京都大学の斎藤通紀(みちのり)教授(発生生物学)らのグループが、マウスの人工多能性幹細胞(iPS細胞)から精子を作ったうえで卵子に注入(顕微授精)し、正常なマウスの子を誕生させることに世界で初めて成功した。生殖のメカニズム解明の手がかりとなり、不妊症の原因究明にも道を開く成果という。4日付の米科学誌「セル」電子版に掲載された。
◇不妊症解明に期待も
マウス胎児の細胞から作成したiPS細胞に、2種類のたんぱく質と特殊な試薬を加えて培養、受精から4~6日目の胚の中にある細胞群に近い状態にまで育てた。これを別のたんぱく質で刺激すると、精子や卵子の前段階である「始原生殖細胞」によく似た細胞が得られた。この細胞を、生殖能力を持たないオスの精巣に移植すると、約10週間で精子ができた。その後は通常の顕微授精の手法を使い、メスの仮親の子宮に受精卵を移植。正常な子を生ませた。
胚性幹細胞(ES細胞)からも同様に精子を作り、子が生まれた。いずれも生殖能力を持つ正常な成体に育ち、"孫"の世代も生まれたことから、研究グループは、精子作成の技術が確立できた、としている。今後は卵子や精子幹細胞の作成、サルなどを使った研究にも取り組む。
斎藤教授は「試験管内で多くの始原生殖細胞が得られれば生殖メカニズムの研究が進み、ヒトの不妊症の原因解明などにつながる。ただ、ヒトとマウスはまったく違う。iPS細胞から作った精子でヒトの不妊症を治療できると考えるのは甘い」と話している。
◇解説 ヒトへの応用は禁止
「子孫を残す」という特別な役割を持つ生殖細胞は、他の細胞にはない複雑な過程を経て作られる。その過程を人工的に再現してiPS細胞やES細胞から生殖細胞を作ることは難しく、今回の成果は画期的だ。ヒトのiPS細胞から子を作ることは許されないが、ヒトの生殖細胞が多量に得られれば一部の不妊症の原因解明や治療法の開発に利用できる。
ドイツのグループは06年、マウスのES細胞から精子に似た細胞を作り、子を誕生させたと論文発表した。だが、斎藤教授らのように生まれた子が生殖能力を持つところまで確認した例はなかった。
斎藤教授らは、精子を作る最後の過程は別のマウスの体内に戻して成功させた。だが、小川毅彦・横浜市立大准教授(泌尿器病態学)らは今年3月、マウスの体から採取した精子幹細胞を使い、その最後の過程を体外で成功させている。二つの技術を組み合わせれば、精子の発生を完全に再現することも夢ではない。日本は生殖細胞研究で世界のトップレベルにあると言える。
ヒトのiPS細胞などから生殖細胞を作る研究は昨年5月まで、できた精子や卵子を受精させて子どもが生まれる可能性があることから日本では禁止されていた。現在、受精させないことなどを条件に解禁され、慶応大と京都大が研究を始めている。研究を健全に発展させるためにも、これまで以上に透明性の確保が重要だ。
(毎日新聞 2011/8/5より引用)