T.ブドウ球菌食中毒の概説

 

 ブドウ球菌食中毒は代表的な毒素型食中毒で、黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)の増殖に伴って食品中に産生されたエンテロトキシンを摂取する事により発症する。黄色ブドウ球菌は、ヒトをはじめとする各種動物に広く分布し、主に化膿性疾患の原因菌である。環境抵抗性も強いことから、あらゆる食品が本菌の汚染を受ける可能性が高い。食中毒事例の原因食品はにぎりめしが最も多く、ついで弁当類、菓子類などである。本菌食中毒は通常喫食後1〜5時間で発症し、原因となるエンテロトキシンの性質から、吐き気、嘔吐を主徴とする。1970年代までは、我が国における最も主要な細菌性食中毒であったブドウ球菌食中毒の発生数は、その後年次的に減数し、1990年代後半には、事件数・患者数とも全細菌性食中毒に占める割合は数%と大変低く安定していた。他の細菌性食中毒の発生数があまり変化していない中で、ブドウ球菌食中毒の目立った減少は、食品製造者、食品販売者、食品衛生関係者などの努力に因るもので、特に、食品取り扱い時の手袋着用の徹底と調理後の温度管理が良好に機能した結果と考えられている。一方、200067月に大阪を中心に発生した乳製品を原因とする大規模なブドウ球菌食中毒事件(雪印事件)の発生は、社会的影響は甚大で、本菌が依然として食品衛生上重要な食中毒起因細菌であることを示した。
1.ブドウ球菌食中毒の検査に関する一般的な注意事項

 黄色ブドウ球菌はP2実験施設で(Biosafety level 2)BSL2の取り扱い基準に従い行う。すなわち、患者又は疑わしい患者由来の検査材料、食中毒が疑われる食品等を取り扱う際には、レベル2の施設を備えた検査室で行う。

2.検査材料の採取、輸送及び保管
 ブドウ球菌食中毒が疑われる検体には、ブドウ球菌エンテロトキシンや黄色ブドウ球菌が含まれていることを前提として取り扱うことが必要である。検体の取り扱いは、以下のように行う。
1 検査材料の採取
 ブドウ球菌食中毒の検体としては、推定原因食品、患者の嘔吐物及び糞便、更に推定食品を調理した器具、施設や調理者の手指、鼻前庭等のスワブが対象となる。
2 検査材料の輸送
 ブドウ球菌やエンテロトキシンが含まれている可能性のある検体の取り扱いには、周囲への汚染に留意し、十分な注意を払う必要がある。検体は他の食中毒検体と同様に採取後、乾燥や高温を避け、冷蔵しながら速やかに検査室へ搬送する。検体は、漏れることのないように包装のうえ、識別できるように記号等を付ける。他の場所へ検査を依頼する等、輸送が必要な場合は、郵政省告示第618号(平成9年12月4日)に基づいた包装を行った上、感染性物質であることを明示して輸送する。
3 検査材料の保管
 速やかに検査することが重要であるが、輸送等で保管の必要のある場合は、冷蔵又は凍結して保存する。ブドウ球菌は、−20℃の凍結における生存性は比較的良好である。

U.検査の進め方

 

ブドウ球菌食中毒の検査では、“検体中の毒素産生性黄色ブドウ球菌の分離培養”および“検体中のエンテロトキシンの証明”が必要であるが、それぞれの検査は、検体により最も適当な検査を選択する。

食中毒患者の検体や推定原因食品からのブドウ球菌の検出は選択平板培地へ接種する直接分離培養で行う。ヒトが発症するのに必要な菌数は、食品中に106/g以上と推定されているので、検体から菌の分離は比較的容易である。直接分離培養する場合は、検体中の生菌数が推定可能な定量培養を行う。その他の検体では、増菌培養の併用が必要となることがある。典型的なブドウ球菌食中毒事例では、検体から多数のエンテロトキシン産生黄色ブドウ球菌が分離される。一方、原因食品が加熱処理等で、生菌の分離が困難な場合は、エンテロトキシンの検出を試みる必要がある。

