用語の解説

  1. 遺伝毒性
  2. DNA損傷の種類
  3. DNA修復
  4. 突然変異の誘発とその機構
  5. 遺伝毒性試験
  6. 遺伝毒性研究のこれから

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平成21年1月23日 改訂

1. 遺伝毒性

DNAは「生命の設計図」と呼ばれ, 細胞の構造と機能を支配している最も重要な生体高分子である. したがってDNAの塩基配列変化や染色体構造および染色体数の変化は, 細胞, 個体さらには次世代に大きな影響を与える. 遺伝毒性(genotoxicity)とは,  DNAを中心とした遺伝物質に対する毒性の総称であり,  DNA損傷から染色体異常, 突然変異までを包含する広い意味で用いられる.  DNAを標的としないが, 細胞分裂に関与するチューブリン蛋白質や複製DNAの分配に関与するトポイソメラーゼに化学物質が作用して染色体異常を誘発する場合も, 遺伝毒性の一つと考えられている.

DNAは, アデニン, グアニン, シトシン, チミンの4つの塩基を含む2本のポリヌクレオチド鎖が極性を反対にして対合し, その間をアデニンとチミン, グアニンとシトシンが水素結合を形成して二重らせん構造を維持している. しかし, ヒトのゲノムDNAは, 酸素代謝の過程で生ずる活性酸素種や食品成分由来の活性代謝物(内因性遺伝毒性物質)にたえず曝されている.また,タバコの煙や環境化学物質など多様な外因性遺伝毒性物質に曝露されている. 内因性, 外因性遺伝毒性物質は, DNAの構成塩基やヌクレオチドの連結に必要な糖りん酸骨格に修飾を加え, 付加体や二量体の形成, 塩基欠失,一本鎖DNAおよび二本鎖DNAの切断などを誘発する. こうしたDNA損傷や鎖切断は, 染色体複製の際に突然変異誘発の原因となる. また,DNAポリメラーゼの複製エラーや染色体分配機構のエラーも突然変異の原因と考えられる.突然変異が,細胞増殖やゲノムの安定化に重要な役割をはたす遺伝子(蛋白質りん酸化酵素遺伝子やp53遺伝子など)に起こると, 細胞のがん化が促進され, 突然変異が何度も同じ細胞に起こると, 正常細胞はがん細胞へ形質転換し, 宿主を攻撃するようになる. また, 突然変異が生殖細胞(精原細胞, 精子)に起こると, 遺伝子や染色体の変化が次世代に伝わり, ヒト遺伝子プールの劣化につながると考えられる. 遺伝毒性は, DNA損傷から毒性の顕在化(がん化, 遺伝子プールの劣化)までに時間がかかるため, メカニズムに基づく理解が大切である.

遺伝毒性とほぼ同義で使われる用語に変異原性(mutagenicity)という用語がある. 変異原性は, 放射線やアルキル化剤のようにDNAに反応して突然変異を誘発する物理的因子や化学物質の性質として, より理学的な分野で用いられて来た用語である. 世界保健機関/化学物質安全性国際プログラム(WHO/IPCS)では, 「遺伝毒性」と「変異原性」を区別し, 遺伝毒性はDNA損傷の誘発そのものやDNA損傷に基づく広義の毒性(突然変異だけでなく, 不定期DNA合成, 姉妹染色分体交換, DNA鎖切断の誘発などを含む)を指し, 変異原性は狭義の遺伝毒性(遺伝子突然変異や染色体異常の誘発など嬢細胞や次世代にゲノムの変化が伝わる毒性)としている1). この定義に従い, 遺伝毒性試験(genotoxicity tests)は (1) 遺伝子突然変異試験や染色体異常試験などの変異原性試験(mutagenicity tests)と (2) DNA損傷を検出する32Pポストラベル法やコメットアッセイなどのインディケーター試験(indicator tests)に分類されている(表1). 

表1 代表的な遺伝毒性試験

  in vitro試験 in vivo試験
変異原性試験
 遺伝子突然変異


 染色体異常

細菌を用いる復帰突然変異試験
哺乳類細胞を用いる遺伝子突然変異試験

哺乳類培養細胞を用いる染色体異常試験
小核試験

トランスジェニックマウス、ラット変異原性試験
マウススポット試験
ショウジョウバエ眼色復帰突然変異試験
小核試験
染色体異常試験
インディケーター試験
 DNA付加体検出
 DNA損傷と致死
 DNA損傷と遺伝子発現
 DNA鎖切断
 DNA鎖切断
 染色体異常
 DNA損傷と修復

32Pポストラベル法
Rec アッセイ
SOS試験
アルカリ溶出法
アルカリ単細胞ゲル電気泳動法(コメットアッセイ)
姉妹染色分体交換(SCE)試験
不定期DNA合成(UDS)試験

32Pポストラベル法


アルカリ溶出法
アルカリ単細胞ゲル電気泳動法(コメットアッセイ)
姉妹染色分体交換(SCE)試験
不定期DNA合成(UDS)試験
生殖細胞遺伝毒性試験
 遺伝子突然変異


 染色体異常
 
マウス特定座位試験
ショウジョウバエを用いる伴性劣性致死試験
ESTR突然変異試験
優性致死試験
遺伝性転座試験
その他 細胞形質転換試験  

遺伝毒性がトキシコロジーの分野で重要な位置を占める理由の一つは, 発がん物質のリスク評価を行う際に, 当該物質に遺伝毒性が検出されると, その発がんリスクに「閾値(threshold)」がないとされ, 食品添加物や残留農薬, 動物用医薬品などについては「一日許容摂取量(ADI)」が設定されないためである. ただしチューブリンやトポイソメラーゼなど蛋白質への修飾に基づく染色体異常の場合には閾値が存在するとされる2,3) . 遺伝毒性物質の作用に閾値がないという考えは, 「放射線の発がん作用に閾値がない」という直線閾値無しモデルと似ており, たとえ1分子の遺伝毒性物質によるDNA損傷でも突然変異や染色体異常の原因となり発がんを促進するという考えに基づいている4). だが, ヒトにはDNA修復をはじめ遺伝毒性物質の作用を抑制するさまざまな機構が備わっており,これらが遺伝毒性物質の作用に「事実上の閾値」を作る可能性が考えられるが, この点については議論のあるところである.

2. DNA損傷の種類

化学物質によるDNA損傷は, 化学物質が直接DNAに作用する場合(直接作用性遺伝毒性物質)と, 肝臓などに存在する薬物代謝酵素により化学物質が代謝活性化され, 代謝物がDNAに損傷を与える場合(間接作用性遺伝毒性物質)がある. いずれの場合も, DNAに直接作用する化学物質や代謝物は求電子性(electrophilicity)を示す.

化学物質によるDNA損傷は多様である5). ベンツピレンや2-アセチルアミノフルオレンのように大きな付加体を作る場合もあれば, メチル化剤のように塩基の酸素原子や窒素原子にメチル基を付加し, 小さな修飾を行う場合もある. また, 9-アミノアクリジンのように塩基の間に挿入(インターカレーション, intercalation)する場合, マイトマイシンCのようにDNA鎖間に架橋する場合, シスプラチンのように隣り合った塩基同士の間で架橋を作る場合, ホルマリンのようにDNAと蛋白質の架橋を作る場合もある. また修飾された塩基が脱落したり, DNA修復の過程で除かれて生ずる脱塩基部位も,主要なDNA損傷である. 一つの化学物質が一種類のDNA損傷のみを誘発するということはなく, 一つの化学物質は複数の修飾塩基や付加体を生ずる.

