遺伝毒性試験概要

  1. 遺伝毒性試験の目的
  2. 変異原性(Mutagenicity)と遺伝毒性(Genotoxicity)
  3. 遺伝毒性発がん物質,非遺伝毒性発がん物質
  4. DNA損傷の種類
  5. DNA修復機構
  6. 遺伝毒性試験法
  7. 遺伝毒性試験の標準的組み合わせ
  8. 遺伝毒性試験結果の評価,解釈
  9. 遺伝毒性の閾値
  10. 遺伝毒性試験の将来展望

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平成26年4月1日 改訂

1. 遺伝毒性試験の目的

遺伝毒性試験の目的は,体細胞および生殖細胞に遺伝子変化(突然変異)を引き起こし,ヒトの健康へ深刻な影響を及ぼす可能性がある物質を同定し,健康リスク評価に利用することである.体細胞における遺伝子変化が,がん遺伝子,がん抑圧遺伝子,もしくはDNA損傷反応遺伝子で生じるとがんを引き起こす可能性がある.また,生殖細胞での遺伝子変化は,様々な遺伝病に関与することが知られている.遺伝毒性に関連するこれら疾患は,一つ細胞の,たった一つの突然変異により引き起こされる可能性があるため,他のタイプの毒性と比較して,非常に危険と考えられる.また,遺伝子変化を引き起こすDNA損傷の蓄積は,体細胞においては早期老化,免疫機能障害,心血管系および神経変性疾患,生殖細胞では,自然流産,不妊等に関連することが報告されている(文献1).

2. 変異原性(Mutagenicity)と遺伝毒性(Genotoxicity)

遺伝毒性試験では,化学物質等の曝露を受けた細胞のゲノムに対する潜在的な可逆的影響(「遺伝毒性」)と,曝露を受けた細胞の次の世代の細胞ゲノムに対する不可逆的影響(「変異原性」)を検出する.以下に示した「変異原性」および「遺伝毒性」という用語の定義は,OECD (Organization for Economic Co-operation and Development)のガイダンスに由来する(文献2).

「変異原性」は,細胞あるいは微生物の遺伝物質(DNA,染色体)の量,あるいは構造の不可逆的かつ永続的な変化の誘発を指す.これらの変化は,単一の遺伝子あるいは遺伝子断片,遺伝子群または染色体レベルにまで及ぶ可能性がある.「染色体異常誘発性(Clastogenicity)」という用語は,染色体の構造異常を生じさせる因子に対して用いられる.染色体異常誘発因子は,染色体の部分的な欠失,または転位をもたらす染色体の切断を引き起こす.「異数性誘発能(Aneugenicity)」は,細胞における染色体数の変化(増加あるいは消失)を起こす因子の作用を指す.異数性誘発物質は,正常では46本の染色体からなるヒト二倍体染色体細胞に対して特定の染色体の消失または増加を引き起こす可能性がある.例えば,3本の21番染色体(トリソミー21)はダウン症候群の特徴であり,これは1種の異数性である.「遺伝毒性」は「変異原性」に比べ広義であり,DNAや染色体に影響を与え,構造もしくは遺伝情報の変化をもたらすが,必ずしも変異原性のように次の世代の細胞ゲノムに不可逆的影響を与えるわけではない.遺伝毒性があるが変異原性が認められないものはDNAに対する誘発損傷の徴候ではあるが,がんや遺伝病を引き起こす遺伝子変化の直接的証拠ではないため,遺伝毒性の重み(weight of evidence)は低い.そのような遺伝的誘発損傷の徴候を調べる試験をインディケーター試験と呼ぶことがある.

3. 遺伝毒性発がん物質,非遺伝毒性発がん物質

遺伝毒性試験の目的の一つに化学物質等の発がん可能性の調査がある.しかし,遺伝毒性試験で陰性となったからと言っても必ずしも発がん性がないとは言えない.遺伝毒性試験陰性で発がん性を示すものを非遺伝毒性発がん物質と言う.がんは遺伝子の病気であり,必ず遺伝的な変化を伴うと考えられるが,これらの物質は自然に生じたがん原細胞の増殖の亢進などを通じてがんの形成を助けるものと考えられる(プロモーション作用).ホルモン作用をもつ化学物質の一部などがこれに相当する.遺伝毒性物質にはベンツピレン,アフラトキシン,N-ニトロソ化合物などの強力な発がん物質が含まれる.これら化学物質はDNAに直接作用し,切断,架橋,付加体の形成,脱塩基,酸化損傷,アルキル化等を引き起こし,その結果,高い確率で突然変異を引き起こす.

