平成11年度 厚生科学研究費補助(生活安全総合事業)

総括研究報告書

内分泌かく乱化学物質に関する生体試料(さい帯血等)の分析法の開発と
その実資料分析結果に基づくヒト健康影響についての研究

主任研究者  牧野 恒久 (東海大学 医学部産婦人科学教室 教授)

研究要旨

1.生体試料中のフタル酸及びアジピン酸エステル類測定法の開発と測定
  フタル酸エステル類及びアジピン酸エステルは、プラスチック製品の可塑剤として汎用されており、内分泌かく乱化学物質の一つとして健康影響に関する調査の実施が急務とされている。この目的のために、ヒト体液中での、これらエステル類の高感度かつ迅速な一斉分析法を開発した。本法は、前処理操作が極めて簡便かつ迅速で、定量操作過程へのエステル類の混入が、極めて少ないという利点がある。また、1ng/ml(生体試料)の高感度でエステル類の測定が可能であり、内分泌かく乱化学物質の健康影響に関する調査研究の実施に極めて有用である。

2.ビスフェノールA(BPA)の健康影響に関する調査研究
  内分泌系をかく乱する可能性があると指摘されているBPAは、ポリカーボネート樹脂やエポキシ樹脂等を用いた食品用容器や金属缶からの溶出が報告されている。従って、食品や生活環境などからBPAがヒトへ暴露される可能性も十分に考えられ、BPAの健康影響に関する調査研究の実施が急務とされている。しかしBPAは、生体内では極めて微量で存在する。そのため、本年度は、昨年度開発したエチル誘導体化GC-MS法を用いてパイロット調査研究を実施するとともに、さらに高感度かつ迅速な分析法の開発を、前処理に固相抽出法を用いたGC-MS法とHPLC-蛍光および化学発光定量法について検討した。
  @ビスフェノールAの調査研究:エチル誘導体化GC-MS法を用いた高感度分析
  我々が先に開発し「ジエチル硫酸を誘導体化試薬として用いるGC-MS法」により、ヒト母乳、さい帯血、血液、腹水中のBPAの測定を、食生活や居住環境などの生活環境と病歴を含む生化学データなどが入手可能なボランティアを測定対象として実施した。このパイロット調査研究では、血液、腹水を測定する婦人科グループと、母乳、さい帯血、母体血を測定する産科グループが対象で、各々30および15検体について、調査を実施した。その結果、産科グループでの母乳、さい帯血、母体血中のBPAは、本法で測定したところいずれもNDであった。いっぽう、婦人科グループでは、30例中の1例においてその腹水中BPAが1.7ng/mlで検出されたが、操作ブランクが真の値よりも小さく、それに伴い測定値が真の値よりも大きく算出された可能性が示唆された。その他の腹水及び血液でのBPAの測定は、全てNDであった。
  A前処理に固相抽出法を用いたGC-MS法によるBPAの高感度分析法の開発と生体への応用に関する研究
  BPAのさらに高感度分析法を開発するため、前処理に固相抽出法、検出にはガスクロマトグラフィー/質量分析法(GC/MS)を用いた高感度分析法を開発し、ヒト血清等の生体試料へ応用した。BPAの検出方法として、BPAを臭化ペンタフロロベンジル(PFBBr)によりアルキル化して、ペンタフロロベンジル-ビスフェノールA(PFB-BPA)に誘導体化した。これを生体成分に対して影響が少ないGC/MSのネガティブモードで検出を行った。本法により、PFB-BPAは、その定量範囲が0.01〜100ng/mLまでの広範囲なダイナミックレンジで測定でき、相関係数は0.998と良好であった(検出限界はS/N=3 0.005ng/mL)。10ng/mLのBPA標準溶液を添加して、その添加回収試験を実施したところ、ヒト血清では98.5%、コントロール血清では100.9%と良好な結果が得られた。今後の生体試料への応用が期待できる。
  BビスフェノールAの高感度HPLC-蛍光および化学発光定量法の開発
  血液中のビスフェノールA(BPA)の高感度で高精度な測定法の開発を目的として、フェノール類やアミン類の選択的な蛍光ラベル化試薬である、4-(4,5-diphenyl-1H-imidazol-2-yl)benzoyl chloride (DIB-Cl)を用いた、HPLC-蛍光および化学発光検出定量法を検討した。その結果、検出下限がHPLC-蛍光法では0.05ppb(S/N=3)、過シュウ酸エステル化学発光法では0.38ppb(S/N=3)の感度を有する計測法を開発することができた。ウサギの添加血漿を用いてHPLC-蛍光法を検討したところ、回収率95%前後、定量下限1ppbであり、生体試料への適用が可能であることが分かった。