放射線は, 自身のエネルギーをDNA鎖に付与して一本鎖および二本鎖DNA切断を起こすほか, 塩基の酸化修飾(8-オキソグアニンやチミングリコールなど)を誘発する. 一般に高LET(linear energy transfer)放射線(炭素線などの重粒子線)ではDNA鎖切断が主要な損傷となり, 低LET照射線(X線など)では, DNA鎖切断以外に酸化DNA損傷を生ずる. 特にクラスター損傷と呼ばれる近接した位置に生ずる損傷は修復が困難であるため, より大きな生物効果を示す. 一方, 紫外線は, シクロブタン型ピリミジン二量体, 6, 4-光産物などをDNAに形成する.

内因性遺伝毒性物質としては, 活性酸素種や活性窒素種が重要であり, これらが塩基の修飾やDNA鎖切断を誘発する. 活性酸素種によるDNA損傷としては, 上述の8-オキソグアニンやチミングリコールのほか, 5-ヒドロキシシトシン, 5-ヒドロキシウラシル, ウラシルグリコールなど多様な修飾塩基が存在する. またDNA鎖の切断, ヌクレオチドプールの酸化も誘発される. 活性窒素種による損傷としては, 8-ニトログアニンが報告されている. アルキル化剤は内因性遺伝毒性物質の一つであり, S-アデノシルメチオニンは哺乳類細胞に一日一細胞当たり数百個の3-メチルアデニンを生ずる. シトシンや5-メチルシトシンの脱アミノ化は, 哺乳類における自然突然変異の主要な原因の一つである.

3. DNA修復

さまざまなDNA損傷に対応して, ヒトを含む生物は複数のDNA修復機構を備えている5). DNA修復の存在は, 大腸菌や酵母を用いた遺伝学的研究により明らかにされ, 近年はヒト遺伝病の原因遺伝子究明の過程でDNA修復機構の詳細が明らかにされてきた. 以下に, 主な修復機構の概要を紹介する (図1).

3.1 光回復

紫外線によって生じたピリミジン二量体を,可視光線のエネルギーを利用して正常なピリミジン塩基に直接復帰させる修復で, 光回復酵素が関与する. この酵素はバクテリア, 一部の動物, 植物に存在するが, ヒトをはじめとする哺乳類での存在は確認されていない.

3.2 アルキル化修復

アルキル化剤で生ずる多様な修飾のうち, O6-メチルグアニンについては, O6-メチルグアニンDNAメチル転移酵素(MGMT)が自身のシステイン残基にメチル基を転移させることにより, 一段階で正常なグアニン塩基に復帰する. MGMTはO6-メチルグアニンだけでなくO4-メチルチミンの修復も行う. 1-メチルアデニン, 3-メチルシトシンは, ABH(大腸菌AlkB homolog)により酸化的に除去され,無傷のアデニン, シトシンが回復する. 3-メチルアデニンについては, 塩基除去修復により修復される.

3.3 塩基除去修復

酸化DNA損傷やアルキル化損傷,またシトシンの脱アミノ化により生じたウラシルなど, 主に内因性遺伝毒性物質によるDNA損傷を修復する機構である(ただし外因性遺伝毒性物質による損傷に対しても修復を行う). 修復はDNAグリコシラーゼが損傷塩基を認識して除去することから始まる. 塩基除去修復に関わるDNAグリコシラーゼには2種類あり, 損傷塩基を除去するだけの機能を持った単機能性DNAグリコシラーゼ(例えばウラシルの除去に関与するSMUG1)と, 塩基除去後にDNA鎖の切断も行う二機能性DNAグリコシラーゼ(例えば8-オキソグアニンの除去に関与するOGG1)が存在する. 単機能性DNAグリコシラーゼが損傷塩基を除去して生じた脱塩基部位には, APエンドヌクレアーゼが作用してDNA鎖の切断を行う. 生じた1塩基分のギャップをDNAポリメラーゼβが埋め, 最後にXRCC1によって活性化されたDNAリガーゼIIIがDNA鎖を連結させる(short patch repair). DNAポリメラーゼβが修復合成を行えない場合には, DNAポリメラーゼδあるいはεがギャップを含む数塩基分の修復DNA合成を行う(long patch repair). 生じたフラップ構造をフラップ エンドヌクレアーゼ(FEN1)が切断し, 最後はDNAリガーゼIがDNA鎖を連結させる.

3.4 ヌクレオチド除去修復

ヌクレオチド除去修復は, ピリミジン二量体や発がん物質によって生ずる大きな(bulky)付加体など, DNA鎖にゆがみを生ずる損傷の除去に関与する修復系で、真核生物では30あまりの蛋白質が関与する. ヌクレオチド除去修復には, 転写がDNA損傷によって妨害された時にその損傷を除く転写共役型ヌクレオチド除去修復(transcription-coupled repair,  TCR)と, 転写の有無にかかわらずゲノム全体の修復を行うヌクレオチド除去修復(global genome repair,  GGR)がある. 転写共役型のヌクレオチド除去修復では, 転写を行うRNAポリメラーゼIIの進行がDNA損傷により妨げられると,ヌクレオチド除去修復に関わる蛋白質(XPG,  XPF-ERCC1,  XPA,  TFIIH)が損傷部位にリクルートされ, 修復が開始される. この過程にはコケイン症候群蛋白質(CSA, CSB)が関与する.XPGが損傷の3’-側, XPF-ERCC1複合体が5’-側にニックを入れることにより, 損傷部位を含む約30塩基が切り出される. 切り出された後のギャップは, DNAポリメラーゼδあるいはεが相補鎖を鋳型にDNA合成を行って埋め,最後にDNAリガーゼIがDNA鎖を連結させる. 一方, ゲノム全体の修復を行うヌクレオチド除去修復では, XPC-RAD23Bが損傷部位を認識して結合することが修復の開始に必須である. 紫外線などある種の損傷に関しては、UV-DDB (XPE) がXPC-RAD23Bによる損傷認識を補助する.その後は, 上記のヌクレオチド除去修復に関わる蛋白質が作用して, 損傷を含むオリゴヌクレオチドを切り出し, 修復DNA合成を行いDNAリガーゼがDNA鎖を連結する. ヌクレオチド除去修復に関わるXP蛋白質はXPAからXPGまで7種類があり, いずれかの欠損は太陽光による皮膚がん誘発に高感受性を示す遺伝病(色素性乾皮症, Xeroderma Pigmentosum)の原因となる. コケイン症候群は, 紫外線に対する高感受性遺伝病であるが, 皮膚がんの発症は報告されていない. ヒトと比較して齧歯類(ハムスター, マウス, ラット)ではゲノム全体を対象とするヌクレオチド除去修復の活性が低く、特にハムスターにおいてはXPE(DDB-2)の発現が欠損していることが知られている6).

