は検出されない。  ホルムアルデヒドの代謝産物は、1炭素パスウエイを介して高分子中に取 り込まれるか、あるいは呼気中(CO2)および尿中に排出される。代謝を逃れ たホルムアルデヒドは高分子の入り口部で反応する。ホルムアルデヒドに直 接暴露された組織中ではDNA蛋白架橋結合が検出されたが、吸収部位より 離れた組織中では見出されなかった。
TO TOP OF THIS DOCUMENT

6. 環境中の生物類への影響 ホルムアルデヒドは、ウイルス類、細菌頚、真菌類、寄生虫への消毒剤と して用いられるが、比較的高濃度においてのみ有効である。 藻類、原生動物、その他の単細胞生物は、ホルムアルデヒドの急性致死濃 度の0.3〜22mg/lに対しては比較的感受性が高い。水生無脊椎動物は広い反 応領域を示し、ある種の甲殻類では最も感受性が高く、有効濃度(EC50)*の 中央値は0.4〜20mg/lであった。数種類の魚類に村する96時問の試験にお いては、成魚に対するホルムアルデヒドのLC50*は、最小で約10mg/lから 最大では数百mg/lの範囲であり、大多数の種類のLC50は50〜100mg/lであ った。各種の両生類の反応は、魚類の場合と類似し、急性致死濃度の中央値 は72時間暴露において10〜20mg/lの範囲を示した。 牛のある種の寄生虫の虫卵および幼虫はホルムアルデヒド液(1〜5%)で 殺され、またある種の線虫は37%溶液で死ぬが、その他の種類の線虫でほ 無効である。反芻性の哺乳動物においては、ホルムアルデヒドは第一胃にお いて食餌蛋白質を微生物による蛋白分解から守り、アミノ酸の利用効率を増 進する。  ホルムアルデヒドの植物に村する影響についてのデータは少ない。しかし、 尿素ホルムアルデヒド肥料の農業への使用により、施用に際しての推奨濃度 では、ホルムアルデヒドは植物における窒素および炭水化物の代謝を変化さ せないように見えるが、高用量では土壌の代謝にネガティプの影響を及ぽす。 ホルムアルデヒドは花粉の発生に害を与える。
TO TOP OF THIS DOCUMENT

7. 実験動物に対する影響 極めて高濃度(120mg/m3)のホルムアルデヒドの、ラットおよびマウスヘ の急性吸入暴露は、流挺(よだれを流す)、呼吸困難、嘔吐、痙攣、死亡をも たらす。1.2mg/m3の濃度では、眼の刺激、呼吸数の減少、気道抵抗の増加、 コンブライアンス*の減少が認められる。マウスはラットよりも感受性が高 い。  ラットに対する短期間の反復暴露(7〜25mg/m3)は、細胞変性、炎症、壊 死、扁平上皮化生、細胞増殖の増加などの鼻腔上皮内組織の変化をもたらす。 ラットの鼻粘膜に対するホルムアルデヒドの細胞毒性作用を決定するのは、 投与量よりも濃度であるとの証拠が多くなりつつあり、1mg/m3以下の濃度 では細胞への損傷および過形成は生じない。 ホルムアルデヒドの長期の反復吸入暴露(2.4, 6.7, 17.2mg/m3)において認 められる用量に関連する損傷は、暴露中止後ある程度経過してから発現する 呼吸器および嗅覚の上皮の異形成および扁平上皮化生である。 ホルムアルデヒドは、その高濃度(17.2mg/m3)に暴露されたラットに鼻部 の扁平上皮がんを発生させ、また組織に著しい損傷を与える。その濃度−反 応カーブは、より高濃度において腫瘍を不均衡に増加させ、極端な非直線性 を示した。統計学的に有意でない低い発生率の鼻部腫瘍は、6.7mg/m3の濃 度で認められた。腫瘍は他の部位では発見されなかった。マウスにおいては、 17.2mg/m3の長期暴露により鼻腔の扁平上皮がんを発生させたが、この知見 は統計学的に有意ではなかった。他の部位には、腫瘍は認められなかった。 腫瘍は、ハムスターにおいても発見されなかった。 ホルムアルデヒド(飲料水中に0.02〜5%)長期経口投与のラットには、前 胃に乳頭腫の誘発が見られた。  ホルムアルデヒドによる皮膚刺激促進研究では、マウスにおいて皮膚がん の証拠は認められず、その結果は陰性あるいは不確定であった。
TO TOP OF THIS DOCUMENT