3.環境中の内分泌かく乱化学物質の胎児・胎盤における遺伝子発現調節と酵素的修飾についての研究
  @妊娠母体に取り込まれた環境物質は、まず胎盤を構成する胎児由来細胞である栄養膜細胞に作用すると考えられる。環境中の内分泌かく乱化学物質の胎児にたいする作用を解明する第1段階として、この栄養膜細胞における内分泌かく乱化学物質に応答する核内受容体の発現様式とその機能を解析した。まず、すでにその核内受容体が胎盤で発現していることが報告されているレチノイン酸(RA)の、in vivoおよびin vitroでの影響を解析した。RA投与によって栄養膜巨細胞の分化は促進される一方で、海綿状栄養膜細胞の分化阻害も確認された。つまり、RA受容体を活性化あるいは不活性化する環境物質が、妊娠母体に取り込まれた場合に、胎盤形成に異常が現れる可能性が示唆された。さらに、ベンゾピレンやダイオキシンの生体内受容体であるとされるAhRの、培養栄養膜幹細胞における発現を、RT-PCRにより解析すると同時に、そのcDNAのクローニングを行い、報告にない新規のAhRアイソフォームを同定発見した。
  A母体に取り込まれた物質は、胎盤を通過して胎児に到達するが、この間に胎盤によって解毒される可能性も考えられる。ビスフェノールAについては、ラット肝臓において、UDP-グルクロン酸転移酵素(UGT2B1)によりグルクロン酸抱合(解毒)される事実を我々はすでに報告している。胎盤を含めた生体の解毒機構の解明のために、今回は、ノニルフェノール・オクチルフェノール・植物由来のエストロジェンについて、ヒトおよび各種動物肝におけるグルクロン酸抱合能について検討した。市販のヒト肝ミクロゾーム及び各種動物肝ミクロゾームを用いて、グルクロン酸抱合反応を行い、逆相HPLCにより反応産物の同定・定量を行った。また。ラット肝潅流法を用いてビスフェノールAの臓機内での代謝を測定した。
  以上の結果より、ヒトをはじめ、多くの動物肝に於いて、ビスフェノールA・ノニルフェノール・オクチルフェノール・植物由来エストロジェンはグルクロン酸抱合されること。ビスフェノールAは大部分グルクロン酸抱合で胆汁中に排泄されることが判明した。

4.内分泌かく乱化学物質の培養細胞レベルでの作用とそれを応用した簡便で高精度のアッセイ系確立についての研究
  @環境由来の化学物質が、内在性のステロイドホルモン産生(steroidgenesis)にどのような影響を及ぼすかを解明する目的で、ヒト副腎皮質由来の培養細胞(H295R)を用いてステロイドホルモン産生に及ぼす環境化学物質の影響を評価するアッセイ法の基礎的検討を行い、方法を確立した。このアッセイ法を用い農薬DDTとその代謝物、ジコホル、クロルデンおよびヘキサクロロベンゼンの影響、各種パラヒドロキシ安息香酸エステル類の影響、および植物エストロゲンであるダイゼイン、ゲニステインおよびそれらの配糖体であるダイジン、ゲニスチンの影響を検討し、コルチゾール産生を抑制するいくつかの化学物質を特定した。この方法によって、環境由来の化学物質のヒトにおけるリスクを評価できる可能性が示された。
  A生活環境中の化学物質の安全性については、内分泌かく乱作用という新しい観点で評価する必要性が生じている。しかし、多数の候補物質からその作用の強弱を評価しスクリーニングする必要があり、迅速で簡便な方法が求められる。従来は、ヒト由来乳癌細胞であるMCF-7のエストロジェンに応答する増殖反応を指標としたin vitro試験法であるE-SCREEN Assayがある。今回、より簡便な操作でかつ制度の高いアッセイ系の確立を目的に諸条件の基礎的検討を行い、同じくエストロジェンレセプターを発現しているヒト由来の乳癌細胞であるT47Dを使用したエストロジェン活性の検出系の確立を目的として研究を行い、高分子素材由来の化学物質について評価を行った。

