病気やケガで機能を失った体の組織や臓器を再生させる「再生医療」の実用化が近付きつつある。一部の費用が健康保険でカバーできる臨床研究や先進医療などの枠組みで治療が受けられるようになってきた。ただ、健康保険が適用されない自由診療には効果が疑わしい治療もあり、専門の医師らでつくる日本再生医療学会は「安全性が確保されていない」として注意を呼びかけている。
重いやけどに実施
再生医療は患者自身や他人から採取した細胞を使い、肝臓や心臓などの臓器や、皮膚・軟骨などの回復に役立てる技術。広い意味では骨髄移植や人工関節なども含み、多くの実績がある。新型万能細胞(iPS細胞)はまだ実験段階だ。
患者が最先端の再生医療を受けられる枠組みは主に4種類ある。まず保険適用が認められた製品を使う方法が、最も普及が進んでいる。ただ日本では重症のやけどを治療する培養皮膚の「ジェイス」しか認められていない。対象は体の表面積が3割以上やけどした場合に限られ、実施例は累計で約100人という。
次に受けやすいのが、先進医療という枠組み。再生医療の部分は全額自己負担だが、診察や投薬、入院などは保険診療となるため患者の負担が抑えられる。先進医療の対象となる疾患は120種類あるが、再生医療では末梢(まっしょう)血幹細胞による血管再生治療などがある。患者は厚生労働省が定めた医療機関で治療を受ける必要がある。
京都大学は昨年9月から糖尿病などで脚の血管が詰まった患者に対し、血管を作る「bFGF」というたんぱく質を特殊なゼラチンに含ませて脚に注射する再生医療を始めた。脚の血管が詰まる患者は国内で数万人以上おり、症状が悪化すると脚を切断せざるを得ない。再生医療では、通常のカテーテル(細管)治療やバイパス手術などで効果が得られない重症患者の脚にゼラチンを注射。血管を作って切断を回避する。低コストで安全性が高いという。
患者は他病院からの紹介や本人の申し出をもとに、病気の程度や人工透析の有無などから選んだ。治療は日帰りでも可能だが、「1カ月入院して効果や安全性を慎重に見極める」と担当する丸井晃准教授は話す。既に4人に実施し、最終的には10人で効果や副作用を評価する。患者の自己負担は先進医療の分も含めて14万~30万円になる見通し。
3つ目は、患者が大学などの臨床研究に申し込む方法だ。厚労省は2006年に「ヒト幹細胞を用いる臨床研究に関する指針」をまとめ、これまでに35件の研究が承認された。臨床研究では目的に合った患者しか治療を受けられず患者数も限られるなど制限が厳しいが、患者の治療費は原則無料だ。
東京大学医科学研究所では、インプラント(人工歯)治療を助ける骨の再生医療の臨床研究を手がける。人工歯はあごの骨が減っていると植えにくい。骨髄幹細胞と呼ぶ細胞を患者の腰骨から採取し、培養してあごに移植して骨を再生する。
04年の臨床研究では患者8人が参加した。医師の紹介などで患者を集めた。平均年齢は54歳で女性が多い。時間の制限が多く「平日に訪れる時間の余裕がある主婦が多かった」(東京大学の各務秀明特任准教授)。移植1年後に調べたところ骨が再生できたという。今年は25人で実施する予定。これらの臨床研究で実績を重ねれば、将来はもっと多くの患者が治療を受けられるようになるかもしれない。
公的承認の確認を
一方、健康保険が適用されない自由診療でも再生医療は受けられる。民間クリニックなどで広く実施され、豊胸やしわ取りなどの美容整形に加え、糖尿病や脊髄損傷など様々な疾患を治せるとしている。ただトラブルの報告もある。英科学誌「ネイチャー」は日本で再生医療を受けた韓国人患者が死亡した事例を掲載。「100万円超の高額な医療費を請求する例もある」(再生医療の研究者)といい、ほとんどが国や研究機関の審査を経ない未承認の再生医療だ。
日本再生医療学会は2月、有効性や安全性が疑問視されるとして、未承認の再生医療を受けないよう患者に呼びかけた。同学会理事長の岡野光夫・東京女子医科大学教授は「公的機関から承認されているかどうか確認した上で、受診を判断すべきだ」と話している。
(日経新聞 2011/4/24より引用)