京都大は11日、再生医療や創薬への応用が期待される人工多能性幹細胞(iPS細胞)の基本技術について、欧州での特許が成立したと発表した。iPS細胞を巡っては各国で研究開発や特許競争が激しい。京大の特許は日本のほか南アフリカや旧ソ連邦諸国、シンガポールなどで成立しているが、市場規模は欧州とは比較にならず、特許の対象となる技術の範囲も広く認定された。今後発展が予想される分野での日本の存在感が増しそうだ。
京大は06年12月に特許を国際出願。この出願の欧州分については欧州特許条約に基づき欧州特許庁(EPO)が審査。今月7日付でEPOから特許登録決定があった。欧州特許が成立すれば英独仏など出願時の加盟国(31カ国)で登録でき、17カ国で手続きを取る意向だ。権利期間は出願から20年。
iPS細胞は京都大iPS細胞研究所長の山中伸弥教授が06年、世界で初めて発表。3、4種の遺伝子を体細胞に導入する方法など三つの特許が08~09年に国内で成立し、研究機関などに提供されてきた。今回成立した特許は、iPS細胞を作る因子として三つの遺伝子グループか、二つの遺伝子グループと、ある種のたんぱく質(サイトカイン)を使用する方法を認定。特定の遺伝子ではなく、機能が似た遺伝子グループを対象としたほか、体細胞に遺伝子を導入する手段は問わないなど、広い範囲で認められたのが特徴。
iPS研究所は専門家を集めた知財契約管理室を設け、京大産官学連携本部とともに特許戦略を展開。08年6月に設立された特許管理会社「iPSアカデミアジャパン」(京都市)を通じて、大学などに無償でライセンス供与している。
松本紘・京大学長は「市場規模が大きい欧州での特許成立は世界への影響も大きい。公的機関が特許を取得したことで、欧州の大学や企業が安心して研究に取り組める」とコメント。山中教授も「少数の企業に技術が独占されれば応用が遅れるのでほっとしている。一日も早い実用化を目指して研究を進めたい」と話した。
iPS細胞
既に分化している細胞を変化させ、受精卵の時のようにさまざまな細胞や組織に成長する能力を持たせた細胞。山中教授は06年にマウスの細胞での成功を発表。07年には山中教授のチームと米チームがヒト細胞での成功を発表した。iPS細胞から作った組織を使い新薬の安全性を確認したり、病気の仕組みを解明したりするなどの応用が研究されているほか、将来的に患者本人の細胞を使った再生医療への応用が期待される。
◇米国での特許 成立公算大
欧州は、米国と並んで医薬品メーカーや大学などの研究機関が多く、iPS細胞を使ったトップレベルの研究開発が盛んだ。その欧州で、国産技術が特許を獲得した意義は大きい。今後、米国での特許審査の行方が注目されるが、一般的に米欧より審査が厳しいとされる日本で既に成立していることや、類似特許を出願していた米ベンチャーが今年1月、京大に特許を譲渡していることから、成立の公算は大きいといえる。
隅蔵康一・政策研究大学院大学准教授(知的財産学)は「米国や他国の企業とライセンス契約を結ぶ際、日本と欧州で成立していることは京大側にとって有利な交渉材料になる」と指摘する。
iPS細胞の作成法については、四つの遺伝子をウイルスに運ばせて体細胞に組み込む当初の方法を出発点に、遺伝子の種類や導入の手段を変えたり、遺伝子そのものではなく、その遺伝子が作りだすたんぱく質を使ったりしたさまざまな改良版が世界中で開発されつつある。仮に特許が成立しても、遺伝子の種類や導入法が厳密に規定されていれば、特許の意義は薄れる。
今回の特許は、改良版を幅広く含む内容になっており、その点でも、特許の有効性は高い。
(毎日新聞 2011/7/11より引用)