3.5 ミスマッチ修復

ミスマッチ修復は, DNA複製や相同組換えの際に生ずる誤った対合(ミスマッチ)を修復する機構として見出された. ミスマッチ修復欠損株では, 自然突然変異頻度が著しく上昇しており, この結果はDNA複製のエラーの除去にミスマッチ修復系が重要な役割をはたしていることを示している. 大腸菌のミスマッチ修復は, 以下のように進むと考えられている. すなわち, MutSがミスマッチを認識し, MutLの作用を介してMutHがミスマッチの近傍にあるGATC配列にニックを入れ, UvrDがミスマッチを含む新生鎖をはがし, はがされた単鎖DNAをエキソヌクレアーゼが分解する. 生じたギャップ部分は, DNAポリメラーゼIIIが修復DNA合成を行い, 最後にDNAリガーゼがDNA鎖を連結する. 大腸菌では, 親鎖のGATC配列(アデニンのN6部位)がメチル化されているのに対し, 新生鎖側は複製直後にはメチル化されていないため, このメチル化の差を利用して新生鎖(ミスマッチを除去すべき鎖)をMutHが認識する. ヒトでは, 大腸菌と異なりメチル化による新生鎖の認識が行われず, MutHに対応するヌクレアーゼやUvrDに対応するヘリカーゼは同定されていない. ヒトのミスマッチ修復系では, MutSに対応する複合体が2種類あり, 塩基置換や1-2塩基対のループ(相補鎖と塩基対を作らずに外へ飛び出したDNA配列)を認識するMutSα(MSH2とMSH6の複合体)と, より大きなループを認識するMutSβ(MSH2とMSH3の複合体)が存在する. in vitro実験の結果から, MutS複合体によるミスマッチ認識の後に, MutLα(MLH1とPMS2の複合体)がミスマッチ部位の近傍にニックを入れ, その後ExoIがDNA 鎖を分解し, DNAポリメラーゼδあるいはεが修復合成を行い, 最後にDNAリガーゼIがDNA鎖を連結するものと考えられている. ヒトを含む哺乳類のミスマッチ修復系の特徴は, ミスマッチ修復蛋白質がDNA損傷に基づくミスマッチ(例えばO6-メチルグアニンとチミンの誤対合)を認識すると, 損傷を認識したシグナルがATM/ATRを介して細胞周期の遅延やアポトーシスの誘導を行う点である. ヒトのミスマッチ修復遺伝子の遺伝的変異は, 遺伝性非腺腫大腸がん(hereditary non-polyposis colorectal cancer,  HNPCC)の誘発につながる.

3.6 相同組換え

DNA二重鎖の切断は, 染色体異常の原因となるばかりでなく細胞死の原因ともなり, 最も重篤なDNA損傷の一つである. DNA二重鎖切断は, 相同組換えと非相同性末端再結合機構により修復される.相同組換えでは, DNA合成により生じた姉妹染色分体に, 切断により生じたDNA断片由来の単鎖DNAが3’-末端側から挿入し(Dループ構造), 相補鎖を鋳型にDNA合成を行う. Mre11/Rad50/Nbs1複合体は, DNA鎖切断の認識, DNA鎖の切断末端に結合して5’→3’にDNA鎖を削って3’-末端を突出させる際に役割をはたしていると考えられている. RAD51とその関連蛋白質は, DNA断片と相同な姉妹染色分体上の配列を検索し, Dループの形成に重要な役割をはたしている. 相同組換えでは, DNA鎖の切断修復に姉妹染色分体の存在が必要であり, 細胞周期の中ではS期あるいはG2期に働く複製後修復の一つである. ヒト乳がんの原因遺伝子として同定されたBRCA1,  BRCA2は相同組換えに関与して, DNA二重鎖の切断修復を促進する蛋白質と考えられている.

3.7 非相同性末端再結合

DNA二重鎖切断の修復に関わるもう一つの経路が非相同性末端再結合である. 非相同性末端再結合では, 切断により生じたDNA末端同士が結合するので, 姉妹染色分体の存在を必要とせず, 相同組換えができないG1(G0)期における二重鎖切断の修復は専らこの機構に依存すると考えられている. 切断されたDNA末端には, DNA依存性蛋白質りん酸化酵素(DNA PKcs), Ku70/Ku80, アルテミス, DNAリガーゼIV, XRCC4などが結合し, 末端同士の連結に関与する. 非相同性末端再結合では, 多くの場合, 末端が削り込みや塩基付加などのプロセシングを受けてから連結されるため, 切断部位におけるDNA配列の変化、すなわち変異を誘発しやすい. この点で, 誤りなくDNA二重鎖切断の修復を行う場合が多い相同組換えとは対照的である.

3.8 SOS応答(SOS response)とDNA損傷応答(DNA damage response)

DNA修復とは異なるが, DNA損傷に伴い細胞の遺伝子発現に変化が起こることが知られており, 大腸菌ではSOS応答7), 哺乳類細胞ではDNA損傷応答8)と呼ばれている.

大腸菌ではDNA二重鎖切断末端のプロセシングにより生じた一本鎖DNA、および損傷によりDNA複製が阻害された時に,その下流に生じる一本鎖DNA部分にRecA蛋白質が結合する. 一本鎖DNAに結合したRecAは活性型となり, リプレッサーであるLexAをはじめいくつかの蛋白質の切断を誘導する. LexAは, 大腸菌の染色体上に存在する40あまりの遺伝子の上流に結合し, 通常はその発現を抑制しているが, DNA損傷によりRecAの活性化が起こると自己分解して遺伝子発現を上昇させる. LexAにより発現が抑制されている遺伝子には, ヌクレオチド除去修復に関与するUvrA, UvrB, 相同組換えに関与するRecA, トランスリージョン(translesion 損傷乗り越え)DNA合成(translesion DNA synthesis, 詳しくは後述)に関わるDNAポリメラーゼII(PolB),  IV(DinB),  V(UmuD’C)などが含まれる. DNA修復やトランスリージョンDNA合成活性の増大により, 損傷部位の除去あるいは損傷部位を乗り越えたDNA合成が行われ単鎖DNA部位が少なくなると, RecAは非活性型に戻り, LexAが再び各遺伝子のプロモーター部位に結合し, その発現を抑制する. DNA損傷に伴う遺伝子発現の変化を, 緊急時に起こる遺伝子発現の変化という意味でSOS応答と呼ぶ.

一方ヒトでは,二重鎖DNAの切断が起きた時は, ATM(ataxia telangiectasia mutated)とMre11/Rad50/Nbs1複合体がDNA鎖の切断を関知し, またDNA損傷による複製停止が起きた時は, ATRとその調節蛋白であるATRIP(ATR interacting protein)がDNA損傷により生じた一本鎖DNAを関知し, りん酸化のシグナルを下流の蛋白質(Chk1,  Chk2,  P53)へ送り, アポトーシスの誘導, 細胞周期の遅延, DNA修復の亢進を行う. こうしたDNA損傷により誘発されるシグナル伝達の経路をDNA損傷応答と呼び, この経路に関与する蛋白質は, センサー(損傷を認識する蛋白質, ATM,  ATRなど), トランスデューサー(Chk1,  Chk2など), エフェクター(Cdc25A やWee1 など)に分類されている. 

