東北大と京都大のチームが、さまざまな細胞になる能力を持つ人工多能性幹細胞(iPS細胞)の元になる細胞を突き止め、今週号の米科学アカデミー紀要(電子版)に発表した。この細胞は、同じチームが昨年発表した「Muse(ミューズ)細胞」と呼ばれる神経や筋肉などの細胞になる多能性幹細胞。iPS細胞は体の細胞に分化した細胞が受精卵のような状態に「初期化」したものと考えられているが、今回の研究成果は、初期化は起きず、異なる仕組みで作られることを示しているという。
東北大の出沢真理教授(幹細胞生物学)らは、ヒトの皮膚の元になる細胞に1%ほど含まれるミューズ細胞を選び出し、ミューズ細胞の集合体と、ミューズ細胞を含まない細胞の集合体を作った。それぞれに山中伸弥・京都大教授が見つけたiPS細胞作成に用いる4種類の遺伝子を導入した結果、ミューズ細胞の一部はiPS細胞になったが、それ以外の細胞集合体からはできなかった。
作成したiPS細胞と元のミューズ細胞の遺伝子の特徴を比べると、さまざまな細胞になる多能性に関する遺伝子の働き方が類似していた。
出沢教授は「iPS細胞の多能性は、遺伝子導入によって細胞が初期化されて付与されるものではなく、ミューズ細胞が持っていたものが強くなったのではないか」と話している。
==============
■解説
◇「初期化」定説に疑問
ミューズ細胞は東北大のチームが昨年、胚性幹細胞(ES細胞)、iPS細胞に続く多能性幹細胞として発表。その性質や再生医療への応用を研究している。体細胞に含まれるミューズ細胞がiPS細胞の元になっているという今回の成果は、iPS細胞の特色である「遺伝子導入によって、体細胞を分化前の状態に初期化する」という定説に疑問を提示するもので、今後議論を呼びそうだ。
iPS細胞が、ある特定の細胞からできている可能性は以前から指摘されてきた。iPS細胞を開発した山中教授は09年、こうした見方に否定的な見解を英科学誌ネイチャーで公表。とはいえ、作成時に導入する遺伝子が「初期化」にどうかかわっているかは今でも明確には分かっていない。
東北大のチームは今回、遺伝子が初期化にかかわっているのではなく、ミューズ細胞が元々持っている多能性を遺伝子が強めているのだと結論付けた。共著者の藤吉好則・京都大教授は「(謎だった)遺伝子の役割を提示できた」と強調する。
今回、ミューズ細胞から作ったiPS細胞をマウスに移植したところ、腫瘍ができた。一方、ミューズ細胞は他の多能性幹細胞よりがんができにくい点が長所とされており、チームは今後、有効性の検証を進めていく方針だ。
(毎日新聞 2011/5/31より引用)