5.ヒト尿・血液中のベンゾ[]ピレン及びその代謝物の分析法開発
 ベンゾ[α]ピレン(BaP)の代謝物として知られ、内分泌撹乱作用の疑われるモノヒドロキシベンゾ[a]ピレン(OH-BaP)の12異性体の分離・分析法を開発した。アルキルアミド型逆相カラム(Discovery RP-Amide-C16)により1-,3-,7-,12-OH-BaPを除く8種類のOH-BaPを分離し、分離が不十分な1-,3-,7-,12-OH-BaPをカラムスイッチングによりODSカラム(COSMOSIL 5C18AR)に導入して7-及び12-OH-BaPを同定した。さらに分離が不十分な1-及び3-OH-BaPをβ-シクロデキストリン固定化カラム(LiChroCart 250-4Chiradex)に導入することで12種すべてを分離できた。この分析システムをBaPのCYP1A1処理液に適用したところ、1-,3-,9-OH-BaPの生成が確認された。また、健常人の尿中から代謝物として、1-,3-OH-BaPを同定し、尿中に排泄されるOH-BaPは主としてエストロゲンレセプターに対してビスフェノールAに匹敵する結合能を有する3-OH-BaPであることが明らかとなった。

6.ポリ臭素化ジフェニルエーテルのルーチン分析法開発と生物試料の分析
 GC/MSによるポリ臭素化ジフェニルエーテル(PBDE)の高感度迅速分析法を確立し、本分析法を用いて1998年に瀬戸内海で採取した食用魚のPBDE汚染実態を明らかにした。また、ヒト母乳抽出脂肪(1980,84,86,90年の保存試料)の予備的分析を行い、1g以下の試料量でPBDEの分析が可能であること、すなわち量が限られている貴重な保存試料を大量に使用することなく、過去に遡って母乳中PBDE濃度の経年変化を追跡できることを明らかにした。

7.成人血及びさい帯血中のクロルデン関連物質およびヘキサクロロベンゼンの分析
 一般の成人を対象としてクロルデンとその関連物質及びヘキサクロロベンゼン(HCB)に対する人体暴露量調査を実施する目的で、これらの物質の血中濃度を測定すると共に、血液提供者に対するアンケート調査により食事の嗜好性、住環境等の情報を得、これらの化学物質の生体内濃度との関連性について検討を加えた。154人の血清試料を分析したところ、93.5%の人からtrans-ノナクロル(0.03〜1.65ppb)が、89.6%の人からHCB(0.02〜2.20ppb)が、また、44.2%の人からはcis-ノナクロル(0.03〜0.44ppb)検出された。さらに、ごく少数の人からはオキシクロルデン(2人、0.24、0.56ppb)やtrans-クロルデン(1人、0.04ppb)も検出された。検出された5種の化学物質のうちtrans-ノナクロル濃度は、年齢及び魚介類の摂取頻度と関連することが示唆された。また。HCB濃度については年齢との関連性が示唆された。また、母体末梢血(9検体)、腹水(5検体)、及びさい帯血(10検体)を用いて同様にCLDs及びHCBへの暴露量調査を実施した。その結果、trans-ノナクロル(0.03〜0.39ppb)は腹水1検体を除く23検体(95.8%)から、HCB(0.05〜0.18ppb)は腹水、さい帯血の全検体を含む20検体(83.3%)から検出された。また、cis-ノナクロル(0.03〜0.09ppb)も4検体(16.7%、うち母体末梢血3検体)から検出された。