図1 多様な損傷に対応するDNAの修復機構.光回復では,可視光線に依存して光回復酵素によりピリミジン二量体が単量体に解離する.アルキル化修復のうちO6-メチルグアニンについては,MGMTがメチル基を自らのシステイン残基に転移することで,無傷のグアニン塩基が回復する.1-メチルアデニンと3-メチルシトシンについては,ABHが酸化的にメチル基を除去しアデニンとシトシンが回復する.塩基除去修復はDNAグリコシラーゼが損傷塩基を認識し除去することにより開始される.除去された塩基は,DNAポリメラーゼとリガーゼの働きで修復される.ヌクレオチド除去修復は,大きな付加体などの除去に働き,損傷部位を含む約30塩基が切り出される.ミスマッチ修復は,誤った塩基対合(ミスマッチ)を修復する機構で,MutS複合体がミスマッチを認識した後にMutLαがDNA鎖に切れ込みを入れ,ミスマッチ塩基を含むDNA鎖が分解された後にDNA合成が行われギャップが埋められる.相同組換えは,DNA二本鎖切断やDNA損傷によりDNA複製の進行が阻害された時に,姉妹染色分体の相同配列を利用してDNA複製を回復させる.非相同性末端再結合は,切断されたDNA同士が再度連結することにより二重鎖DNAを回復させる機構で,欠失変異を伴う場合が多い.

4. 突然変異の誘発とその機構

ヒトのゲノムは46本, 23対の染色体からなり, 半数体あたりのゲノムサイズは約30億塩基対である. ヒト染色体23対のうち22対は常染色体であり, 残りの1対は性染色体(男性はXY, 女性はXX染色体)である. 常染色体, 性染色体の一方は父方, 他方は母方に由来しており, 対になった染色体を相同染色体と呼ぶ.

4.1 突然変異の分類

突然変異は, 一般に, 塩基配列レベルでの変異を指標にした遺伝子突然変異と, 染色体レベルでの突然変異を指標にした染色体異常に分けて考えられている(表2). さらに遺伝子突然変異は, 塩基置換やフレームシフト変異などの比較的小さな変異を対象とする点突然変異と, より大きな変異(欠失, 挿入等)に分けられる. 塩基置換には, プリン塩基(アデニン, グアニン)からプリン塩基, あるいはピリミジン塩基(シトシン, チミン)からピリミジン塩基への変異を表すトランジッション(transition)と, プリン塩基からピリミジン塩基あるいはピリミジン塩基からプリン塩基へのトランスバージョン(transversion)がある. フレームシフト変異は, 1-2塩基の欠失あるいは付加により, mRNAから蛋白質への翻訳の際の枠組み(アミノ酸は3塩基ずつのコドンにより指定されている)がずれることにより遺伝子機能が不活化する変異である. 点突然変異は最小1塩基の変化であるが, それにより遺伝子全体の活性が消失したり(例えばp53), 逆に遺伝子機能が活性化したり(例えばRas)する場合があるので, 遺伝子変化のサイズの大きさが毒性に比例するわけではない.

表2 突然変異の分類

遺伝子突然変異 点突然変異

より大きな変異
塩基置換(トランジッション、トランスバージョン)
フレームシフト変異
欠失、挿入
染色体異常 構造異常

数的異常
染色体型異常(ギャップ、切断、交換)
染色分体型異常(ギャップ、切断、交換)
異数性(低2倍性、高2倍性)
倍数性(3倍性、4倍性、核内倍加)

染色体異常は, 染色体の構造異常と染色体の数の異常に分けられる. 構造異常は, 染色体型異常(chromosome-type aberration)と染色分体型異常(chromatid-type aberration)に分類される. G1期に細胞が放射線に曝露されると染色体型異常が起こり, S期およびG2期では染色分体型異常が誘発される. DNAに付加体を誘発する化学物質は, S期に染色分体型異常(染色分体の交換や欠失)を誘発する. 染色体数の異常は2nの細胞が3n, 4nになる倍数性異常(polyploidy, 例えば46本のヒト染色体が23 x 3 = 69本になる)と, 部分的に染色体数が増加あるいは減少する異数性異常(aneuploidy, 例えば46本の染色体のうちの1本が増えて47本になる)に分かれる.

4.2 突然変異の誘発機構

突然変異誘発の機構として重要なのがトランスリージョンDNA合成である . トランスリージョンDNA合成とは, DNA損傷部位を乗り越えて進むDNA合成のことであり, 鋳型DNA鎖上の損傷を乗り越える際に, 正しい塩基を挿入すれば損傷に対する抵抗機構の一つとして働き, 損傷の向かい側に誤った塩基を挿入したり, 損傷部位を飛ばしてDNA合成を行うと, 塩基置換やフレームシフト変異(1塩基の欠失)の誘発につながる9). また, トランスリージョンDNA合成が起こらない場合には, 損傷部位でDNA複製が停止し, 染色体異常や細胞死が起こると考えられる. したがって, トランスリージョンDNA合成は, DNA損傷に基づく突然変異(染色体異常)の抑制と誘発の双方に重要な役割をはたしている.

ヒトの細胞には14種類以上のDNAポリメラーゼが存在しており, その半数近くはトランスリージョンDNA合成やDNA修復に関わっている10). ヒトDNAポリメラーゼηは紫外線によって誘発されるピリミジン二量体のトランスリージョンDNA合成に関与しており, 鋳型鎖のチミン二量体の3’部位の向かい側にアデニンを挿入してDNA合成を継続する. 太陽光による皮膚がん誘発に高感受性を示す色素性乾皮症うち, ヌクレオチド除去修復活性が正常なXeroderma Pigmentosum variant の患者では, DNAポリメラーゼηをコードするXPV遺伝子に変異があり, DNAポリメラーゼηが欠損している. DNAポリメラーゼηの欠損により, 他のDNAポリメラーゼがピリミジン二量体のトランスリージョンDNA合成を行い, この際に誤った塩基を挿入するため突然変異が多発するものと考えられている.この場合, DNAポリメラーゼηはDNA損傷に対する耐性(抵抗性)に寄与していると考えることができる.大腸菌のDNAポリメラーゼIV(DinB), DNAポリメラーゼV(UmuD’C)は, ヒトのDNAポリメラーゼηと同じYファミリーに属するが, むしろ誤りがちのトランスリージョンDNA合成に関与して変異の誘発に主要な役割をはたしている.

化学物質による染色体構造異常の多くは, DNA損傷に基づく複製の際のDNA鎖切断に起因しているが, 染色体数の異常は細胞分裂の際の染色体不分離に起因していると考えられている. 染色体不分離は, 細胞分裂時に姉妹染色分体が分離せずに同一極に移動するために起こる. 原因としてはチューブリンの合成阻害, 動原体の障害などが知られている. コルヒチン, ジエチルスチルベステロール(合成女性ホルモン), タキソールなどは, 紡錘糸の伸長, 短縮を阻害し, 数的異常を誘発する.

