文部科学省などの「再生医療の実現化ハイウェイ」事業の2012年度成果報告会が7日、東京都内で開かれた。この中で、高橋政代・先端医療センター病院眼科部長は、代表研究者を務める「iPS細胞由来網膜色素上皮細胞移植による加齢黄斑変性治療の開発」が、来年度からの臨床試験に向けて病院内の倫理審査を受ける段階まで進んでいることなどを報告。研究の順調な進捗状況をアピールした一方で、過度な期待を寄せる患者が多いことに触れて「本当に患者さんを幸せにしているのかと思うことがある」と述べ、再生医療への正しい理解の推進などの重要性を強調した。
同事業の研究は、臨床試験までに想定される障害に応じて、同事業に採択されてから1-3年以内の試験開始を目指す「課題A」や、5-7年以内の開始を目指す「課題B」などに分かれている。これまでに臨床試験が行われたことがないiPS細胞を用いた研究は、主に課題Bとして採択されているが、高橋氏の研究は課題Aに位置付けられていて、世界初の人体での試験となるのではないかと注目を集めている。
この日の報告会で、同事業の西川伸一プログラムディレクターは、移植のために培養する細胞数が少なく、移植後も患部の状況を確認しやすい網膜色素上皮細胞の移植で、iPS細胞から作った細胞の安全性を確かめることができれば、脳や心臓、肝臓などへの移植を目指す研究にも道が開けると、高橋氏の研究の意義を語った。
滲出型加齢黄斑変性は、網膜とその下にある網膜色素上皮の間に異常な血管が侵入し、視力の低下などを引き起こす疾患。高橋氏は報告会で、臨床研究の被験者の適格基準を、この疾患と診断された50歳以上の患者のうち、患眼の視力が0.3未満で、抗VEGF療法などの既存の治療法が効かなかったり、再発を繰り返したりしている人に設定したことを説明。患者の同意を得て皮膚細胞を採ってから10か月ほどで、iPS細胞を作成し、網膜色素上皮細胞に分化させてシート状にする。手術で異常な血管などを取り除いて細胞シートを移植してからは、1-3年程度追跡調査して、安全性などを確認するという。
移植により見込める視力回復について高橋氏は、「0.3くらいまでの人なら0.8くらいまで行くと思うが、0.06や0.07の人では、0.1までしか上がらない」と話した。一方で、「目が見えない方は、わらをもすがる気持ちでたくさん問い合わせてくださる。その時にいつも思っているのは、これは本当に患者さんを幸せにしているのだろうかということ。わたしの目の前でがっかりしていく患者さんたちを見て、非常に疑問に思う」との心境を吐露。その上で、再生医療に過度な期待を寄せる患者には、視力が回復しないと幸せになれないとの思い込みがあると指摘し、被験者になりたいと病院を訪れる患者にカウンセリングを行う体制を整備したことや、照明器具を工夫したり、情報を得る手段を聴覚・触覚によるものに置き換えたりする「ロービジョンケア(low vision care)」を勧めていることなどを紹介した。
■「産業化・事業化見据えて」-研究者らに呼び掛け
また高橋氏は、「再生医療は、すごく最初から効くものではなくて、そろそろと進む。効果とコストが見合うまでの10年ぐらいを、どうしのいでいくか、どう説明していくかが、今の課題と思っている」とした上で、「わたしにとっては、治療をちゃんと作るのがゴール。標準治療にするためには、臨床研究で止まってはいけなくて、治験や産業化、事業化が必須」との考えを強調。会場に集まった他の研究者らにも、「臨床研究を考える時には、(実際の)治療にした場合どうかも考えながらやってほしい」と呼び掛けた。
(CBnews 2013/2/8より引用)