iPS細胞の研究はどこまで進展したのか。文部科学省が平成21年6月に作成したロードマップ(工程表)を点検すると、病気の仕組みの解明などは順調に進んでいる半面、臨床応用を目指す研究は分野によってばらつきがある。同省は進捗(しんちょく)状況を反映させた新たな工程表を年内にも作成する方針だ。
工程表は21年を起点に約10年後までの到達目標を設定したもので、文科省はこれに沿ってオールジャパン体制で研究を推進してきた。
最も順調に進んでいるのは、iPS細胞を使った難病の再現と発症の仕組みの解明だ。目標時期は26~30年だが、同省は「多くの研究機関から相次いで論文が発表されており、間違いなく工程表通りに成果を挙げられる」(ライフサイエンス課)とみる。
パーキンソン病やALS(筋萎縮性側索硬化症)などの難病は実験動物で病態を再現することが難しく、これが研究の壁になっている。患者由来のiPS細胞を使って病気の性質を持つ神経細胞などを作れば、研究が可能になる。すでに京都大は今年8月、ALS患者の皮膚から作製したiPS細胞を使って、治療薬の候補物質を見つけたと発表した。
脊髄損傷など早期治療が必要な患者の再生医療に対応するため、さまざまなタイプのiPS細胞をあらかじめ大量に作製して保管しておく「iPS細胞バンク」は、来年末までの構築が目標。だが山中伸弥教授は今年度中の備蓄開始を目指しており、前倒しとなりそうだ。
患者に対する臨床研究では、理化学研究所が来年度から加齢黄斑変性という目の病気を対象に、iPS細胞を使った初の臨床応用を目指している。実用化はまだ先だが、心筋や角膜、血小板でも研究の進展が著しいという。
ただ、課題が多く先行きが不透明な分野もある。文科省によると、赤血球は大量に作る技術が未確立。肝臓などの臓器や軟骨、骨格筋は、目的の細胞をiPS細胞から分化させる際の効率が低いという問題を解決できていない。
一方、iPS細胞で最も基本的な研究は、皮膚などの体細胞をiPS細胞に変える初期化のメカニズム解明で、工程表の目標時期は来年末。また、世界の再生医療を日本がリードしていくために必要な安全で安定した品質の「標準iPS細胞」の供給は、今年以降の実現が目標だ。
文科省によると、いずれもおおむね順調に推移しているが、状況が変わった部分もある。例えば体細胞の初期化は当初、遺伝子が4つ必要だったが、その後の研究で2つまたは3つでも初期化が起きることが分かってきた。メカニズムの完全解明には、さらに10年単位の研究が必要という。
初期化のメカニズムが解明できないと、標準iPS細胞の開発・供給も遅れる可能性がある。同省は「完全解明できなくても、数年以内にその時点で最も安全で高品質な細胞を供給していくことになるだろう。一番大切なのは、日本が世界標準を早く押さえることだ」と強調している。
(産経新聞 2012/10/22より引用)