5. 遺伝毒性試験

化学物質の遺伝毒性を検出するために, さまざまなモデル生物を用いた遺伝毒性試験法が開発されている. 遺伝毒性試験法は, 細菌や哺乳類培養細胞などを用いるin vitro試験と, マウス, ラットなどの個体を用いるin vivo試験に分類できる11, 12).

in vitro試験はin vivo試験に比べて, 一般に簡便, 廉価であり, 迅速に遺伝毒性を検出する(hazard identification)のに適している. また, いくつかの試験株や試験細胞の結果を総合することで, 作用機構についての情報を得ることができる. 遺伝毒性物質の多くは薬物代謝酵素などにより代謝活性化され, 生じた活性代謝物がDNAに損傷を誘発する. しかし, in vitro試験に用いられる細菌や哺乳類培養細胞は, 一般に薬物代謝酵素活性(CYP酵素等)を欠いているため, 代謝物の遺伝毒性を検索する場合には, 肝臓ホモジネートの9, 000 x g 上清(S9)を添加して試験を行う13). S9は, 薬物代謝酵素誘導剤(フェノバルビタールと5, 6-ベンゾフラボンの併用など)で処理したラットから調製する場合が多いが, 目的に応じて他の齧歯類やヒト由来のS9を用いて試験を行う. S9にはNADPHなどの電子伝達系に関わる補助因子を添加して用いる(S9と補助因子の混合液をS9 mixと呼ぶ). S9 mixを添加する代わりに, クローニングした複数のヒトCYP酵素遺伝子を導入した微生物株や哺乳類培養細胞が樹立され, in vitro遺伝毒性試験に利用されている. また薬物代謝酵素活性を残している初代肝細胞をin vitro試験に用いる場合もある. S9 mixでの代謝は, 抱合酵素などによる解毒代謝が進みにくいためin vivoに比べ代謝活性化が起こりやすいが, 1, 2-ジブロモエタンのように, 一般に解毒酵素と考えられているグルタチオンS-転移酵素により代謝活性化される化学物質も存在する. またアゾ色素の還元反応はS9 mixでは起こりにくく, 配糖体(例えばサイカシン)からアグリコン(非糖体)を生ずる代謝的活性化反応はS9 mixでは起こらない. 化学物質の中には, 紫外線や可視光を吸収して自らを活性化し, DNA損傷を誘発し突然変異を誘発するものがある(光遺伝毒性物質)14). 8-メトキシソラレン, メチレンブルー, ニュートラルレッドなどは代表的な光遺伝毒性物質である. in vitro遺伝毒性試験を光存在下で実施することにより, 光遺伝毒性物質の検索が可能である.

in vivo試験は, 化学物質の代謝, 吸収, 排泄,分布などを反映した結果を得ることができるため, ヒトに対するリスク評価(risk assessment)を行う場合には, in vitro試験の結果よりも重きをおいて考えられている(weight of evidence). 発がん試験の多くはラットあるいはマウスを用いて行われており, 発がんの標的臓器で遺伝毒性を検出するにはin vivo試験が必須である. また, 生殖細胞での遺伝毒性を評価する際にもin vivo試験が重要である. 作用機構に関する情報を得るために, 特定の遺伝子を破壊したノックアウトマウスを用いてin vivo試験を実施する場合もある. in vivo試験の結果をヒトへのリスク評価に用いる際には, 動物種差(例, ラット対マウス), 系統差(例, Fischerラット対Sprague Dawleyラット), 臓器特異性(例, 肝臓対骨髄)などに留意することが重要である. 著名な遺伝毒性発がん物質であるアフラトキシンB1に対して, ラットとヒトは感受性が高く肝がんを発症するが, マウスは解毒酵素の活性が高いため, その遺伝毒性発がん作用に対して抵抗性を示す. in vitro試験で遺伝毒性陽性となった物質でもin vivo試験で陰性となる場合が多いが, 逆にin vitro試験で陰性でin vivo試験で初めて陽性となる場合(ウレタン, ジサイクラニルなど)もある.

遺伝毒性試験は, 通常, いくつかのin vitro試験, in vivo試験を組み合わせて実施する. 医薬品の遺伝毒性試験においては, 標準的なバッテリー(組合せ)として(1)細菌を用いる遺伝子突然変異試験(in vitro試験) (2) 哺乳類細胞を用いた染色体異常試験, あるいはマウスリンフォーマ細胞を用いる遺伝子突然変異試験(in vitro試験) (3) 齧歯類を用いる小核(micronucleus)試験あるいは染色体異常試験(in vivo試験)が推奨されている15). 近年, 哺乳類細胞を用いた染色体異常試験や遺伝子突然変異試験では, 偽陽性(動物には発がん性を示さないが当該試験で陽性となる物質)の率が高いことが明らかになり16), 哺乳類細胞を用いるin vitro試験に代わって第二のin vivo試験(トランスジェニック遺伝子突然変異試験, in vivoコメットアッセイ, UDS試験など)を実施する標準バッテリーが提唱されている17).

5.1 in vitro試験

a. 変異原性試験
1) 細菌を用いる復帰突然変異試験

Bruce N.  Ames博士が開発したSalmonella enterica Serovar typhimurium(一般にはSalmonella typhimuriumと呼ばれ, 本章ではサルモネラと記す)の変異株を用いる試験法(Ames試験と呼ばれる)が最も汎用されている13, 18). Ames試験では, 複数の変異株を組み合わせて用いるが, 変異株はいずれもヒスチジン (histidine) 生合成に関与する酵素遺伝子(例えばhisG, hisD)に変異があり, ヒスチジンを含まない培地上では生育できない(ヒスチジン要求性). しかし化学物質の作用によって当該遺伝子に変異が起こるとヒスチジンを合成できるようになる(ヒスチジン非要求性)ため, ヒスチジンを含まない培地上でコロニーを形成できるようになる. ヒスチジン要求性の変異株を化学物質で処理した後,生じたコロニー数を計測することにより, 化学物質の変異原性を検出する. 本法では,試験菌株の表現型がヒスチジン要求性から非要求性に復帰するため, 復帰変異試験と呼ばれる. 復帰変異は, 元の変異部位が再度変異することによって元に戻る(true back mutations)場合もあるが,多くは変異部位の周辺あるいはtRNA遺伝子に変異が起きて表現型が復帰する(suppressor mutations)ため, 比較的多様な変異を検出することができる.

Ames試験に用いるサルモネラ株としては, 塩基置換変異を検出するTA1535, TA100, TA102, フレームシフト変異を検出するTA1538, TA98, TA1537, TA97などがある. これらの株ではリポ多糖類の生合成に関与する遺伝子に欠損(rfa変異)があり, 疎水性の化学物質の膜透過性が高くなっている. またTA102株を除く株では, ヌクレオチド除去修復に関与するuvrB遺伝子が欠損しており, 遺伝毒性物質に対する感受性が高くなっている. TA102株ではクロスリンク剤による変異を検出するためにヌクレオチド除去修復は野生型となっている. さらに, DNA損傷を効率よく突然変異に転換させるために, TA97, TA98, TA100, TA102にはpKM101プラスミドが導入されている. このプラスミドには, Y-ファミリーDNAポリメラーゼに属するDNAポリメラーゼRIをコードしたmucAB遺伝子が組み込まれており,誤りがちトランスリージョンDNA合成活性が高まっている.

汚染された大気, 河川, 土壌あるいは食品中の変異原を高感度に検出する目的で, サルモネラの代謝活性化酵素(ニトロ還元酵素, アセチル転移酵素)を増産するTA98, TA100の誘導株(YG1021, YG1024, YG1026, YG1029)が樹立されている9). またサルモネラのDNA修復酵素を破壊することで, アルキル化剤や酸化型変異原に対して高感受性を示すTA1535の誘導株(YG7108, YG3001)が樹立されている9).

大腸菌 (Escherichia coli) WP2 uvrA株あるいはWP2 uvrA/pKM101株は, トリプトファン要求性変異株(trpE変異)で塩基置換型変異原を検出するが, 変異の標的部位にアデニン/チミン塩基対が存在し,グアニン/シトシン塩基対を持つサルモネラTA1535, TA100とは異なった特異性を示す13). 本試験法では, 化学物質処理によりトリプトファン要求性株が非要求性に復帰変異し, トリプトファンを含まない培地上で形成できるようになったコロニー数を測定することにより, 当該物質の変異原性を定量する.