8. ヒトに対する影響  ホルムアルデヒドは刺激臭を有し、低濃度においても検知され、その蒸気 と溶液はヒトの皮膚および眼の刺激剤として知られている。ホルムアルデヒ ド暴露の一般的影響は、眼および上部気道の粘膜刺激により生ずる各種の症 状である。作業場でない屋内環境では、感覚上の反応が典型的な影響である が、正常な集団中および過剰反応ならびに感作(訳者注:過敏状態の誘発)さ れた人々の間には大きな個人差がある。  ホルムアルデヒドによる喘息様症状についての少数のケースリボートが あるが、これらが感作作用(タイプTあるいはWの)であるとは立証されず、 その症状は刺激によるものと見なされた。皮膚感作は20g/l(2%)以上の濃 度のホルムアルデヒド溶液の皮膚への直接接触によってのみ誘発された。感 作された人に反応をつくるパッチ・テスト(皮膚貼布試験)の最低濃度は0.05 %のホルムアルデヒド水溶液であった。 ヒトについての入手し得る証拠では、ホルムアルデヒドは強い発がん性を もたないことを示している。一部の研究は、暴露された個人または集団にお いてがんの過剰発生を指摘しているが、鼻部および鼻咽頭部の腫瘍のみがホ ルムアルデヒドと因果関係があるようである。 ホルムアルデヒドは、生殖への悪影響はなく、催奇形性も認められない。 ホルムアルデヒドは、in vitro(試験管内)でヒトの細胞のDNA修復を妨げ るが、突然変異誘発に関連するデータはない。
TO TOP OF THIS DOCUMENT

9.結論:ヒトの健康リスクおよび環境への影響の評価 ・ホルムアルデヒドは、自然に発生し、また工業用化学物質として広く生 産される。 ・ホルムアルデヒドは、正常な代謝経路における一つの産物である。  ・ホルムアルデヒドは、急速に分解され、環境中に蓄積されることはない。  ・ホルムアルデヒドの主要な発生源は、次の通りである。     - 自動車および航空機の排気ガス - タバコの煙 - 天然ガス - 化石燃料 - 廃棄物焼却 - 石油精製所  ・ホルムアルデヒドの暴露は、場所の形態により大幅に変わる。重大な濃   度のホルムアルデヒドの暴露は屋内空気中で報告されている。その発生   源は、タバコの煙、建築および内装資材、消毒剤である。  ・作業場における暴露は、ホルムアルデヒドあるいはそれを含有する製品   の製造、またはその取り扱いにより起こる。  ・ホルムアルデヒドの最も大きな特徴は刺激性の臭気と、眼および上部気   道の粘膜の刺激作用である。臭気の検知閾値は、一般には0.1〜0.3mg/ m3の範囲と報じられている。 ・眼および呼吸器の刺激は一般には約1mg/m3で起こるとされているが、 不快感はそれよりずっと低いレベルで生じると報告されている。 ・ホルムアルデヒド液(1〜2%)への直接接触は皮膚刺激を起こし、患者 の5%が皮膚科医に受診している。 ・その長期暴露はアレルギー性接触性皮膚炎を発生させる。これはホルム アルデヒド液のみで立証され、ガス状のホルムアルデヒドでは認められ ない。 ・刺激性を示す濃度のホルムアルデヒドにより、可逆性の気道閉塞を起こ す。 ・0.5mg/m3の低濃度のホルムアルデヒドの長期暴露によって、気道抵抗 がわずかに上昇を示す。 ・ホルムアルデヒドへの暴露人口は多いにもかかわらず、それに関連する 喘息の報告は稀である。 ・口腔外科の実地における短期暴露の状況では、有害作用を避けるため歯   根管充填剤はその限度を越えてはならない。  ・ホルムアルデヒドには、動物あるいはヒトに対し催奇形性を認める証拠   はない。  ・ホルムアルデヒドには、実験動物あるいはヒトに村し、生殖についての   悪影響はない。  ・ホルムアルデヒドは、in vitro(試験管内)の広範囲の変異原性試験系にお   いて陽性であったが、in vivo(生体内)試幹系の結果には矛盾が見られる。 ・ホルムアルデヒドは、in vitro および in vivo においてDNA蛋白架橋を 示したが、これは1.1mg/m3の暴露濃度で起こった。 ・ホルムアルデヒドは、in vitro のヒトの細胞においてDNA修復を妨げる。  ・細胞に損傷を与える濃度の吸入暴露後に、鼻腔の扁平上皮がんの発生の   有意の増加が2種の系統のラットにおいて誘発された。  ・マウスにおける鼻腔腫瘍も報告されているが、その発生率は統計学的に   有意ではなかった。また、他の部位においては腫瘍は認められなかった。  ・ホルムアルデヒドを含む飲料水をラットへ投与した後において、前胃の   乳頭腫発生について少数の報告がある。  ・ホルムアルデヒド関連の腫瘍は、最初の接触部位以外では認められなか   った。  ・がん発生数の増加が報告されているが、因果関係においてホルムアルデ   ヒドが寄与する証拠は、鼻部および鼻咽頭部のがんに限られているよう   である。
TO TOP OF THIS DOCUMENT