一方,遺伝毒性試験で陽性であっても直接DNAに作用しないものもある.チュブリンの重合阻害剤であるコルヒチンは細胞分裂装置に影響を与え,染色体の異数性を含む数的異常を引き起こす.また,DNA修復阻害,アポトーシス抑制,細胞周期停止などを引き起こす化学物質も遺伝毒性試験で陽性を示すことがある.これら,化学物質のターゲットはDNAではなくタンパク質であり,非DNA損傷性遺伝毒性物質と定義することができる.

4. DNA損傷の種類

遺伝毒性の原因であるDNA損傷の外的要因としては物理的要因と化学的要因に分類できる.物理的要因としては,太陽光線中に含まれる紫外線や,X線,ガンマ線などの電離放射線などが挙げられる.紫外線は主として,隣接するピリミジン同士の共有結合を形成し,ピリミジンダイマーや,(6-4)光産物といった二量体を生成する.電離放射線は様々なタイプのDNA損傷を引き起こすことが知られているが,主要な損傷としてはDNAの一本鎖および二本鎖切断が挙げられる.特に二本鎖切断は,最も危険性の高いDNA損傷であり,致死的もしくは染色体異常を伴うがん原性の高い突然変異を引き起こす.一方,化学的要因としての化学物質によるDNAの損傷(修飾)は化学物質の種類や反応性の程度により多種多様である.この中で突然変異と関係が深いものとしては,メチル化剤,エチル化剤によるDNA塩基のアルキル化,マイトマイシンCなどによる隣接した塩基間での架橋形成などが挙げられる.また,化学物質の中には細胞内での薬物代謝酵素により活性化されDNA塩基と反応性が高くなり,塩基に付加体を形成するものがある.発がん物質として有名であるベンツピレンやアフラトキシンなどはここに分類される.DNAの損傷はこのような外的要因だけでなく,細胞内で生じる通常の代謝によっても生じる.このようなDNA損傷は自然突然変異や,細胞老化の主たる要因であると考えられている.特に酸素代謝によって生じる酸素ラジカルはDNA塩基に直接損傷を起こし,高率に突然変異を引き起こす.その他,内的要因によるDNA損傷としては塩基の脱離や脱アミノ化など,DNAの化学的不安定性に由来するものなどがある.また,特に損傷を伴わないが,DNA複製時にはDNAポリメラーゼによる複製エラーが高頻度に起こっていることが知られており,これが自然突然変異の大きな要因となっている.

5. DNA修復機構

DNA損傷に対抗するため,ヒトを含む生物は様々な修復経路を進化によって獲得している.DNA損傷の種類に応じて,さまざまな修復機構が存在するが,そのほとんどは全ての生物に共通であることが知られている.修復はその反応機構によりi)復帰型修復,ii)除去修復,iii)相同組換え修復,iv)非相同組換え修復の4つに分類される.

復帰型修復は,そのDNA損傷を酵素反応により元通りにする最も単純で効率的な修復機構である.この修復機構をもつ酵素としては,紫外線によって生じたピリミジンダイマーや(6-4)光産物を,光エネルギーを利用して元通りの塩基に復帰させる光回復酵素,メチル化されたDNAを脱メチル化するメチルトランスフェラーゼなどがある.

除去修復は,損傷を含む塩基,もしくは損傷を含む周辺の一本鎖DNAを一旦取り除き,損傷のないDNA鎖を鋳型としてDNAを再合成し,元通りの二本鎖DNAにするものである.比較的小さな塩基損傷には塩基除去修復が働き,DNA鎖の架橋や化学物質の修飾により周辺部位まで大きなひずみが生じている場合はヌクレオチド除去修復が働く.除去修復機構は複雑で,それに関与する酵素は多数あり,それぞれ異なった役割をもつ.色素性乾皮症の患者はヌクレオチド除去修復を欠損する遺伝性疾患であり,紫外線などに対して強い感受性を示す.DNAポリメラーゼによる複製エラーによって間違ったヌクレオチドが取り込まれると塩基対のミスマッチが生じる.これを修復するミスマッチ修復も除去修復の1種であり,ミスマッチ部位の認識,除去,再合成を行う.