2) 哺乳類細胞を用いる遺伝子突然変異試験

哺乳類培養細胞を用いる遺伝子突然変異試験は, 細菌を用いる試験とは逆に突然変異により遺伝子(HPRT遺伝子, TK遺伝子)機能が欠損し, その結果, 毒物(6-チオグアニン, トリフルオロチミジン)に対して細胞が耐性となること(前進突然変異 forward mutations)を利用して化学物質の変異原性を検出する19, 20). HPRT遺伝子はプリン塩基のサルベージ回路に関与するヒポキサンチン・グアニン・フォスフォリボシル転移酵素をコードしており, この酵素が欠損すると6-チオグアニンに対して耐性となる. HPRT試験はチャイニーズハムスター細胞(CHO, CHL, V79)で実施されることが多い. HPRT試験は, 塩基置換や小さな欠失や挿入を検出することができるが, HPRT遺伝子がX染色体上に存在するため染色体異常として光学顕微鏡で観察されるような大きな欠失は検出できない.TK遺伝子はチミジンキナーゼをコードし, この酵素が欠損すると細胞はトリフルオロチミジンに対して耐性となる. TK遺伝子は常染色体上に存在しており, 染色体レベルの大きな欠失変異も検出できるため, TK試験では遺伝子突然変異(正常な増殖速度のコロニー)と染色体異常(増殖が遅いコロニー)の両方を検出できる. TK試験はマウスリンフォーマL5178Y細胞あるいはヒトTK6細胞で主に実施されている. 後述するようにin vitroの染色体異常は, DNA損傷以外のさまざまな要因により誘発されるため, マウスリンフォーマL5178Y細胞を用いたTK試験も, 実験動物に発がん性を示さない物質に陽性結果を与える場合(偽陽性)が多い16).

3) 哺乳類細胞を用いる染色体異常試験

細胞を化学物質で処理した後, 最初のM期で細胞周期を停止し, 光学顕微鏡により染色体の構造異常および数(倍数体)的異常を検索する試験21). 細胞分裂が終了していないため, 狭義の意味での変異原性を見ているわけではないが, 遺伝性染色体異常の前駆体を観察していると言える. 染色体の構造異常を起こす物質をクラストジェン(clastogens)と呼ぶ. 染色体異常試験はチャイニーズハムスター細胞(CHL, CHO), ヒト末梢血リンパ球細胞で実施されることが多い. 染色体異常は, 第一義的には化学物質がDNAと反応しDNA鎖切断を誘発するため起こるが, その他の因子(培地のpHや浸透圧の変化, アポトーシスの誘発等)によっても誘発されるため, 偽陽性結果が多い難点がある16).

4) in vitro小核試験

染色体の構造異常に由来する動原体を持たない染色分体(acentric fragment)や, 分裂装置に異常が起きたため嬢核に取り込まれなかった染色分体は, 細胞質中に小さな核(小核)を形成する. 小核試験では, 化学物質処理後, 細胞分裂あるいは核の分裂を終了させ, 細胞を染色してから顕微鏡で小核を検出し, 化学物質の染色体異常誘発性を検索する22). 染色体の形態観察に比べ, 小核の検出は容易であり, 小核の出現頻度を測定することで, より簡便に化学物質の染色体異常誘発性を検索することができる. 動原体(centromere)のDNA配列に対する特異的DNAプローブや抗動原体抗体を用い,動原体の有無を判定し, 小核出現が染色体の構造異常に由来するのか(小核は動原体を持たない), 分裂装置の異常に由来するのか(小核には動原体が存在する)を推定することができる. 小核試験は異数性細胞の検出に有用である. in vitro小核試験は, さまざまな齧歯類細胞の他, ヒト末梢血リンパ球の初代培養細胞で実施されている. 小核試験は染色体異常を反映するため, in vitro染色体異常試験と同様に偽陽性が多い可能性がある.

b. インディケーター試験

インディケーター試験は, 変異原性試験に比べてより迅速, 簡便に結果を得ることができるが, 陽性の結果が必ずしも突然変異や染色体異常の誘発を意味するものではないので, 他の遺伝毒性試験(特に変異原性試験)で結果を確認する場合が多い.

1) 32Pポストラベル法

遺伝毒性物質の多くはDNAと反応して付加体を形成する. 化学物質に曝露した細胞からDNAを抽出し, ヌクレアーゼP1によりDNAをヌクレオチドにまで分解した後, 32Pでラベルし, 薄層クロマトグラフィーなどにより修飾されたヌクレオチドを検出する.

2) Recアッセイ

枯草菌 (Bacillus subtilis) の相同組換え欠損株(rec-)と野生型株の致死感受性を比較することで, DNA損傷性物質を検索する試験系. 現在は実施される機会が少ない.

3) SOS試験

DNA損傷に伴い発現が誘導される大腸菌やサルモネラのSOS遺伝子(umuCsfiArecArecNなど)のプロモーター配列の下流にレポーター遺伝子(例えばlacZ遺伝子)を連結し, レポーターの酵素活性を測定することで化学物質のDNA損傷性を検索する試験. 哺乳類細胞では, DNA損傷により発現が誘導されるGADD45aに緑色蛍光蛋白質 (green fluorescent protein, GFP) を融合させ, 蛍光蛋白の発現量を測定することで化学物質によるDNA損傷作用を検索する試験系が開発されている.

4) DNA鎖切断検出法

DNA鎖の切断は, 欠失, 転座など染色体異常の原因となる. DNAをアルカリ条件下におくと, 対合するポリヌクレオチド鎖が分離するため単鎖DNA切断が検出できるようになる. またDNA中の脱塩基部分は, アルカリ条件下では単鎖切断につながる. DNA鎖切断は, 化学物質がDNAと反応することにより起こるほか, DNA代謝に関わる酵素(DNAポリメラーゼ, DNA修復酵素, トポイソメラーゼ)の活性阻害や一般的な細胞毒性により生ずることもあるので, 結果を解釈する際にはDNA鎖切断がDNAに対する直接的な損傷の結果生じたものであるか否かを吟味する必要がある. アルカリ溶出法とコメットアッセイがDNA鎖切断の検出に有用であるが, 現在はコメットアッセイが汎用されている.

i) アルカリ溶出法

化学物質に曝露した細胞からDNAをメンブランフィルター上にのせ, アルカリ性の緩衝液で溶出する. DNA鎖切断により生じたDNA断片は長さが短いため早く溶出する. 溶出速度の差を利用してDNA鎖の切断を検出する手法.

ii) アルカリ単細胞ゲル電気泳動法(コメットアッセイ)

化学物質で処理した細胞を, スライドグラス上のアガロースに包埋し, 細胞を穏和に破壊した後, アルカリ条件下で電気泳動を行う23). DNAを染色した後, 個々の細胞を顕微鏡で観察する. DNA鎖切断が起こると, 切断されたDNA断片は陽極側に早く泳動するため, 彗星の尾(comet tail)のような泳動像が得られる. Comet tailを定量することにより, 化学物質のDNA損傷性を調べる. ヒトのリンパ球, 各種の哺乳類細胞をはじめ広範な細胞種に適応可能な試験法である.