10.勧告 10.1 将来の研究に対する勧告 ホルムアルデヒドの実際上の検出および確認の閾値を決定すべきである。 ホルムアルデヒドの濃度に対し、知覚された刺激の精神物理学的作用を確定 すべきである。低濃度でもたらされる頬と眼の顔面皮膚の暴露、空気混合物 の吸入による影響に対し、特別の注意を払うべきである。将来は、低濃度の ホルムアルデヒドによる感覚刺激の可能性について、刺激物質の混合物中に おいて、各種の暴露期問により研究すべきである。ヒトが、空気を含むホル ムアルデヒドと、空気を含まないホルムアルデヒドに暴露された場合の感覚 作用を比較すべきである。 - 感覚作用の健康における意義を十分に評価するため、ホルムアルデヒド の刺激の知覚と反応性亢進およびアレルギー性反応との間の関連性の研 究が、将来的には必要である。 - 物理的および環境上の因子(湿度、輻射熱、温度、その他)と低濃度ホル ムアルデヒド暴露との総合的相互作用について、臭気および感覚刺激に 関して研究すべきである。 - ホルムアルデヒド蒸気の皮膚暴露と吸入暴露との合併影響において、感 覚刺激、皮膚表面の熱感、触覚の質、かゆみ、むずがゆさ、眼の痛みを 含む種々の症状の研究が必要である。空気と低濃度ホルムアルデヒドの 双方の、身体皮膚各部位の接触暴露について、感覚作用と刺激物質の接 触性皮膚炎のための研究をすべきである。年齢、心理的ストレス、皮膚 疾患、皮膚感受性、遺伝的因子(例えばアトピー)など、種々の宿主にあ たる生物の要因と、ホルモンバランスとの相互作用を研究すべきであ る。 - ホルムアルデヒドに対する抗体(IgEその他)の生成について検討すべき である。IgE抗体のRAST*検出が必要である。 - ホルムアルデヒドに長期暴露された作業者については、臨床および実験 室の知見を含む免疫学的影響を検査すべきである。 - ホルムアルデヒドの抗体および特異的反応性T細胞の誘発についての 動物実験に着手すべきである。 - ホルムアルデヒドによる刺激物質接触性皮膚炎の誘発に含まれる因子に ついて、職業的および/またはその他の要因による一層の知識が必要で  ある。研究の方向は、そのような影響をつくるホルムアルデヒドの濃度  と、刺激性皮膚接触反応が始まった時の皮膚パラメータに向けるべきで  ある。 - ホルムアルデヒドの発がん性に含まれるメカニズム、すなわち、バリア 一としての粘液の有効性、DNA蛋白架橋結合の遺伝毒性影響、組織の 損傷の役割などについて、さらに細部を研究すべきである。 - ホルムアルデヒドと、他の空気汚染物質との相互作用について、一層の 知識が必要である。. - ホルムアルデヒドの影響を受け易い人々のグループを含む疫学的研究が 必要である。 - 発がん物質に対するヒトの鼻部上皮の反応には長期の最短潜伏期間が予  想されるため、すでに検診を受けた作業者集団(おそらく勤続20年以上)  の広範囲の追跡調査の必要性がある。 - 疫学研究についても、口腔および咽頭のがんによる死亡率について再評 価すべきである(ヒトは鼻のみで呼吸するわけではないため)。 10. 2予防方法に対する勧告 許容できないリスクを防止するため、ホルムアルデヒドの細胞毒性発現濃 度による暴露は回避すべきである。 ホルムアルデヒドのアレルギーから入々を守るために、ホルムアルデヒド 含有の消費者用商品にはラベルの貼付が勧告されている。 (a)屋内 ホルムアルデヒドの反復あるいは継続的低濃度暴露のリスクを最小にする ため、ホルムアルデヒドの濃度は、生活、睡眠、作業用の室内では0.12mg/ m3以下が許容される。 (b)職業区域 作業場におけるホルムアルデヒド濃度は、無毒性の濃度にまで低減すべき である。悪影響の観察されない濃度は、サルでは1.2mg/m3(1ppm)であっ た。健康防護の理由により作業場の濃度は1.2mg/m3(1ppm)以下でなけれ ばならない。 暴露の最高濃度1.2mg/m3(1ppm)は5分間に1度許され、1作業時問内 (8時間まで)で8回以上のピークは許されない。 (c)化粧品 化粧品(クリーム類)中の0.05%以上のホルムアルデヒド濃度では、ラベ ル貼付が必要であり、口腔化粧品の場含の濃度は0.1%以内に制限されてい る。 化粧品中で保存剤とし使用されるホルムアルデヒドの上限は、0.2%であ るが、爪硬化剤には5%以上のホルムアルデヒドが含まれるであろう。 (d)病院 1)ホルムアルデヒドの皮膚接触による感作作用は、不浸透性の手袋 の使用により回避しなければならない。 2)器具・器械の殺菌・消毒には、加熱方式が望ましい。ホルムアル デヒドを用いる殺菌・消毒には、閉鎖式の容器を使用すべきであ る。早産児保育器、目視器械(scopes)、チュープ類は、ホルムア ルデヒドで処理してはならない。 3)衣類の殺菌には、加熱洗濯方式が望ましい。ホルムアルデヒド液 を用いた衣類の「桶殺菌(tub−disinfection)」は例外とすべきであ る。その場合には、桶には蓋をしなければならない。衣類を扱う には手袋(最終的にはガス・マスク)を着用すべきである。 4)マットレスの殺菌は蒸気殺菌が用いられ、殺菌剤のスプレーは時 代遅れである。合成材料でカバーされたマットレスは、ホルムア      ルデヒド液のモップ拭きで殺菌し得るが、十分な換気を要する。 5)区域殺菌:モップ拭きまたはブラシ洗いが推奨され、ホルムアル デヒド含有液のスプレーは人の近寄らない場所のみに制限すべき である。殺菌液への直接接触は手袋を用いて避けねばならない。 実験室等の広い区域の殺菌は、勤務時問外に予定すべきであり、 十分な換気が不可欠である。 6)ホルマリン溶液槽中での組織の固定は、排気フードを用いた密閉 式の容器内で実施しなければならない。できれば、それらを顕微 鏡で見る前に、余分のホルムアルデヒドを除去するため、組織切 片を水洗すべきである。
TO TOP OF THIS DOCUMENT

11. 国際機関によるこれまでの評価 1983年、WHO・スタディ・グループは、健康に準拠した職業暴露限界を 勧告するため、ホルムアルデヒドの研究文献をレビューし、次の通り勧告し た(WHO,1984)。  「スタディ・グループは、空気中のホルムアルデヒドの、健康に基づく短 期の(15分間)職業暴露限界を、空気1m3当り1.0mgと勧告した。」  「ホルムアルデヒドの暫定的な健康準拠の暴露限界を、1週間、40時間 労働として8時間荷重平均0.5mg/m3を勧告した。」  「ラットにおける用量依存の発がん作用の報告と、ヒトにおける発がんリ スクについての現在の不十分な疫学データに鑑み、作業場におけるホルムア ルデヒドの暴露は可能なかぎり低減することがアドバイスされる。」  ヒトに対する発がんリスクは、1981年、国際がん研究機関(IARC)特別専 門家グループにより評価され、その評価は1987年に更新された。その結論 は「ヒトの発がん性についての限られた証拠(limited evidence)と、動物に 対する十分な証拠(sufficient evidence)が存在する」というものであった (IARC,1987)。
TO TOP OF THIS DOCUMENT


Last Updated :10 August 2000
NIHS Home Page here