8.LC/MSによる食品及び生体試料中の植物エストロゲンの分析
 大豆中に多く含まれるDaidzein、Genistein、Glycitein等のイソフラボンのヒトへの影響を解明するために、LC/MSを用いた高感度且つ特異的な分析法の開発を検討した。構築した方法を用いて日本人が摂取する上記イソフラボンの一日量を求めた結果、約35mgと推定された。更に、イソフラボンの体内動態を把握するために尿及び血清中の分析を試みた結果、尿中からDaidzein、Genistein、Glyciteinが比較的高い濃度で検出された。一方、血清中からは10例中3例からDaidzein及びGenisteinが極微量検出(1ppb以下)された。

9.毛髪及び血液中のブチルスズ化合物の分析法に関する研究
 トリブチルスズ化合物及びその分解、代謝物の人体暴露量の調査を目的として、毛髪及び血液を対象とした分析法の検討を行った。内標準物質として安定同位体標識標準品を使用し、ガスクロマトグラフ質量分析計(GC/MS)による選択イオン検出法(SIM)で測定したところ毛髪及び血液におけるトリブチルスズ化合物(TBT)の添加回収実験(n=6)は、それぞれ97.8%(CV値1.9%)、104.8%(CV値10.4%)と良好な結果が得られた。その分解、代謝物であるジブチルスズ化合物(DBP)及びモノブチルスズ化合物(MBT)は、反応試薬に由来すると思われるブランク値が認められた。毛髪(n=4)からは試薬ブランク値(n=4)より約3倍、高いMBTが検出された。ブランク値との差を取ることにより分解、代謝物の検出も可能と思われた。

10.クロロベンゼン類及びパラベン類の分析法開発と実試料の分析
 クロロベンゼン類およびパラベン類は内分泌かく乱作用を持つ可能性があることが指摘されている。このうちパラジクロロベンゼンは防虫剤として、パラベン類は保存料として一般の環境で広範囲に使用されている。これらの物質にはヒト体内で代謝する経路があることが知られているが、環境中での大量消費に伴いヒト体内に常時供給がある場合、体内中(血液等)で検出される可能性が高く代謝物を含めての内分泌かく乱作用の可能性についての検討が必要である。そのため、ヒトがこれらの物質を摂取する経路の解明、摂取してからの体内中での挙動、代謝、排泄等について調査を行うための迅速で高感度な分析方法の開発を行い、併せて実試料の分析によるヒト健康への影響について研究を行った。
@パラベン類を模擬飲料として摂取した生体内での挙動を確認したところ摂取直後20分以内に血液中にパラベン類が検出されるとともに代謝であるパラヒドロキシ安息香酸(PHBA)濃度の増加が確認された。PHBAの血中濃度はその後急速に低下し8時間後ではほぼ初期濃度まで回復した。同時に行った尿試料の結果、尿からもパラベンが検出された。また、PHBA濃度は、試飲後20時間近く影響が残ることが判明した。さらに、パラベン類の摂取経路として食品に分類されない栄養ドリンク剤について調査した結果、パラベン類を含むドリンク剤の場合、平均で50ppm程度添加されており、比較的大きなパラベンの摂取源であることが確認された。
A内分泌かく乱作用の確認されているHCBは食事由来で摂取する可能性が大きいことから、暴露量の推定を行った。トータルダイエット法による一日摂取量は65ng/日であった。陰膳法での平均一日摂取量では113ng/日であった。概ね魚介製品がHCBの摂取源であることが確認された。
Bパラジクロロベンゼンは防虫剤として使用されているが室内空気経由であることが明らかである。ヒト体内での代謝はあるものの、常時高濃度暴露される条件下では血液中に高濃度で存在することが明らかになり、室内濃度と血液濃度の濃度レベルの比較を行った結果、y=1.4Xの回帰式が得られた。この結果、室内濃度から血液濃度を推定できることになった。

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