5) 姉妹染色分体交換(SCE)試験

DNA複製の際に染色分体間での相同組換えが起こる現象を, 姉妹染色分体交換(sister chromatid exchange, SCE)と呼び, この現象を利用して化学物質のDNA損傷性を検索する試験法. 姉妹染色分体交換は, DNA合成の阻害によって起こると考えられているが, そのメカニズムには不明の点が多く, 陽性結果の解釈は染色体異常試験に比べて複雑である. 姉妹染色分体交換は, 同じDNA鎖(染色分体)間の交換であり, 基本的には変異を誘発するものではないと考えられている. 現在は, 小核試験が汎用されているため, 姉妹染色分体交換試験が実施される機会は少ない.

6) 不定期DNA合成(UDS)試験

DNA付加体を除去修復する際のDNA合成を不定期DNA合成(unscheduled DNA synthesis UDS)と呼び, DNA修復合成を行う細胞数を計測定することにより, 化学物質のDNA損傷作用を検索する試験法. 化学物質で処理後, 細胞ごとに3Hチミジンあるいはブロモデオキシウリジン(BrdU)の取り込みを観察し, S期以外の細胞周期で3HチミジンあるいはBrdUを取り込んだ細胞数を計測する. ラットの初代肝細胞が用いられることが多い.

5.2 細胞形質転換試験(Cell transformation assays)

ある種の哺乳類細胞は, 発がん物質に曝露されると, 細胞の形質や増殖様式に変化を起こし, がん細胞に類似した性質を示すようになる(例えば, 接触阻害の喪失, 軟寒天中での増殖能や無限増殖能の獲得). 細胞が形質転換するメカニズムには不明な点が多いが, 細胞形質転換試験はDNA損傷性の遺伝毒性物質だけでなく, 発がんプロモーターなどの非遺伝毒性発がん物質も検出する. したがって遺伝毒性試験として利用される機会は少ない. 細胞形質転換試験に用いられる細胞としては, マウス繊維芽細胞(Balb/c3T3, C3H10T1/2)やハムスター胎児細胞(Syrian hamster embryo cells)があげられる.

5.3 in vivo試験

a. 変異原性試験
1) 齧歯類を用いる変異原性試験

i) トランスジェニックマウスとラットを用いる変異原性試験

突然変異のレポーター遺伝子(lacZ, lacI, gpt, red/gam)を組み込んだλファージDNAをマウスあるいはラットの受精卵にマイクロインジェクションすることにより, 全身の細胞にレポーター遺伝子を持つトランスジェニックマウス, ラットが樹立されている24, 25). この試験では, トランスジェニック動物を化学物質で処理した後, 各種の臓器(例えば肝臓, 胃, 大腸, 骨髄等)からDNAを抽出しin vitroパッケージング法によってファージ粒子を回収し, これを大腸菌に感染させて動物の体内(in vivo)で起きた変異を検索する. トランスジェニック変異原性試験の利点は, 生殖細胞を含む全ての臓器で突然変異を観察できる点であり, 発がんの標的臓器において変異を観察し, 当該物質が遺伝毒性を介してがんを誘発したか否かについて知見を得ることができる. さらに変異体をDNAシークエンス解析することにより, 変異の分子機構について情報を得ることができる. トランスジェニックラットを28日間反復毒性試験に用いることで, 一般毒性と遺伝毒性(遺伝子突然変異と小核)を同一個体で観察する試みが進められている. 欠失変異を検出するため, λファージのred/gam遺伝子をレポーターとするSpi-アッセイ法や, プラスミドをベクターとした変異検出用トランスジェニックマウスが開発されている.

ii) マウススポット試験

毛色に関する複数の劣性遺伝子座位にヘテロ接合を持つマウス胎児に, 経胎盤的に化学物質を投与し, 出産後に子の毛色の変化(毛色スポットの出現)を観察して化学物質の変異作用を検索する試験. 野生型対立遺伝子に遺伝子突然変異あるいは組換えが起こると, 野生型遺伝子が不活化あるいは喪失するため毛色の変化が起こる. スポット試験では, 化学物質の投与経路が母動物を介して行なわれ, 変異の標的となる胎児の色素細胞の数が限られているため, 化学物質の生体内分布や代謝の点また検出感度の点から限界があり, 現在は汎用されていない.

iii) in vivo小核試験

マウスあるいはラットに化学物質を投与し, 骨髄あるいは末梢血中の幼若赤血球(多染性赤血球)の中における小核を持った細胞の比率を測定することで化学物質の変異作用を検索する試験法26). 哺乳類の赤血球は成熟過程で脱核により主核を細胞外に放出し, 無核の細胞になる. だが, 染色体の構造異常や細胞分裂の異常により主核に取り込まれなかった小核は, 細胞質中に残存する. この小核を染色して検出する. 異数性細胞を誘発する化学物質(aneugen)の検出が可能である. 幼若赤血球と成熟赤血球(正染性赤血球)の比率を測定することで, 細胞毒性を検出することができる. 小核試験が陽性の場合は, 当該物質がin vivoにおいて遺伝毒性(染色体異常の誘発)を発現することを示す. ただし, 化合物の投与に伴う体温の変化などDNA損傷とは無関係の要因も小核の誘発を促進するので, 結果の解釈には注意を要する27). 小核試験が陰性の場合は, in vivoにおいて遺伝毒性(染色体異常の誘発)を発現しない可能性を示唆するが, その際には骨髄が試験化合物に充分曝露されていることをトキシコキネティクスあるいは細胞毒性により確認することが重要である. 代謝物が短寿命であるため, 肝臓で生じた活性代謝物が骨髄に達していない可能性もある. 肝臓や生殖細胞など複数の臓器で小核を検出する試みが進められている.

iv) in vivo染色体異常試験

マウス, ラットを化学物質で処理した後, 主に骨髄細胞を用いて染色体異常を観察する. 小核試験の普及により, 現在は実施される機会が少ない.

2) ショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)を用いる変異原性試験

突然変異検出用のマーカー遺伝子を持ったショウジョウバエの幼虫を化学物質で処理し, 成虫の眼あるいは翅に生じた形態変化を指標に化学物質の変異原性を検索する試験法. 眼色のスポット試験が遺伝子突然変異のみを検出するのに対し, 翅毛スポット試験は組換えを含むさまざまな変異を検出する. マウスやラットを用いる変異原性試験(小核試験, トランスジェニック試験など)の普及により, ショウジョウバエの遺伝毒性試験としての意義は限られたものになっている.

b. インディケーター試験
1) in vivoコメットアッセイ

マウスあるいはラットを化学物質で処理後, さまざまな臓器から細胞を採取し, in vitroコメットアッセイと同様の手技でDNA鎖の切断を検出する28). DNA鎖の切断は, 化学物質とDNAとの反応によって生ずる以外に, 細胞毒性によっても誘発されるので, DNA鎖切断が検出された臓器における細胞毒性に関する知見を得ておくことが重要である. 小核試験に比べて, より多臓器での遺伝毒性検出が可能であるが, 検出されたDNA鎖切断が染色体異常を含む突然変異につながるとは限らないため, 遺伝毒性試験としての意味は小核試験やトランスジェニック遺伝毒性試験に比べて限定されている.

2) 不定期DNA合成(UDS)試験

通常ラットを化学物質で処理し, 12-16時間後に肝臓をコラゲナーゼを含む液で灌流し肝細胞を採取する. 3Hチミジンを取り込ませて, DNA修復に伴うDNA合成(不定期DNA合成)が起きた細胞を顕微鏡により検索する. 偽陽性は少ないが, 遺伝毒性物質の定量的な評価には適していないと考えられている.

