京都大学がiPS細胞を利用し、神経系疾患のALS(筋萎縮性側索硬化症)治療の足がかりを得ることに成功した。iPS細胞を治療に直接使う再生医療ではないが、難病克服というiPS応用の「本命」での大きな成果といえる。現在、分かっていない様々な病気の仕組み解明と治療法開発が今後進むと期待が高まっている。
京大の山中伸弥教授が世界で初めて人のiPS細胞を開発してから約5年。この間、ALSやアルツハイマー病などの患者からiPS細胞を作り神経などに育てて観察する研究が盛んだった。
こうした神経の病気は発症の仕組みがよく分かっておらず、完治が期待できる薬もまだない。生存中の患者から神経を採取するのは難しく、病気のモデルとなる実験用動物の開発も不十分。原因を解明するには、患者からiPS細胞を作るしか手立てがない。
iPS細胞を活用し病気が起こる様子を再現すれば、なぜ神経に異常が生じるのかが分かり、治療法開発のヒントになる。今回もALS患者と健康な人からそれぞれ作ったiPS細胞を運動神経に育てて比べた。
iPS細胞は病気やけがで損なわれた臓器や細胞を補う再生医療の切り札として期待が高い。こうした研究でも国内勢による成果が相次ぐ。慶応義塾大学の岡野栄之教授らは脊髄損傷の治療法開発に取り組む。人のiPS細胞から作った神経のもとになる細胞を脊髄損傷のサルに移植し、運動機能を回復させた。
ただ、基礎研究で得た成果をそのまま治療応用につなげるのは容易でない。人での安全性や有効性を確認する臨床試験(治験)が欠かせない。国内では新薬候補物質の開発から国が承認し販売するまで約10年かかるのが一般的。全く新しい治療法である再生医療では、実用化を後押しする国家プロジェクトがいくつか始まってはいるが、研究者や医師などからは不十分との声も根強い。
政府は2020年までの「日本再生戦略」に、医療分野の競争力強化などを盛った。日本発の技術であるiPS細胞を実際の医療にいち早く役立てるための仕組み整備と着実な実行が、今後の大きな課題になりそうだ。
(日経新聞 2012/8/2より引用)