平成11年度 厚生科学研究費補助(生活安全総合事業)

総括研究報告書

高分子素材からなる生活関連製品由来の内分泌かく乱化学物質の分析及び動態解析

主任研究者  中澤 裕之 (星薬科大学薬品分析化学教室)

研究要旨

1.ポリ塩化ビニル製おもちゃからのフタル酸エステルの溶出に関する調査研究


6〜10ヶ月乳児のMOUTHING行動を観察した結果、1日のMOUTHING時間は、平均 105.3±72.1分で、フタル酸エステルを溶出する可能性の無いおしゃぶりを口にしている時 間を除くと、平均73.9±32.9分(最大値136.5分、最小値11.4分)であった。ヒトが、フ タル酸ジイソノニル(DINP)58%を含む玩具の片を口に含んだ際、10cm2あたり平均63.7μ g/hrのDINPが唾液中に溶出した。この値と、MOUTHING行動の平均時間を用いて、乳 幼児が、この玩具を口に入れた場合に摂取するDINPの量は78.4μgと試算された。渦巻 き振とう機を用い15cm2の玩具片に30mlの人工唾液を加えて300回転/分で10分間振 とうを行うと、ヒトがchewingしたときの最大溶出量に近似した値が得られた。この方法 により、乳幼児が、ある玩具を口に入れた場合、どの程度のフタル酸エステルを摂取する 可能性があるかを推測できる。

2.食品容器包装材等からの内分泌かく乱化学物質の動態


@缶コーティングからのピスフェノールA及び関連化合物の溶出に関する研究
缶コーティングから飲料へのビスフェノールA(BPA)の溶出に関連する各種ファクタ ーの影響及び溶出原因の解明を行うため、缶入飲料の調査でBPA含有量が高かったコーヒ ー及び紅茶各2銘柄の相当缶及びその改良缶を試験した。缶各部位のコーティング中の BPA含有量に違いが見られた。これらの缶について食品擬似溶媒を用いた溶出試験を行っ たところ、溶出時間の増加とともに溶出量の増加がみられ、BPAの溶出には、エポキシ樹 脂のガラス転移温度である104℃以上の加熱が必要であり、飲料を缶に封入後の加圧加熱滅 菌における温度と時間が、溶出に大きく影響することが示唆された。一方、改良缶での溶 出量は大幅に減少しており、缶コーティング中の残存量を減少させた今回の改良は、BPA の溶出量低減に極めて有効であったと判断された。次に、BPA、ビスフェノールAジグリ シジルエーテル(BADGE)、その四水酸化体(BADGE-40H)及び二塩素体(BADGE・2Cl)につ いて、LC/MSによる飲料中の分析法を開発し、市販缶入飲料72検体中の含有量を分析し た。BADG且・40Hは、紅茶、緑茶など茶飲料を中心に、スポーツ飲料、果汁飲料、リカー 類からも検出され、残存量もBPAより数倍〜数十倍高かった。さらに、塩化水素付加体の BADGE・2Clもポリ塩化ビニル樹脂塗装缶の一部飲料から検出された。

A瓶詰め食品のキャップシーリング材の内分泌かく乱化学物質
瓶詰食品(輸入品35、国産品15検体)のキャップシーリング材について、内分泌かく乱 作用が疑われているフタル酸エステル等の可塑剤およびBPAの使用動向を調査した。可塑 剤は約50%から検出され、国産品と輸入品では検出された可塑剤が異なっていた。全体的 にはフタル酸ジ・2・エチルヘキシル(DEHP)の使用が自粛されつつあること、また、材質自体 もポリ塩化ビニル製から可塑剤を必要としないものに変わりつつあることが窺えた。BPA は輸入品の5検体から1.o-620ppmの範囲で検出された。さらに、シーリング材から食品 への可塑剤の移行について調べたところ、脂質の多い食品に高い濃度で溶出されているも のがあった。