5.4 生殖細胞遺伝毒性試験

 in vivoの遺伝毒性試験で陽性の結果が得られ, トキシコキネティクスなどにより当該化学物質が実験動物の生殖細胞に到達していることが示唆される場合は, 生殖細胞に対する遺伝毒性試験を実施することが望まれる. 生殖細胞に対する遺伝毒性試験は, 生殖細胞を標的にした試験と, 次世代の個体における変異を検索する試験がある. 生殖細胞を標的とした試験としては, 精母細胞や精原細胞を用いた小核試験あるいは染色体異常試験, 優性致死試験, 精巣や精子を用いるトランスジェニックマウス・ラット遺伝毒性試験などがある. 次世代の個体における変異を検索する試験としては, マウス特定座位試験, ショウジョウバエを用いた伴性劣性致死試験, 遺伝性転座試験, ESTR(expanded simple tandem repeat)突然変異試験などがある. 一方, 体細胞を用いるin vivo遺伝毒性試験で陰性となった場合は, 生殖細胞に遺伝毒性を示す可能性はきわめて低いと考えることができる.

a. 優性致死試験

雄のマウスあるいはラットを化学物質で処理後, 無処理の雌と交配させ, 胚の初期死亡, 不着床, 不受精卵の増加などを指標に, 生殖細胞に対する化学物質の染色体異常誘発性を検索する試験法.

b. マウス特定座位試験

化学物質あるいは放射線に曝露した雄マウスを, 毛色, 耳の大きさ, 眼の色に関する遺伝子座位にヘテロ接合を持つ雌マウスと交配し, F1世代の子の表現型を検索することで, 雄の生殖細胞に起きた突然変異を定量する. エチルニトロソ尿素は主に精原細胞に点突然変異を起こすが, クロラムブチルは主に精子に欠失変異を誘発することが明らかにされている. 次世代に遺伝する生殖細胞の変異を定量する上で優れた試験法であるが, 多数のマウスを必要とするため汎用されてはいない.

c. ショウジョウバエを用いる伴性劣性致死試験

ハエの雄はXY、雌はXXの性染色体をもつ。雄のX染色体の遺伝子は娘には伝わるが息子には伝わらない。一方、雌のX染色体の遺伝子は息子にも娘にも伝わる。この試験は、このような伴性遺伝の原理を応用して、雄バエの生殖細胞のX染色体に生じた劣性致死突然変異(ヘミ接合で胚致死をもたらす遺伝子突然変異)を検出する試験である。具体的には、化学物質に暴露された野生型系統の雄バエを、特別なX染色体をホモでもつテスター雌と交配して得たF1の雌を個別に同胞の雄と交配して、それぞれのF1雌の子孫に暴露された雄由来のX染色体をもつ雄が出現するかどうかを調べる試験である。調べたF1雌の総数をN, 問題のX染色体をもつ雄をもたらさなかったF1雌の数をmとすると、m/Nとして突然変異頻度を求めることができる。この試験系の信頼性と感度に比肩する継世代遺伝毒性の検出系は未だに開発されておらず、この毒性を詳しく分析する必要がある場合、欠かせない試験である。

d. ESTR突然変異試験

マウスのゲノム中には, 数塩基のDNA配列が繰り返している領域がある. 化学物質に曝露した雄を雌と交配し, F1に起きた繰り返し配列(ESTR)の増減を電気泳動法で検出することで, 生殖細胞で起きたESTR変異を検出する29). ESTR変異の頻度は無処理条件下でもきわめて高いため, 比較的少数のF1を解析することで変異頻度を算出することができる. ESTR変異の毒性学上の意味付け, および遺伝子突然変異や染色体異常とのメカニズム上の関係については不明な点が多い.

6. 遺伝毒性研究のこれから

遺伝毒性はDNAを中心とする遺伝物質に対する毒性の総称であり, その検出にはバクテリアからマウス, ラットまでさまざまな生物がテスターとして使われる. これは, ほぼ全ての生物がDNAを遺伝物質として用い, バクテリアのDNAに反応して付加体を作る化学物質はヒトのDNAに対しても同様の作用を示すという前提に立っている. もちろんバクテリアとヒト(あるいはラット, マウス)では,ヒストン構造の有無をはじめ多くの点で違いがあるが, 親電子性を示す活性代謝物(あるいは直接作用性の遺伝毒性物質)がDNAに損傷を与える過程は, 予想以上に共通しているのかもしれない. Ames試験をはじめとする細菌を用いる遺伝毒性試験が, 比較的高い予測性(発がん物質を陽性と判定する感受性と, 非発がん物質を陰性と判定する特異性)を示していることは, こうした素過程の共通性を示唆している. Ames試験や発がん試験に関するデーターベースを基礎に, 化学物質の遺伝毒性や発がん性をin silicoで予測する試みは今後の課題として重要である.

遺伝毒性研究の発展は, 化学発がん研究の発展とパラレルに進んで来た. これからも遺伝毒性試験は, 発がん性の予測という役割をトキシコロジーの分野ではたして行くと予想される. 特に「発がん性が遺伝毒性を介する場合には, その発がん作用に閾値を設定できない」という規制科学上のパラダイムがある限り, 発がんに遺伝毒性が関与するかという問いは重要である. 2-アセチルアミノフルオレンは著名な遺伝毒性発がん物質であり, その肝発がん作用は遺伝毒性を介して発現するが, 膀胱発がんについては遺伝毒性よりも細胞毒性によるためであることが知られている30). したがって, 当該物質の発がん性に遺伝毒性が関与しているか否かは, その物質の発がん標的臓器で遺伝毒性を調べることが大切である. 変異検出用のレポーターを組み込んだトランスジェニックラットあるいはマウスは, 発がんの標的部位で直接遺伝毒性を検出することができるため, 遺伝毒性と発がん性を結ぶ橋渡しの役割をはたすと期待される. さらにトランスジェニックラットを用いて, 一般毒性試験と遺伝毒性性試験を, 同一個体を用いて実施することも可能性が追求されており, これは動物愛護の観点から大切な課題と考える. トランスジェニック遺伝毒性試験も, 将来はより簡便にin vivoでの突然変異(遺伝子突然変異と染色体異常)を検出できるように, さらなる改良が望まれる.

上述の遺伝毒性発がん物質の閾値に関する問題は, 規制科学と基礎科学(薬物代謝, DNA修復, アポトーシス等)が交叉する重要で興味深い課題である. ヒトを含む生物にはさまざまな生体防御機構があり, これらが遺伝毒性物質の作用に対して実際的な閾値を形成する可能性が考えられるが, どのような防御機構がどのような役割をはたしているかは多くが不明であり, この分野の研究の進展が強く期待される. 特に生殖細胞は, 体細胞に比べてより手厚く遺伝毒性物質や放射線から防護されているように予想されるが, 生殖細胞におけるDNA修復や突然変異誘発の仕組みは不明の点が多く, 今後の課題として残されている. 試験法の開発や試験結果の解釈には, メカニズム上の理解が必須であり, こうした点で生殖細胞における修復や変異の機構に関する研究の発展が望まれる.

遺伝毒性は発がんや次世代に対する遺伝的影響だけでなく, 老化や神経疾病の誘発とも関連している可能性がある. また, 環境化学物質とエピジェネティクス(DNAメチル化,ヒストン蛋白質の修飾,マイクロRNA)との関連についても多くが不明の状態であり, 今後の研究の展開が期待される.

文献

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文責 能美健彦

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