相同組換え修復は,DNA複製時にDNAポリメラーゼがDNA損傷部位で停止し,DNA合成が不連続性となってギャップが生じた場合や,放射線などによって二本鎖切断が生じた場合,姉妹DNA鎖,もしくは相同染色体DNA鎖との間の相同組換え反応によりDNAのギャップを修復するものである.このような修復は,DNA複製後に起こる機構である.ほ乳類細胞においてはDNAの二本鎖切断の修復は,上記の相同組換えによっては効率的に起こらず,切断されたDNA末端の不完全な相同性を利用した再結合反応が主として起こることが知られている.このような修復を非相同組換え修復とよぶ.非相同組換えは修復と言っても,再結合領域で塩基配列の一部を欠失することが多いため,元通りにはならない.このような修復をエラー発生型修復と呼ぶ.

6. 遺伝毒性試験法

化学物質の遺伝毒性を検出するために,さまざまな遺伝毒性試験法が開発され,実際に利用されている.現在,OECD (Organization for Economic Co-operation and Development)では化学物質のヒト健康影響を評価するための毒性試験に関して69の試験法がガイドライン化されているが,そのうち17の試験法が遺伝毒性に関するものである(文献3).遺伝毒性試験法は,細菌や哺乳類培養細胞などを用いるin vitro試験と,マウス,ラットなどの実験動物を用いるin vivo試験に分類できる.代表的な遺伝毒性試験法を表Iに示す.

In vitro試験は,一般に簡便,低コストであり, また,結果も比較的短時間で得ることができる.In vitro試験に用いられる細菌や哺乳類培養細胞は,薬物代謝酵素活性を欠いているため,ベンツピレンやアフラトキシン等の代謝物が遺伝毒性を示す,いわゆるpro-mutagenの検出には,ラット肝臓ホモジネートの上清(S9)を添加して試験を行う必要がある.

In vivo試験は,化学物質の代謝,吸収,排泄,分布などを反映した結果を得ることができるため,in vitro試験の結果よりもヒトへのリスク評価を行う際の外挿性が高い.全身曝露を考慮して,骨髄,末梢血を対象組織として試験を行うが一般的であるが,特定の臓器や組織での発がん性が疑われる場合,化学物質の用途により他の組織での試験が望ましい場合,骨髄や末梢血では十分な曝露が期待できない場合などはその限りではない.生殖細胞での遺伝毒性を評価する際には精巣,精子を標的としたin vivo試験が重要である.


表I 代表的な遺伝毒性試験法

  in vitro試験 in vivo試験
突然変異誘発性
細菌を用いる復帰突然変異試験
マウスリンフォーマTK試験
培養細胞を用いる体細胞突然変異試験

トランスジェニック動物突然変異試験
Pig-a突然変異試験
染色体異常誘発性
哺乳類細胞を用いる染色体異常試験
哺乳類細胞を用いる小核試験

小核試験
染色体異常試験
DNA損傷性
コメット試験
姉妹染色分体交換試験
不定期DNA合成試験

コメット試験
姉妹染色分体交換試験
不定期DNA合成試験
生殖細胞遺伝毒性  
トランスジェニック動物突然変異試験
精原細胞を用いる染色体異常試験
齧歯類を用いる優性致死試験
マウスを用いる遺伝性相互転座試験

7. 遺伝毒性試験の標準的組み合わせ

個々の遺伝毒性試験は,その生物種とエンドポイントの検出に最適にデザインされており,特定の試験だけですべての遺伝毒性を検出できるわけではない.遺伝毒性試験では通常,相補的な種々の遺伝毒性試験を組み合わせることにより,化学物質が持つ広範な潜在的遺伝毒性を検出することが要求される(バッテリー試験).

現在,新規医薬品申請のために要求されるバッテリー試験としては(1)細菌を用いる遺伝子突然変異試験(in vitro試験) (2) 哺乳類細胞を用いた染色体異常試験,マウスリンフォーマ細胞を用いる遺伝子突然変異試験,あるいは哺乳類細胞を用いた小核試験(in vitro試験)(3) 齧歯類を用いる造血組織での小核試験あるいは染色体異常試験(in vivo試験)が推奨されている.また最近では,哺乳類細胞を用いたin vitro試験を必要としないバッテリー試験も認められている(文献4).この場合,(1)細菌を用いる遺伝子突然変異試験(in vitro試験) (2)齧歯類を用いる造血組織での小核試験あるいは染色体異常試験(in vivo試験),(3) 肝臓でのトランスジェニック遺伝子突然変異試験, もしくはin vivoコメット試験(in vivo試験)が一般的である.