B缶詰食品中のビスフェノールAおよびピスフェノールA関連物質の分析
缶内面コーティング剤から缶詰食品中に移行したBPAについて高速液体クロマトグラフ /フォトダイオードアレイ検出器一蛍光検出器を用いた分析法を検討し、缶詰食品中72検体 のBPAの分析を行った。その結果、72検体中47検体からBPAが約1-22μg/缶検出さ れた。加熱処理条件の厳しい野菜缶および肉・魚介缶であり、10μg/缶以上検出された缶 詰(9検体)はすべてプルトップ型の缶詰であり、缶詰食品は、BPAのヒトヘの暴露経路 の一つとして考えられる。さらに、BADGEおよび2種類の塩化水素付加体(HC1型,2HC1 型)について20検体分析したところ、BADGEが3検体(0.6-4μg/缶)、BADGE・2HC1 型が9検体(o.1-47μg/缶)、BADGE・HC1型が3検体(o.1-2μgノ缶)から検出され た。

C缶ビール中のピスフェノールAに関する研究
缶ビール等の缶飲料に用いられるアルミ缶は、内面にエポキシ樹脂による塗装が施され ており・BPAが内容物に溶出する可能性がある。そこで、ビール中のBPAについてGC/MS による試験法を検討し、市販缶ビール製品中のBPA含有量を調査した。国内の主要製品か らBPAは検出されなかったが、輸入品の一部製品で、ビール中からBPAが検出された。

3.医療用高分子素材及び製品由来の内分泌かく乱化学物質の動態解明


@高分子素材からなる医療用プラスチック製品
 医療用プラスチック製品に由来する揮発性物質をヘッドスペース瓶にとり、50℃で気化 する物質をSPMEファイバーに吸着させ、GαMSで測定した。その結果、飽和炭化水素 でC17以下の沸点を持つような化合物(PTRIで1700以下)として、アニリン、トルエン、 THF、フェノール、アセトフェノン、ベンゾチアゾール、ジクロロベンゼン、スチレン、 BHT等が検出された。また、溶出により人体に取り込まれる可能性のある物質を同定する ため、生理食塩水でカテーテルから溶出してきた物質をSPMEファイバーで抽出し、 GαMSで測定した。この結果、ベンゾチアゾール、ベンゾフェノン、BRへ、ノニルフェノ ール、フタル酸ジ・2・エチルヘキシル(DEHP)等約120物質を推定できた。

A血液バッグ保存血液中の内分泌かく乱化学物質の分析
輸血用血液バッグに豚の血液を詰めて冷蔵保存した後、揮発性有機化合物をヘッドスペ ース・GC/MSで分析したところ、その血液中にはベンゼン、トルエン、スチレンモノマー などの芳香族系有機化合物が経時的に増加し、20日間の保存期間でこれらは数十ppbの濃 度に達することが確認された。これらの化合物は、バッグ中に残存していたものが血中に 溶出したもののみではなく、空気中に存在していたものがバッグを通過し、バッグ中の血 液に移行した可能性も示唆された。また、これら芳香族系化合物の他に、血液バッグから はテトラヒドロフラン(THF)および2-エチル-1-ヘキサノールが大量に溶出することも判 明した。一方、母乳バッグに牛乳を詰めて30日間凍結保存した後、分析を行ったところ、 調査した2種類のバッグのうち1種類からはトルエンの溶出が認められた。

B歯科用ポリカーボネート中のBPAの分析
BPAを原材料としたポリカーボネート(PC)は歯科領域においては、テンポラリークラウ ン、レジン歯、矯正用ブラケット、義歯床などに用いられている。BPAの簡便かつ高感度 測定方法として、電気化学検出高速液体クロマトグラフ法による分析法を検討した。構築 した分析法を用いて、PC中に残留しているBPAと人工唾液中に溶出するBPAを分析した
ところ、歯科材料中には残留BPAが数μg/g〜数百μg/g確認され・材料からの溶出におい て多いものでは数μg/g単位であり、浸漬することによりPC中に残留しているBPAの増 加が確認された。

