◇京都の医院、言葉も通じず「いつか事故が」
◇「医療ツーリズム」推進、行政と思惑一致
「言葉の通じない患者とコミュニケーションができないからトラブル続き。いつ事故が起きてもおかしくなかった」。2010年9月、幹細胞投与後に韓国人男性患者(当時73歳)が死亡した「京都ベテスダクリニック」(京都市南区)。当時を知る関係者らが、重い口を開いた。
ベテスダは韓国企業「RNLバイオ」が所有するビルにあった。患者の大部分は韓国人で、糖尿病、関節リウマチ、がんなどを患っていた。関西国際空港から入国し、一時は貸し切りバスで連日20人程度が来院した。複数の日本人医師が、入れ代わり立ち代わり非常勤で勤務していた。
ベテスダは、自身の幹細胞を培養して体内に戻すことで、失われた機能を再生させる「難病の征服」をうたっていた。生理食塩水などで薄め、点滴で投与する方法が採用されたが、当時は点滴を落とす速さも決まっていなかった。
幹細胞は粘り気のあるのり状で、事故後は「(濃度を均一にするため)点滴のパックを振れ」との指示が出されたという。これについて、幹細胞の基礎研究に取り組む国立がん研究センター研究所の落谷(おちや)孝広・分野長は「死んだ幹細胞が多く含まれていた可能性もある」と指摘する。患者の要望で幹細胞を点眼したり、耳にたらしたりしたこともあった。
◇注射で失明状態に 患者と示談で解決
内部資料によると、目の周囲に注射で幹細胞を打たれた直後、失明状態になった韓国人もいたが、示談で解決した。別の関係者は「韓国人でデータを集め、効果・安全性を確認して日本人への投与を広めようとした」と説明する。
日本人患者がきわめて少ない中、ぜんそく治療目的で幹細胞投与を受けた奈良県の日本人男性(61)と、関西地方に住む70代の男性が取材に応じ、「点滴をしてくれた人は日本語が通じなかった」「注射針に幹細胞が詰まったことがある」などと振り返った。2人はそれぞれ09年にR社と契約を結び、協力関係にあった石川県内のクリニックとベテスダで投与を受けた。幹細胞の保管と4回の投与を含め1人400万円近く払ったが効果が感じられず、途中で治療をやめたという。
R社を創業した羅廷燦(ラジョンチャン)氏(49)はソウル大出身の獣医学博士だ。
「死亡事故から3年たったが、その後はたった一例もそうした事故はない」。今年2月14日、京都市内のホテルで、羅氏主催のパーティーが開かれた。羅氏は3年前の事故に自ら触れ、投与との因果関係を否定した上で、自社の幹細胞の安全性を力説した。
韓国では禁じられている幹細胞投与も、法律がない日本では医師の裁量で実施できる。パーティーの後、羅氏は毎日新聞に「日本で治療、(幹細胞)保管のサービスを展開する」と構想を語り、2年前に閉じたベテスダの再開にも意欲を見せた。
◇開院パーティーに日韓の要人が出席
そもそもR社の日本進出は、日本政府の戦略と重なっていた。
民主党政権は10年6月に閣議決定した「新成長戦略」で、世界最高級の医療水準を活用して外国人患者を積極的に受け入れる「医療ツーリズム」の推進を盛り込んだ。外国人患者を増やしたい政府と、韓国ではできない治療を日本で進めたいベテスダの思惑は、偶然だが一致していた。
10年5月7日、京都市内の高級ホテルで開かれたベテスダの開院記念パーティーには、韓国から政界の要人、日本側からも地元・京都や国の出先機関の幹部らが招待された。参加した京都市の細見吉郎副市長(当時)は「会場外で韓国の報道機関から『日本ではこういう治療が認められているのか』と聞かれ、いぶかしく思った」と振り返る。京都市の観光担当課長(同)は「『京都』の名前で事業がやりやすくなるなら、それは一つの行政の役割だと思っていた」と話す。
韓国メディアは「15年には10万人の患者を(日本に)誘致する」などとしたR社の構想を、パーティーの様子とともに報じた。開院に関わった日本人関係者は「(R社は)京都のイメージを利用して株価をつり上げたかったのではないか」と推測する。
くしくもこの翌日、人工多能性幹細胞(iPS細胞)を作製した山中伸弥・京都大教授(12年ノーベル医学生理学賞)が所長を務める「iPS細胞研究所」の完成式が同大で開かれた。世界屈指の観光都市、そして再生医療の先進地。R社にとって、京都は申し分のない「夢の舞台」だった。
有効性や安全性が検証されないまま、自由診療で行われる再生医療。医療先進国の日本にR社が進出した背景とともに、規制法に向けた動きを追う。
◇韓国人へ幹細胞投与、本国でも非難
R社の資料によると、09年から同社の紹介によって韓国人患者が日本で幹細胞投与を受け始めた。当初は石川県内の協力クリニックが受け入れ、10年5月に「京都ベテスダクリニック」が開業すると、来日する患者の数は急増した。だが、11年3月の東日本大震災で来日外国人が激減。10年9月の死亡事故に追い打ちをかける形で、ベテスダは11年6月に診療を中止した。12年5月、福岡市に「新宿クリニック博多院」が開業し、再び韓国人患者への幹細胞投与が本格化した。同年12月、毎日新聞の報道で博多院の実態が表面化すると、お膝元の韓国でも政府や学会、医師会が相次いで非難する声明を出した。
今年4月には、R社の幹細胞事業の適法性が不確実である可能性が高まり、昨年度の決算報告の適正さを確認できないとして、韓国証券取引所が同社の上場廃止を公示した。
(毎日新聞 2013/5/4より引用)