神戸市にある医療機関がiPS細胞を使った世界初の治療を試みる臨床研究を承認した。国の承認が得られれば、2013年度中にも目の難病の患者を対象に治療を行う見通しだ。
iPS細胞を用いた再生治療は、これまで有効な治療法がなかった難病の治療法として期待が大きい。世界で前例のない取り組みであるだけに安全をしっかり確認しながら進めてもらいたい。
「加齢黄斑変性」と呼ばれる目の病気は主に中高年以上で発症し失明の恐れがある。今回は6人の患者を対象に、患者自身のiPS細胞からつくった網膜の細胞を病気で傷んだ細胞と移植手術で取り換えて視力の回復を目指す。
iPS細胞は移植後にがん化するリスクが指摘される。目の細胞はがんになりにくいとされるが、手術後の経過をよく観察する必要があるだろう。安全と信頼の確保は再生医療を普及させるうえで欠かせない。
臨床研究として治療を行うには国の「ヒト幹細胞を用いる臨床研究に関する指針」に基づく承認も必要で、治療を目指す医療機関は3月にも厚生労働省に審査を申請するという。
厚労省では今、指針とは別に再生医療の本格的な普及に向けた法制度づくりの議論を進めている。患者へのリスクが大きい治療は高度な技術を備えた医療機関に限定する安全確保策のほか、細胞の培養を民間企業が受託し治療費の抑制につなげる規制緩和などが検討されている。
制度づくりでは、適正な規制を通じ社会にイノベーションをもたらす視点が大切だ。新しい医療を社会に根付かせるには健康被害を避けるため規制や監視が必要だが、ただ厳しいだけの規制では創意工夫の芽がつまれ医療技術の改良や普及が進まない。
iPS細胞は京都大学の山中伸弥教授が世界に先駆けてつくった。それを応用し世界に貢献するうえでも未知への挑戦と安全を両立させる日本の知恵が問われる。
(日経新聞 2013/2/18より引用)