2012年のノーベル生理学・医学賞が決まった山中伸弥京都大学教授のiPS細胞は、医療の姿を抜本的に変える再生医療の切り札とされる。これまでの医学で治すのが難しい重い心臓病や神経系難病を克服するため、研究者が治療法の開発を競う。産業界にとっても期待は大きい。再生医療関連装置で15~20年の市場規模予測は数千億円。製薬各社やベンチャーも新薬開発を狙って創薬への活用を探る。
病気や事故で体の機能を失ったとしても、iPS細胞を作製し、それを神経や筋肉、心臓などの細胞に成長させて移植をすれば健康な状態に戻ることも可能になる。再生医療に使う同じ万能細胞の胚性幹細胞(ES細胞)と違い、患者自身の細胞からできており、拒絶反応のリスクが小さい。
難病の新たな治療法開発を目指した研究が盛ん。京都大学はパーキンソン病の治療を目指し、iPS細胞から神経伝達物質を出す神経細胞を作製し、サルに移植して細胞が働くことを確かめた。
慶応大学は脊髄損傷のサルにiPS細胞から作った神経細胞を移植、治療効果を確認した。大阪大学はiPS細胞から作った心臓の細胞をシート状にして心筋梗塞のマウスに移植し、機能を回復させた。
こうしたなか、理化学研究所の高橋政代プロジェクトリーダーらはiPS細胞から目の細胞を作製して患者に移植、加齢黄斑変性を治療する研究を進めている。早ければ13年度にも世界初の臨床研究を始める考え。
ただ、iPS細胞を使った再生医療を現段階で患者に応用するとなると、1人当たり1000万円近くの費用がかかる。誰もが治療を受けられるようにするには、iPS細胞の作製を効率化する医療装置が欠かせない。
ニコンは研究や治療に使える良質なiPS細胞を自動で選別する技術を開発、既存装置の改良で1~2年以内に製品化する。島津製作所はiPS細胞から作った治療用細胞を培養する装置の実用化にメドをつけた。
製薬各社もiPS細胞で新たな医薬品を生み出すプロセスを抜本的に見直そうとしている。薬効や副作用を調べる際、一部が動物実験の代わりになるため、創薬のスピードアップにつながる。
武田薬品工業は慶応大学の研究者と共同でiPS細胞から神経細胞を作製した。単独の研究では、血糖値を下げる物質のインスリンを生み出す細胞を作ることができた。
山中教授と共同で患者から提供を受けた細胞でiPS細胞を作り、病気の状態にある特定の細胞を生み出す技術の研究にも取り組む。将来はこの細胞と医薬品になる可能性がある化合物(新薬候補)を反応させ、創薬の効率化につなげる。
大日本住友製薬も京都大学iPS細胞研究所と「希少疾患」の治療法を探る共同研究を進めている。iPS細胞を使い病気が進行する仕組みを解明、産学連携で治療薬を開発することが目標。11年からスタート、16年3月まで実施する計画だ。
(日経新聞 2012/10/8より引用)