4.生活空間中の可塑剤の分析と分析精度の向上について


@大気中のプラスチック可塑剤の実態調査
大気中のプラスチック可塑剤(フタル酸エステル10種、アジピン酸エステル1種)を同時に 測定する方法を検討し、その屋外、屋内及び特殊環境として駐車中の自動車内空気の濃度 の実態を調査した。屋外で多く検出されたのはDnBP、DEHPであった。屋内では、検出す る濃度、種類は部屋によって少し異なっていた。55℃以上となる夏季の駐車中の車内では、 検出する可塑剤の種類も多く、特にDnBP、DEHPは数千ng/m2オーダーで検出された。し かし、車内最高温度30℃程度の冬季では、濃度は高くなかった

Aフタル酸エステル類、アジピン酸エステル類の分析におけるバックグランド低減化
食品中のフタル酸エステル類等の濃度を把握することは、リスク評価を行う上で重要で あるが、使用量が多く、常に実験室を含む測定環境中に多く存在するため、精度の高い微 量分析を困難としている。本研究では、試料の抽出、クリーンナップに精油定量装置を応 用した閉鎖系の蒸留システムにより、操作ブランク値の低減化と再現性について検討した。 超純水を製造した後、8時間以上、精油定量装置で加熱還流を行い、フタル酸エステル類を 含む共存物質をトルエンで捕集・除去することで、操作ブランクを低減することが可能と なった。本法を氷菓の分析に応用したところ、内標準法を採用することで良好な回収率が 得られた。

B分析注意点及びブランクの扱いについて
アルキルフェノール類、芳香族炭化水素類、フタル酸エステル類及びBPA等について、 GC/MS上でのマトリックスの妨害、異性体ピークパターンの扱い、測定環境からの汚染(セ プタム等の部品の表面汚染、装置ブランク、室内空気、試薬ブランク)、混合物スタンダー ドの使用等の留意点を明らかにし、対策を検討した。

5.生活関連製品由来の内分泌かく乱化学物質の作用評価

@酵母Two-Hybrid法
酵母Two-Hybrid法を運用し、化学物質のエストロジェン様作用について評価した。さ らにその代謝産物を含めた化学物質のエストロジェン様作用の評価を実施するために、酵 母Two-Hybrid法の操作過程にS9 mix処理過程を組み込み、その有用性を検討した。本 法は化学物質自体のみならずその代謝産物の内分泌かく乱作用を検討する上で有用である ことが判った。また、化学物質のエストロジェン様作用の評価は、化学物質自体を評価し たのみでは不十分であり、代謝産物も含めて評価する必要性があることが示唆された。

Aヒト副腎由来の培養細胞を用いたステロイドホルモン産生に及ぼす内分泌かく乱化学物 質の影響
化学物質が内在性のステロイドホルモン産生(steroidgenesis)にどのような影響を及ぼ すかを解明する目的で、H295R細胞を用いてステロイドホルモン産生に及ぼす環境化学物 質の影響を評価するアッセイ法の基礎的検討を行った。このアッセイ法を用いて、プラス チック可塑剤として用いられているフタル酸エステル類の影響、プラスチック関連物質と してBPA、4-ノニルフェノールおよび4-t-オクチルフェノールの影響、および食品包装用 ラップ類のジクロロメタン抽出物低分子画分・メタノール可溶部分の影響を検討し、コル チゾール産生を抑制するいくつかの化学物質を特定した。

Bエストロジェン活性検出系の確立
MCF・7を用いた内分泌かく乱作用のin vitroスクリーニング試験法であるE-SCREEN Assayの、より簡便な操作でかつ精度の高いアッセイ系の確立を目的に、諸条件の基礎的検 討を行った。さらに、同じくエストロジェンレセプターを発現しているヒト由来の乳癌細 胞であるT47Dを使用したエストロジェン活性の検出系の確立を目的とし、高分子素材由 来の化学物質について評価を行った。

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