米バイオベンチャー企業アドバンスト・セル・テクノロジーは万能細胞の一種、胚性幹細胞(ES細胞)を使って網膜の病気を治す臨床試験(治験)で患者の視力が改善したと発表した。万能細胞を使う再生医療で治療効果を確認したのは初めて。日本でも理化学研究所が新型万能細胞(iPS細胞)を治療に応用する臨床研究を2013年度にも始める。ただ細胞の作製技術や安全性の向上など課題も多い。
いずれも高齢者に多い加齢黄斑変性など、網膜の異常で視力が大きく下がる病気が対象。有効な治療法はない。加齢黄斑変性の日本の患者数は約70万人との推計もある。
米社は2人の患者で治験を実施。ES細胞から作った網膜細胞を移植した。4カ月間で、1人はほとんど目が見えない状態から文字を識別できるまでに回復。もう1人の視力も改善したという。
理研は神戸研究所の高橋政代チームリーダーらがiPS細胞から移植用の網膜細胞を作り、加齢黄斑変性を治療する研究を急ぐ。臨床研究を12年度にも申請、13年度にも始める。再生医療の事業化を目指す新会社「日本網膜研究所」(福岡市)も設立した。日米の規制当局と相談し、治験の承認に必要な安全性試験の方法などを探る。
万能細胞は脊髄損傷の治療などにも応用が期待されるが、損傷後短期間で大量の細胞の移植が必要。網膜治療は少ない細胞で済むほか、体内の臓器より処置が容易。がんなどの異常も見つけやすいため臨床応用が早い。
ただ、視力は完全には戻らない。理研の臨床研究は視力が極めて低い患者が対象。すでに患者の網膜細胞は多数死んでおり改善できても視力0.1程度だという。視力0.2以上の患者に対象が広がれば、0.7以上への回復を期待できる。
iPS細胞は患者自身の細胞をもとにしており、拒絶反応を起こしにくい。受精卵を壊して得るES細胞に比べ、倫理的問題も少ない。しかし皮膚細胞などに遺伝子を入れ、受精卵のような状態に「初期化」して作るため、思わぬ異常が起きる懸念もある。
製薬、医療機器、保険などの企業が結成した再生医療イノベーションフォーラムの戸田雄三会長(富士フイルム常務執行役員)は「(細胞の)品質と費用、量産体制をクリアする産業化技術が重要」と指摘する。iPS細胞の安全性の評価基準も必要だ。基準や規制が不明確では巨費を要する治験に踏み切りにくい。
特許の取得競争も激しい。理研の技術は特許が成立していないが、米国では米社の関連特許が成立済み。米市場などでの事業展開の妨げになる可能性がある。
(日経新聞 2012/1/27より引用)