8. 遺伝毒性試験結果の評価,解釈

ほ乳類細胞を用いたin vitro試験系では,げっ歯類のがん原性予測に対してしばしば偽陽性の結果を与えることがある.偽陽性の原因については不明であることも多いが,強い細胞毒性,高浸透圧,沈澱の生成,非生理的pHなどは非特異的な影響により陽性反応を示すこともあるので注意を要する(文献5).このような偽陽性を防ぐため,試験実施の最高濃度,細胞毒性レベルに関してはガイドラインで規定されている.

陽性のin vitroデータは,化学物質の特性として遺伝毒性を持つことを示しているが,多くの場合,これらin vitroの陽性結果の生物学的意義は適切なin vivo試験で検証される必要がある.特に,細菌を用いる遺伝子突然変異試験で得られた陽性結果は,DNAとの反応性があることを示しているため,ヒトに対する安全性が担保されない限り,in vivoでの変異原性又は発がん性を評価するための広範囲の追加試験が要求される.In vivo試験には,吸収,分布及び排泄というin vitro試験にはない要素が勘案されているという特徴からヒトへの外挿に重要な意味を持つ.さらに,薬物代謝はin vitroで通常使用されている系と比べると,in vivoの系の方がより生物学的に妥当性がある.一方,動物愛護の観点からはin vivo試験は削減される方向にある.動物代替の3R’s (reduction,replacement,refinement)は世界的な流れで有り,現在,化粧品開発においては動物実験が禁止されている.In vivoin vitroの結果が一致しない場合には両者の相違についてケース・バイ・ケースで判断され,説明がなされるべきである(例えば,代謝の差,in vivoでの効率的な排泄など).In vivo試験においても偽陽性結果を引き起こす可能性がある.例えば,造血障害による小核誘発や,細胞毒性に伴うDNA損傷の誘発(コメット試験)などが考えられる.従って,遺伝毒性データを評価する際にはすべての毒性学的及び血液学的所見を考慮することが重要である.

9. 遺伝毒性の閾値

遺伝毒性試験は一般的に,遺伝毒性や変異原性の有無を検出する定性的試験法であり,その結果は「陽性」もしくは「陰性」として判定される.したがって遺伝毒性試験では,このようは定性的結果が健康リスク評価に利用される.多くの化学物質の毒性は健康リスクを評価する場合,理論的,実証的研究から,これ以下であれば健康影響が見られないレベル,すなわち閾値がある用量反応モデルが用いられる.これにより一日摂取許容量(Acceptable Daily Intake; ADI)を定めることができる.しかしながら,これら化学物質に遺伝毒性が認められた場合,遺伝毒性には閾値がないとされているため,摂取量をゼロにしない限り,健康リスクもゼロにならないとの論理からADIを設定することができない.

遺伝毒性物質の中でもDNA損傷性遺伝毒性物質はDNAと反応し最終的に遺伝子突然変異をもたらす.突然変異は確率論的(Stochastic)事象でありゼロになることはない.また,たった一つの遺伝子突然変異でも,その変異が,がん遺伝子,がん抑制遺伝子などの細胞のがん化に重要な遺伝子に生じた場合,1つのがん原細胞が生じ,それだけで発がんに至ることがある.従って,この発がんの確率もゼロにはならず,理論的にDNA損傷性遺伝毒性発がん物質に閾値を設定することはできない.一方,非DNA損傷性遺伝毒性物質に関してはターゲットがタンパク質分子であり,これは細胞内に数多く存在する.高濃度の化学物質が多くのタンパク質と作用すれば発がんに至る影響が表れるかもしれないが,少数であれば影響はないことは容易に想像できる.従って,コルヒチン等の異数性誘発をもつ非DNA損傷性遺伝毒性物質に関しては理論的に閾値が設定できる(文献6).最近,DNA損傷性遺伝毒性物質に関しても閾値の存在が議論されている.これは,極低用量域ではDNA修復,代謝反応,スカベンジャーなどの生物学的防御機構が効率的に働き,突然変異の誘発を実質ゼロに抑えることができるという説による.しかしながら,試験結果にこのような生物学的防御機構を評価する手法が開発されていないため,リスク評価には反映できていない.

