日本再生医療学会は12日、横浜市で市民向けの公開講座「からだは再生する!?」(後援・日本経済新聞社)を開いた。体のどんな細胞にも育つiPS細胞を開発した山中伸弥・京都大学教授が澤芳樹・大阪大学教授と対談した。先端医療に関心の高い俳優の辰巳琢郎氏が進行役となり、iPS細胞を使った再生医療や創薬研究の現状を話した。
対談の後に、澤教授と、学会の理事長を務める岡野光夫・東京女子医科大学教授がそれぞれ講演した。細胞シートを使った心臓病の再生医療を進める澤教授は「これまで治療法がなかった病気の患者さんを何とか助けようという新しい医療だ」と強調。澤教授とともに細胞シートによる治療研究を進めている岡野教授は「日本発の新しい技術を世界に発信していきたい」と意気込みを語った。
◇山中教授、澤教授、辰巳氏の対談◇
辰巳氏 「山中先生が再生医療を研究しようと思ったのはいつ?」
山中教授 「1998年。もう1つの万能細胞である胚性幹細胞(ES細胞)の研究をしていたが、ES細胞はネズミのものしかなく、基礎科学研究に使うのが目的だった。そんなとき、米国の研究チームが人間のES細胞を作ることに成功したという報告があり、人間の治療に使えるということになった」
辰巳氏 「ES細胞は受精卵を使うので問題が多いと思ったのか?」
山中教授 「日本でも京大で研究を始めていたが、受精卵が集まらないという苦労を聞いていた。そこで、受精卵以外から同じような細胞が作れないかと考えた。12~13年ぐらい前のことで、ちょうど体細胞クローン技術を使ってクローン羊のドリーができたニュースを知り、皮膚の細胞でもES細胞のようにどんな組織にも変化できる万能細胞に戻せるのではないかと考えた」
■再生医療、助けられない命に
澤教授 「わたしたちは毎日手術して治療しているが、技術を超えて助けられない心不全の人もいる。心臓移植だけでは数が足りずに難しいといわれていたときに、ES細胞が登場した。再生医療という言葉もそのころに出てきた」
辰巳氏 「心臓の細胞は生まれたときにしか増えないと聞くが」
澤教授 「肝臓、肺と違って、心臓の細胞は再生能力が低い」
山中教授 「医学部卒業後に整形外科医になったが、治せない病気やケガの方がいることを実感した。筋肉に力が入らなくなる難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)や脊髄損傷などがそうだ。今の医学では治せない病気やケガを将来治したいと考え、大学院に戻って研究を始めた。2006年にマウスでiPS細胞を作った。大人の皮膚や血液細胞に4つの遺伝子を導入すると、あら不思議という感じで性質が変わって万能細胞になる。2007年には人間でも作ることに成功した」
■わずか1ミリリットルの血液から無限の細胞
「わたしたちは澤先生と共同研究を進めている。今は足の筋肉から細胞シートを作り、心不全の治療に使っているが、将来はiPS細胞でできるようにしたい。iPS細胞はわずか1ミリリットルの血液からも作ることができる。さらにその細胞を1万倍、1億倍と無限に増やせ、しかもいろんな刺激を加えると、体の全ての細胞に育つようになる」
「患者さんから皮膚や血液をもらい、iPS細胞を作って心筋細胞や神経細胞に育てる。iPS細胞に戻してから作った細胞は元気な状態なので、細胞シートにして治療に使う。病気の細胞を作り出せば病気を再現でき、進行を遅らせたり、回復したりする新薬の開発に利用できる」
辰巳氏 「再生治療の開発段階はどのくらいなのか?」
山中教授 「脊髄損傷は慶応大学チームと5年ぐらい共同研究しており、神経のもととなる細胞を作ってマウスやサルに移植し、まひを回復できることを確かめた。数年以内に効果と安全性を試す臨床研究を始めたい。日本はiPS細胞を使った再生医療の研究で世界の先頭を走っている。例えば、網膜の治療は来年にも臨床研究が始まる見通しで、パーキンソン病などでも進んでいる」
辰巳氏 「脳に関するアプローチは?」
山中教授 「統合失調症やアルツハイマー病の患者から提供を受けた細胞からiPS細胞を作り、さらに神経に育てると正常なものとは違ってくることもわかってきた。大きな製薬会社も興味を示しており、研究を始めている」
澤教授 「再生医療の研究は世界でも競争が激しくなっており、追い上げも厳しい。課題をいかに克服して最終的に治療応用というゴールにたどり着くかは大変な努力を要する。iPS細胞研究がどうあるべきか、日本政府にどうしてほしいかなどをきちんと考えないといけない」
山中教授 「iPS細胞の実用化研究を進めていると、ジクソーパズルを組み立てている気がする。わたしたちの研究は1つのピースに過ぎず、ほかの研究や特許、厚生労働省の認可など様々なピースが必要だ。1個欠けても実現しない。再生医療への期待は高まっているが、完成までには10~20年かかる」
辰巳氏 「省庁は縦割り政策を進めている。日本発の技術として輸出できるくらいに育てる必要があるし、一般の人も過度の期待を持ちすぎず、きちんと応援していくことが必要なのだろう」
◇澤芳樹・大阪大学教授の講演◇
脳死下の心臓移植も最近は増えてきてはいるが、1000人が必要とする中で20~30人にとどまる。補助人工心臓も普及し始めているが、もっと多くの人を救うためには再生医療が必要だ。
細胞シートを作るなどの組織工学と結びつくことで再生医療は実現できる。今は足の筋肉を使っているが、将来は山中教授の作ったiPS細胞から心臓の細胞によるシートを作っていきたい。足の筋肉を使ったシート治療を2000年に小動物で始め、2007年に初めて患者さんに貼り付けた。
今まで18人に臨床研究として治療をし、今年2月からテルモによって臨床試験(治験)が始まるところまでこぎ着けた。
◇岡野光夫・東京女子医大教授の講演◇
今治らない病気を治すためには全ての科学を結集して、先端医療を作り上げていかなければならない。わたしたちは温度に応じて細胞がくっついたりはがれたりする培養皿を開発し、細胞シートを作って実際に重症心不全の患者さんなどを治療するところまできている。
心筋梗塞のところに細胞を直接注射しても細胞はとどまらずに効果は出にくいが、シートにすれば100%移植でき、細胞シートが出す有効な物質が新しい血管を呼び込み、筋肉が厚くなっていくことが確認できた。
2003年に阪大で心不全治療の臨床研究が始まったのに続き、2007年にフランスで角膜治療の治験を始め、現在は欧州の規制当局に製造・販売の承認申請をしている。日本発の再生医療技術で、世界に新技術を発信していきたい。
(日経新聞 2012/6/13より引用)