1. 黄色ブドウ球菌の分離

 ブドウ球菌食中毒は潜伏期が短いので推定原因食品が確保される事が多い。通常、患者は食品と共にエンテロトキシン及び多数の生菌を摂取する事になるので、推定原因食品及び患者材料(吐物、下痢便)から多数のブドウ球菌が検出される。検体の原液及びその10倍階段希釈液0.1mlを卵黄加マンニット食塩寒天培地又はBaird-Parker寒天培地に滴下し、コンラージ棒で全面塗布する。選択分離培地としては、ブドウ球菌寒天No.110、マンニット食塩寒天、卵黄加マンニット食塩寒天、Baird-Parker寒天等が用いられる。食品中の黄色ブドウ球菌の定量培養には、食塩を選択剤としないBaird-Parker寒天培地が好まれる傾向がある。37℃48時間培養し、疑わしいコロニーを普通寒天培地に継代する。卵黄加マンニット食塩寒天では、黄色ブドウ球菌は、1.5mm程度の黄色集落を形成し、周囲に卵黄反応による不透明な環を形成する。黄色ブドウ球菌以外にもその他のブドウ球菌や一部のグラム陽性菌や腸炎ビブリオ等も増殖する。Baird-Parker寒天では、黄色ブドウ球菌は1.2mm程度の灰色から黒色の集落を形成する。その他の菌は、増殖が抑制され、白っぽい集落を形成するので鑑別できる。食品中の黄色ブドウ球菌の定量培養に適する。

 純培養を確認した後、ラテックス凝集反応やコアグラーゼテストにより黄色ブドウ球菌であることを確認する。ラテックス凝集反応は、黄色ブドウ球菌と他のコアグラーゼ陽性ブドウ球菌との鑑別に効果がある。更に、エンテロトキシン産生性、エンテロトキシン型別、コアグラーゼ型別などを行う事により、原因食品由来株と患者分離株の検討が出来る。推定原因食品及び患者材料(吐物、下痢便)から高率かつ多数のブドウ球菌が検出され、コアグラーゼ型、ファージ型や毒素型等が一致することが本食中毒判定の重要な基準となる。(図1参照)

2.エンテロトキシンの証明

 ブドウ球菌食中毒は、食品中で増殖した黄色ブドウ球菌が耐熱性のエンテロトキシンを産生し、この毒素を食品と共に摂取することにより発症する。黄色ブドウ球菌以外ではS. intermedius S. hyicusのごく一部の菌株もエンテロトキシンを産生することが知られているが、実際の食中毒の原因となった事件はない。ブドウ球菌エンテロトキシンは耐熱性であるのでブドウ球菌が死滅すエンテロトキシンの証明る条件下でもその活性が保たれ食中毒を発症することがある。この場合、疑われる食品や患者材料から生菌の分離が出来ない。稀な例ではあるが、こうした食中毒事例は報告されている。戦後最大の患者数となった雪印事件は、この例である。したがって、推定原因食品からのエンテロトキシン検出は重要である。エンテロトキシンの検出は、簡易・迅速診断試薬或いはキットが市販されているので、通常これを利用することになる。現在入手可能な検出キット類は、にぎりめしや弁当などを原因とするこれまでの食中毒事件では、直接食品からの検出が可能であったが、雪印事件の原因食品から検出するには感度が不充分で、検体をその種類により適当な方法で処理し、エンテロトキシンを濃縮する必要があった。十分な毒素の産生が見られたと思われる通常の食中毒事例の推定食品からのエンテロトキシン抽出は、食品10gに対し生理食塩水90mlを加え、ストマッカー等でよく混ぜ、遠心分離により上清を回収し、濾過したものを市販のキットにかける。一方、雪印事件の牛乳の様に直接エンテロトキシンを検出するには濃度が低すぎるが、摂取する食品の量が多いため摂取総量としては、発症に至る例がある。このような場合のエンテロトキシン検出法については、具体例として、乳製品中のブドウ球菌エンテロトキシン検査法として、雪印事件の検査に実績のある手法を示す。さらに別の方法として、乳等からのエンテロトキシン検査方法TCA濃縮法)として、厚生科学研究費の研究班により報告された検査法を示した。いずれも具体的な手法を詳しく説明してあるので、参考にしていただきたい

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