遺伝毒性物質の閾値を証明し,ゼロリスクを求めるのではなく,「たとえ遺伝毒性物質であってもその暴露量が充分に低ければ,その発がん可能性は極めて低く,その程度が社会的に許容できるリスクレベルであれば実質的に安全と見なし得る」とのリスク評価/管理の方法もある.この量を実質安全性量(Virtually Safety Dose: VSD)といい,その許容できるリスクレベルとして十万分の1~百万分の1(10-5~10-6)が採用されている(文献7).発がん物質データベースから,大部分の化学物質については一日の摂取量が1.5μg/人以下であれば,たとえそれが遺伝毒性発がん物質であっても実質的な健康危害はほとんどないだろうとすることができる.このような包括的な閾値を「毒性学的懸念の閾値 (Threshold of Toxicological Concern: TTC)」という.現在,VSDやTTCによるリスク評価/管理手法はプラスチック容器から溶出する化学物質(間接添加物),食品に添加する香料物質,医薬品不純物に適用されつつある(文献8).

10. 遺伝毒性試験の将来展望

代表的な遺伝毒性試験である細菌を用いる遺伝子突然変異試験(エイムス試験)は1970年代に,カリフォルニア大学のブルースエイムス博士によって開発された.哺乳類細胞を用いた染色体異常試験,マウスリンフォーマ試験,齧歯類を用いるin vivo小核試験もほぼ同年代に開発されている.これら試験は30年以上にわたって医薬品,農薬,食品添加物,一般化学物質の安全性評価に利用されその信頼性は高い.一方,これら試験結果データの蓄積は,化学構造の特徴から試験結果の予測する構造活性相関(QSAR)への研究に受け継がれている(文献9).遺伝毒性は基本的にDNAと化学物質の求電子反応に基づくものであり,化学構造から遺伝毒性を予測することは他の毒性に比べて容易である.エイムス試験に関するデータベースは2万近く有り,このデータベースを用いたQSARを用いると約90%の精度で試験結果を予測することができる.他の試験についても同様で有り,近い将来定型的な遺伝毒性試験結果はコンピュータ上で予測できるかもしれない.特にin vivo試験結果の予測は理想的な動物試験代替法であり,この実現化のためには信頼性の高いデータベースの充実が必要である.

これまでの遺伝毒性試験では検出が困難である新たな遺伝毒性の脅威にも目を向ける必要がある.ナノ物質や,バイオテクノロジー産物はこれまでに我々が経験したことがない新たな遺伝毒性の脅威になり得る(文献10).また,遺伝子治療,再生医療等の最新医療の普及に伴う生物製品の安全性についても,試験法,評価法の確立が必要と思われる.

発がんメカニズムとして,近年エピジェネティクスの関与が示唆されている(文献11).化学物質の中にはDNAの1次構造の変化でなく,DNA のメチル化,アセチル化等の修飾またはマイクロRNAによりDNA産物の発現に影響を与え,発がんに関与するものがある.これらエピ変異原物質の検出法はいまだ確立されていない.遺伝毒性物質は生殖細胞の遺伝子に突然変異を誘発し,次世代への子孫に遺伝病等を引き起こす可能性がある.そのような遺伝毒性物質は,体細胞にも突然変異を引き起こすため,生殖細胞に対する遺伝毒性の評価は,体細胞で代替できると考えるのが一般的である.しかしながら,生殖細胞に特異的,もしくは効率的に作用する遺伝毒性物質が無いとも言えない.ほ乳類での生殖細胞遺伝毒性の評価は多くの動物,時間,費用がかかり現実的ではないが,iPS細胞等を利用した簡便なin vitroの代替評価系の開発が望まれる.

個々の遺伝毒性試験結果からヒトに対する遺伝毒性,発がん性リスクを総合的に評価することが現在の一般的な手法である.このような伝統的な手法から脱却し,ヒト細胞を用いた効率的スクリーニング法,オミクス技術,システムバイオロジー,インシリコ解析を組み合わせたIntegrated Test System (ITS)の構想が注目を浴びている.近い将来,遺伝毒性試験系は大きく変貌するかもしれない.

文献

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  7. Barlow S: Threshold of Toxicological Concern (TTC) –A Tool for Assessing Substances of Unknown Toxicity Present at Low Levels in the Diet. ILSI Europe Concise Monographs Series (2005), http://www.ilsi.org/Europe/Pages/TF_ThresholdToxicological.aspx
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文責 本間正充

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